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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
119/199

87:修行の後、訪れる来訪者




「―お前はこのまま黙って見てろ」



「うひぃ!」



ものすごい剣幕のマリア。

そして、俺じゃない剣を握り締めて身構えるアリシア。



黙って見てろ…その言葉を向けたのは俺に対してだ。


どうしてこうなったのかは解らないが、マリアに言われるがまま俺は

遠くで対峙する二人を眺める事となった。

…それにしても、アリシア

俺じゃない剣を持った途端になんか急になよっちくなったな。



マリアに色々と教えてもらうという話が決まった翌朝から

俺とアリシア、そしてマリアの他に、ネルケとリアナ、ヘイゼルとみんなで

屋敷の大きな庭に集まり、アリシアのマリアによる稽古を執り行う形になった。


ちなみに言うとガーネットはまだ寝てる。アノネボスケ



「どうしてこうなったんですかね…」



遠巻きに眺める事となった俺の側に立つネルケが心配そうに見つめる。



『いや、わからねぇよ…俺が知りてぇ』



「ねぇ、マリアさん?少し言葉が足りないんじゃない?こんな風に集めておいて説明が無いのは困りものよ」



同じく俺側に立つリアナがマリアにそう言うと

マリアはキッと強ばった視線をリアナに向ける。…しかし、リアナは物怖じもせずその視線に対して睨み返した。


いや、怖いよ。お前ら、こわいよ



しかし、マリアの恐ろしい表情も一瞬だけで

すぐに申し訳なさそうな顔をして



「むっ、そうか…それは確かにいけないな」



と素直に返す。

おい、リアクションの全てが怖いのは全部デフォルメかよ。



「…コホン。アリシアを守る為の責任をこいつにだけ押し付けるわけにはいかない。先ず、この子自身も

今一度自分の動きを見直す必要があるからだ。そして、ジロ。お前は私とこの子の動きをずっと見ていて欲しい」



『見ているだけか?』



「ああ。それだけでいい、ただ一つもその動きを漏らさないようにしっかりと見ていてくれ」



『いいが、そこにはどんな意味があるんだよマリア』



「―ラインだ」



『はい?ライン?』



「もっと詳しくいうなら、軌道…そう言ったほうがいいか。私たちの互いに打ち合う攻撃の軌道を、見極めるんだ」



相手の行動の予測。

それを見極めろと彼女は言っていた。


だが、魔剣でああるものの、たんなる人並みでしかない俺にその軌道を見極める事が出来るのだろうか?



「出来る出来ないが問題ではない。その思考は捨てろ。人間による可否の未来予測演算等、たかが知れて邪魔になるだけだ。

まずは目前の事に集中しろ。そして反射に頼らない高速の判断力と寸先の予測だけが正面からの戦いにおいて重要になるのだ」



『お前は魔術についても色々と教えるといった。その最初がこれで問題ないんだな?』



「ああ、相手の行動の見極めは、相手の魔術の発動による魔力の“ライン”も読めるようになる。これから私は

アリシアに対して、多くの動きを見せつける。アリシア、やれるな?」



「ひゃ…う、うん」



『いや、むっちゃビビってるよこの子』



「え…恐かったか?大丈夫か?今日はやめて明日にするか?」



むっちゃ甘い。このおばあちゃん、孫に対してむっちゃ甘いし

アリシアの様子もなんかおかしい。自分でいうのもなんだが、やっぱ俺じゃない剣を使っているせいなのか?

むっちゃへっぴり腰だぞ…



『あー!ラチがあかねえ。アリシア!!今日もこの後ネルケにお前の好きなもの作ってもらうから!今はしっかりやれ!

俺も頑張るから!!』



「え?私がですか?…ま、まぁ私は一向に構わないのですが…へへ…」



なんかモジモジと照れくさそうにするネルケ。

そんな中で俺の声が届いたのか

アリシアの目が大きく開かれ、先ほどとは別人と思える程の凛々しい構えを見せ付けてくれる。



「パ、パンケェキEX―…!!」



『やっぱそうなんだな。お前の意志の原動力そっちなんだな。もうパンケーキ屋の子になったほうがいいんじゃないか?』



しかも涎垂れてるし。

娘の食い意地のはった勇ましい姿がそこにあった。




「それじゃあ私はヘイゼルと一緒に、今晩の夕飯の材料でも取り揃えてくるわね」



「わかった」



リアナとヘイゼルはそのまま屋敷を後にして間もなくマリアとアリシアの打ち合いが始まる。



「いくぞ」



「いいわ。おばあちゃん!手加減は、ナシだよっ!!」




ヒュン、と風を切る音。

刹那に互の持つ刃が鈍い音を立てて交じり合う。



いや…見えねえ!!全く見えねえよっ

早すぎだろこれ。


マリアの剣捌きはあまりにも早すぎて、目で追うことが出来ない。

一方、アリシアも同じなのか辛うじて反射的にその動きに合わせるように防いでいるのが精一杯な状態だ。


マリアの攻めに対して守るだけ。決してアリシアがマリアに対して臆しているわけではないが、これはあまりにも



『一方的すぎる』



俺は、そんな差を見せつけられた中ですぐにマリアの言葉を思い出す。




―まずは目前の事に集中しろ。




『…そうだな』



今の俺に必要なのは、この疾さを目で追うことじゃない。

相手の動き、挙動から考えられる次の一手を予測する事だ。


それを覚えて瞬間的な判断を身に付ける。

それが今の俺に出来る事なんだ―…!!












「んあーネルケー、もうお昼すぎだぁ。ご飯はぁ??」














「―今日はここまでにしよう」



「…はぁ、はぁ…はぁ…」



打ち合いの練習の節目となる合図は、空気が全く読めてない眼帯穀潰し女の腹の虫の知らせであった。



マリアは剣を収め。

項垂れて肩で呼吸するアリシアは剣を落とすように手放して尻餅をつく



「大丈夫か?」



マリアがアリシアに手を差し伸べて起き上がらせる。



「パ…パン…k」



もういい、しゃべるな。疲れているのだろ



『ネルケ。アリシアの事、運んでくれないか?』



「あ、はい。分かりました!」



ネルケがアリシアをお姫様抱っこすると

そのまま食堂の方へと連れて行く。



『……』



「どうだ?少しは垣間見えたか?」



『…』



「その様子だと。あまり良い成果ではないようだな」



『すまねぇ』



頑張って目を凝らしていたつもりではいたが、目に見えた成果など全く無かった。

それを口にする事も憚る程に、自分の情けなさをその身で覆いかぶさってしまった。

なにより、アリシアの表情を気にしてそれどころでは無い。



「最初はそんなものだ。みな考える。考えてしまうからこそ、そこに一瞬の隙が生まれてしまう。

そして死ぬ。刹那を背景に戦う者は皆そうやって心ばかりと話しをして目の前の現実との対話を蔑ろにしてしまう。

先ずは、それを捨てる事から考えろ。暫くはこれを続けるぞ、ジロ」



『…失望するのかと思ってたよ』



「ふん、相手の気持ちなどと、伝説や奇跡よりも霞むものに固執してるのか?そっちのほうが情けないぞ」



コツ、とマリアは魔剣の水晶、俺の視界にあたる部分に拳を優しく当てる。




「ドール=チャリオットは、知っても尚、進み続ける。不可能は所詮、不可能という情報にすぎない。乗り越えられない壁があると知るだけのな。

そこにお前も至れ、ジロ」



俺はマリアの言葉に少しばかり胸を熱くしてしまう。

ついこの間まで散々っぱら俺の事を殴り続けて、お互いに怒声を浴びせあった関係だというのに。

今では印象が違う。

それ程までに、あの時の彼女には余裕等はなかったのだろう。


だからこそ、ひとまずの猶予であろうとも、その中で彼女の本質を今ようやく垣間見えたのだと信じたい。



『ああ、わかってるさ―』



「いい返事だ」



『…なぁ、マリア』



「なんだ」



『お前のさっきの動き、一人でもう一度見せてくれる事は出来るか?』



「…ふはっ」



マリアは何がおかしかったのか唐突に笑い出す。

こっちは真剣に聞いているのに心外だ。



「いいだろう、付き合ってやる。私の一連の動き、余すことなく見続けるんだぞ」



こうして俺はマリアが見せる攻撃を何度も何度も、凝視して見続ける。


それも日が暮れるまでだ。






―いい加減、外も暗くなってきた頃。


屋敷の中が灯りをともし始め

中からネルケが出て「もう、夕飯の時間ですよー」と呼びかけている。


どうやら気づかないうちにリアナとヘイゼルも帰ってきており、夕飯の準備が出来ているようだった。

マリアはそれに頷き、頃合だと剣を鞘に収める。



「もう、これくらいでいいだろうジロ」



『…ああ。遅くまで付き合わせてすまなかったな、マリア…ん?』



すると灯りの届かない暗いハーシェル邸の門から、見覚えのある奴と、見覚えの無い奴がこちらに歩いてくるのが見えた。



『あいつはっ…!』



一人は、思い出せば忌々しく思う

ウロボロスの元凶であり、リョウラン組合の責任者を務める男。

そして、8番目の『永劫』のヤクシャであるヴィクトル・ノートンであった。


一緒に付いて歩く男は付き人なのだろうか。のスーツ姿で見た目からも几帳面そうなみなりをしている。

そんな男は自身の身の丈ほどの大きな麻袋を抱えて歩いている。



「アラ、こんばんわ。ジロォちゃん」



「…」



飄々とした挨拶の隣でスーツの男はジッと黙り込んで俺をその紅い瞳で凝視している。



『…?』



「ああ、失礼。この男、興味の対象を目の当たりにすると思考の世界にどっぷりハマって我を忘れちゃうノ」



と、ヴィクトルが隣の男を肘でどつく。



「おふ…失礼。初めまして、皆様方。そちらは件の魔剣殿でよろしかったでしょうか?私は―」



「お、お父様っ!?」



『へ?』



「あら、アラアラ。こんな所に居たのね。うちの姫様はっ」



「…ネルケ。お前。」



ネルケは動揺してあわあわとした口を手で覆っている。

一方、スーツの男も表情の大きな変化は見られないものの

大きく目を見開いて驚いているように見える。



「ヴァヴニル。“拾い物”を返すついでに娘が見つかってよかったジャナーイ」



む、娘?


俺はぐるぐると回る思考を必死に整理しようとする。

ヴィクトルが何故かここに赴いて、付き人の男をネルケがお父様と呼んでいる。


となると…このファヴニルと呼ばれている男が、





ネルケの父親なのか!?





「あー、コホン。すまないが…ここではどうやら話が纏まらないようだ。どうだね、彼女が夕飯を作ってくれているので、

そこで話を聞こうじゃないか」




「アラ、ネルケが?それは丁度いいわぁ。アタシ、あなたの料理はとても大好きなの♪」



「…」



「と、その前に。ファヴニル。そろそろ“それ”。返してあげなさい」



と、ヴィクトルの指示に黙って肩に抱えている大きな麻袋を足元に下ろす。



そして、その麻袋の中からは、

なんと人が出てきたのだ。



それも―




『おまっ…!リ、リンド!?リンドヴルム!?』



「リンドヴルム様!?」



「リンドヴルムだと?」




俺も、ネルケも、マリアも


一同が驚きを隠せないでいた。

出てきたのは、リンドだった。

それも、ボロボロの姿で、気を失っている。





『てめぇっ!?どうしてこんな―』



「誤解しないで頂戴ネ。アタシたちは何もしていないわ。彼女、見つけた時には既にこんな姿だったの。

全く、頭を沸騰させてニーズヘッグなんかにご執心なせいね」




「ニーズヘッグだと?」



その名を聞いた瞬間にマリアの表情が険しくなる。

…無理もない。


彼女はリンドの送られてきた手紙を頼りにここまで来たのだ。

リンドヴルムという存在に会って無いとしても、思い入れが確かにあるはずだ。


ニーズヘッグにさえも。



―俺は知っている。マリアの記憶を覗いた時。

ニーズヘッグが魔業商と繋がっている可能性があるとリンドは踏んでいた。

天使の子であるマリアとドラゴマイト鉱石を媒体に使ったジャバウォックの詩篇。

そのドラゴマイト鉱石の入手経路は帝国軍か、同じ知恵持ちの竜でしか無い。

だが、帝国側はそれを否定。

裏で牛耳っているとされるブラッドフロー財閥への強引な査察も虚しく。

確かな裏は取れていない。

だとするならば、後者である知恵持ちの竜が斡旋した可能性。


魔業商と結託して行う程の危険思想の持ち主となれば、人の“強さ”のみを愛する危険思想をもった竜

ニーズヘッグしか居ない。

リンドヴルムはそう判断して、殺す事を前提にニーズヘッグを追っていたに違いない。




…だが、俺はそこに違和感を感じている。

確かに、ニーズヘッグは危険な思想を持っている。

しかし、それが本当にニーズヘッグであるかという証拠は無い。


知恵持ちの竜であるならば、誰だって魔業商に手引きする可能性はあるからだ。


それこそ、理由はどうあれリンドもそこに含まれる。

それでもリンドはそれを確信的なまでに信じて止まなかった。



身の潔白の証明か?


いや、それ以上の確信めいたものをもっていたのだろうか?



こればかりは本人と話す必要があるが…



『ネルケ。すまないが、リンドを寝室にまで運んでくれ。それと、ヘイゼルを呼んで彼女の治療をしてもらってくれ。あいつも多少は回復魔術を使える』



ネルケは直ぐに頷いて、リンドを肩に抱えると、そのまま屋敷の中へと入っていく。



『それと、シアに連絡を…くそっ。こんな時間じゃ―』



「神官ちゃんには既にここに来るように言ってあるわぁ。どのみち、そうしてもらわないと、竜の管理者としては困るもの」



『…なんとも根回しが早いこって』



「んもう、ジロちゃん。言葉はちゃんと選ばないとダメよ?それじゃあ人聞きの悪い方に聞こえるわぁ。それとも、アタシに何か、思うところがあるのかしら???」



『…』



軽く、薄っぺらい態度だといいながらも、ヴィクトルの問いには鋭さがあった。

俺が警戒するもの無理はない。概ね、アリシアの魂を一度黒く染め上げた原因はこいつにあるのだから。



「もういい。ここで話していてもラチが開かない。一先ずは皆を食堂に集めて話しの続きをしよう」



「ええ。丁度いいわぁ。アタシも拾い物ついでに、貴方たちが欲しがっている情報を持ってきたのよ。是非、受け取ってほしいわぁ」



『情報?』



「魔業商の根城よ―」



俺はその言葉を聞いて、一瞬で意識を強ばらせた。



『お前らは、魔業商を知っているのか?』



「当然。だぁって。今、ギルドでは実にホットな話題なんでしょう?まぁ、その事もあって確信に至ったワケなんだけどねん」



『どういう事だ』



「魔業商には因縁があるのよ。アタシたちも。特に、彼がね―」



ヴィクトルの視線はスッとファヴニルの方に向けられる。

ファヴニルは、改めるようにネクタイを締め直し



「その件では改めて中で話をさせていただきましょう。そして申し遅れました。私がリョウラン組合で次席を担っています。

リンドヴルムと同じく、知恵持ちの竜であります“ファヴニル”と申します。以後お見知りおき」



そういって彼は能面の表情で、一度頭を下げた。

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