84:「あなたと出会ってからあなたの事をずっと忘れる事はなかった」
観測の反転
信仰を追う事で信仰を離す
現し世は地獄
力ある者こそが神と疑わず
力こそが神の意志
全ての事象は観測者によって神秘を解明され。
物質を隷属的に扱う事で発展させた世界。
精霊との接続の乖離
叛逆への抑制
意図の拡散
思念の集合
無意識的な悪意の忘却
天は空のムコウにあらず
されど頂きは尊く望む
我が心、人の心、その意識が望む
可能性を可能へと改造
信仰の乖離、神の忘却
力との接合を放棄
継ぎ接ぎの記憶による継承
試験的破壊
試験的生産
試験的廃棄
繰り返す後に絶望は訪れ
地獄は膝を屈する時に浮揚する
それは物質的な世界と隔絶された精神的観測の拮抗
脳を破壊せよ
淘汰、神を淘汰せよ
崇拝、己を崇拝せよ
審判を下すのは神の心であり己の心
神は自身の心に或らん事の証明
闇は安らぎを図り、居、空、陰、終焉を産み落とす
光は焦燥を図り、作、時、陽、開闢を産み落とす
精霊を讃えよ
地は動
火は揺
水は流
空は拡
人は核
心は厄
存在という意義は傷
傷という意義は事象の因果
悪との対話
矯正との対話
天秤が測る不確定要素
不安定な事象に神は現れ名を頂き
神は細部に宿る
神はいる
しかし、神秘を解き明かす事で信仰を止め自信を神へと意識的に昇華させる事
即ち原罪への侵入
傲慢によって神を己と信じ
暴食によって神を食らい
強欲によって神を奪い
色欲によって神を犯し
怠惰によって神を望まず
嫉妬によって神を憎み
憤怒によって神を殺し
悲嘆によって神を憐れむ
人の原罪が兇手を齎し我を神とする
しかし不都合があれば己の可能性ではなく神を憎む事は愚かにも、信仰の名残
人は森羅万象より乖離された隔絶された存在
それを失楽園と歌い
宇宙は自身の中にあり、宇宙は外側にある
螺旋の中で這いずる行いを愚行と謗るか、挑戦と称えるか
世界は観測者の手に委ねられる
人の生存と継承の連鎖は記憶の完成を目的とした無限の牢獄の不完全という完成を見よ。
目的、啓蒙、歩くたびに歌え。
去る者は人をつくる
死すものは人をつくり
殺すものもまた人をつくる
神の信仰 罪 罰 贖罪
空の奥を見るな天の頂きをのぞけ地の理念を剥離しろ願うまでもなく自身は母のゆりかごから手を弾く魂を持つ
禁忌は理解
意思は破滅に作用され不要を選定する
幸福の中で毒を啜り
至福の中で毒を貪り
不幸を吐いて歩き回る蜜の味は舌をしびらせ
猫の鳴き声に嗚咽を漏らす
偶は奇の砂山であり奇は偶の墓荒らしである
開かれた認識は存在せず閉じた扉の向こうは七色の傍観者の世界によって彩られる
ここは何処だ
優しさの中にある利益に舌なめずりをする
いつか取れた腕が花になりますように
いつか奪われた腸が誰かを温めてくれる枕でありますように
首を傾げろ
赤色を疑え
水色と問え
それでも赤色が外を練り歩く
ああ、もう楽園はすぐそこに――
自分はちっぽけな光の塊だった。
闇の中にともされた小さな灯火。
それ以外はどこもかしくも暗闇で、とても寂しい思いをした。
気が付けばそんな自分を外側から眺めている。冷たい
他人のように感じる光を闇の中で走らせると、闇と光の境界で
同じような言葉が、単語が、文字が、たららたららと垂れ流されて
それを識るたびに俺はひどく苦しい思いをした。
胸が締め付けられるような感触。
まるで死んだ事を想像したとき、
何も無い事を、
それを識る事もできない事を、
過去を思い出すことも出来ない事を、恐れた時の感情。
これは、夢なのか?
解らない。意味の解らない言葉ばかりを口に、耳に、目に、鼻に、詰め込まれていく。
やめてくれ…
すると、どこかしらから伸びてきた小さな鎖が浮遊したおれの意識と繋ぎ始める。
そこから感じる波紋で他者の意思が伝わる。
―誰だ?
「見つけた」
ガコン。
大きな歯車が一つ動き出す音が聞こえ、その音に合わせるように
真っ暗な暗闇で目視できないほどの大きな扉が開かれる。
『あっ―…』
その場所に訪れたのは初めてではない。
真っ白な、波打つ白のみの世界。穏やかな音だけが心に刷り込んでいき。
俺という存在がある事に、ものすごい安堵を感じた。
「運命の出会いとは、この事をいうのね…慈郎。東畑慈郎」
…これで3度目だろうか
一度目は異形の塊をした神、アズィーの姿
二度目は女神の姿をしたアズィー
そして、今回は目前で椅子に座る白髪の少女―
いや。彼女に見覚えがあった。マリアの記憶で視認した事をカウントに入れるならば4度目だ
俺は…記憶の中ではぐらかされたマリアの質問を改めて俺自身によって問おうとしている。
『お前は、一体誰だ?』
その言葉を聞いた少女は赤い目を歪ませて、少し寂しそうな表情を見せる。…何故だろう。
この子の寂しそうな顔を見ていると不思議と俺も、切ない思いに駆られてしまう。
どこかで―
「…あなたは、運命に導かれてここに来た。そう、必然的に。運命という歯車によって私の袂へと至った」
運命…彼女はそう言う。まるでこの出会いが、結果が、仕組まれたものだと。
「…少しだけ、遠回りをしてしまったの。ごめんなさい」
何故謝るのか?
『もう一度だけ聞く。お前…いや、君は一体何者なんだ?』
「…………ヨミテ。この場所ではそう呼ばれている」
読み手?黄泉手?
ぼそりと呟くように堪えるそれが、一先ずは彼女の名だという事は理解した。
そして、その言葉を俺は何処かで聞いた記憶があった。
あれは確か…プリテンダーとの戦いの時だ。
“話が違うじゃないか!ヨミテ!”
奴は確かにそう言っていた。
その名をアテにして言っていた。
『お前はっ…叛逆者』
「叛逆者…ええ。そうね。私という存在はもはや神からしたらそういった存在ね」
しまった。歯車の音がしたのはそう言う事か
歯車は運命の象徴であり、それを神以外が操って手繰り寄せてきたというのなら。
この、ヨミテは俺の魂だけをここに呼び寄せたといっていい。
つまりは俺は、神が相対する存在の敵陣へと直接乗り込んでしまったわけだ。
なるほどな。シアやアズィーの言っている事がわかった。
ヨミテ。彼女の存在を記憶の中で認識してしまえば、それは本当に俺の中で“在り”
それを通じて赴いてくる。
しかし、本当にそれだけか?―
「神との邂逅」
『え?』
彼女は俺の思考を読み取るように、ひとつひとつの単語をこぼすように抑揚の無い声で吐いていく。
「七曜の奇跡」
「神域魔術」
「女神との邂逅」
「5つの“鍵”との接触」
「運命の観測」
『ちょっと、まってくれ―』
「天使との邂逅」
「心器との邂逅」
「マリアの記憶によって認識した私という存在」
「“規格外”との干渉」
「ジャバウォックという存在の認識」
「そしてあなたが娘と呼ぶドール=チャリオット」
『それは、アリシアの事か…?』
「あなたが、この場所に至る為に必要条件を全てクリアしたから。私はあなたをたぐり寄せることができた。それまでは、アズィーによって魂を転送されたあなたを見つけることは出来ても、干渉するまでには“私”との距離が遠すぎた」
『この場所…なら、ここは一体なんなんだ?物語の書庫?それは一体どういう意味なんだ??』
「運命は必然的に存在する」
また運命か、どいつもこいつもそればかりだ。そればかりを頼りにする。
『そんな事はどうだっていい!俺の質問に答えてくれ!君は一体何なんだ?何故…死した人を蘇らしてまでこの世界を否定する。
何が目的でそんな事をする?』
「……」
『お前は神じゃない。なら、この世界でずっと何をしていたんだ?』
「…あなたを―」
『…俺?』
「あなたの事をずっと待っていた。“あの時”からずっと」
彼女は自身の胸に手をあててギュッと小さな手を握り締めた。
今にも泣きそうな表情に、俺はどうしてか辛い気持ちになってしまう。こんな姿でなければ今すぐにでも抱きしめたいと恋焦がれてしまった。
「私は今度こそ、この世界を否定して。この場所を出て…あなたと一緒に…もう一度一緒に景色を見ながら歩きたい。手を繋ぎながら歩きたい。あの時叶えられなかったいろんな事を…もっと…もっと、あの日が来るまで出来なかった事全てを一緒にやってみたい」
なんてことだ。
仮にも神から叛逆者と呼ばれている存在。
その元凶、その親玉に等しい存在に。
一方的な俺への恋慕を見せつけられた。
だが、俺にはそんな思い当たりは生前にだって無い。
いや、もしや彼女は俺に何かを重ねているのか?
…なのに、この魂の奥底にある小さな灯火の感情だけは彼女を異常なまでに求めていた。
気づけ…気づくんだと、内側の俺が何度も意識の核を叩いて何かを諭そうとしている。
「あなたとの出会いは、私にとって尊うべき確かな運命。…だった。だから、今すぐにでも…私のところへ来て欲しい。この世界を、そのチカラで否定して、私と一緒にこの外側に戻ろう。慈郎」
ヨミテはそっと手を差し出す。
この世界を否定する―…そうすれば彼女は俺と共にあり、共に救われるのだろう。
きっと、何も知らなければ…すぐにでも出会っていれば
俺はこの内側で今でも叫び続ける不可解な感情に従っていたに違いない。
だが、俺には既に知ってしまったものがある。この世界での居場所、この世界での心というもの―
『違う、運命なんてものは無い。あったとしても、それに縋るつもりはない。俺は知ったものに対して俺の意思で選択するつもりだ。だから俺の尺度で見えている世界でするべき事をする。お前の俯瞰した世界観に今は用はないんだ…だから、もう俺たちには関わらないでくれ…そして、もうこの世界でそんな運命を操るような事をしないでくれ』
「―…そう…そうなのね。慈郎」
かのじょは差し出した手をそのままゆっくりと握り締め
無表情のまま、赫曜の瞳から一縷の涙を流している。
「あなたの心はあまりにこの世界に毒されすぎた。単なる本の中の物語に入り浸る事に幸せを感じてしまってる。アズィー…あなたはそれを知ってて…」
なら、と
彼女はそう小さく呟いて
唐突に現れた禍々しい渦の中から大きく分厚い本を取り出した。
「あなたがあなた自身の意志ある行為を望むなら…私はそれを運命によって踏みにじる。あなたと私がこの場で再会した出来事こそが、確かな運命であったと思えるものを否定してみせて」
幽遊と俺に近づくその本は開かれる事もなく。俺の意思と関係なく
俺の中に、魂の中へと取り込まれていく
<黄泉の國の取得>
「さようなら。どうか、次に会うときは…私を求めてくれますように―」
『まて、これは一体何なんだ?』
「あなたと私の本当の願い、そして始まりの運命」
あなたあなたと、俺を軸に全て話を進めている。
俺には記憶も縁も無い。
『お前はどうしてそんなにも俺に執着している!?お前は――――』
「さようなら、慈郎」
『…!?』
無表情の顔が少し揺らいで俺に見せつける。
少し笑って、でも困ったように眉をハの字にして…
彼女のその「どうしようもないね」という表情に覚えがあった。
ずっと忘れる事がない…
あの時もそんな顔をしていた。重ねてしまった―
ヨミテ、どうしてお前が“あいつ”と同じ表情をするんだ?
なぁ…お前は
それ以上の思考が許されないまま、俺は何かに引き込まれるように視界が、意識が暗転した。