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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
115/199

83:終息する騒動

―少し前の事である。



場所はギルド本部前。

そこで大きな討伐作戦が突発的に始まっていた。





伽藍堂の凶骨。



その体に肉は存在しない。故に、振るう勇ましき刃は意味を成さず

近づくものはその漂う零度によって死へと誘われる。


氷塊と成り果てるか


降り注ぎ、這い出る白銀の刃に血を啜られるか


はたまたその強大な竜躯によって地にならわされるか



対峙する力無き者に与えられた選択は、どれも明日を見る事はない―



記憶にある者は識っている。

厄災である竜、虚骨のナガ・シャリーラの恐ろしさを恨めしく称え伝える吟遊詩人の歌である。



未だ、それを淘汰する勇猛果敢なる存在はいる事は無く

相まみえる人間は数え切れないものを奪われてきた。



そして今日、それはギルド本部正面。

空から降り注ぐ凶星の如くして訪れた。



「うおおおおおおおっ」



「がああああああああああああああ!!」



「らぁああああああっ」



雄叫びと悲鳴、それは一色の慟哭となって


詩と同様の審判を人間に施す。



Sレート級魔物。それに見間違わぬ羅刹を周囲に満遍なく振舞っていた。



「…しかし、何故。このギルド本部へと侵入する事が出来た?」



死にゆく戦士たちを見届けながら絡繰兎のニドは思考をめぐらせる。



ギルドの本部であるエインズ。魔物狩りを斡旋するその場所が襲われないこと事態は考えられぬ話では無い。

近隣のエイン平原でさえ、竜が意図せずして現れる事もある。


しかし、それ故にこのギルド本部を構えるエインズの街では

特殊な守護結界術式が施されていた。



かつてハーシェル家の屋敷でも使われていたリンドヴルムの術式を応用して組まれた広範囲の結界。魔物除けだけでは無く

侵入した魔物が特殊な認証を施されなければ弾け散るほどの反撃システムが組み込まれ

更にそれはニドの感覚に連結している。誰かが如何様にくぐり抜けて侵入するものならばニドの意識内でそれを察知し早急な対処ができる。



…襲撃者が何者か、ニドにはおおよそ目処は立っていた。

リンドの読みが正しければ奴らはそう遠くない時期にアリアの聖骸を狙っている。



しかし知った上でニドとリンドヴルムは以前より一層、解除式を重複させ厳重に強化させた。


この結界は、真っ向から侵入するならば王国の巨大な城をそのまま数十回以上“連続”で上から落とさなければヒビ一つ入れられない。

解除に及んだとしても1000人の魔術式解読者が数十年掛けて解除する必要がある代物だ。



その結界をいとも容易くすり抜けるように侵入してきた。

解除式を知る内密者?

…それこそありえない。



(これは私とリンドのみによって造られた結界だ。どちらかが裏切らなければそうはいかない)




ニドは消去法で相手の侵入手口を試行錯誤していく中で、ある事に気づいた。

魔力に干渉されない存在。



(魔術解析能力―…天使があの中にいるとでも?)




「真逆、ありえない」




天使。天――


それは空のムコウに在らず。

人の思考の遥か先、その頂きに存在すると言われる志向、高潔、清廉潔白の極地

その意思は一つの境界を生み出し、俯瞰し、監視し


魔の本質である生命本能を隷属的に管理する混沌の排斥者


この世界を一つの物語に例えるならば


本の外側の存在。それこそが天使であり、それらが同じ目線で我々と共に並ぶ事がなければ干渉する事もない。



(天使が我々の結界を出し抜く事は容易だろう、しかし厄災の一部と徒党を組んで攻め込むなど…)




“REEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA”




「本当に、ほんとうにここ数日は散々な事が多い」



ニドが腕を前に出すと

その合図に合わせて周囲の数人の魔術師たちが頭上に蓄積させていた魔力の礫を炎に変え

一斉にナガ・シャリーラに向けて撃ち放った。



当たるたびに、爆発する音と氷が蒸発する音が交互に響く。

その反動で悍ましい骨躯が揺れる事はあっても手応えといえる感触が全く感じられなかった。



骨竜は囲む周囲の魔術師に狙いを定める事はなく、大きく咆哮すると

周囲に同じように氷の礫を生み出し、鋭利な槍へと変えていく。



「うろたえるな!!魔術隊はそのままもう一度魔力を溜め込め!!」



迫り来る氷に対して基本的な防御能力を持たない魔術師

彼女らの避けたい思いを制しながらニドはそう叫ぶ。

それに頷く魔術師らは迫り来る



そして、囲む魔術師を含めた討伐者に向けて、先ほどの仕返しのようにそれらを解き放った。



「第一剣士隊!防御態勢!!氷槍を迎え撃て!」



「「「「「「了解!!」」」」」」



魔術師の後方に待機していた数人の剣士たちは、指示に合わせて前に出ると襲いかかる氷の槍を手に持つ剣で、斧盾で、小剣、槌で見事に打ち砕く。



「次が来るぞ!余裕のある奴は前へ出ろ!そのまま奴の一撃を躱したら第二剣士隊と共に攻撃!!手応えは無くていい!数でかく乱させろ」



ニドは見極めていた。


この骨竜の属性には後付けの要素が多く。

二択の可能性があった。


氷の魔力を有する骨竜がその属性に依存している耐性なのかどうか。

しかし、初撃の手応えは無い。つまり炎属性が弱点では無い。


つまり骨竜の氷の魔術は生前の所有した魔力由来ではなく、死した後に生まれた後天性の可能性がある。

そして起源は死という概念に寄り添う黒の魔術。


消去法として考えられる弱点は光魔術。


次の攻撃を仕掛ける前に来る反撃による被害を減らす為に

周囲の一斉攻撃によって相手のヘイトを定めさせないようにし

相手の反撃を範囲攻撃一点のみに集中させる。


いくら魔力を有する強力な竜でも範囲魔術の威力は通常よりも減少する。

ある程度の冒険者であれば、それを凌ぐ事は造作もない。


奴の物理攻撃も同様に多方からの冒険者全てを狙うことは不可能。

どれを狙うかの判断で一考する隙が出来る。


他方から攻撃して時間を稼ぐ。

そして、次に魔術師が溜め込んだ光魔術で仕留める算段だった―



多くの戦士たちはニドの叫びに合わせて骨竜の暴れまわるような攻撃を躱し、再び攻撃をしつづける。

ニドの作戦通り、骨竜は視線を何度も泳がせてから行動にはいる。




「―時間だ」



ニドは魔術師に指示をだす。



魔術師はそれに頷き詠唱する。

ナガ・シャリーラの頭上で自身の巨躯を凌ぐほどの大きな光の輪が顕現する。



光の上位魔術。その中でも大きな規模の儀式的な祈りを要するもの

この世界に残ってしまった死者の魂を、在るべき郷へと導き浄化させる光のゲート




『ダーマ・ダナム・デーヴァ』




骨竜は真上に照らされる光を見上げる。

ゆっくりと、ジっと見つめ惹かれるように首をもっと上へ上へと持ち上げる。



やがて、光の輪の中央から

真下にいるナガ・シャリーラに向けて大きな閃光を叩きつけられるように降り注いだ。




“REEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE”



骨竜の姿が光に覆われていく。




「これで、終いだな…」



ニドは一息つく。

だが、考える事が多すぎる。

それ以前にアリシアやアリアの状況も気になるところ。


もしも


もしもこれが魔業商の仕業であるならば、奴らは徒党を組んで現れるはず。



他にも侵入者がいるはずと彼は考えていた。




―そうこうしているうちに光の柱が徐々に細くなっていき、その役目を終えようとしている。





「…!?」





そこには目を疑う光景が映っていた。


本来、闇魔力依存の骨竜等の存在がこの魔術を受ければ浄化されてその姿は崩れ灰燼と化す。



だが、今目の前にあるのは骨によって象られたキューブ状の存在。

それは先ほどの攻撃を全くもって受け付けていない、手応えがないという事実を一目瞭然としている。



「なん、だと?」




見誤った。ニドはそう考える。

想像とは違う結果には、どこかで想定とは違う前提がある。



(属性?しかし、骨竜という存在はその二択である事が確実な前提だ。闇魔力に依存している存在であれば奴はこの魔術によって

浮浪した魂が門に導かれ、朽ちるはず)



しかし、ニドはその考えの中で大きな前提条件が覆る要素に気づく。


キューブ状に固まる骨竜の表面を見る。

そこには氷魔術によって魔力を反射する防御結界が施されている。



通常のナガ・シャリーラならこのような行動は防衛本能が働いたとしても行わないだろう。

なぜなら“魔力反射”系統の防御魔術には多くの術式を組み立てる思考が必要としてしまうからだ。




―もしも、こいつの意思が別と繋がっているならば。

外側から見ている者、第3者が操っているものがいるとするならば…あるいは



(何処だ…?)



ニドは骨竜が再び動こうとする前に周囲を見回す。


遠くから見れる高台、屋根の上

監視能力を持つ飛行形態の魔物の存在


いない


遠巻きに見ている非戦闘員、冒険者に紛れている可能性は?




(何処に…いる?)



すると、ある少女の存在が視界に入る。



方で呼吸をしながら、骨竜を見つめる角の生えた少女。



(竜と人とのハーフ…?)




「―厄災の娘だ!!厄災の娘が再び現れたぞ!!」



ニドの思考を上書きするように、どこからともなくそんな叫び声が聞こえる。



「竜と人のハーフ?そんな奴がなんでこの場所に?」



「なんで…?」



この世界での竜という存在は厄災に違いは無く。忌み嫌われるのは当然である。

それほどまでに竜というものが人々に残してきた爪痕は大きく、深い。


いくら女神のお墨付きである知恵持ちの竜でさえもその印象が覆されるのは簡単では無く。

その真実を隠す者が殆どである。



ましてや、存在事態が稀有である単なる人と竜の子。ドラゴニュートであればそれこそ人々にとっては悍ましいものであろう。



「こいつが居るから厄災は招かれたに違いない。厄災の元凶め…!」



「まさか、こいつがいるから」



「出てけ!!こいつがきっと竜を操っているに違いない!!」



周りは恐怖の元凶を見つけたと思った途端に変貌し、罵詈雑言を少女に投げ打ってくる。

それに煽られるように他の人らもどんどんと同調しはじめる。



「その…私は…違います、違います!!」



「…」



ニドは沈黙する。

そこに違和感を感じていたからだ。



しかし、この状況で周囲の冒険者は竜人の少女へと耳を傾けず

段々と昂揚していき、身構えていた。



「まって」



彼女を守るように一人の別の少女が前に出る。



「君は…ヘイゼル」



「この子は関係が無い。私と共にここに来たばかり」



幾つもの縫い目が目立つ黒装束の少女は抑揚の無い声で真実を述べた。

しかし、それを信じれるものが今この場に居るだろうか?


彼女自信さえ知る人はしる『差異のヤクシャ』の担い手だったものだ。

厄災と呼ばれる者が厄災を守る。それを受け入れる者のほうが少ないだろう。



しかし、ニドは知っている。

ヘイゼルは魔剣使いアリシア、魔剣ジロと共に行動している。

不確定要素がいくつもあるが

彼にとってヘイゼルは続けて信頼できなくとも疑うまでにはいかないものと考えている。




「なら、その子は―」



問おうとした寸前で瞬間的な魔力反応。

威力はさほど無いが瞬発性の高い速攻魔術。




「よせ―!?」



ニドの抑止は間に合わず。竜の少女へと一つの魔法攻撃が飛んでくる。



「っ!!やめて!!」



竜の少女は身構え守るような態勢になる。

そして彼女の発した大声と同時に合わせるように後方でキューブ状態の骨の塊が大きく破裂する。



「しまっ―」



ニドが気づくも遅く。

銃弾のように四散して弾けた多くの骨が周囲の冒険者たちに襲いかかった。



(間に合わない―)




「ヴェムト・フェレット!!!」




刹那、迫り来る骨らは前衛にいた刺突対象の冒険者らを目前に動きを止める。

ギチギチと音をたてて、見えない何かに遮られている。



そして骨骨は勢いを失ってゴトゴトと音を鳴らして地に落ちていく。




垣間見える拮抗した魔力の色に彼らは見覚えがあった。




緑―…風?





「急いで来てみれば…これは一体何事??」



「君は―」



コツコツと冒険者らの間を割って入ってくる女性。

琥珀色の瞳と紫紺の髪色。そして特徴的な長い耳。


その耳は東の大陸に住むエルフ族の特徴に違いなかった。



「リアナ・ル・クル」



「どうも、ギルド長。先の大討伐の一件で感謝と共に挨拶に来たのだけれど。本部前で討伐なんて流石に取り込み中だったかしら?」



「いいや、とんでもない。むしろ感謝しているよ」



彼女のおかげで、今のところは死人が出ていない。



(問題は何に起因してこの骨が爆散したのか…?の竜の少女が防衛本能として発動したのか?しかし、それにしては余りにも―)




見せつけすぎている。


それに、彼女に向けられた速攻魔術

ギルド内の冒険者で私の指示無しにあのような勝手な行為をするものが居ないと思っていたが。




「ところで…あら?」



リアナはヘイゼルを見かけると陽気に手を振って近づく。



「リアナ」



「数日ぶりかしら。大討伐依頼ね。…ところでこれは何事?それに、後ろの子は」



ヘイゼルの後ろで身を小さくして隠れている彼女は震えていた。



「ふーん。ドラゴニュートなんて、珍しいわねぇ。厄災の申し子…そりゃあ骨竜も誘われるって話ね」



「ちっ…違います!私は…私はただっ」



「―ただ?ここに来たってだけの話?なら逆にあなたじゃないって言い切れる証明はあるの?」



「っ…」



竜の少女は何も答えない。

それをリアナは見定めるようにジッと見つめる。



「…」



「リアナ、信じて」



「…ところでさぁ。ヘイゼル。あなたってそんなに匂ってたっけ?」



「…?」



「とても匂うのよねぇ。“ここらへん”で死に纏わる特有の黒魔力の感覚って言ったらいいかしら?」



リアナはそう言ってニドに視線を向ける。




―ニドはその言葉にハッとする。


差異のヤクシャであるヘイゼルは22体の聖女の肉体によって造られた死体人形。

その特殊な生まれからか、死体でありながらも光魔術を有する。


そんな彼女が黒魔術を持つはずがないのだ。


そうリアナは遠まわしに言っているのだ。

他に誰か操っている存在が近くにいるという事を。



「リアナ。それの匂いはどのあたりにあると?」



「そうねぇ―」



リアナが向けた視線の先

冒険者が何人も集まっている中を彼女は指差そうとした。しかし、それと同時に

バラバラに散っていた幾数もの骨骨が唐突に舞い上がったかと思えばギルド本部から離れ、川の流れのようにその場を去っていった。




唖然とする周囲にリアナはため息をついて




「―いいえ。逃げられたわね」




一言ひとことそういった。





「―…」



アリシアは動かなくなったスフィリタスを見上げながら後ろに倒れる。

そして、それをマリアが手を伸ばして抱きとめる。


…気を失っている。


こんなにもボロボロになっているのに、この子は俺たちの為に自身の意志を示してくれた。



俺はハッとして直ぐ様乖離した魂を複合させる。

やがて、元の状態にもどった事で

超再生によってアリシアの身体が徐々に再生されていく。



…だが、彼女がこれまでに感じた痛みまでは無かった事にはならない。

癒えたとしても、記憶の中で、魂の中で強く刻まれてしまったのだ。



『アリシア…ありがとう…そして、すまない…すまなかった…』



正直後悔している。



俺は、もしかしたら選択を誤ったのかもしれない。

もっと…もっと違う考えがあったのかもしれない。


お前を傷つけないで済むような選択が何処かに



過去を思い返す。



あの時も



あの時も…もっとこうしていれば…



だが、今回は“運がよかった”



ガコン


ガコン―…ガコン、ガコン―


這い寄ってくるように耳に入る音、それが何なのか俺にはわかった。


言質を取られたと言ってもいい。


運命に少しでも寄り添ってしまった結果が、歯車を少しだけ動かすきっかけになってしまったのだ。



運命は、然るべくして思考者からの信仰を得る。

その意識を持ち続ける限り…それは息吹く。



『落ち着け…、落ち着け…』



「運がよかった、だと?」



『…マリ―がっ!?』



マリアが砕けた拳で俺の視界となる水晶を殴りつける。

痛みを感じるわけではない。

だが、すこぶる驚いた。そして魂の奥底までその衝撃が届き震える感覚を味わった。



「二度とその言葉を口にするな。お前の行い全てが運命に従ったとでもいうのか?」



『…』



「アリシアを、運命に委ねた結果だと言いたいのか?」



『それは―』



「責任を持て」




マリアは真っ直ぐな目で俺を見つめる。それは怒りに任せて責めるつもりで言っている言葉にしては、あまりにも真摯すぎる言葉。

俺に何かを諭す言葉。



「お前の細部にまで至る行動全てに責任を持て。罪を犯したなら償え。運に頼る賭けをした事を償え。予測の外にあった不甲斐ない自分を償え。生きて償え。どんな地獄を作ったとしても償え。失敗をしたとしても、“在りもしないもの”に自分を押し付けるな。生きて、生きて失敗を省みろ。その身が朽ちる事すらも自分のせいにして死ね」



『ぐっ…うっ…』



その言葉は今までで一番おれにとってキツい言葉だった。

自身の行動全てにおいて自身が責任を負う。

生前の俺ならきっと目をそらしてしまう言葉だ。


娘が死んだ事

妻が死んだ事


そんな未来にたどり着いた自分の生き方全てを否定する事がそれほどまでに辛い事か。

不幸は常に後出しジャンケンだ。

だが、それに気づく事はたとえ毛ほどのきっかけでも気づけた。


その出来なかった事全てが自信の責任であると。



そんなのはあんまりだ。あまりにも苦しすぎる…


到底受け入れがたい言葉。


だが、気づいていた。


運命や神を憎む。

そうすることで、自分の行動の全てが赦されるような心持ち。


人生が誰かの手によって委ねられている事で

無から復讐の対象をつくる事で、

どんなに心が楽な事があるだろうか?



…だが、俺は知っている。

その言葉を受け入れて一番の地獄を味わっているのが目の前の彼女である事を。

そして、それこそが自分に足りないもので何度失敗しても受け入れていくものなんだと。


事象によって生み出された情報を魂に刻みこむ。

この世界での魔力を得る仕組みと同じだ。



「お前、神は細部に宿ると言ったな?」



『あ、ああ…』



「―それは確かに存在する。認めよう。神はいる。私の心の中で、どこかしらで通じているだろう」



『…』



「だが、それと運命は別だ。私は決めている。決めつけている。運命は結局、人が都合のいいようにつくった後出しの絵空事と同様なんだとな」




“決めつけている”



彼女自身でそれを選んだという証拠であり、確かなる意志だという事を身にしみるほどに感じた。



絵空事。空虚。それほどまでに生きる事に対して寂しいものはあるだろうか…

だが、それほどでなければ守れぬものも守れない。


彼女の思考は正に、修羅の道と言ってもいい。



『どうして…そこまで、自分を追い込むんだマリア…』



「勘違いするなよ」



彼女は目を伏せ、先程よりも小さな声で言う。



「私はただ…罰が欲しいだけなんだよ」



『…』



マリアは強くアリシアを抱きしめた。



「辛かったろうに…この子が何も苦しまず、幸せになるのなら…こんな命とうにくれてやれるのに…。私は今でさえ尚、無力なのだ」



『それは違う…』



無力なんかじゃない。

そう言いたいのに…それ以上の言葉がどうしても伝えられない。



マリアに叱責を受けた俺は、責任というものを意識して恐れてしまっているのだ。



だが、分かったことがある。

彼女の意志を耳にした今の俺には…もう歯車の音が聞こえなくなっていた。





「…もういい、一先ず話は終わりだ。今は“これ”の後始末をしなければいけない」




…そうだ。今そんな話をしている場合じゃない。


水晶越しから見上げるスフィリタスは、今でさえもなお動こうとしない。



どうやら、リリョウの持つ、膨大な黒魔力の情報を直接受け止めたせいで思考が体に追いついていないようだ。



両腕の反応もピクリとしない。

直ぐ様複合した俺の魂に異変が見られる様子もない。



完全に止められている。



格別された意志を持っていたとしても彼女の思考に連動しているという事だけはわかった。




『どうするか…』



このまま動かした拍子に剣が外れ、動きだしてもらっても困る。

どうにか刺さったままこれを何処かアリアの聖骸がある場所から遠くはなさなければいけない。



『ニド…あいつがいれば』



「ニドか。だが、あいつも今取り込み中であろう」



『何があったか知っているのか?』



「ここにたどり着く前に、私はギルド本部前にて虚骨の竜と遭遇した」



『虚骨の竜?』



「ナガ・シャリーラ。竜が死を理解出来ぬまま魂だけで朽ちた身体を動かす存在だ。稀に見るが、あれは自然的なものだと思っていた。だが、魔業商が絡んでいるとなると話は別だ。見解を改める必要がある」



『そうじゃなくて!話を聞くに、今そいつは…ニドと戦っているのか?』



「ああ、奴の相手をニドに任せて私はここに赴いたのだ。先ずはアリシア、そしてアリアを狙ってと踏んでな」



ネルケが言っていた竜…確かに本部に存在していたようだ。

魔業商は徒党を組んで攻め込むとは言っていたが…俺が確認出来たのは道化師と、スフィリタスだけ。

他にも何人かいるっていうのか?



「お、おいいぃ。見つけたぞ!」



後ろから慌ただしい呼吸をしながら声が聞こえる。

俺が振り返ると、その姿には見覚えがあった



『メイ!』



「魔導図書館の方を先回りしたがどうにもお前らの姿もドンパチも見当たらねぇと思った…けど、お前ら、こんなところで、やりあってたのか」



『お前は事情を知っているのか?』



「ああ、道化師はどうした?倒したのか?」



『いや―』



俺は道化師が吹き飛ばされた場所へと視線を向ける。

だが、一向に何かした気配を感じない。



アリシアの激昂の一撃が相当効いているのか?



『お前のところはどうだ?他に敵は?』



「もう一人、あの人食い道化師と同行していた奴がいた。今、そいつは師匠が相手してる」



『師匠?』



「アンジェラ・スミスさ。お前も以前会ったって話を聞いたぜ」



成る程、メイはあれの弟子だったわけか。

って、そうじゃねえ



スフィリタス



道化師



ナガ・シャリーラ



道化師の同行者…



今のところ4人




4人…確かにこれほどまでのイカれた連中が徒党を組んで攻め込む分には混乱するだろう。

だが、本当にそれで全部か?


アシュレイでさえ、単身と見せかけて複数の兵を寄越した。

奴らでさえそれほどまでに用心しているんだ



他に、他にはいないか?考えろ




『―あ』




俺は気づく。

人食い道化師、ジョイ・ダスマンとの戦闘の最中に干渉してきた彼の記憶にあった教会内での出来事。




あの時居た連中…ローブの少女…あれはスフィリタスか?



他には?



思い出せ…



中年のスーツ姿の男と…和服の女…あいつらは―…うおっ!?




視界が急速に回転する。




『マリア!?』



マリアが咄嗟に俺を手に取って後方に投げたのだ。

そして、それを追うようにメイ、そしてマリアもアリシアを抱きしめながら後ろに下がる。



理由はすぐにわかった。




動かないスフィリタスの前に振り下ろされた二本の刃。

その位置は先程まで俺らが居た場所…



「はぁー。“フィリ”お嬢ぉ。何してるんだよぉ。目的のモン手に入れる前に動かなくなってるじゃんか」



「おい、ゼタ。貴様…今まで何をしていたのだ?“フィリ”の側にいる役目を請け負っているはずだが…?」



「えぇ。だって、お嬢強いじゃん。俺要らなくね?実際どこほっつき歩いてもいいって言質はとりましたよ」



「見てわからないか?それでこの始末だぞ?話にならん…こいつらの前に先に妾がお前を殺すぞ」



「勘弁してくれよ。…女に手をあげるのぁ趣味じゃねぇんだよ?でもしょうがねぇよなぁ??殺されるなら、その前に殺すしかないし」




―襲撃



唐突に現れた二人の存在。

一人はスーツを着た顎ヒゲを蓄えた年配の男。刀を握り締めている。

もうひとりは爛々とした金色の瞳を持つ和服、黒髪の女。薙刀を抱えている。


奴らは動かぬスフィリタスを前にこちらをそっちのけで互いに恐ろしい剣幕でにらみ合っていた。

その威圧は拮抗し、その場の空気を震わせている。



「やめろ―」



そして、その言葉に割って入る少女の声。

鈴を鳴らしたような声で囁く音の感触に混じって、魂だけの俺にもわかるほどの寒気を感じる。伝わってくる。



そして唐突に俺たちの背後から銃弾のように幾つもの棒状の影が追い抜いては、奴らの方

スフィリタスの後ろへと山なりにカタカタと音を鳴らして集まっていく。



あれは…骨?



認識した瞬間。それらとは全く違う大きなものが背後から迫る感覚。

やがてそれも同様に俺たちを視野に入れることなく横を掠めた。



『あれは…』



生前、博物館で見た記憶のあるそれに似たもの。

恐竜の化石のようだ




…やがて山なりに集まった骨は化物の姿をしたままの彼女よりも大きな躯を象り始め

その仕上げと言わんばかりに先ほどの竜頭が一番上へと乗せられる。





“REEEEEEEEEEEGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA”




先ほどの威圧など比にならない程の震える方向。

それと同時に相手側の足元で氷が這うように広がっていく。



「ナガ…シャリーラ…!!!」



マリアが圧倒されるように言葉を漏らすと同時に剣を構える。


虚骨の竜。


冷徹なる氷結を撒き散らす骨竜は、どうやら先に話ででていた竜で違いないらしい。



『こいつが…』






「今は争っている場合ではない。状況が変わった―」




スーツ男と和服女の間にゆらゆらと割って現れたローブの少女はそう言うと

にらみ合っていた二人が口を噤んで見下ろす。



「…」



「…」



「ジョイの起動停止、キオーネは戦意喪失、それどころか鋼蝎を手放した。それに、要となる“被せ者”が使い物にならなくなった…。

これ以上我々の素性を知られればそれこそギルド本部に足がつく。それが何を意味するのか解っているだろう?」



“被せ者”―?



「あの竜人の娘がかい?何かあったのか?」



「読み誤ったようだ。今回、アレはひとりではなかった。元ヤクシャの人形と…“エルフ族”が何かしら関与している―」



「お前にしては珍しい。作戦は失敗。というわけだな」



「我が主もこのままだ。これ以上失うわけにはいかない。亜薔薇姫、ゼタ、撤退するぞ」



「―残念なこって」



「致し方ない」



「んで、起動しないジョイはどうするつもりだ?」



「捨て置く。どのみちあれはもう動かぬ肉人形、死体となんら変わらない」



奴らは勝手に話を進めると、ナガ・シャリーラは沈黙するスフィリタスをその腕で抱えこみ

ゼタと亜薔薇姫と呼ばれた二人は手に持つ獲物をしまうと、そのまま骨竜の背中に乗る。



そして、最後にローブの少女がこちらに視線を向ける。

とてもとても冷たい視線。だが、その零度の寒気がするような瞳の奥からは裏返すような熱を帯びた感情が見えた。



怒り―…こいつは俺たちを睨んでいる。



しかし頭に被るローブから素顔を見せることなく一言。




「魔剣…。まさかお前を再びここで見る日が来るとはな…」



『お前…俺を知っているのか?』



ローブの少女はふっ、とあしらうように小さく鼻で笑い



「次は徹底的に、お前たちを殺す」



『…』



俺は先ほどの質問以上の事は何も言わなかった

…少しでも情報を漏らして悟らせてはいけない。


身内を手にかけられた因縁があるアリシア、マリアには申し訳ないが

正直なところ。この場を今は去って欲しい。



いま、リリョウの存在に気づかれ、抜かれてしまったとあれば

その後の事は…もう想像したくない。



人食いピエロのジョイ・ダスマン

あいつとの戦闘でさえもなんとか凌げたと思っている俺が



気絶しているアリシア

掌を怪我しているマリア

鍛冶師であるメイを巻き込んでまで


魔業商…化物の集まりと銘打つこの連中らを一同に相手をする自信がなければ術も無い。



最早逃げるだけになるとしても逃げ切れるかどうかわからない…



「…」



マリアも流石に今この状況でどうするべきか…何もせず、黙し弁えていた。

しかし、メイだけは少し違っていた。

何も言わず、動かず、黙ってはいるものの。スーツの中年男にだけ目を見開き、視線を凝らしてその姿を瞳に焼き付けるように見ている。





ローブの少女は少しだけ俺からの反応を待っていたのだろうか。数秒その場を留まっていたが

やがて踵を返した。





ああ…そうだ。そのまま今は去れ。




「…?」



奴は一瞬、頭を上げて、スフィリタスの喉元に刺さるリリョウに気づく。






『…』



「…」




翼が羽ばたく音。

魔業商の3人を乗せ、スフィリタスを抱えたナガ・シャリーラがそのまま紺色に迫られた黄昏の空へと飲まれるように去っていく…














静寂。











『はぁああああああああああ』




俺はここぞと言わんばかりに大きなため息をついた。


…運がよかったとは言わない。

マリアの言葉を借りるならこれは俺がとった選択であり、俺なりに請け負った責任と言ってもいい。

駆け引きは、俺の勝ちだ。



結局、大きなため息を声にして吐き出した後はといえば

残されたやり場のない思いに身を固まらせ、黙るしかなかった。



…だが、そうも言ってられない。

一番気になるのは、ギルド本部で対峙したと言われるナガ・シャリーラがこちらにまで来ていた事。


ニドはいいとしても、ヘイゼルとネルケもそちらに、向かったはずだ。



俺はあまり想像したくない事を脳裏に浮かべてしまった。



まさか全員が、やられているわけないよな?




いや、しかしあのローブの少女は言っていた。作戦は失敗だと

俺は自分の想像通りにならぬ事を祈るばかりだった。




祈る、ねぇ




『…とりあえずギルド本部に―…』




「おう、お前ら。寄ってたかってなんだ?もう戦いは終わったのか?」



「うっ…ぐす…うぐ…」



先ほどのメイと同じように後ろから声を聞いて視線を変える。



角の生えたアリシアよりも小さな少女と―…その子と同じ桃色の髪をした普通よりも一回り身長の大きなツインテールの女性…

何事もなさそうにこちらに向かってくる角の生えた少女の脚に見合わぬ膂力でそのひとはしがみついて引きずられているという珍妙な光景を目にする。



ええ、どちらさま?



『―あの、どちら様でしょうか?』



口調が辺になっちゃった。

俺は一度マリアに視線を向ける。逸らされる


…メイに視線を向ける。メイは先程の様子から考え込むように俯いて動かない。



「ああ、この姿ナリじゃあわかんねぇか。…おい!いつまでもしがみついて泣いてんじゃねえよ!!お前はよぉ!!」



小さな角少女はその見た目に反して粗暴な口調で、しがみついている女性を払おうと脚を振る。

しかし、ツインテールの方は母親に甘え駄々をこねる子供のように「う~、う~」と言いながら離れようとしない。



ん?…粗暴な口調?



俺はメイの言葉を思い出す。師匠がもう一人の敵を相手にしていたと。



『あ、あんた…まさか。アンジェラ・スミスか!?』



「うっぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



『うるっさ!?』



俺の言葉に、沈黙を守っていたメイが唐突に悲鳴を上げて髪の毛を逆立てる。どうしたお前



「どこに!?何処どこどこ!?師匠がいま近くにいるの??どこさ!!逃げよ!」



こいつ、どんだけ自分の師に怯えて生きてきたんだ??

状況が状況にも関わらずそんなにも発狂するとか、完全に反射だ。身体が覚えてしまっているぞ



「ってあれ?こちらの鬼族の方は…てか、お前はさっきの…キオーネ!」



メイは我に帰って視界に入る二人の桃髪の一人の方を見て身構える。



『成る程、どうやらこいつがあのローブの少女が言っていた戦意喪失したという奴の一人らしい』



「ああ、こいつの中にある“やべぇもン”を取り除いておいた。もうすっかり単なる人とかわらねぇよ。って!おい!脚に鼻水を擦りつけるな!いつまで泣いてるんだこの馬鹿野郎が!!!」



『やべぇもン?』



「あ、ああ。こいつの腹ん中でずっと飼われていた魔物さ。…とりあえず詳しい話は後にしていいか?お前らと、聖骸が無事ならそれに越したこたぁねぇ。一先ずはあたしもこの姿のままで居続けるのは堪える。メイ、作業場を貸してくれ。あー!もう!わかったから泣くな!!ほら行くぞ!!」



「え?メイ?私?あんた何で私の名前を知っているの?」



「―ああ?」



少女とは思えない威圧を大きな角と共にメイに見せつける。



『メイ…メイ…こいつは、お前の師匠だ。アンジェラだよ』



俺はメイにこっそりと伝える。





「…は、え。はいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?この幼女が????」




『ばっか!お前!言葉選べよ!!!』




つぅか、自分の師匠の本当の姿(?)すら見た事がなかったんかい!?



「殺されてえようだな?メイ」



ギギギと押し迫ってくる小さな幼女…もといアンジェラ・スミスにメイはブルブルと身を震わせ



「すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんさぁ、作業場に向かいましょうか師匠!!ささ!!ささ!!」



メイは一気に腰を、姿勢を低くしてペコペコと何度も頭をさげると、営業マンにでもなったかのような態度で自身の店へと案内していく。



「魔剣。改めて、明日会いに行く。その時に改めて話をしようじゃねぇか」



アンジェラは一言それだけ言うと

キオーネを含めた三人はその場を後にする。




そして俺と、気を失ったアリシア、そしてマリアだけが再び残ってしまう。



『…取り敢えず、だ。本部へと向かうか…』



「…」



『マリア?』



「あ、ああ。すまない。縁のある鍛冶師二人に突然出くわしたもので、つい面食らってしまった。

まさかあのような少女二人が鍛冶師等とは到底想像に至らないものだろ」



『ああ、俺もそう思うよ』



「ところで、何か?」



『すまない、もう一度いう。一度ギルド本部に戻ろう。ヘイゼルと…俺の知り合いがそこまで向かっていたんだ。あの骨竜がいると知ってな。

それに、ニドからも色々と話を聞かないといけない…』




ああ。本当に情報が多すぎる。


干渉したマリアの記憶

ジョイ・ダスマンという男の記憶

アリアの件

魔業商

スフィリタス


この世界の仕組み


真理


虚構…ジャバウォック…



情報を整理する必要のある事が多すぎる。








―頭が、パンクしそうだ。






いや、もう破裂したのかもしれない。

俺の思考が川のように流れている。

頭の中を跳弾するようにいくつもの情報が飛び交っては反芻している。








痛い…いたい…












視界がどんどんと霞んでいく―











そして、意識がどんどんとぼんやりしていく。



















どんどん、どんどんと…



































そして、俺のその日の記憶は、意識はそこで途絶えてしまった。

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