10:新しい事こそ識る者の食事であり
日が天辺に登りきった時
丁度俺たち一行は森を抜けた所だった。
辺りは森の薄暗い緑と打って変わって一面の黄緑色の草原が広がっていた。
「パパ!すごいね!」
『ああ、いい景色だな。』
広々とした草原の先には一本の道が大きく成していて、その更に先に大きな山々を背景とし
山にも負けじと存在感を見せつける大きな壁が広がっていた。
「ここが、エイン平原です。そして、あの城壁の先にあるのが私たちの目的地である街エインズです。」
『ほえー』
やだ…わりと楽しいかも。というか異世界って実感がふつふつと湧いてきたよ。
あんな建物、本当に世界遺産の特集でやってるテレビやネットとかでしか見たことない。
俺はアリシアに抱かれながら視界をキョロキョロ舐め回すように見た。
普段ならきっと不審者か何かに誤解されるレベルに
いいよな?魔剣としての特権だよな?これ、外から見たら俺が何してるなんて解らないもんな!
『距離感狂いそうなくらいでかい壁だな。』
「ええ、あの壁が魔物から街を護っているのですよ。もちろん壁だけではありません。」
リンドはそう言いながら指を差した方向に目線を促すと
そこには人より一回り大きな獅子と闘う戦士たちの様子が伺えた。
『すげえ、マジで戦士だ。』
赤い鎧を身に纏い、大きな斧を獅子にふんだんに振り回す男。
その後ろで男に呪文(?)を唱えサポートする黒ローブを纏った魔道士
「うおおおおおおっ」
男の叫び声が谺する。こちら側に聞こえるくらい大きな怒声を放っている。
「ガルルルルルルルル」
獅子の抵抗も虚しく、決着は早々についた。
赤鎧の男の振り回す斧が獅子の脳天にめり込み、やがてその体躯を崩していく獅子。
「あのように、ギルドが傭兵に依頼をして周囲の魔物討伐をさせているのですよ。今倒したのは、この平原に生息する魔物レオングですね。」
『ライオンと闘う人なんて初めて見るな、すげえや』
「………」
ふと、アリシアの方に目を向けると彼女はピタリと止まり
獅子を倒した戦士たちの方向をじっと見つめていた。
『アリシ…』
ドクン
「アリシア?さぁ 行きましょ?」
「う、うん」
俺が声を掛ける前にリンドがアリシアの肩に手をポンと置いて先を促した。
……なんだったんだ今の?一瞬、ほんの一瞬だが
なにか、感情が高揚していたのがわかる。
「パパ、ごめん…大丈夫だから。」
アリシアはまた俺を強く抱きしめて悲しい顔を向けてきた。
いいんだよ。なんだかんだで怖かったんだろ?
大丈夫さ、そんな悲しい顔するなって。
暫く俺らは黙って歩いていると街の入口となる門にたどり着いた。
門の前には全身に鎧を纏った、あからさまに守護者としてのナリを醸し出す男が自身の背丈よりも大きな槍を携えて立っていた。
「お疲れ様です。旅の方でしょうか?」
憲兵の男はやんわりとこちらの事情を伺ってくる。
「いいえ、私は南の辺境に住む者です。こちらを」
リンドはすっと懐から取り出した巻かれた羊皮紙を憲兵に渡した。
それを受け取り、中身を開くと。
「拝見しました。こちらへどうぞ。」
大きな門が開き。中へと入れてくれた。
『リンド、あれには―』
「静かに」
俺が羊皮紙の内容を聞こうとした瞬間、リンドはそれを制した。
そこには何か意味があるのだろう、暫くは黙っておこう。
門をくぐり抜けた先は直ぐに広場へと繋がっていた。
中央に大きな噴水が建てられており。
その広場を囲むように大きな建物がずらりと並んでおり
多くの人々がわいわいがやがやと賑わっていた。
外の殺風景な大きな壁の中とは思えない。
何よりも中世ヨーロッパのような建物は
俺に新鮮味を感じさせてくれた。
ひとまずは広場のベンチに腰を掛けるアリシアとリンド
「もう、大丈夫ですよ。言葉を制してすみませんでした。」
『いいってことよ、何か理由があるんだろ?』
「そうですね、物分りが良くて助かります。実はあの羊皮紙は私の帝国軍人としての身分証明書になりまして。軍をやめた今でも有効に扱える代物なのです。」
『へぇ』
随分と便利なものだ。これならリンドはある程度どこへでもいけるわけ…ん?
『ていうか…それなら、アリシアはなんで入れたんだ?』
「身分証明書には私の付き人として何人か共に出来るようになっているのです。残念ながら魔剣というカテゴリーに関しては対象外なのであまりあなたの存在を露呈されたくは無いのです。」
まぁ、面倒事にならんよう無難な道ってわけか。
「さて、そろそろ歩きましょうか。私たちもお昼にしないといけません。」
『そうだな。ここでの道案内を頼むよリンド』
「ええ、わかりました。」
しっかし、とても面白い光景だ。
獣の耳を生やした人は獣人族ってやつか
耳の長い人間はエルフかな?
所々で武装をしている人たちも見かける。
あちらこちらがそのまま小さな頃にやってたファンタジーゲームやノベルの光景そのものだった。
「この街エインズは比較的に治安も良く。ギルドのもと、中立の立場にあります。観光地としても有名でして。帝国や共和国の人はもとい、多くの種族の方々が慰安目的で趣いてくる事もあるのです。
その代わり、住むべき者はギルドに務める関係者のみで ほかの者たちは宿にて宿泊することが決まりとなっています。」
『なるほどな、移住民が入り込んで侵略やら内乱をさせない為の統治か。』
「そうですね。その為、移住民はこの街の外側に住もうとも考えますが、結局この街というのはもともとギルドが多く住み着いている魔物を討伐する為につくった場所なのです。力なき者はすぐにでも魔物の餌になってしまうので。」
『そう考えると、わりとやべぇとこに住んでたんだなお前…』
まぁ、リンドなら大丈夫なんだって話なんだろうよ。
アリシアの家も結界が張ってあるわけだしな。
「パパ、お腹すいたぁ」
アリシアがブンブンと俺を揺らす
『うをぇっ…わーった!わーったから!!リンドォ!!』
「ご安心を、アリシア。もうそろそろで着きますので、もう少し我慢してくださいね。」
「…はぁい」
しゅんとしたアリシアもかわいいな。
向かった先には大きな料亭があり。俺たちはそこで昼飯も兼ねて一段落することにした。
リンドが扉をあけると景気の良い鈴の音が鳴り響き
メイド服を来た女の子がとてとてと近づいてきた。
「いらっしゃーい!クラン亭にようこそー お泊りですか?お食事ですか?」
「お食事で二人です。テーブルは空いてますか?」
「はいはーい!丁度あちらに空きがありますので、そちらに座って注文お願いしマース!」
元気な娘だな。俺たちは彼女に案内されるまま、空きのあるテーブルに向かう。
なんとも…まぁ 実に面白い。
他のテーブルに座る人たちを眺めると、見たこともない料理がずらりと皿に盛りつけられている。
あれは、エビ…なのか?伊勢海老っぽいが、にしてはデケェ
あっちではずんぐりとしたおっさん二人が景気良く小さな樽を模したジョッキをぶつけて乾杯していた。
―ん?
なにか、視線を感じた?
いや、気のせいか。
俺たちは空いている席に座り(俺の場合、椅子の脇に立てかけられる)。木彫りでできたメニューを眺める。
…なるほど読めない。
ここに来て、わかった事がある。
ここに居る世界の人たちとの会話が可能だしても。この世界の文字は理解することが出来ないのだ。
『若干の弊害かぁ』
「どうされましたか?ジロ」
『うーん、まぁいいや。後で説明する。先にアリシアのご飯が先だな。』
アリシアがメニューとにらめっこしながら脚をパタパタさせている中で、文字がどーのこーのって話は後にしとくべきだろう。
「リンド!私はパンケーキ!!!」
「はいはい。では私は、ゴウムルーのステーキの特盛を頂きましょうか」
特盛!?意外と喰うな!!リンドよ!
草食系っぽい見た目のくせにわりと肉食であった。しかも特盛とかがっついてんなぁ
「む、今 見た目によらず食いしん坊だなって視線を感じました。」
鋭い。
「えー、コホン…帝国軍人たるもの、食べれる時には食べろ…というやつですよ?」
こいつ爽やかな笑顔で弁明しやがった。
てか、もうお前は元帝国軍だろうが
『ま、まぁ・・・お前さんが教えてくれた場所だし 俺にとやかく言う権利もねぇ。す、好きなものを喰えばいいじゃんか』
「なんで若干引き気味なんですか?」
リンドはもう一度ンンッと喉を鳴らし、テーブルに置かれた鈴を鳴らす。
「はーい!少々おまちをー」
先ほどのとは別のメイド服の女の子(猫耳)がメモ帳を構えて注文を受けると。そのメモした紙をちぎり、
奥の調理場に持っていった。
「もうむりぃ…パパ お腹と背中がくっつきそう」
テーブルの上でぐでーっとだらしなく伸びるアリシア。かわいい
「もう少しの辛抱ですよ、アリシア。」
唇を突き出しでぶーたれるアリシアの頭を撫でるリンド
「っと…すみません。…少し席を外してもよろしいですか?」
『ん?あ、ああ 構わんが どうした?』
「申し訳ありません。少し野暮用が出来まして。少しだけ席を外すだけなので暫しお待ちを。」
リンドは外を見ながら急に顔色を変え、俺たちの居る食卓を後にした。
アリシアと俺は暫く料理を待つ。
『ところでアリシア』
「ん?」
『身体とかは大丈夫なのか?痛い所とか』
「んー、なんにもないよ?でも」
『でも?』
「ちょっとだけ、ふわふわしてる。」
『ふわふわ』
なるほど解らん。リンド様の解説が無いとこりゃあキツいところがあるな。
今になってリンドの存在がとても恋しく思えた。
早く帰ってきてくれリンド!!!!
「パパは、リンドが好き?」
『へ?あ、ああ そうだな。とても助けられているし、』
というか居てもらわんと困る。今となっては重要な人物だよ。
「そっか。リンドはね、いつも寂しがり屋だから お話できる人が増えて嬉しいって思ってるよ。」
『そう、なのか。』
最初は恐ろしい剣幕で話しかけてきたけどな。
寂しい…か。小さい頃から人と違う異能の力、そのせいで周りから気味悪がられていたんだっけな
あいつにもきっと色々あったんだろうなぁ。
アリシアと友人であるアリシアの母親。ここまで親しい仲でいながら、屋敷の離れに小屋を設けて住んでるぐらいだしな。
『また、帰ってきたら色々お話いっぱいしないとな』
「うん!」
アリシアは満面の笑みを俺に向けそう答えた。
「へい、お待ち!!!ゴウムルー特盛ステーキ!!それと3段パンケーキ!!!」
豪快な声で身体に似合わないくらいの大きな皿を片手に一つずつ持ったメイド(ネコミミ!)が器用にそれらをテーブルに乗せる。
「おおおおおおお」
女の子にしてはわりと逞しい声を上げてくれるねアリシアちゃん。
「はい!これが、特製のシロップねー!これをたっぷりかけておアガリな!!」
「うん!!」
ふじ○のペコちゃんみたいに舌を出してシロップの入った壺をパンケーキに向けてトロトロと流し込む。
「パパ!すごいでかいよ!!じいやの作ってくれるパンケーキより大きい!!」
『お、おう!すげえな』
あの世にいるであろうじいや、涙ふけよ。
確かにでかいパンケーキだ。普通の女の子が食べれる量じゃないぞ?コレ
そんな事、気にも留めず アリシアはフォークとナイフを握り締めていざ桃源郷へ
つか、うちの娘ですらもナイフ&フォークはまだ出来て無かったのに
育ちの良さがここで伺えるな。
アリシアは大きめに切ったパンケーキを大きく開いた口へと運んだ。
「んんんんん!おいしいいい!」
本当に美味しそうに食べるな。そして逞しい声だね。これも育ちの良さがそうさせてるのか?
そんなことはどうでもよくて、彼女の笑顔を見れることができて俺もほっこりしていた。
「パパ、おいしぃよ!食べる?」
『うん、たべ…え?』
あーんをさせてくれるつもりなのか俺に向けてフォークに刺さったパンケーキを向けてくる。
いや、食べれん
この状態は流石に無理だろ
ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおお!!
撫でてやる事も抱きしめることも出来ず
こともあろう事か食べることもできん!!
クソ神よ!!どうしてこうなった!!!
『だ、大丈夫だよ!パパの分までいっぱい食べなさい!』
「うん!わかった!」
まぁ、モッシャモッシャと頬張るアリシアを見るだけで、俺もそれだけでお腹いっぱいだよ。
それにしても
俺はアリシアの向かいに目を向ける。
そこにはアリシアのパンケーキが盛られた皿のうん倍する大きさの皿に盛られた肉を眺めた。
これ、あれだよな…その………シェラスコ?????
盛られた肉はなんとまぁ、アリシアの頭一個分はある程に大きかった。
こんなマンガ肉、見るの初めてだよ
これはこれで見ているだけでお腹いっぱいになるわ
すると、向かいの席から人影が見え始めた。
ようやく帰ってきたか
『おそかったな、リン―』
俺は一瞬心臓を高鳴らせる。
これ以上口を動かしてはならない。
何故なら、
向かいに座る人物はリンドではなかったからだ。
「パパ…だって?」
向かいの席に座る謎の人物
「キミ…さっきから一人でパパって言わなかったかい?」
あからさまな白い軍服をその身に纏い、褐色の肌。
そして恐ろしくも美しい灰色の髪を垂らして その女は座ってこっちを見てた。
「気に入らない…ねえ」