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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
109/199

始まりの過去⑧



朝の陽ざしが目に入る。


…昨晩泣いた辺りからの記憶が無い。

しかし、今はベッドに横になっていた。夢を見る事も無く


「ああ、またババ殿に心労をかけてしまったようだ」


起きる気力も無く寝返りをうってパチパチと燃える暖炉を眺める。


ババ殿は何処にいったのだろうか。この場所に気配は感じられない。



ああ、でも、もうどうでもいい事か…


もう私には何かをする力も無い。



大切なものを何度も失ってから気づく。

自分は本当に無力で。もうこの世界で生きる必要がないという事を。


10年経った今、この世界は…この世界に映る全てのものが今は遠く感じる。



手に取った文を読めば読むほど

知ればしるほどに、私の望んだ全てがただ一瞬の光にすぎなかったのだ。



失われた世界は灰色だ。

揺らめく炎から“赤い”と感じる気にもならない。



もうどうでもいい



愛するべき弟も


愛するべき男も


愛するべき娘も


再会を待ち望んだ甥でさえも


私の矜持と共に奪われた。



なんとも運命は残酷なものよ。

どうすれば全てを守れた?

どうすれば全てを救えた?


叶わぬ空想に、過去に身を置く。



ああ、どうせなら全てが夢であるならばよかった。

どうせなら未来を知れればよかった。


こんな私に、何一つ意味は無いのだ。


燃え尽きた灰と何も変わらない。




「いつまで寝ているつもりだ。ヒトの子よ―」



「―っ!?」



耳に氷を詰められたような、そんな寒々しい声。

否、声だけではない。その声を聴いてから全ての温度という温度が奪われたように


私の前に“そいつ”は顕れた。



異様な光景。


ドツドツと重々しい足音と共に、そいつはベッドに横たわる私の前に立ちはだかる。



「重くのしかかる事実は必然として人の心を苛むどころか、一層傷を深くさせる。

それこそ立てぬ程にだ―」



「はっ…はっ…」



動けない。ただ震え、白い吐息を漏らし、それから目を離す事を許されなかった。

大きな鎧を身に纏い

荊の王冠を被った髑髏の騎士―



今になって私は夢を見せられているのだろうか?…とにかく寒い



「だが、存在する限り、“己”が在り続ける限り人は『選択』を繰り返す。

そして選ばぬ者には二つの道理がある。“選べぬ”か“死”だ」



「な…にを…」



「死者には選択する権利等無い、そして選べぬ者は、考える。考え、考え抜いて選択する。

それでも叶わぬ願いが在るからこそ人は託す」



「おま…えは…」



底が見えぬ髑髏の双眸はただ一つ問う



「貴様は“どちらだ?”」



死神の如く問う



「死者であることに甘んじるか、ただ一つ救うべき者を守るか」



「救うべき者…だと?」



その言葉に私は恐れを抜いて怒りを覚える。



「死神風情が…わ、私の何が解るのだ!この世界で!

全てを奪われてもはや守るべきものが無いわたしに何を選択しろというのだ!?」



喉の奥から熱を帯びていく。だが、彼の問答から少しづつ自分は何かに気づき始めている事があった。

そう、これはもしかしたら単なる甘えかもしれない。この死神に言わせたいだけなのかもしれない



「なら今その瞬間から選べ。『立ち上がる』か『死』か。そうすればお前の望む答えを示そう」



「何を上から偉そうに…!!貴様にその二択を私に与える権利等あるものか…!!」



「ある。そして、お前にも選ぶ権利がある」



「何様のつもりだ貴様は…!」



私はその傲慢な髑髏の騎士に対して怒りを顕わにする。

そして、気づけば私はその場から立ち上がっていた。



「!?」



立ち上がった事に気づいた時にはもう、髑髏の騎士はその場から居なくなっていた。

その代わり、一枚の紙がはらりとベッドの上に落ちて来る。



…それは、昨晩見た

リューネスとアリア、そして娘のアリシアが描かれていた絵だった。



「…あ、アリシア」



“顔はリューネスに似ているが笑うとアリアに似ている”



そんな監視者の一文を思い出す。拳を無意識に強く握りしめる自分が居た。




「おや…マリア、一体どうしたんだい。随分とお転婆がすぎるんじゃないか?」



帰って来たババ殿が私の様子を不思議そうに眺めている。



「…」



「やれやれ。いい歳になっても、気難しい人ってのは変わらないもんなのかねぇ」



「…。すまない」



…取り敢えず、ベッドから降りる。

いそいそと扉を閉めるババ殿は両手に何か大きな袋を抱えていた。



「それは―」



「ああ、リンドヴルムからの手紙を読み終えたんだ。頃合いかと思ってね。この時の為に誂えていたものさね」



ババ様は袋をテーブルに置くと、その口を大きく開いて取り出した。

それは見覚えのある狩人服と狩人帽。そして、幾つも装備品だった。



「身体の調子はどうだい?もう立てるのだろ?」




―立ち上がるか、死か



「…ああ、随分と出遅れてしまったようだがな」



きっと気づかなかったのではない。

…向き合いたくなかったのだ。今、起きている事実。過ぎ去ってしまい変わった世界に



あの死神が何者なのかは解らない

だが、あれこそが人の心が虚無という窮地に陥った時にのみ顕れる存在ならば

それは私の…人の心に繋がる“意志”である事には違いなかった。



故に目の前の事から私は選択していく。

そうだ、死は常に寄り添っている。生きるという傍らで常に―



私の身体がどうなっているのかも定かではない。だが、守るべきものはまだあったのだ。

リューネスとアリアの忘れ形見…




アリシア―









「いいかい?わしらが出来るのは、隣の西大陸。人気の無い場所までお前さんを送り届ける事だけさね。あとは自分の脚で進むんだ」



「ババ殿、今まですまなかった。そして、ありがとう」



小屋の前、竜の背中に乗りながらこの時まで面倒をみてくれたババ殿に出来うる限りの感謝を表した。



「いいのさ、これもこの竜の島で守り人を務めるわしの責務に違いない。お前さんはお前さんの在るべき意志を紡ぐんじゃ

それが魂を持つ者の役目だと思っている」



「あなたは、本当。人間よりも人間らしいだろうよ…ババ殿」



「簡単なことじゃよ。人じゃない何かが、人という存在を愛せた。それが人にはどう見えて、どう感じたか。ただそれだけの事さね」



竜が大きく翼を羽ばたかせる。

大きな風を扇がせて、その場所が小さくなるまで見下ろし、手を振った。


しかし、竜の背中を乗るというのはなんというか

気味の悪いものだと思っていたが…これも悪くないものだ。


風に頬を叩かれながら、私は正面を見据える。




「待っててくれ、アリシア―」




その後、西の大陸の人目のつかない最南端に降り立つとすぐさまに向かったのが

かつてのホプキンス領があった場所で我が家であるホプキンスの屋敷だった。


理由はいくらかある。


現実的な話からして手元に金が無い。10年間意識を取り戻してから素っ裸のままだったのだから仕方ない。

ババ様に服だけでも誂えて貰っただけ感謝というものだ。

屋敷がどのような状況になっているかは行ってみなければわからないが、財産を保管させている行商人に見せる特殊な証明用の巻物スクロールだけはどのようになっても変わらないように仕掛けを施し隠している。


それに…今あの場所がどのようになっているのかも気になる。

10年前、領主としての責務を投げるように捨て死を選ぶ覚悟でラース・フロウへと向かったのだ。

どのような結果だったとしても現実を受け止める義務がある。


アリシアに会うのはそれからだ。




…しかし、ここからだと暫く時間が掛かるだろう

いくら空腹や渇きという飢えを感じる事が無いとしても、時間と共に心は摩耗していく。

あまり好ましくないものだな。



さて、どうしたものか



考えにふけりながら並木道を進んでいると脇の茂みから物音がする。

ガサガサト掻き分けるように出て来たそれは一つだけでは無く、二つ…三つと

私の周囲を囲むように身なりのだらしない男が何人も手に棍棒やナイフ、どこからくすねてきたのか軍刀などと

物騒な物を握りしめて現れた。



「へへ…あんた狩人か?ここいらじゃ見ない顔だが…ダメじゃねぇか。それも手ぶらでよぉ」



「おいおい、こいつしかも女だ…女…ああ、いいねぇ」



「それだけじゃねぇ。こいつの服、みろよ…上物で誂えていやがるぜ。しかも襟に金装飾を余計に括り付けてあるぞ?

こりゃあいい。その服を頂くだけで暫くは酒にありつけるゾ」



ヘヘヘ…と下卑た笑を見せつける輩ども。

ああ、悲しいかな。先ず相対する障害がこのようなロクデナシ共だというのも

神の示した試練なのだろうか?



「…」



「ほう、声も上げられねぇってか?可哀想によぉ。いくら狩人様でも女で素手じゃあ、この人数には無理があるだろ?

どうだ、俺は女に手をあげるのが趣味じゃあねぇ。ここいらで服を全部脱いで貰ってから見逃してやってもへぶっ…!?」



聞くに堪えない話を遮るように一人の輩に近づくとそのまま腐った魚のような顔を鷲掴みにした。



「あ、ああああああだだだだだだだ!?ああああああああああああああああああああああ!!!!」



あまりの唐突な出来事にうろたえる輩たち。

そうだろうなぁ、武器を持つ男であれば弱者を支配出来ると思った愚か者共はこうやって足元を掬われるほうが

一番戸惑うものだ。



顔を締め付けられギリギリと鳴らしながら藻掻く男。

その男のエモノを持つ手を捻るとそのまま軍刀が地面に落とされ

私は片腕で男を振り回し投げつけた



「丁度良かった。このエモノを借りてくぞ?いつ返すかは今の所分からないがな」



落ちた軍刀を拾う。



「ぐっ…ぐぞ!やんぞ!こいつを殺すぞおまえら!!!」




スン…と軍刀を握りしめて試しに大きく振った。

風が暴れ出し、踏み出そうとした輩たちがその風に吹き飛ばされないように踏みとどまる。




「この軍刀…あまり手入れがされてないようだな。当然か、人を傷つけるか、脅す為にしか使われていないようだからな…」



「ひ…ひぃ…!?」



大きな落下音が連続して響き渡る。

周囲の並木が一気に両断され、落ちた音だ。



その人非ざる行為に周囲の輩共は慄き腰を下げながら走り去っていく。



「感謝するぞ。このエモノと、そうだな…この服をくれた方がどれほど私を気に掛けていた事が解ったのだからな」



そんな台詞を一目散に逃げていく輩に吐き捨てるように言った。多分聞こえてはいないだろうが…



「ババ殿…本当に感謝する」



襟元にある余計に括り付けられた金の装飾品に触れる。

これさえあれば、馬の一つは得られるだろう。



私は軍刀一つを携えたまま、近くの村へ到着すると

そこで馬を手に入れてホプキンス領へと急いだ。空は既に夜だ。



…暫く長く走っていた筈なのに眠気すらもあまり感じる事は無い。

そのせいで馬の限界をはかり知るのに少々出遅れてしまった事は困りものだった。



ウマを休ませる最中、夜空を仰いで星々を眺める。


アリシアに会った時、私は一体どんな顔をすればいいのだろうか?

私の存在を彼女は認めてくれるのだろうか?


否定されたら―?


そもそも私自身、一体どうしてこの世界に留まっているのだろうか?

意識があるのに、本当に私は生きているのだろうか??

もしかしたらこれも、ただの夢なのでは?



くっ、と刹那に感じた不安を親指で自身の眉間を叩いて振り払う。



「そんな事はどうでもいい…」




頃合いを見て目的地へ向かう足取りを再開する。

暫くして、夜が明けた頃に見慣れた景色を見つける。



「ああ…着いた、のか」



10年ぶりに再会した場所は、そこまで変わった様子が無かった。

ホプキンス領だった村は以前よりも道が整理されており、建物もより良い物に作り替えられていた。


しかし、屋敷へと向かう道だけは手入れはされていたもののそこまで変わった様子が無かった。



「ああ…懐かしい、とは言い難いな」



なんせ、私にとってのあの後の10年間というものは刹那のように過ぎ去ったものだ。奪われたものと言っても他ならない



…屋敷に着く。




「…」




目前の屋敷は“あの時”と変わらず、庭も手入れされている状態だった。

もはや使用人すらいないと思っていたが…。



しかし、やはり入口の門だけは変えられてないようで長い時間を経て所々が錆びついていた。



「……」



しかし、一体だれがこの屋敷に住んでいたのだろうか?


私は固唾を飲んだ。


この場所に帰って来た事を受け入れてもらえるのだろうか?

そもそももう、ここはホプキンス領では無いのでは?


考えてまごついているのも時間の問題だった。



屋敷の扉から使用人の一人が外に出て来た。

手には庭師としての仕事道具を抱えている。



「…?」



彼女は門の前に立つ私の存在に気づくと、目を凝らしながら近づいてくる。



「あ、その…」



自分の家の前で何を戸惑っているのだわたしは…!?

仮にも、元屋敷の主なんだぞ!!



「あっ…」



使用人の女は眼を大きく見開いて驚くと手に持った道具を落として、「旦那様!旦那様!!」と叫びながら屋敷の中へ戻って行った。



「旦那様…?」



暫くして、先ほどの使用人と

見覚えのある男が杖をつきながら現れた。




「ああ、まるで夢を見ているのだろうか?まさか、偽物では?」



男は私をみるや早々に強い郷愁に駆られたのか

再会を待ち望んでいたと言わんばかりに目に涙を溜めていた。



「お前、まさかライオットか!?」



男は自身の呼ばれた名を否定せず、門を開いて近づき

目前で跪くき、深く頭を垂れる。



「ああ、その名を…その声で呼ばれるのは何年ぶりでしょうか…マリア」




















「―紅茶でよろしかったでしょうか?」



「ああ、構わんよ」



「実に面白い光景ですね。もともとの屋敷の主が客人用の談話室でこのように私と卓を隔てて向き合うのですから。

それだけでも、このホプキンス領を守り続けた甲斐はあります」



「お前は皺の数が増えただけで中身は差ほど変わらんなライオット」



「そんな事はありません。あなたが居なくなってからというもの…私自身も大変だったのです。それこそ、時には

愚かなマリアと叫び、周囲に当たり散らした事だってありました。それでもここまでこのホプキンス領を守り続けられたのも

生き残った執行部隊の皆が貴方を慕っていたに他ならないからです」



「そうか、お前を含めて本当にこの10年色々と迷惑を掛けたものだ…そして」



私は次に出る言葉を本当のほんとうに心を込めて言った。言いたかった。

あの日から、私は自分の事だけを考えるので精いっぱいで…それまでに自分の全てを捨て去るほどに

周囲には薄情になっていた。だから彼にはまず何よりも先に気持ちだけでも報いたかった



「ライオット…生きていてくれてありがとう」



「…。ああ、10年というものは大きいものですね。年をこうも重ねると…本当に涙もろくなる」



私は本当になんと愚かな人間だったのかと知らされる。

知らずのうちに誰かはここまで慕ってくれていた、その事実を蔑ろにして全てを捨てようとしていたのだ。


彼は私が居なくなったその後の事を話してくれた。



彼もダンタリオンの一件で死の淵に立っており、そのまま数か月の日が過ぎ去ってしまっていたという。

意識が戻り、状況を彼の妻から全てを聞いたとされる。


彼は妻が受け取ったリューネス・ハーシェルからの手記を受け取り



リューネスが連れ帰って来たアリアをハーシェル家に迎え入れる事と

私とヴェンの生存については一切不明だという事を伝えた。


それは彼が…リューネスが未だ私の死を認めないでいてくれたのだろう。

その真偽がどうであろうと、ライオットたちにとってそれこそが希望である事を願ったのだ。


リューネスらが南大陸へと向かったという情報を後に、彼らの足取りは不明となっている。


その後、彼は片足をまともに動かせる事も出来ず、前線を退いた。果ては執行部隊の生き残りと共に、ライオットを筆頭に狩人の育成を主とする組織が形成され、平行して長らく放置されていたホプキンス領を代行して守る事と住民に約束したそうだ。



それを10年もの間


すべては私が帰って来る事を信じて…



「マリア、本当に生きて返ってきてくれて良かった。それだけで、本当にいまの今まで生きて来た過ちに彩りが映えるというものだ」



貰った言葉に対して贈り返すように述べる言葉。

今の私には本当にもったいない言葉であった。



「しかし、納得のいかない事もあります」



「ん?なんだ?」



紅茶を飲む私をライオットはまじまじと眺める。



「貴方は10年たった今でも若い姿のままだ。まるで幽霊にでも会ったかのように…」



私は、ティーカップをそっと置き一息つくと


今度は私の今までの経緯を話す事にした。




これまでのラース・フロウでの出来事を―




「そうですか、ヴェン殿が…」



「ああ」



「にわかには信じられませんが、アルス・マグナによって身体が再度復元された。

その反作用なのか定かではないですが肉体も朽ちず、飢えも感じないのに、

意識だけは過ぎ去る時を眺める存在というのは私でも前例がありません」



「知恵持ちの竜でさえもこの件に関しては解らず終いだ。だが、解るのは

私の中にはとことんと竜の魔力が詰めこまれているそうだ」



「それはきっと、多くの殺した竜の魔力由来なのでしょう…貴方の家系が齎した特殊な体質、表面から竜の魔力が

感じられるからこそ、竜は貴方に対して敵意を持つ事が無い」



「魔物を殺す事を生業にした身体なのに、なんとも皮肉な話ではあるがな」



「…リューネスとアリアが死んでいた事は…私も残念に思います。

きっとあの子たちに対して私が出来る事が少なくともあったのではないかと…」



「お前が気負う事では無い。…気にするな」




「…この後はどうするおつもりで?」



「…」



「もし、特に目的が無いのであれば。本来は貴方にこの屋敷を明け渡して

今度こそ、この場所でできうる限り静かに余生を過ごしてもらうつもりでしたが―」



ライオットは私の身体の状況を聞いてそうはいかないのだろうと察していた。



「ああ、目的はある。この身体になった意味、解消出来なかったとしても…それを結果として示す必要がある」



「それは一体?」



「孫娘に会いに行く」



「まごむすめ…?…くく…」



ライオットは、虚を突かれたような顔をした後に小さく笑う。



「そうか、貴方にはまだ守るべきものがある。そうか」



「名前はアリシアと言う」



「そうか、あなたの娘さんが、アリアが…。わかりましたマリア」



ライオットは自身の膝をポンと叩く。



「この場所はいつまでも帰って来る貴方を待ちます。それこそ、孫娘を連れ帰って来ることを」



「ありがとう、ライオット」



「なに、待つ事にはもう慣れています。それに、貴方には…きっとその子が必要であるように…アリシアにもきっと

貴方が必要だ」



「ああ、そうだとも………今一度、迷惑を掛けるぞライオット」



ライオットはふっと笑って「何を今更」と



「そうだ、アリア。リューネスらの足取りは先ほど説明した通り、南大陸のエインズへと向かった事を最後に

足取りが不明となっている。だが、もし人並みの家庭を望んで過ごしているのであるならばきっと、その大陸から

そう簡単に離れる事は無いでしょう。ですから、エインズへと向かった際に一番有意義な情報を得られるとしたら、

ギルドへと向かうのが良いでしょう。そこのギルド長であるニドなら何か知っているはず」



「ニド…どこかで聞いたことのある名だな」



「『ニド・アヴィスフォン』。数百年前に魔王だった者だそうです。

面白い事に、今ではギルドの長として依頼を斡旋及び管理しているようです」



「ああ…聞いたことがあるぞ。南大陸の自称“元魔王”。なんとも信じ難い話だな」



「そうでしょうね。しかし、どうやら知恵持ちの竜であるリンドヴルムと

かつての英雄アンジェラ・スミスによって封印を管理しているそうです」



「成程…封印…ねぇ」



どうも私にとって“封印”という言葉は信用性に欠ける行為だという感覚が確立されている。

あのような出来事を繰り返しあってからじゃ仕方ない。



「まて、リンドヴルムと言ったか?」



「ええ、知恵持ちの竜の一人ですね」



その名は、ババ殿から頂いた文の記者に違いない。

やはり、南大陸のエインズへと向かうのが一番手っ取り早いようだな―





「これで、よしとするか」



「もう、行かれるのですね。マリア」



ここまで付き添ってくれた馬をライオットの用意してくれた馬車に組み入れて、ある程度の準備を終えた。

ライオットは杖をつきながらゆっくりと近づき、その手に持つものを私に差し出した。



「受け取ってください。かつて執行部隊としての栄光を忘れないように、“あの時”と同じものにしてあります」



渡されたサーベルはあの時と変わらぬ黒い鞘に納められている。

私は柄を握り、剣を抜くと刃は空気に触れてキンと響く

…その見慣れた美しい刃渡りを静かに見つめた。


根元には『鳴』と彫られている。

これは東亜島の特殊な文字だそうだ。


「なるほど、変わらず彼の有名な鍛冶師サツキ殿の一品であるか」


「いいえ、同じものであるのは違いないのですが

今回、この剣を打ってくれたのは彼の娘である「メイ・スミス」によるものです」



ほう…彼の娘殿が。



「実は、5年以上も前からサツキ・スミスはある事情で鍛冶師をやめる事となり…いまだ行方知れずなのです。

今は新しく、娘のメイ様がある方を師として、そのわざを引き継いでおられます」



「ある方?」



「鍛冶師のアンジェラ様です。今では人形師として、小さな人形から義手や義足まで

手広く依頼を受けております。彼女からスミスの称号頂くまでに鍛冶師のノウハウを学んで来たようです」



「アンジェラって、あのマルクト王国屈指の英雄で魔術師のあのアンジェラか!?」



「ええ、あの人はかつての魔王ニドの封印以来から前線を退いていましたが、10年前のエニア・メギストスでの悲劇で

手足を失った兵らや我々執行部隊の何人かがお世話になっております」



英雄アンジェラは今でも珍しい複製魔術や

物に魔力を注ぎ込んで使役する憑依魔術コンファインを主として取り扱っていたと聞く。

その特殊な技術を用いてたせいか死霊術師ネクロマンサー等とも呼ばれる事があった。



そんなアンジェラを師として得た技術で父の思いを受け継ぎ、

同等の…もしかしたらそれ以上の一品を誂えてくれたというのならば納得もいく

成程、彼女にも、彼女の師にもいずれは感謝せねばならんな。



私は剣を仕舞い、馬に乗る。



「お前には本当に感謝している。本当に、ここ数日は関わって来た人々に感謝ばかりの日々だ」



「それでいいのです。貴方が生きていた事に私らが感謝するように、

人はそうやってはかりの無い思いやりを言葉に出来る。そしてそれを幸せに思うのです」



「ふふ、達者な戯言事を」



「いいえ戯言ではありません。かつて、道端で名も馳せぬ小悪党であった私をここまで導いてくれた。

その記憶、その事実だけは私とあなたが生きている限り響き合って紡いでいく“人間”たりえる存在意義であると信じております」



いつも皮肉ばかりを言っていた彼が、こうも感謝していた事に私は驚く。

そして、人の愛情というものが分け隔てなく与える事のできる意志なのだという事も感じた。



「ああ、そうだな…」



「マリア、どうかご健闘を祈ります」



「ありがとうライオット。では、行ってくる」







―ここから南大陸へ向かうには、のマルクト王国を抜けてすぐ、ここ西大陸と繋がっている長い大橋を渡る必要があった。

大橋付近の海を船で渡るにはマルクト国王直々の許可が下りなければ出来ないからだ。


あの領海には許可が下りた漁師以外は立ち入りを禁止させられているからだ。

そもそも理由がなんであれ、国王に謁見を求めるのにも数日と時間が掛かる。


つまりは、そこしか通れる道が無いと言う話になる。



「…とは言ったものの、やはりこれでは海を真っ直ぐ渡る方が早いな」



馬に乗って進む大橋は大きく広々とした道ではあるものの、そのつくりが特殊で

なんとも大きな柱から柱へとジグザグに繋がって南大陸へと伸びているのだ。


そして、マルクトが大陸間の貿易国だという事もあり

多くの者たちが利用している事もあって馬よりも場所を取る馬車で無理くり突っ込んで走る事も出来ない。


ああ、こうなると東大陸の帝国が使う飛空艇なるものが本当に羨ましく感じてしまう。



ここからこの大橋を渡りきるにはこのペースだと丸一日はかかる。

その為、通る最中の中継場所には柱ではなく、小さな島がまるまる宿泊村として出来上がっている。



…丁度夜になった頃。

私はその村で、一度休憩を取ることにした。

満足に走れないまま、ゆっくりと長時間進む事が馬にとっても負担であるとおもったからだ。



とは言っても、私自身が疲れを感じる事が無い。

不思議な感覚だ。


ベッドで横になっても眠気を感じる事は無い。

ただ、寝ようと思えば意識が一瞬真っ暗になって夢を見る事もなく、目が覚めれば時間だけが過ぎている。ただそれだけだった。



だが、その日は違った。


宿泊室の窓から聞こえるさざ波を聞き、映る夜空の星々を眺めながら


未だに会った事の無いあの子の事を想う。



アリシア―



あの一文を何度も思い出す。



“顔はリューネスに似ていて、でも笑うとアリアに似ている”



「ああ、私の孫娘か。早く会ってみたいものだ…そして―」



そして今度こそ静かに…皆で





その夜だけは、私は小さな夢をのぞくことが出来た気がした。

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