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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
107/199

始まりの過去⑥

並び佇む大山を乗せた大きな島。

そこは西の大陸の南端から海を渡りたどり着く場所。



竜の住まう島。


竜―


生命の頂点へと位置し、


曰く、巨人のような体躯に長い首と尾

曰く、万物に爪痕を残す刃を身に揃え

曰く、魔を喰らい魔を吐き出す

曰く、翼を持ち空を我が物とせん

曰く、その栄角は生命の王の冠に違いなく

だが、理性も知恵も持たない嵐の化身


故にそれは世界の厄災と呼ばれた。



そんな厄災が群れを成し巣食う島。

人はそこを凶暴性の集う場所、禁忌の場所として『ラース・フロウ』と名付けた。



当然、誰がそんな命を捨てに行くような場所へと好き好んで行くだろうか。

私だって、当然立ち入るつもりは毛頭なかった。



場合によっては島の竜らを刺激して、大陸へと飛び移る可能性だってある。

ここはいわば、そんな奴らが人と交わらぬようにしておく簡易的な籠と言っても間違いはない。


出る事ができ、入る事ができる鍵なしだという事を置いとくとして、な



そしてそんな場所にきっと、“あいつら”は居る。私の娘を連れて



「アリア…」



歯を食いしばる。

もう、余裕なんてものは無い。

背後に後悔を引きずりながら、重い足取りでその島に踏み入れる。

案内人は既に帰らせた。このままここで待たせては、竜がそれに気づき屠られるに違いない。

私とて、この場所から帰れるかも定かではない。



だが、それでも

自分の大切な存在をこれ以上奪われるなんて事はあってはならないのだ。




「ダンタリオンッ…!」



屋敷に戻った際の出来事を思い出す。

中は荒らされた形跡も無く、一筆の書置きだけが食卓に添えられていた。



―竜の島『ラース・フロウ』にてアリアと待つ



それを誰が書いたのか察するには時間を必要としなかった。

ヴェンが…ダンタリオンが何かしらの意図でわが娘を攫った。



歯を憎々しく食いしばる。…もう覚悟は決めている。

あの娘を、アリアを救う…それさえ叶うならば、私の命など必要ない。

私の中にある“全て”を使い切ってでも彼を、そして魔剣を淘汰しなければならない。



「……」



時間を要して研ぎ澄まされた青く燃る決意。それを胸に秘めながら

ゆっくりと島の奥に進む。



当然、人間等に出くわす事は無い。

だが、道なき道を進むにつれ、私はこの先にヴェンが居る確信を徐々に強く持ち始める。



行く先、行く先で遭遇する竜の死骸。

足、尾、角、首と流れるように切断されているそのやり口はまさにヴェンの戦い方に違い無かった。


違うのは、全てがひと振りで成されている事


竜の強固な肉体をそのようにする事が可能なのは、知る限りでは練度の高い東亜諸国の刀剣使いぐらいであろう

そうでなければ、巨人のような膂力を兼ね備えた者、詰まるところその力を与える魔剣ぐらいしか無い。



「ヴェン…お前たちは一体何をしようとしているのだ?」


復讐の為に竜を殺す。それだけならばこの島に来る理由は解る。

なら…何故アリアを連れて行く必要があるのだ?なぜ私をこの場に呼んだ。



次々と、誘うようにつくられた竜の死骸の道。それを辿って行く先―




「ここは」



険しい山々と崖を進み、右頬を掠めた寒々しい風。それを吸い込む洞窟が目に入る。

入口には死体を引きずったような跡があり、血はまだ乾いていない様子を見るについ先ほど誰かが何かを引きずって奥へと入り込んだようだ。



「アリア…」



私は神に祈った。この血が、どうか私にとっての不幸でない事を



そしてそれを追うように入り、ぴたぴたと雫の落ちる音色を耳に染み付かせながら奥へ、奥へと進む。



徐々に吐息が白くなる。

しかし、竜どころか魔物の気配すらも無く

覚悟を決めていた自分にとっては少しばかり肩透かしな気持ちではあった。安心とまではいかないが



「…光?」



奥までいった先で差しこんでくる光を目にする。

そこまで行くと、大きく開けた場所へと辿り着いた。


…外側の大きく広がる景色を一望できるその場所

途絶える事のなかった血の跡の主がうっすらと見える。



竜の鮮血を帯びた男が一人、魔剣を携えて立っていた。



「ハァァァ…」



赤く染め上げられた燐光の瞳。不意に肌をヒリつかせる寒々しい空気に吐いた熱々しいヴェンの吐息は

周囲を温めるように熱気を漂わせている。


もはや、その姿は人のナリをした獣に違いない。



私は瞑目をし、ゆっくりと目を開いた。



「―ようやく見つけたぞ、ヴェン。数日ぶりと言った所だが、考える時間の多かった私からすれば本当に久しく感じてしまうようだ」




声に反応し、その言葉に虚ろな眼で振り返るも何ひとつとして答えないヴェン。




―気づいた事がある。その周囲には竜の気配を幾つも感じ、しかし姿を見せようとしない。





成程当然だ



彼の周りには愚かにもテリトリーに立ち入った下等な人間に制裁をくわえようと攻め入ったであろう竜の死骸が

ここに来るまでに目にしたそれと同じくして山を作っているからだ。


相手がただの人間でない事を知り、本能が警戒しているのだろう。




そんな緊張した空間で彼の前に今になってつくられた血文字の魔法陣の存在に気づく。



「母さん!」



「―アリア…!」



その言葉に反射的に大きな声で名前を呼んで周囲を見渡す。

すると、端の壁にもたれかかるように両腕を縛られたアリアの姿があった。



「母さん!ダメ!!ここは危険よ。この人だって普通じゃない!!」



「馬鹿者!私の身を案じている場合か!すぐに助けるからそこで待っていろ」




そのまま急ぎアリアの元へと歩む―




『今はそれ以上近づかないで頂戴』



憎々しい程に聞いてきた魔剣の言葉で一度足を踏み留める。



『ようこそ。神聖な私の儀式場へ。歓迎するわ、マリア』



「歓迎だと?殺すぞ?」



癪に障る女の声なのは健在なようだ、事に至った原因である張本人がしらしらと吐き出す言葉に

私は舌打ちをして睨み返した



『あー、やだやだ。魔物ばっか相手しているせいで、まともな挨拶も返事も出来ないようね』



「…」



『だんまりは止めて欲しいわ?張り合いが無いわねぇ』



「もう、十分だ」



『ええ?』



「お前たち魔剣にこれ以上振り回されるのはもうこれっきりだ。この際…ヴェンには申し訳ないが…

アリアを連れて帰るぞ。」



『それはダメよ、ここまで連れて来たのだって割と苦労したのよ?この子、魔術が全く効かないんだもの

手をあげて黙らせないといけないなんて野蛮な行為本当はしたくなかったのに』



アリアを見る。彼女の体にところどころ見受けられる青あざに私は強く歯を食いしばった。



「貴様!いい加減そこになおれ!!!ヴェンを乗っ取り、私の娘に手をあげる等と言う狼藉!万死に値するぞ!」



『私の娘…?娘??この子が?アッハハ!いいわねぇ!母親ごっこ!実の血の繋がった娘でも無いこの子がそーんなに

愛おしいなんて。大人になってもお人形遊びが忘れられないようねぇ』



「え?」



アリアはその言葉に戸惑いの声を漏らす。



『あんた、この子がどんな存在なのか解らないわけでも無いでしょ?まさか、天使の子供引き攣れて『私の娘ですー』

なんて、思いあがったわね。それとも、そういうブランドが好みなのかしら?』



「黙れ」



『天使が、天使の血を引く子がどれだけの存在か解るかしら?魔力が干渉しない存在。稀に生まれるこういう子供はね

魔力を頼りにして生きる家庭からは必要の無い子だと捨てられるの。だからこそこの世界の人間はその本質を見落としがちなのよね』



「何が言いたい!」



『なら、魔神であるレメゲトンが何故そのような存在を無理矢理にでも生み出したと思う?何故、彼は魔剣を持ちながらそのような行為に走ったと思う?』



…私は驚愕した。こいつは知っている。

あの日エレオスで行われていた奇怪的な儀式を…マルスの言う天使を無理矢理人の肉体へと降ろす悍ましき儀式。



『天使の血はね。決して魔術が使えないわけじゃないの。ただ、この世界で“使用”するには力があまりにも大きすぎる

そして、彼は…レメゲトンはそれを知って“バアル”に頼ったのね。自身が天使の力を手中に収める為に』



「何を言っている?天使が魔力を使える等…ありえない!」




そうね、あなた達人間の尺度なら、そうとしか言えないもの。種としてはご愁傷様ね。それだけじゃないわ。天使ってのはよっぽどグルメなのね。人から生まれる魔は決して受け付けない。だから天使の血を受けて生まれ持った存在っていうのは世界の均衡を保つ為に神から相応の罰として魔を持つことが赦されない。それが彼女がこの世界で受けた烙印なの』



「母さん…まって、わからない。天使の子供って何?どういう事?私は…お母さんの子じゃないって事なの?」



「アリア、奴の言葉に耳を貸すな…!」



『じゃあ、ここからが本題よ。彼女を媒体にして無理矢理いーっぱいの魔力を流し込んだら…一体どうなるのかしら、ねぇ?』




無理矢理いっぱいの魔力を流し込む?もしそれが本当ならば…


私は背筋にゾクリと悪寒が走る。



人殺しでは足りない魔力を補う為の繰り返される竜殺し。

満たされた際に発動するアルス・マグナ。


この儀式の意味。

そして、アリアの存在―



「貴様…、一体何をしようとしているんだ?一体なにをするつもりで…」



『アルス・マグナ。ええ、アンドロマリウスは趣味人の割には少々無骨が過ぎたわね。彼は主の単純な望みを“裁き”

という形にしたくて国を一夜にして単純な魔力爆発で終わらしちゃったんだもの。でも、そんなの面白くないわ

何より、私にはそんなのとてもじゃないけど似合わないわ。やるのならばもっと、世界の歴史に残すような奇跡を起こしたいわ』



『そうね』と一考してダンタリオンは言う。



『彼女を媒体にすれば、死んだ人間を此処に“復元”する事だって可能よ?』



「な…に?」



『死んだ父親にマルス、勿論ここまでに死に至った人、ヴェンを含めた“全て”を一度元通りにする事が出来るわ』



「馬鹿な…死んだ人間を生き返らせる事なんて―」



『勘違いしないで。死という事実。死んだ人は戻ってこないわ、決してね。でも、天使を媒体にしたアルス・マグナであれば

同じものを“作り直す”事が出来る。一つも間違えずにね。でも、それが生き返った事と何が違うのかしら?』



「…」



『あなたの背負った罪は、きっと死から生まれているわ。私とあなたの目的は同じなの。“ただ解放されたい”それだけよ?

それを死者を復元するという形で可能とするならば、あなたには願ってもない事でしょ?それを、そこの天使の子ひとつの命で

賄えるわ』



私はアリアへ目を向ける。



「かあ、さん…?」



「…」



ああ、マルス。ライオット、そして執行部隊の皆…それに、お父様まで生き返らせる事が出来る…



会いたいな。



会いたい…




誰もが私の幸せを願ってくれていた。

それに何一つ私は答える事が出来ず彼らを死においやった。


そして気づいたんだ。私は皆がいればただそれだけで幸せだったんだと。



「ああ、そうだな。会いたい―」



『ええ、ならこれから…』



私はダンタリオンが言い切る前に強く踏み込んだ。

そして、刃を抜いて神速の速さで魔剣を持つヴェンの腕へと切りかかる。



『なっ』



反射的にヴェンはそれをよけて、魔剣で応戦する。

刃と刃がギリギリとした悲鳴を上げて震え合う。



『どうやら、物分かりが悪い女のようね。それとも、信じれないのかしら?アタシの事』



「―いい事に気づいたのさ、ダンタリオン」



『…何かしら』



「どうせ会うなら、あの世の方が気が楽だってね!」



『クソがっ!どこまで行っても救えない女!!!』



「この世の全てが救われたい人間しかいないと思ったら大間違いだ。人間について勉強不足だったな!」



刃を弾く。

ヴェンは大きく腕を上げその隙を狙って思い切り自身の剣の柄を両手で握りしめると

大きく振り切った。



『させない!』



魔剣の眼が光り出すと、ヴェンの姿が陽炎の如くゆらゆらと揺らめいた。

それは互いの立ち位置を曖昧にさせ、私の一撃をゆらりと躱されてしまう。



『そんなに大事かしら??母親であることが?天使の子供を引き連れる自身のステータスが?

どのみち自分の血の繋がった子供でも無いこんな爆弾みたいな娘を選ぶなんて気がしれないわね』



炎の魔術、陽炎を使い私の何度も繰り出す攻撃をヴェンは躱す。



「そうさ。もとより私なんて存在は普通じゃない。だから普通の考え方なんて持ち合わせていないんだよ!

いいさ!地獄!!結構!!辛酸だろうが、投げられた臓物だろうがなんだって味わってやる!

それで私の娘が、アリアが幸せになるならなぁ!!」



私は曖昧な位置にも関わらず想定の間合いよりも深くヴェンの懐へと潜り込み

短銃を取り出して3発打ち込んだ。



『ぐっ!なによなによ!もうっ』



なんとか一発を当てる事が出来たが、致命的では無かった。

が、陽炎と違い、その傷、流れ出る血で距離を把握する事は出来る。


そのまま距離を詰めながら切り掛かるのが、どうにも思い通りでないのか、『あーもう!』『もう!』と

唸り声を漏らしながら、攻防を繰り返す。



『いい加減にしてよ!』



大きく叫んだダンタリオンは眼を光らせて、幾つもの火の礫を生み出し、上から降らせる。



『丸焦げになりなさいよ』



雨のように降り注ぐ多くの火球。しかし無駄だ、それは“私に通用しない”

炎によって焼ける事も無く、そのまま自身の一手に安心しきった奴の懐へと踏み込み



『えっ、嘘!?』



そのまま肩に何本も刺しこんでいた魔力の封じ込められた細長い瓶を口で引き抜き

ガラスである事をお構いなしに嚙み砕く。



「ロア・ガスト!!!」



中の魔力が解放され、自身とヴェンの間に一陣の突風が吹き荒れる。

残された炎が掻き消され、お互いが離れるように吹き飛ばされる中、ヴェンだけがその風によって身体にいくつもの引っ掻き傷を残していた。



『…成程ね。あんた、いいえ…あなた達の家系って全員そうなのかしら?』



互いに距離を保ちながらダンタリオンが気づく私の体質に。



『魔力による攻撃の否定。どうりで記録に残っているアンタとアンドロマリウスの戦いが変なわけよ。

そういう奴をちょくちょく見かけるけど…。その膂力はどうなっているのかしら?』



我々ホプキンス家は代々当主として選ばれた者にとあるかごが掛けられるようになっている。

背撃の加護もその一つだ。

魔物をその一生を捧げて殺す為の呪い。



魔力すべてを身体の強化に施されるかご

故に生半可な攻撃では死ぬことも無ければ、魔力を受け付けない体質へとなる。


しかし、この効果は対象条件が狭く、

魔の直接的な効果のみとし二次事象による攻撃は受け付けてしまう事

もうひとつは肉体強化はされ攻撃によって死ぬことがないとしても、痛みだけは変わらず受けてしまう事。


アンドロマリウスはそれを察してか、思う通りの魔術攻撃を行えなかった。



「知って何かを企てた所で、貴様を壊す意志が揺らぐ事は無い」



『いいのかしら?あなたの愛するヴェンが傷つくのよ?胸が痛まないのかしら??…って―』



問答無用で私は神速の速さで押し迫り、咄嗟に魔剣で身を守る姿勢に入ったヴェンの足を短銃で撃ち貫いた。



「おかげ様でな、そういった余裕も無くなったし、もう感覚は麻痺しているんだよ魔剣」



ガクンと跪くヴェンは魔剣を地に刺して杖のように身を起こそうとする。しかし、すかさずそのままガラ空きになった肩目掛けて

私は大きく振り下ろした。



このまま、腕を切り離す…!



『本当にイカれてる女!アタシ、あんたみたいなタイプ大っ嫌い!!』



「なぁ、知ってるだろ?私は貴様が死ぬほど嫌いなんだよ!!」



ダンタリオンは『もうっ』と舌打ちをしながら眼を再び光らせる。




「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」



「なっ―」



反射的に手を止めてしまう程に耳を劈く竜の咆哮。


爛爛と光るダンタリオンの眼に反応するように、警戒して手を出さなかった竜らがまるで付き従うように何体もこちらに襲い掛かって来た。



『残念よ、マリア。もっとロマンチックにやってあげたかったのに。でも、もう無理。あんた頭おかしいんだもの』



成程、これを使ってあの時も操っていたのか―





「う、ぐ…うおおおおおおおおおおおっ!!ドラゴン!!ドラゴンドラゴン!!!!」



「なっ!?」



唐突に傍らで叫ぶヴェンの叫び声に一瞬みをビクつかせる。振り返ると、ヴェンは迫りくる竜を問答無用で返り討ちにしていた。



こいつ…操られているはずなのに竜には無意識で殺意を出していやがる。

その状況に便乗するように、暴れるヴェンに一撃を負わされた竜へと近づき追い打ちをかける。

そして、余裕があれば他の竜の足を切り落としてヴェンと魔剣の餌食にさせる。



「浅はかだったな。竜で私を殺そうなどとは!」



ダンタリオンは何も応えない。

そして、そのままダンタリオンに操られて襲い掛かる竜らを暫く殺し続けた。



あれから魔剣は何も言わない。

そして、どんどんと詰まれていく竜の死体とおびただしい程に流れる竜の血

その血は血文字で描かれた魔法陣へと流れ込んでいく。



…あれから何体殺しただろうか…。


こんな状況で、過去の思い出だけが脳裏を駆け巡っている。


ヴェン…。かつてはこんな風にお互いに背中を預けて戦っていただろう。

本当にお前は良き友だったんだ。

酒を飲み合いながらマルスに対しての小言だって飽きはしなかった。


酔った勢いで身を預けた私に些細な間違いをくれてやらない、とんだチキン野郎。

お前との間柄はそこで留めていたはずの癖して…一緒になりたい等とよくも言ってくれたよ



だがな


本当は



お前が私の事を想っていた時よりも―ずっと前に―


お前が私を知るずっと前に―










「ハァ…はぁ…」



周囲に既に生きている竜の気配は無く、肩を大きく揺らして息を整える。

しかし、少々この身体には堪えたようだ…



『本当に恐ろしい限りね。ヴェンが手伝ったとはいえ、こんなにも竜を駆逐させてしまうなんて。流石、魔物狩りを生業にしているだけあるわ』



「たわけが…!竜ごときに頭を伏せるなんて、ホプキンス家の当主としてもってのほかだ…

貴様のほうこそ…少し浅はかだったのではないか?竜に私を殺させようと仕向けるなんて、ヴェンの性癖が裏目に出たようだな」



『そうね。貴方が、本当に脳筋馬鹿でよかったわ。マリア・ホプキンス』



「なにを…―がっ…!?」



一瞬にして迫りくるヴェンの一撃に反応出来ず、そのまま大きく吹き飛ばされた。

そのまま壁へと衝突し、頭をグラグラとさせながら膝をつく。



『…おかしいわね。丁度その尖った石片に背中が突き刺さるように狙ったんだけど?何かしたかしら?』



一撃を受けた腹部を腕で抑えながら振り返ると、ダンタリオンの言うように背後に壁から飛び出している尖った岩を見つける。

どうやら私の背撃の加護が発動して衝撃だけで済んだようだ。


…だが、あれほど長時間戦っておいてまだヴェンの中にそれほどの力を残していたのか…



「母さん!かあさん!!」




意識がぐらつく。




アリアの呼ぶ声が聞こえる。

ああ、なんて可哀そうな子なんだ。

何も知らないまま、この世に生まれ

何も知らないまま、この場所につれてこられ

こんな場所で私のような母親もどきを心配するなんて…


ここに来ても結局私はあの子にとってまともな母親になれる事が出来なかった。



だがこれで最後だ。此処でヴェンと魔剣を止める…そして、アリアを…しあわせに…



『ねぇ。気づいてたかしら?』



「な…を、だ…」



『あんた大馬鹿な女だし、アタシもお喋りだから教えてあげる。もう少しなの』



「…」



『ありがとう。こーんなにいっぱいの竜を殺してくれて

ありがとう。こーんなにいっぱいの魔力をこの魔剣に蓄えてくれて』



「ぐっ―」



ヴェンと最期に踊ったダンスはどうだったカシラ?さぞ良き思い出に耽っていたでしょうに』



言われて気づく。

失念した…アルス・マグナの発動条件は大量の魔力。



『竜の魔力って、本当に大きいのね。人を喰らったりするからかしら?それこそ人の持つ魔力よりも、ケタ違いなのよ』



奴は竜に私を殺させようとしたんじゃない。


私に竜を殺させたのだ、何度も、何度も…



そうする事によって竜を殺し、そやつらの魔力をそのまま自身の魔剣に吸わせていたのだ。

ヴェンの行動も想定済みだったという事か。



『そうね、後は…あなたの死を以て、あなたの魔力によって終幕にしましょう。アルス・マグナの完成を―』



「ダンタリオンッッッ!!!!!!!!」



意識すらあるか解らないヴェンの身体はダンタリオンの操り人形のように無機質で不規則な動きをしながら襲い掛かってくる。


私は再び剣を握りしめて雄叫びをあげる。


再び刃を交える。押し込まれる刃を一度受け流して彼の腹に蹴りを一撃入れる。




『無理よ―』



ヴェンはビクともしない。



『貴方じゃ、魔剣あたしに敵わない』



スルッと。



自分の腹部に何かが刺しこまれる感覚。



「ごふっ…」



理解するまでに口元に蓄えていた血を一気に吐き出した。



「いあやぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!母さん!!かあさん!!そんな!!」



アリアの悲鳴が響き渡る。



まただ‥‥またこれだ



腹が貫かれているというのに、痛みが…痛みに至らない…



『どうだった?困って動揺していた時の“私”は、怒りに汚い言葉を漏らす“わたし”は。さぞ、無様だと胸がスッと

したんじゃない?これだけ感情的な存在を前にすれば多少は気持ちも晴れるでしょ?』



ああ…そうか…こいつ、私の行動の全てを理解してて…全部…



「そ、の…一言で台無しだよ…」



『あら、それは失敗したわ。思わず聞いちゃうなんてイケナイ。折角用意してあげたあなたとヴェンのフィナーレ、私が

誠心誠意込めて作ったシナリオと演技にムード全開だったのに。どうやら水をさしてしまったようね。我慢できなかったの。ごめんなさい。でももう言うわね。今までの事は全部予定通りなの。あなたの会話とやり取りも、多少驚くことはいくつもあったけど

相手に合わせて踊るダンスは得意だし、大好きなの』



「ダンタリオン…お前の方が…よっぽどイカれている…」



『あら、こういうのって頭おかしい人って事なのね。いいわ、勉強になったわ』



共に体の中から魔力が一気に失った感覚…成程。こうやって魔物や人、竜から魔力を奪ったのか



魔剣につらぬかれたまま立つ事さえできない私はその力の入らない身で

ズブズブと魔剣に貫かれたまま、そのままヴェンへと近づき…その身を預けた。



不覚にもヴェンはそのまま私を反射的に受け止めてくれる。




「…」



だが、彼が何かを言ってくれる事はもう…無い。



―チャリ




自身の首元からそんな小さな音を立てながらペンダントが零れ落ちる。


それは、かつて狩人としては新米だった頃に貰った押し花のペンダント

中には紫のアネモネの花びらが敷き詰められている。





肌身離さず持っていた私の唯一のお守りであり…宝物。





結局伝える事が出来なかった…か




眼が霞む





だが、このまま終わらせるつもりは無い。



『あら』



強く、つよく私はヴェンにしがみつく様に抱きしめた。



『そうね、いいわ。こういうのが見たかったのよ。ガサツな女の粗暴な様を見せられるよりもよっぽどロマンチックね』



「術式…解放」



『…え?』



「封魔陣―」



『あなた…まさか』



どのみちこうなる事も予想していた。

断ち切られるか、身を貫かれるかは博打ではあったが、どうやらこんな所で運を使ってしまったようだ。



『抜けないっ!なんで!?この女の身体から魔剣を抜きとれない!?』



人間いざという時にばかり蓄えていた運を吐き出すものだな



『あ、あ…魔力が…。ありえない…自分の身体に…封魔の術式を、きざむ…なんて…!?』



どうやら効果は覿面の様だ。

魔剣から魔力の反応が

魔に楔を打ち込む私の血だ…存分に味わうといい。



『はな、離れなさい!離れなさいよ!!ふざ、けるな!!こんなところで…ここ、まで…来て、私を

ヴェ、ン!!ヴェン!!!!殺せ!!この女をなんとかして殺しなさいよ!!』



ダンタリオンの声に彼は全く反応しない。

それどころか彼の虚ろな瞳はずっと私を見ている…




「母さん」「母さん」と言っている娘の声が耳に入ってくる

それが、悲しさに満ちた声なのに穏やかな感覚に満ち溢れる。






仕上げだ‥‥




この身体に刻んだ術式は、3つ



封魔の術式を含めてもう一つ。

自身の死を以て封魔の対象を永続的に封印する方法。


そして、その死を促す為の爆破魔術。




このまま…この魔剣を、私もろとも

誰の手にも届かない場所に―




私は最後にアリアへと目を向ける。



「アリア…」



「嫌よ!母さん!置いてかないで!!私をひとりにしないで!!!」



「あ、いして…いる」



「まって!母さん!かあさああああん!!」






こんな形でお前を巻き込むなんて、本当にすまないヴェン


彼の頬に手を伸ばしゆっくりと手を添える。



あの世で、お前に会えたなら…まず先に言っておかないとな。

後悔のないように―




「ライヴ・インパクト」



魔術の起動する音を響かせて周囲が真っ白くなっていく。






思考が一気に平たくなっていく。

無理矢理脳内で色々なものが納得されていく、そうでないと思う事でさえも




なすがまま


なすがまま



これが、死か―




『有り得ない…こんな事になるなんて。

彼女を殺し、天使の子を媒体に私が“天使”へと昇華する目的が』



爆発の衝撃で洞窟から吹き飛ばされ

外の景色を逆さに一望しながら落下していくマリアとヴェン。


未だに地へと至る事が無いのは、よほど先程の洞窟が山々の中でも高所にあったとうかがえる。



『…この期に及んで、身体が朽ちる事の無いなんて…本当に恐ろしい女―』



マリアの目論見通り、ダンタリオンは自身での魔力の発動を封じられ

彼女の死を以てそれが完遂される。



それが例え、アルス・マグナの発動できる魔力をこの魔剣の中に多く貯蔵されていたとしても…



『ええ、どのみちこれで私が、私だけがこの場所で置き去りにされるのね。何百年も

本当に忌々しいわね』



諦めきったように魔剣ダンタリオンは地に落ちるその時まで、見納めだと言わんばかりにラース・フロウの景色を恨めしく眺める。



その景色の中でチラチラと視界に入る小さな押し花のペンダント。

爆発によって身を焦がしたマリアの首に未だ離れないように首に掛かっている。



『へぇ、紫のアネモネなんて…いい趣味してるわね』



そして、その揺れるペンダントにゆっくりと伸びる焼けただれた手を目にする。






「マリア」





『え』




ボロボロの身体のの男はそれを強く握りしめて、小さく言った。




「契約の履行をする…ダンタリオン…彼女を…マリアを。救ってくれ」






『………………ホント、憎たらし程にロマンチックじゃない』






ヴェン、マリア、そして魔剣ダンタリオンはそのまま落下しながら大きな光に包まれていく。




『私の負けね、マリア』

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