始まりの過去⑤
「…すまない、マリア」
礼拝堂を後にして外にあるベンチに座る。
項垂れる私の背中を優しくさするヴェン。
「君にとって魔剣がどれほどまで憎むべき感情を抱いていたのか、知っているつもりだった」
返事はもとより、相づちを打つ気にもならなかった。
「…改めて実感したよ。君は…君にとってアレは俺の想像を絶する程に、忌むべき存在だって事は」
「…」
「だが、誤解をしないでくれ。シグムントが滅んだのは決して君のせいじゃない」
その言葉を聞いた瞬間に私の中でカチリと何かが動き出すように感情がざわついた。
「気休めは…よしてくれ…」
「マリア」
「私の不甲斐なさを許さないでくれ、その優しさは、私とっては徐々に痛みを増やす毒に等しい…
自分で自身を責める事に手一杯の私にとってはな。人は時として在るべき罰をこの身に刻まなければいけない時だってある…」
「だが、君が…それを受け止めるには少々足りないものが多すぎた」
「何を言―」
ヴェンの言葉に反発するように顔を上げた瞬間、彼の手が私の頬へと伸ばされる。
知らず知らずのうちに流していた涙。それを彼は優しく拭う
自身の弱さを、足りなさを気づかせる事に関しては十分すぎた
「ぐっ…」
「人が余計な程に罰を欲しがるのは、その罪を受け止められない時なんだ。それほどまでに、傷ついている証拠でもある
それを、優しくしない男が何処にいるっていうんだ。マリア」
「馬鹿にしおって。…それが本当に欲しかった時にはくれてやらんチキン野郎のくせして…」
「おいおい、チキン野郎は余計だぞ…って―」
小さな愚痴を零す私に困った顔を見せるヴェン。
そうなる事を知っておきながらも、私はその身をゆっくりと彼の肩に預けて寄り添う。
―少しばかりこうしていたかったのだ。
ヴェンの優しさに甘んじた私に彼は小さな溜息をついた。
…誰も見ていないだろうか?
執行部隊の誰かにでもこんなザマを見せてしまったらそれこそ示しがつかない。
だが、確かに向き合わないといけなかった。
苦しんでいる自分を、傷ついている自分を、弱い自分を、誰かに見せてもらう事で
自分にのしかかっている重苦しいもの全てを受け入れて欲しかった…のかもしれない。
「あれだけでは…ないのだ?」
「ん?」
「私は、本当にマルスに掛けてやるべき言葉を選ぶ必要があったのだ…魔剣などに誑かされるもっと…もっと前から」
あの時のマルスの言葉を思い出す。
―マリアを守れるぐらい強くなりたかった
「弟は最期にそう言っていたよ。男って奴は…本当に馬鹿だよなぁ。自分の命を削ってまで強くなろうとして
それで死んだら元もないじゃないか…そして、無意識にマルスにいつまでも弱者の烙印を押し続けてた
このホプキンス家と私はそれ以上に馬鹿で愚かだった」
だが、知っているのだ。父がマルスに剣を置かせた本当の理由を…
“マリア、お前に当主という苦しい責務を与える愚かな父を許して欲しい。
だが、あいつには剣を握らない幸せを持って欲しいのだ”
マルスが生まれた瞬間に母が死に
母親の愛情を知らずに生まれ、剣を持って魔物を殺す家系に生まれたマルスの環境
それを父は大きく後悔していた。
だが、あいつはそんな環境の中でも優しく育った。育ってしまった…
あいつは私と違い、妻を得て、家庭にだって恵まれるような存在なのだ。
「―そうか、マルスがそんな事を…」
「あのまま幸せでいて欲しかった。神官として進む道は間違っていないと、あいつの幸せが
今の私の幸せだったのだと。面と向かって言い放つべきだったのだ…『強さ』など、もともこうもならん…」
「…」
「だから、許せない。魔剣をあのままにしておく自分が…魔剣が…。そうでなければ、義妹にも、
リューネスにも顔向けが出来ないのだよ…」
「なぁ、マリア。これだけ言わせて欲しい」
「なんだ」
「君には復讐は似合わない」
「それはどういう意味だ」
「君の憎しみを、俺は理解しているんだ。いや、同じだ」
彼は物憂げに空を見上げる。
「復讐は、結局は己を薪にして燃やすだけの炎にすぎない。そして、一つの復讐を果たした所で
それは使命のように終わる事は無い。結局は…怒りの感情を通りすぎてまで続けざるおえない呪いでしかない
…今の俺のようにね」
「ヴェン…」
「初めはきっとセリアを喰らった竜を殺せば自身の中のこの渦巻く感情ってのは消えるものだと思っていた
…でも違っていたんだ。その竜を殺しても、何もなかったんだ…何も。誰かが、喝采を贈るわけでもない
セリアが褒めてくれるわけでも、ましてや生き返るわけでもない。その虚しさが、余計に俺の中の感情をざわつかせる。
そして結局はこう思ってしまう。何故、世界は、神はセリアを殺したのだろうか…って」
セリア…たったひとりの妹。目の前で竜によって屠られた彼女を目に焼き付けて
竜へと復讐を誓った希代の英雄。
過去の話を一度吐露していた事はあった
しかし、彼がこれほどまでに自身の内を話す事はいままでになかった。
「そうなるともう、この怒りは結局行き場を失ってしまった炎として己を燃やし尽くす事しか出来なくなってしまう。
だから、俺は炎と化したこの身を何度も何度もぶつけた。忌むべき竜そのものに。そして、繰り返す度に思うんだ…
これ以外に何もなくなった俺は、いつになったら死ねるんだろうか…ってね」
彼が打ち明ける孤独。それが復讐者としての末路だと言わんばかりに語るヴェン。
結果によって英雄なんてもてはやされるだけ、自分の中には結局何もなかったのだと。
「だが、お前はそれに気づいた。気づいたからこそ私にそれを伝えた。それはきっと、重要な事だ。
お前が意味ないと思っている竜を殺す事にだってその意味があったんだよ…」
私は虚ろな感情を抱き、今にも消えそうな彼にマルスを重ねてしまうのだ。
そうだ。何もなくなった訳が、ないじゃないか…
そんなお前を感謝する奴だっている。お前になりたいと目指す者もいる…
お前から学ばないといけない私がいる…
ああ、そうか全て何もかも見透かされていたのだ。
同じ地点に立った者として、理念や正義を盾に正当化して怒りをぶつける事はあまりにも愚かな道化師のする事なのだと。
結局は私も「復讐」に魅入られているのだと。
「…なら、私はどうするべきなのだ。ヴェン」
「今なら間に合うさ。君には娘がいるんだ。もう、幸せになるべきなんだ」
「はは、『剣をもう一度置け』…そう言いたいのか?」
「そうさ」
冗談交じりに言った私の言葉に対して素直な返事をするヴェン。
「お前…」
「もう、強がらなくていい。剣を置いて、これからは―…俺の側に居て欲しい」
「…は?」
「ここに俺達が集められた事にはいくつかの理由があるんだ」
「え、いや」
「一つはシグムントを滅ぼした張本人である魔剣を破壊する事。その事実を各国の首脳に見せつけ
この中央エニア・メギストスで執行を行った事実をより一層平和の象徴として飾り付ける為だ。
そして、魔剣の破壊の様子を俺達英雄らが執行者として立ち会う事で万が一にも備えた状態をつくり
事が終わった際にはその栄光をあやかれるって話だ」
「ま、まて…そうじゃない」
「…ん?」
思考がぐるぐると巡る。
こいつ…今、何と言っていたのだ?
さりげなくなんと言っていた???
「いま、私を側にって…その…え?」
「―ああ、言ったさ」
ヴェンは真っ直ぐ私を見つめる。
いや、いやいやいや…だって。側に―ってお前、つまり、そういう事だろ??
このホプキンス家当主であるこの私をか???なんで???
「き…気でも狂ったか!?竜ばかり殺しすぎて頭がおかしくなったに違いない!!!」
「はは、マリア。流石に冗談や誤魔化しにしては言っていい事と悪い事があるぞ?」
「ヘラヘラと!!このチキン野郎が!?お前、自分で何を言っているのか解っているのか!?」
私は感極まってヴェンを強く押し離した。
「わかっている。もう一度言う、俺は君を妻として迎え入れたい。君の娘を含めて…幸せにしたいんだ」
「話が飛躍しすぎだ!!なんだって…そんな事を…!」
「それが、あいつの…マルスの願いでもあったからだよ。」
「マルス…あいつが…?」
「生前あいつは言っていた。『どうか、姉さんを幸せにして欲しい』って。『頼めるのはお前だけなんだ』って」
「あいつ、そんな余計な事を。だが、心配無用だ…私を気にかけていてそう言うのならば結構。私はこれでも十分幸せだ」
「違う。それは確かにあいつに託された願いだ。だが、それ以上に俺はお前を想ってしまっていた。竜を殺し続ける虚しさを紛らわす為に君と酒を飲み交わしたあの時から…俺は君に魅了されていた。それは君の持つ強さにだけじゃない。
復讐に囚われている俺を一度だって咎めなかったその気高さ、それもある。でも、時々覗かせる君の憂いた瞳を…表情を
俺はどうにかしてあげたいと思った。君は復讐以外のものを俺に与えてくれたんだ。
レメゲトンとの戦いにおいて重症を負った俺が後ろめたさに距離を置いた時…その全ての思いが一つの答えを導いてくれたんだ。…俺は、君の事が好きだったって事を」
「お、おまえ!人気が無いことをいい事にいろいろと吐露するな!!こっちが恥ずかしくなってくる!!!」
「だから、これはマルスの願いでありながらも、俺の我が儘であるんだ!マリア!」
「ひゃい!?」
ヴェンは、強く私を抱きしめる。
「俺は、お前を幸せにしたい。お前のその重荷をどうか、一緒に背負わせてくれよ、マリア」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………」
ああ、男に強く抱きしめられるなんてのは初めてだ……こんなにも力強く…
「―マリア、そこにいたのですか。そろそろ時間が」
「どわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
唐突に現れたライオットに互いが両腕を上げて大きく叫び始める。
「コントですか?ヴェン殿も、そろそろ皆が集まっていますよ」
「あ、ああすまない。ライオット」
恥ずかしい様を見せられて頬をかくヴェンにライオットが溜息をつく
「惚気けるのは、事が終えてからにしてくださいね」
「い、いや…その」
「マリア」
「は、はいっ!?」
いつになく畏まった返事を私は背を向けたままのライオットに返す。なんともらしくない
「どうやら私の言う通り、これ以上に無い長い長い暇をあなたが頂くのも時間の問題ですかね」
ライオットが振り返り、少しばかり笑ってみせた。
「…むぅ…」
ああ、そうか。
私は気づく。マルスがどうしてあそこまで私を守れる程に強くなりたかったのか…
同じなのだ。
あいつも、私の…幸せを願っていた
だから
「それも、悪くないかもな―」
私は小さくそう呟いた。
だからだろうか?
そう願ったからなのだろうか
私が幸せを持とうとしたからなのだろうか?
だから、神は、運命は、それを許さなかったのだろうか?
「ぐあぁああああああああああああああああああああああ!!!!!」
耳を劈く男の雄叫びが響き渡るエニア・メギストスの中央。
全てが真っ白な大理石によって誂えられた平和の象徴であるこの議会場が真っ赤な鮮血に染まっていく。
どうして?
…どうして??
これは魔剣を破壊するだけの作業なんじゃないのか?
何処から狂いだした?
一体…―
「あ、ああ…私の…ダンタリオン…ダンタ…何故…なぜ…」
傍らで泣きながら這いずる男。その男の手首から先が失われていた。
こいつは―古の研究者…。彼の双眸は虚ろで、瞳に赤い輪郭を纏わせている。
切り取られた手首の血を抑えながら、呪いのように「なぜ…なぜ…」と言っている。
あの魔剣…まさか、誑かしたか…!!
そして隙を狙ってヴェンの主に無理矢理…
『アッハハ!さぁヴェン!!アタシともっと楽しいコトしましょ!』
「た、のしい、コト…?」
ガリガリ…ガリガリ…
『あなたの願いよ?もっと、もーっとドラゴンを殺しましょ?ほら、此処にも、あそこにも、いっぱい、いーっぱい居るわ??』
ガリガリ…ガリガリ…
「ドラゴン…ドラゴン…ドラゴン…!!!」
ガリガリ…ガリガリ…
魔剣を引きずる男を響かせながら、その身を鮮血に染め上げたヴェン。
周囲の英雄らは皆、殺された。
各国の首脳を逃がす事で精一杯な状況に、理解できない展開。
有り得ない…なんでだ?
「マリア…逃げて…ください…」
横たわり血にまみれたライオットは弱々しい声で言う。
「あなただけでも…、ごめ…」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!ドラゴン、ドラゴン
ドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
一体何を失敗したのだ…?
一体誰がこんな結末を望んだ??
なぁ、教えてくれよ…ヴェン…
答えを求めたい筈のそいつの姿は、もはや優しく抱きしめた優男の面影がは既になく
魔剣によって魅入られたかつてのマルスと同様に、一つのものに執着する狂信者でしか無かった。
ドラゴン、ドラゴンと叫びながら彼は周囲の“人”を何度も何度も切り伏せていく。
当然、ドラゴン等この場所に何処にも居ない。
『さぁ、早く!どんどんドラゴンを殺さないと…あなたの愛する人が…もう一度、喰われちゃうわよぉ?』
「いやだ!やめろ!!ドラゴンは何処だ!?あそこか!?そこかああああああああああああああああああああああ!!!」
彼を止めようとする憲兵らをヴェンは容赦なく斬りかかった。
やめろ…
足を断ち、そのうえで上から刺殺し、殺すたびに雄叫びを上げる。
やめてくれ…
「もうやめろぉおおお!ヴェエエエエエエエエエエエエン!!!」
私は大きく叫んで剣を抜いた。
「あぁあああああああああっ!?」
感情のまま、考えも無しに斬りかかる私に対して魔剣で受け止めるヴェン。
「あ…マリア?どうして?」
「ヴェン!ヴェン!!!」
唐突にして一瞬我に帰ったヴェンを前に、私も拍子抜けした。
しかし、交えて押し合う刃の力はそのまま私をねじ伏せようとしている。
「これが、一番いいんだ。ドラゴンが、皆を食い荒らしてしまう。愛する君の事もだ!
だからだからだから。こうするしかないじゃないか!!」
「周りをよく見ろ!!そいつらは皆“人間”だ!!誰ひとりとしてドラゴン等ではない!!!」
『騙されないでヴェン。彼女はいま、操られているの。あなたが常に感じていた憎い憎いドラゴンに。
復讐するべき存在に。解るでしょ?神の恩恵を受けたドラゴン『知恵持ち』は竜の身でありながら人の姿に変える事ができる
だから、ここに居るマリア以外は全て『知恵持ち』のドラゴンなのよ。何処かに居るのよ!マリアを操る竜が!!』
「そうか…マリアは…君は操られているんだね?そうなんだね??」
意気揚々と語るダンタリオンの言葉を鵜呑みにするヴェン。
当然、そんなの実際有り得る話じゃあない。
そもそも『知恵持ち』の竜は人を愛せど、このような人の尺度で行う行為に干渉する事がまずないからだ。
「どくんだ!マリア!!」
「ぐっ…!」
「ドケェ!!」
マルスの時とは膂力が違いすぎる。
流石の稀代の英雄様でおられる。
だが、ここで押し通されて黙る程私は落ちぶれてなどいない。
「ぬあぁああああああああああああ!!」
『なっ!?』
私は大きく叫び、身体の内側で軋む音を聞きながら無理矢理ヴェンの持つ魔剣を押し返した。
瞬間に大きく出来た隙、私はそのままヴェンの胸に肩を殴るように押し付けて
、魔剣を握り締める腕を取って巻き込む。
そのまま身体を捻り、投げ倒す。
「ぐっ!?」
両腕でガチリと魔剣を持つ腕を押さえ込みながら、私は自身の手首を刃で切り、血を撒き散らす。
それを魔剣の刀身へと浴びせ、ギリギリと押さえ込みながら叫ぶ。
「誰か!!誰か!!!!ヴェンの…魔剣の周囲に私のこの血で陣を描け!!
定義は“円”“六芒星”外側八方向に“否定”“停止”を交互、中央に“マリア”と描け!!誰でもいい!!」
方法は同じだ。
魔封陣、これで再びこいつを押さえ込む…!
「了解!!」
武器を構えていた執行部隊の一人がその言葉に反応してすぐさま近寄る
『まずいわね。この女…アタシの対処を知っている』
何かを悟ったダンタリオンは、唐突にその瞳のような宝石を光らせて、炎の魔術を周囲に弾けさせた。
「なっ…!炎の魔術だと!?」
有り得ない…アンドロマリウスの時は地属性だったはず…。
こいつ複数の属性を使えるのか…
「違う!」
マルスも元は地属性の魔術を使う、使っていた…!
ヴェンも同じく…炎属性を使う。
「貴様…!人の魔力を…、魂を使って!!!!ぐっ―――」
執行部隊のひとりがその炎を前に近づく事が出来ない。
そしてそのまま、大きな熱を、魔剣とヴェンの腕が帯びて行く。
しがみつくように抑えている私の腕がその熱さに耐え切れず
「しまった―」
離してしまった。
その隙を見逃さないダンタリオンとヴェンは魔剣の刀身を大きく風を切るように振り回して
周囲を払い除ける。
私を含めた周囲の生き残った奴らで距離を取って囲むが、その剣圧から近づく事もままならない。
『―今日はこのぐらいにしておきましょうか。アナタが相手だとどうやら分が悪いみたいだしネ』
ダンタリオンはそう言いながら、ヴェンの身体を大きく跳躍させて行く。
そのまま誰も居ないであろう議会場の二階のステージへと逃げると
「ま、待て…!ヴェンを…返せ!!!」
『じゃあねん。マリア。この人、借りていくわ』
「ヴェン!行くな!!まってくれ!!」
そのまま姿を消してしまった。
目を疑うような光景。
生存者は殆ど居ない。
少し前までに感じていた“幸せ”は何だったのだろうか?
これが私の為に用意された悲劇だというのならば、運命は、神はよほど醜悪であろう。
――――…嘘だ、こんなのありえない。
そんな思いを飲み込むように私は深呼吸した。
ああ、やっぱり私にはああいう幸せは似合わないのだよ。
目眩がする。
今すぐにでもアリアに会いたい。
会って話がしたい。
何でもいい…私が居ない昼時は何を食べたのか?
そういえば隣の村で料理を教わったと言っていたな。
今でもリューネスの事を思いつ続けているだろうか?
アリアは私と違って気立ての良い子だ。
彼女に一目惚れする男も少なくはないだろう。
めまいがする。
顔を両手で覆う。
自身の顔を憎らしい程に練り回す。
実感…実感だ…。
痛み、心の痛みとはなぜこうも厄介なのだ
息すらも苦しく、痛くない胸が痛むのにその場所が解らない。
顔を覆った手で、ゆびで己の眼球を強く押し込む、痛い
より一層押し込む…痛い
痛い、いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい
「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
天にまで届くつもりで大きく叫んだ。
この現実を受け入れる為には…私自身がその身で受ける実感が足りなすぎた。
そして、後悔した。呪った
側に居てくれた筈の彼をあの瞬間手放した愚かな自分を
暫くして、状況がまとまらないままその場は解散となった。
エニア・メギストスでのこの事件は、西の大陸では忌まわしき大きな事件として名を残し
魔剣を携え逃亡したヴェン・マッカートニーは稀代の英雄から共和国の大犯罪者として指名手配される事になる。
―そして、事件はここで留まる事を知らない。
後に我が娘であるアリアが、攫われたのだ。
魔剣を携えたヴェンによって。