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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
102/199

始まりの過去①

幾数十年もの前の話だ。

ある日、西の大陸に現れたとされる魔物の軍勢。

それらは古の渦から魔神と共に這い出たとされている。


数多の魔物共を率いていた魔神は人語を介して自身を“レメゲトン”と名乗っていた。

奴は他の魔物とは違い、気味の悪い事に訪れた村の書物を全て回収しては

それ以外の全てを焼き払い葬ってきた。


魔物狩りを生業としていた私たちは当然その世界を脅かすであろう危機的状況に

他の名だたる英雄と共に招集され、魔神レメゲトンの討伐へと赴く事となった。


奴が拠点にしていた王都エレオスに訪れるとそれはとても惨たらしい状況となっており

人としての尊厳を絶たれた肉塊がそこらじゅうに転がっていた。


しかし、それだけならまだよかった。


奴は集めた書物によって様々な知識を貪っていたのだろう。

知識欲の臨界点に近い倫理観を狂わすような行為をエレオスの中央にある王城で行われていた。


天使の降臨の儀式―


天使を隷属させる為か

はたまた単なる興味本位かは定かではない。


無理矢理攫ってきた何人もの女を生きたまま天使降臨の媒体としてつかい

贄にされた女たちはその儀式によって耐え切れなくなった肉体の四肢を繋ぎ目から全て崩壊していた。

やがて内側に流れる人の血が降りゆく天使という概念に耐え切れず外に逃げ出すように飛び出し

まるで血で固められて作られた赤い石膏像のようなものになっていた。

その背中には生えかけの翼を生やし、全てが“天使の輪”の重みに耐え切れなかったせいで頭を失っていた


そんな光景をなんどもなんども

あの悍ましい魔神を目にするまで見続ける事となった。


人としての尊厳を可能な限りすり潰すと言う意味では

見ている我々の魂にまでも楔を打ち込む程には十分な拷問であったに違いない。


そして、魔神がいると言われている王謁見の間の大扉を蹴飛ばすように開いた瞬間、そこには目を疑う光景があった。


何人もの…何人もの赤い身体の女性が裸で生きたまま逆さ吊りにされている。

女性たちは先ほどのような赤い石膏像のような体に青白い光を何本も走らせながら悶え苦しみ『ころせ、ころせ』とつぶやいていた


あの光景を私は、もう、死を迎えるまで夢に見続けるだろう

唇を震わせて怒号と共に剣を抜き、同じくして神官であった弟と、英雄らと共にレメゲトンへ激情の牙を投げつけた。


しかし、奴は狼狽していたのか『できない…』『できない…何故?』と何度も呟いていた。

そのせいもあって思っていた以上にレメゲトンの抵抗は脆く

大きな眼光をちらつかせる剣を振るっていても、赤子を捻るような小癪程度であった。



結果的に魔神レメゲトンは討ち取られ、その行為の真意すらも知る由もなく転がる肉と成り果てた。

…だが、それが逆に気味悪さを覚え…呆気なく奴を殺した事に対して不安を覚えた。


否、不満であった。



何故だ…

こんなにも魔物の軍勢を率いて実りを焼き払い、多くの命を奪い、はたまた人を…このような形に晒してまで

この世界に息吹いていた下劣で悪逆非道の魔神がこうも容易く首を執られる等と…



吐き出しきれぬ怒りに私は嘆いた。



結局、戦いに勝ったとしても

私の中に残された異質の魔神の洗礼は私の後ろ髪を引っ張り続ける事となる。



討伐が終わり、首都エレオスの無残に殺された民らを弔ってる時の事である。



その産声は、並べられた死者らの傍らで耳にする。



「何事だ?」



死者一人一人に祈りを捧げていた神官であり、私の弟のマルスがその産声が聞こえた場所から慌てたように近づいてきた。



一人の赤子を抱き抱えて。



「その子は」



「どうやら攫われ贄にされた女性の一人が身ごもっていたらしい」



「まさか―…そんな」



私は狼狽して、その赤子の母親だった“それ”に近づく。

首は落とされ、両腕すら形を崩し失われている。

母親である前に人としての在り方を奪われながらも、この母は腹の中でこの子だけでも生かしたというのか?


なんという胆力。神による采配だと言われようとも、この母は確かにあの地獄で命を残していったのだ。

私は名も知らぬこの母に敬服した。



「どうか…この者に安らかな祝福を…」



「マリア」



私はマルスから差し出された小さな赤子をゆっくりと差し出され、その布に包まれた小さな命をそっと抱いた。



「…小さい、それに…なんてか弱い存在なんだろう」



あくる日も、この手は何度も魔物の角を、牙をへし折り

目玉をくり抜き、尾を引きちぎった。

震える吐息を押し殺しながら剣の柄を皸が入るまで握り締め、

この瞳は幾度となく獣の流血を映し

この耳は幾度となく獣の断末魔を聞いてきた



だからこそなのだろうか



この感覚に覚えがある。

魔物狩りを生業としていたホプキンス家の君主であったかつての父と共にした

最初で最期の小さな旅路。魔物というものを介さず、家族として共に在ったあの旅路で父が見せてくれた旅の果ての景色。



「マ、マリア‥?姉さん??」



気づけば私は涙を流していた。

そして、見下ろす先にある小さな命を眺めてあの時のように

「ああ、報われたな」等と小さく心の中で呟いた。



そう何も残らなかった訳ではない。

この戦いで、確かに残されたのだ…



この小さな命。




―そして、レメゲトンが残していった“遺産”が。








この赤子は私が養子として迎える事となった。


我が娘、名を“アリア”と名付けた。

数年が経った中、アリアに関して後に解った事がある。


あの子には魔力という概念を持つ事が無いという事。


本来魔力というのは人間が年を重ねその環境によって魂に刻まれた情報を以て

色…すなわち属性を有する事になり。時間によってそれが人の体内へと蓄積されるものだ。

しかし、アリアの身体には魔力の反応すら無く当然ながら魔術を使いこなす事が出来なかった。



「これは俺の推測になるんだが、アリアはレメゲトンの儀式によって天使と成り果てたあの女性から産み落とされた事で

天使の血を半分引いているのでは無いかと思っている」



人が魔力を用いて使う魔術は、世界の物質や概念を隷属的に扱うという意思を根源にしている。

支配欲、それこそが“魔”という源の因子なのだと。


しかし、天使が居るであろう“天”というものはイメージこそ白…光の魔術を根源にしていると思われがちだが

それは大きな誤解なのかもしれない。“天”は我々の要るこの世界より上、それは物理的な上という訳でなく

意識的な俯瞰。それこそ、我々の世界の万物の過去から未来までをも全てを隷属的に監視する存在なのだと

そして、古き文献にはこう書かれていた。


天使は人に干渉しない。

天使は人を律する。

天使は人と交わらない。


天使は天使として人が使う魔というものを持たない。

だからこそ我々の世界を人すらも属性のように隷属的に扱う者だとするならばその権威は計りようも無いだろう。

だがそれは天という概念に繋がっていてこそ扱う事の出来る力。


つまり、この世界で天使の血を持ち、人の肉体で有り続ける限り

アリアは魔を持つ事のないだけの人間でしか無いという事だ。




神官であるマルスはそのように言っていた。



「お前の言う事は分からん。つまりはアリアは天使の血が流れている故に魔術の扱えない人間ただそれだけなのだろ?」



「…そうさ、“天”に繋がりさえしなければそれこそ何も無いただの人だ。だが―」



マルスは庭で無邪気に走り回る小さな女の子、アリアを眺めて溜息をつく



「あの子は天使に関わる全ての行為の媒体としては十分すぎる。その肉体が生きていようが、死んでいようが…」



「にわかには信じ難い話だ。あの魔神が天使の降臨を成功していたとでもいうのか?」



「…あの日、あの凄惨な光景。逆さ吊りにされていた女性が漏らしていた言葉を俺は覚えている。

『殺せ、ころせ』と言っていた。どの女性も口を揃えて同じように言っていた。俺はそれに違和感を覚えていたが…

ひょっとしたらあの言葉は、人という肉の中に押し込まれ恥辱の限りを尽くされた“天使”らの切なる願いだったのかもしれない」



「…確かに、その考えの通りであるならゾッとしないな。それはまるで我々人間が獣の中に

無理矢理意識を押し込まれたような事と同義だからな」



「獣…あるいは、虫であるかもしれないよ。マリア」



「…この話は真偽に関わらず、だれかが知れば碌な事にはならんだろう。マルス、この事は他言無用にしてもらおうか」



「…ああ、わかったよマリア」



「ところで、“アレ”はどうなっているんだ」



「ああ、グリム・トーカーの事か?」



「どうにも持ち主を失った瞬間、暫くは黙っていたくせに、今更急に口を開いたと聞いているぞ?」



斃されたレメゲトンの遺した剣。

一つ目のような宝石を埋め込まれた禍々しい刀身の魔剣。


回収した当初は忌々しい見てくれ以外は特に変わりのない剣ではあったが


エレオスでの討伐から数年経った今になって、『窮屈だ』『退屈だ』等と急に口を開き

『主を所望する』と言ってきた。


古の渦を研究する者らはそれを大変に珍しく思い、後のことを考えずに色々な剣士を呼んでは

「この者こそが主だ」と言っては、要求している魔剣本人が『これは主では無い』と否定され

それを何度も繰り返しているそうだ。



「随分とグルメな剣があったもんだ」



「ああ、今回もどうやら名だたる剣士を何人も募っているが…『お前では無理だ』『お前には扱えない』だの拒否の一点張り

無理矢理振ろうとしてもナマクラの剣よりも酷い切れ味で、使い物にもならない。

そのくせ『主はまだか』とか『主を寄越せ』と執拗に要求してくる。

あいつのせいで剣士として失格なのではないかと心に影を落として帰る剣士も少なくない」



その結果、その魔剣は喋るという事もあってグリム・トーカーと呼ばれるようになったそうだ。



「くっくっく。どうせ主なんてものは見つからないさ。魔神がこさえた剣だ。魔剣だ。あいつが待っている主というのは

どうせ同じ同郷である魔神に違いないだろうよ」



「僕としては、未来の英雄をああやって選別して、精神的に潰しているとしか思えないよ。正直やめて欲しいくらいだ」



「マルスは優しいな。あんなナマクラが放った言葉一つ程度で左右されるようなひ弱な剣士は

寧ろ剣を握るのを止めるべきだと私は思うぞ」



「…」



マルスは口をつぐみ俯く。

そこで私は弟に対して失言だった事にようやく気づく。


そうだ。そうだった。

彼ももとは剣士を志していた者のひとりだった。


父のように強く、気高き剣士になろうと夢見ていた男だ。

だが、それも当の父に突き放されるように言われた言葉によって見事に夢は潰えてしまった。


父の言葉はマルスにとって相当なものだったのだろう。

剣を手放し、彼は神官としての道を歩む事となった。



…だが、私は父の考えが、言葉が間違ったとは思っていない。



弟は優しすぎたのだ。殺す事に対して一つ考えを差し込んでしまう。

どんな命に対しても、勿体無いとおもってしまうのだ。

剣の道とは、刹那の道だ。

相手と対峙した瞬間に未来は一度絶たれ、思考を上回る感覚でその目先の命を以て未来を切り開くしかないものだ。


どうにも考えがすぎるマルスには相性が悪い。

だからこそ、父は弟の剣に対する矜持よりも、愛しさを選んだ。


だが、きっと彼の中ではいつまでも父の言葉だけが、父が死んだ今でも生き続けているのだろう。

爪痕として残り続け、“こう在りたかった”自分との葛藤に死ぬまで苛まれ続けるのだろう…



だからこそ、私の先の言葉はそれを想起させてしまった。



「すまない、姉さん。俺はこれで失礼するよ…」



「あ、ああ…」



マルスが背を向けた瞬間。アリアが小走りで近寄ってくる。



「おじさん、もう行っちゃうの?」



指をくわえながら別れを惜しんでマルスの裾を引っ張る娘。

それを宥めるようにマルスは優しくアリアの頭を撫で



「ああ。アリア、またな。今度また美味しいお菓子をいっぱいもってくるよ」



「やった!」



その場を後にするマルスの背中がどうにも寂しく感じた。

胸中を理解はしている。だが、彼にとって今の自分が立派であり、生きていて感謝していると思われている事実を知るには

自身ではあまりにも難しい事なのだろう…



そして、彼の気持ちをもっと真摯に受け止めていれば

彼の心の声にもっと耳を傾けていれば




この後の悲劇は起きなかったのだろうかと、私は後悔している。










『お前こそ、我が主に相応しい』



それは、ある日


魔剣がマルスに言った言葉だそうだ。

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