80:外道なる者
西の大陸…とある王都にそれは存在していた。
王国の民が…ましてや王族の者らでさえ知る由も無い、地下深くに存在する
魔業商と名乗る者どもの魔導研究施設―
「よし、これで終わりっと。かんせーい」
ローブを被る少女は、自身の手で仕上がった目の前の“作品”に
手に持った筆をゆらゆらと遊ばせながら恍惚とした声を漏らす。
「うん、うん。やっぱり面白いほうがいいね」
何十にも巻かれた拘束具に縛り付けられながらも藻掻く“それ”は
既にかつての神父の面影はなく。
体中に多くもの縫い跡、幾つもの魔術の刻印を刻まれていた。
そして、その顔には目を開かぬように縫った糸をさらに釣り上げさせられて
むりやりにニッコリとした表情を作らされている。
そして、それに合わせるかのように白の化粧を塗りたくられ
紅を口から上にかけて惹かれていた。
「はい、チャームポイント」
ローブの少女は無邪気に小さな手に持つ丸い玉を彼の鼻の上に被せる。
赤や黄色の賑やかな服装に様々な装飾品首には襞襟が巻かれ
二つに弧を描き分かれた先端に星型の装飾と十字架をぶら下げた帽子。
それは正に、道化師のそれであった。
「ぶはっ!」
その滑稽な様にスーツ姿の男は思わず吹き出してしまう。
「こりゃあ、もう神父の面影すらねぇ。完全に催しによく見る玉転がしじゃねえか
宮廷魔導師というよりは…宮廷道化師だな!!」
「ホント、勿体無いよねぇ。闇魔術による範囲重力の魔術まで会得しているのに
似合いもしない、得にもならない治癒魔術なんかに人生を棒にふっちゃうんだからねぇ。
まぁ…全ては君の周りに渦巻く環境がそうせざるおえなかったんだろう。
神様ってのはひどい事をするもんだよね。ジョイ」
「あ゛あ゛、でぃぞるご、わだま、わがるだな!」
「ふふ。安心して。ボクがちゃんと、ちゃーんとその力を
それと君が最後まで隠し通したつもりでいる『魔眼』も。しっかりと使わせて貰うからさ。ほら、仲良くしようよ」
「ぜだ、あるヴぇだ!らがい!!」
少女が何度話しかけてもジョイは対話に応じる事はない。
「…亜荊棘姫」
「わかっておる」
亜荊棘姫はため息をつくと
ジョイ・ダスマンの前に立ち、その手で彼の胸元を指先でそっと触れてなぞると
「あ゛あ゛?」
そのまま胸の肉を穿ちグチュグチュと生々しい音を立てながらその中を直に探る。
「あが…?あが…」
口角を釣り上げて笑う表情を見せながらも
ジョイの身体はその唐突な行為に反射してくすぐったそうに身を小さくよじらせる。
「んー。やはりな…どうりで妾の『心器』の効果が拙いと思ったわ…
こやつ、魂は夢見心地の筈だのに、この身体だけは必死に抵抗しておる。なんとも可愛げのある事」
亜荊棘姫は顔色を一つ変えずに、触れた心臓を引っ掴み
「がっ…」
握りつぶした。
「大丈夫なの?」
心臓を潰されたジョイはガクンと項垂れ、動かなくなる。
「安心せい。『心器』の力によって魅せられた夢でこやつの魂はちゃんと導かれておる。
もともと心臓などというものは必要の無いものよ。直にこやつも犬のように言う通り動く従僕と成り果てよう」
亜荊棘姫は淡々と引き抜いた潰れた心臓をジョイ・ダスマンの前にそっと差し出すと
彼は赤鼻を揺らしながら大きく口を開け
掌に乗っかっている己が心臓を躊躇なく貪る。
もはや彼には“それ”が何であるかも
縫わされて封じられた瞼の先で何が起きているのかも理解出来ていない。
彼はもう“夢”だけを見ている。夢の中だけで生きている。
魂だけが魅せられた幻影の庭の中で見続けている。
自身の現実と肉体を置いていったまま。
「ふふ、心器『慈悲なる園―』。魂こそが意識の本質であり、そこに干渉すれば幾らでも相手に“自分が見せたいもの”
を見せ続ける事ができる。相変わらず面白い力だね。君の持っている呪術は」
少女の言葉に、フンと鼻を鳴らして長い黒髪をかきあげると、片耳につけた大きなチャームが妖しい光をチラチラと放っている。
「…それで、ねぐあてぃおと呼ばれる魔眼の“片割れ”は見つかったのか?」
「んー。それがねぇ―」
「マスタァー!ただいまぁ!!!!」
ドダン、とぶっきらぼうに扉を開き地下一帯に響く程の叫び声が聞こえる。
「丁度良かった。キオ、どうだったかな?」
「ん、あの後で教会は確りとお掃除しておいたけど…言われていた『魔眼』のもうひとつは結局出てこなかったよー」
「…そうか、それは残念だ。『魔眼ネグァーティオ』。古の渦の深淵に佇むとされる不動の魔神が双眸。彼の魔神を討ったとされる
指折りの英雄が持つとされていた至宝の一つ…もう一つの『魔眼』は何処に行ったのかなぁ…ねえ?ジョイ
教えてくれないかい?」
「…」
道化師は何も答えない。
「ちぇっ。まぁいいや…あっ」
ローブの少女はふと思いついたように言う。
「でも、魔眼の効力の検証は必要だよねぇ。例え、片割れだったとしても…魔力を持つ素体がそれをどの程度扱えるのか、さっ!」
ぶつりと
少女は「ちょっと借りるね」と言いながらなんの躊躇もせずに道化師の片腕をその手で、引き千切った。
そして、その腕を貰ったおもちゃのように大事そうに抱きかかえると踵を返して
「それじゃあ、もうちょっと弄ってみようかなぁ。あ、みんなは邪魔しないでねーそれ以外なら暫くは好きにしていいからさ」
「へいへい。そんじゃあ、俺はここの外にでも出てデザートでも嗜んでくるかなぁ。」
スーツの男は口笛を吹きながらその場を後にする。
「んー、ゼタは自由人だねぇ」
「私もー。ちょっとお出かけしてくるー。お腹空いたしー」
「行ってらっしゃい、キオ。お掃除お疲れ様」
ゼタの後を追うようにキオーネも手を振りながらその場を去っていく。
「妾は変わらず、お主と共におるわ。なに安心せい、邪魔などはせぬ」
「そう?ありがとうね」
二人はそのまま研究室の奥にある闇の中へと消えていく―
魔業商。
魔力を多く保持する産物を倫理観という枷を捨て去って蒐集し研究する組織であり、略奪者。
その行為は残忍で狡猾、倫理観さえも厭わず
欲しい“素材”の為には手段を選ばない。
それが例え、物であろうと、人であろうと…
そして、そこに“人間”と呼ぶべき存在等、誰ひとりとして存在しない
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
ギリギリと、人喰いピエロは大きく身体を拗らせる。
大きな口を開け、ぶちぶちと自身の胴の肉が引きちぎれる事も厭わずに
上体を180°ひっくり返してアリシアの方へと向けようとする。
「っ―!…パパ!?」
『く…そおぉ…!!』
意識を必死に保とうとする。
俺は何を見せられた?
この男の記憶?
違う、この男の“肉体”が残した記憶を読み取った映像が俺の中に流れ込んできている…?
守るべき子供たちを無残に殺され
その現実を受け入れる事が出来ず
失意に瞳を閉じて現実を否定した男の末路
あんな惨たらしい結末の中で、こいつの意識はその事実を夢だったと刷り込まれている。
己の過ちに気づいて
必死にその償いをして
救われない者を手の届く限り救おうと、導こうと
誰かに愛されたい、愛したいと…
そんな願いを、思いを…
全て踏みにじられた。
そんなのって…あんまりじゃないか…
「があ゛あ゛!!」
捻じれきった上体のまま長い腕を伸ばしてアリシアの両肩を掴む。
「あ゛、あ゛っだが…い゛」
「ぐっ…!?ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ジリジリ、と掴まれたアリシアの肩が紅い稲妻を走らせ
彼女は大きく叫ぶ。
まずい
俺の魂が一つでも乖離されている以上、彼女持つ超再生は発動しない。当然痛みすらも伴う。
俺は瞬時に分かれた各々の魂を急いで戻そうとアリシアの持つ魔剣に駆け寄る―
『―っ!?』
駆け寄った魂が二人を前にして弾かれる。
『なんっ…で!?』
まさか
『魔眼…!』
道化師が反射的に認識した魔力を弾いているのか…!
くそっこのままだと、アリシアがっ
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
『…もう、やめろ!やめてくれ!!』
道化師に俺の声は届かない。
そして、彼の顎が大きく開かれて、アリシアの顔へと近づく。
間違いない
アリシアをそのまま頭から齧り付くつもりだ。
「ぐらうぐらうぐらうぐらうぐらうぐらうぐらうぐらうぐらうぐらうぐらうぐらうぐらう!!!!」
『くっそおおおおおおおお』
俺はメキメキと音を立てながら、魂を魔眼の反射に抗って突っ込もうとする。
しかし、勢いで近寄る事が出来てもすぐに押し返されてしまう。
『アリシア!アリシア!!』
どうすれば…!どうすれば!!!!
パンッ―
俺の思考をも貫く程の乾いた音。
『え』
道化師を見る
下顎が撃ち抜かれ、首を傾けている。
パンッ、パンッ、パンッ―
続けて三度、銃声が上がった。
道化師はその音数に合わせて、アリシアから離れ踊るように身体を大きく揺らす。
「…あ゛、あ゛、あ゛」
ヌチャアと音をたてて道化師の胴に差し込まれた刀身が抜かれ
道化師は二歩三歩よたよた歩きで後ずさり倒れる。
…解放されたアリシアは糸の切れた人形のようにそのままどさりと膝をつく。
「はぁ…はぁ…ぐっ…」
『アリシア!』
呆気に取られてしまったのも束の間、俺は肩を抑えて痛む彼女に急いで駆け寄って魔剣の魂と複合させる。
すると、ジリジリと紅い稲妻を走らせて、焼かれたようにボロボロになった肩を再生させる。
『大丈夫か?』
「う、うん…」
道化師を見る。…動かない
『…やったのか?』
「何故―」
反対側から何者かが語りかけてくる。
「…何故、お前がここにいる。魔剣」
声の主は、アリシアの祖母であるマリアだった。
どうやらこの危機的状況を救ったのは彼女のおかげなのだろう。
銃を構え、肩を上下に大きく揺らして呼吸を整えている。
奥に待機させている馬を見るに、どうやら急いで駆けついてきたのだろう。
整え終えた声は震えており、怒り以上の動揺を隠しきれない様子だった。
だが、俺は一度冷静になった
『それは、寧ろ…こっちのセリフなんだよ…。あんた、今まで何処を―』
「っ…!!」
マリアが、唐突に腰に携えていた剣を抜く。
そして俺らを通り過ぎて駆け出す。
「フウッ、シッ!」
呼吸に合わせて繰り出した剣撃は、ゆっくりと俺たちの背後から這いずり寄ってくる道化師へと当てられた。
道化師は声すらも上げることなく、肉と刃が擦れ合う音だけを響かせて再びその動きを止めた。
『―わかっただろ。あんたが…目を離した隙にこんな有様だ』
「…」
『この子を助けた事に対してあんたに恩を売るつもりなんて毛頭もない。
俺だって、たまたま居合わせた結果、この子を救えたにすぎない。
でも、これだけは言える。俺はもう、この子の側を離れるつもりは無い。絶対にだ』
「…なんだと?」
『この子は確実に命を…いや、中にあるであろう強大な魔力を第三者に狙われているんだ。
あの時は、あんたの立場に対して面食らってあんな事を言ってしまった。
でも、もう契約なんかはどうでもいいんだ。俺は、この子から絶対に離れないと決めた』
「…そうやって…そうやって何人もの人を…私の身内を絆した後に、葬ってきたと思う。魔剣よ」
『俺は、あんたの知っている魔剣とは違う』
「笑わせるな。“その言葉”でさえ何度聞いたと思う?
それに頷いて何度も私の側を離れた者が何を残していったかわかるか!?」
マリアは俺に対してめいっぱいの憎しみをこめて指さす。
「お前なんだよ。魔剣…」
『…!』
「っ!おばあちゃん!!後ろに…!」
そんなマリアの背後にフードを被った何者かが唐突に現れる。
「っ」
アリシアの言葉に反射して踵を返してそのまま剣を振るマリア。
しかし、その剣は空を斬るだけ。
「すごい。すごい魔力だ…」
人の身でないにも関わらず、俺の魂に染み込んでくる背筋を這うような悪寒。
その“少女”の声はすぐ側、アリシアの隣に居た。
唖然としたアリシアの腕をひたひたと触り、感嘆している。
「…ねぇ、あなたは…?誰…?」
アリシアはその場では抵抗せず、冷静さを保ちながら自身に触れるフードの少女に問う。
しかし、その質問に彼女は耳を傾ける気配は無い。
「何色にも綿密に施された魔力。本来人の魂に刻まれる魔力の属性は良くて二色まで…
三色抱えているという伝説の賢者の話も耳にした事はあるけど…この魔力にそれは到底及ばない。
まさに神の所業…?いや、神そのものだよ…!キオの言う通り、素晴らしい素材だ」
『おい』
「どうして、ただ一人の少女にこんな魔力が…!?いや、少女?違う…“これ”は
魔力そのもの?」
『おい!』
「…?」
フードの少女は俺の声に反応して周囲を見回す。
『こっちだよ』
「………」
フードの少女はようやく魔剣に気づいて顔をこちらに向けた。
「…すごい!!喋る剣、俗に言う魔剣かい!?」
『そうだよ』
「いい!実に素晴らしい!!このギルドに眠るとされる“聖骸”を貰う寄り道にしては身に余る拾い物だよ!」
『“拾い物”…?』
こいつ、何を言ってやがる?
まるで俺たちを既に自分が手に入れた事のように―
ブツリと
なんの躊躇もなく。そいつは
アリシアの腕をその細腕で引きちぎった。
「…あれぇ?」
フードの少女は引っこ抜いた腕が直ぐに夢散したのを見て困惑する。
『てめっ…!』
アリシアはあまりにも予想だにしない凶行に咄嗟にフードの少女を突き飛ばし
迷う事無く握り締めた魔剣を振り下ろした。
そして、それに合わせるようにフードの少女の背後をマリアが取り、躊躇なく剣撃を繰り出す。
挟み撃ちだ
―しかし、その攻撃はどちらも空を斬るだけ。
その場所には既に誰も居なかった。
「物騒だなぁ。そんな殺気立たないで欲しいな」
フードの少女声は、少し離れた道化師が横たわる場所で、平然とした態度を見せて言う。
―思い出した。
俺は“こいつ”をついさっき視た。
この道化師…彼の神父であるジョイ・ダスマンの肉体に刀身が触れた時に流れていた記憶。
『魔業商―』
その名を呟くと、少女は呆気に取られたように口をポカンと開く。
「驚いた。君には予知能力があるのかい?それとも、僕らの事を知っている?
どこで?情報源はどこだい?」
『さぁな。だが、俺は知ってるぞ。お前らが大層なロクデナシだって事はな』
俺の言葉に少女はカンに障ったのか、ピクリと反応する。
「ひどい言われようだなぁ。僕はただ、僕の為だけに用意されたこの世界で
崇高な魔術研究、ひいては大いなる楽園への到達という偉大な使命を遂行しているにすぎない。
そして、その大いなる研究は僕という存在を知らしめる為の素晴らしい芸術として世界に承認されなければならない」
僕の為だけに用意された世界?随分と大きくでたもんだ
『まるで神様気取りか?』
「やめてよ、神様?信仰と祈りを餌にして限りなく在り続ける豚と一緒にしないでおくれよ
あんな気長でつまらない奴と僕は違う。僕たちの命は有限だ。限られた時間は有効に使わなくちゃね?」
風が吹き荒れフードで隠された少女の顔が明かされる。
その髪は短い白髪に整えられた表情。
その瞳は緑色で輪郭を縁どられ、その内側は漆黒の黒、そしてそこから覗かせる青々としたハイライトが
己が矜持の為に前見据え、すべてを我が物とするその姿勢。
確かに、こんな少女のナリをしているにも関わらず大人が後ずさりするであろう探求への姿勢。
その為に倫理観、一般常識も厭わず。無邪気に邪を吐き出す“それ”が神様であるわけがない。
どちらかと言えば、『魔王』と呼ぶに相応しいだろう。
「改めまして、僕の名は“スフィリタス”。魔業商の筆頭であり、“天使”と“魔神”の血をその身に宿す者」
彼女は、スフィリタスはそう名乗ると大きく足で地を叩き
そこから赤と青の螺旋状の光を、走らせる。
それは彼女の周囲と横たわる道化師を包み込むと
その螺旋の光が道化師の身体へと侵食していく。
「“強制修復”」
スフィリタスのその機械的な声で出される言葉
それと同時に道化師の身体を這うように侵食していた螺旋の光が
抉られた傷を、銃弾によって穿たれた銃創を
無理矢理、溢れ出た“肉”によって埋めていく。
「教えてあげるよ。なんで生きてすらいないこの“人形”を衝動的に人を喰らうようにさせているか」
『…』
「直す為の…それも自分の身体と同じ“肉”をちゃんと身体の内側にとっといて欲しいからだよ」
それは、やはり俺たちにとって理解出来ない考えだった。
相容れない思考に俺も…アリシアも戦慄を覚えるしかない。
「“再起動”」
損傷した。という事実が嘘のように道化師の肉体が最初の時のそれと変わりない姿へと戻っている。
肉体を修復され、直立に立たされた道化師は愛嬌を見せつけるように首を大きく曲げて傾げる。
「べれぐえっそ。で、で…でででででででででででででででででででで」
身体を小刻みに揺らして壊れたおもちゃの様に狂った声を荒げるジョイ・ダスマン
「はい、直ったなおった。さ、もっかい行ってきてね。僕は“別の場所”に用事があるんだ
ちゃんとその二つ…持って帰って来てね」
スフィリタスはポンと道化師の背中を優しく叩き、そのまま去ろうとする。
…別の場所??
本来の目的は俺達では無い?
ならば一体何が目的で、このギルドを襲撃したんだ?
―聖骸
スフィリタスはそう言っていた。
俺達を奪う事は、聖骸を貰う寄り道だと
「まさか―…駄目だ…そんな」
去っていくスフィリタスに対して気づいたのか
狼狽した素振りを見せるマリア。
そうしたのも束の間、再び立ちはだかる道化師はいつものように口を大きく“にちゃあ”と開き
先ず、狼狽えているマリアへと走り出してきた。
「っ…!?」
躊躇う事なくアリシアと俺は道化師の繰り出す拳を弾き返し、マリアを守る。
『しっかりしてくれ!一体どうしたってんだ!?』
「…!?」
マリアは目前の出来事に我にかえる。
アリシアはそのまま大きく魔剣を二度三度振り、躱していく道化師を少しでもマリアから距離を離そうとする。
『マリア!あんた何か知っているのか!!』
「…」
『マリア!!!!』
「…急がねばっ」
『ああ?』
「あの小娘を追わねば…!阻止せねば…!!」
『だから!あいつが何を狙って何処に向かっているんだ!!教えてくれ!!スフィリタスは聖骸と言っていたぞ!!』
「あの小娘が狙っているもの…それは」
マリアは口にすることを拒む喉から、懸命に搾り出すように続けて言う。
「アリアだ…」
「え」
アリシアはその言葉に手を止める。
「天使の血を引く我が娘…アリア・ハーシェルの聖骸を…あの小娘は狙っている」