彼は夢を見続ける
西の大陸。その辺境で私は静かに過ごしていた。
「どうか神よ。我らに慈悲を―」
小さな教会の奥で静かに佇むのは我らを、世界を創りし女神アズィーを象る像。
曰く、万物の始まりは全てが流れる“こと”でしかなかった。
曰く、女神は極界より大いなる力を紡ぎ世界を創造した。
曰く、女神は世界の全てに試練を与えた。
曰く、女神は世界に十の役割を与えた。
曰く、女神は争いの絶えない世界に罰を与えた。
曰く、女神は変わらず世界の頂きにて“約束”を待ち続ける
かつて西の大陸で続けられた長きに渡る戦争。
当時王国と王国、そして王国と隣国に3つもの国が一つの国として統合する為の
大きな戦争が始まっていた。
他の2国よりも大きく栄え、大きな塀に囲われて守られていたそこは王都と呼ばれていた。
その宮廷魔道士として仕えていた私がやってきた事は
私の教えに従い魔力によって人を殺す術を得た者を弟子と呼び
“外側”の民を殺すように弟子たちに命令することだった。
当然、私も前線に立ち、逃げ惑う民を遠慮なく“すり潰して”きた。
そして、情に嗾けられて逆らう弟子でさえも容赦なく殺していった。
当然だ。私は物心つく頃から人の心を理解する前に
魔力の仕組み、魔術の理論その他を含めた知識という知識を理解しろと教えられたのだ。
その為なら足りないものなど無く満たされないものなど無い優遇された環境。
そんな中で人の心を知らぬまま大人になった私には…命の尊さなど知る由もなかった。
それどころか当時天才等ともてはやされた私はそれを鼻にかけて全てを見下し
それを侮蔑する者が死にゆく様をただただ嘲笑っていた。
だが、愚かにも戦争は敗北。
我が王が、己の過ちを認め自ら敗北宣言をしたのだ。
どのような心替わりがあったのだろうか今では知る事が出来ない…しかし
結果的に、国同士の和平の見せしめとして
私を含めた数十名が、平和の反乱分子として処刑される身となった
なんとも馬鹿げた話である。
王の為に仕え人を殺し続け、王の為に悪として死す。まさに道化のそれに違いない…
だが、それでもいいと思っていた。
それならば、立派に平和の礎として悪を担おう。
命の価値すらも理解出来ない者は…自分の命にさえ価値を見出す事がなかったのだ。
しかし、それは表での話。
実際に私は…ただひとり残された弟子に救われる事となった。
“あなたを、このまま死なせるには勿体無い”
当時…私は弟子から言われたこの言葉の意味を理解する事が出来なかった。
しかし、あいつは笑っていた。
何故―…
弟子が私の影武者として処刑された日
私は王国から隠れるように必死に逃げ出した。
すれ違う民たちは皆が皆、諸悪の根源の征伐をひとめ見ようと王国の中央へと走り出していた。
「あのクズがついに殺される!」
「あいつがいるから戦争は終わらなかった」
「殺せ、殺せ、殺せ」
「世界が平和になる瞬間だ」
「さぁ!殺せ!」
「殺せ!殺せ!殺せ!」
「平和よ!平和よ!」
「悪を殺せ!」
中央で処刑される弟子を前に、観衆は大きく喚く。拳を掲げる。天を仰ぐ。
しかし、放たれた言葉を一身に受けたのは間違いなくこの私だった。
騒めく歓声に耳を塞ぎながら、私は王国を去っていく
それは私にとって忘れられない日になった。
とにかく遠くへ―
私の名が響かぬところへと、暫く逃げ続けた先は
ただ一つぽつりと風車が佇む小さな貧しい村だった。
その身一つを守るようにローブを被り
ふらふらと村の中を歩く。
そう…怯えながら逃げ続けた私の体力にも限界が来ていた。
意識が遠のき、道の真ん中で遠慮もなしに私は倒れる。
もう四日近く喉に何も通していない。水すらも
土だけで固められた道、そこに頬を擦りつけ
だらけた舌が苦い土を掠める。
もう身体は動くことさえかなわない。
誰か…だれか…
すれ違う村の人々はそれを忌むように距離を置いては
見て見ぬふりをする。
…当然だ。
こんな死にかけの人間一人に対して施しを与えられるほどに
この小さな村に余裕なんてものがあるだろうか?
私だったら邪魔だと蹴飛ばすに違いない
…みっともなく這いつくばり、このまま私は死ぬ。
「そうか―…」
弟子は言っていた。“このまま死なせるには勿体無い”と…
あいつは私に勝利という大いなる正義の前で悪として処刑される事を望んでいなかったのだ
ただ、一人の愚かな人間として…土を噛みながら死に絶える方がお似合いだと
そう思ったに違いない。
自身の命を天秤に掛けてまで…奴は私の死に方を選んだのだ。
私が弟子らにしてきた事を考えれば…そうとしか思えないだろう
「ぐ…う…」
あやつの思惑がやっと解った所で、もう既に遅い
私は物凄い悔しさに見舞われた。
薄れゆく視界の中
土の味をどんどんと覚えながら「クソ…」と最後にそう一言呟いた
―真っ暗な視界の中、パチパチと炎が燃える音を聞く。
ああ、ここが死の果てなのだろうか
鮮明になっていく意識の中でゆっくりと目を開く
「あ」
目が合った。
小さな頭で覗き込んできた少女がゆらめく炎を背景に声を漏らした。
「兄ちゃん、目を覚ました!」
少女は叫びながら奥へと誰かを呼びに行く。
体は思うように動かない…
私はゆっくりと周囲を見渡す。
―なんともみすぼらしい場所だ。
どこもかしくもすきま風が入り込み
隅には蜘蛛の巣が陣取っている。
「おい」
奥から少年の声が聞こえる。
「あんた、魔術師だろ…?」
「…」
答えるには喉が渇きすぎていた。
「…ったく」
少年は、小脇に抱えていた水筒を前に差し出し
私の口へと流し込んだ。
「…がっ‥ごほっ…ごほっ…」
久しぶりの水に私はむせ返りながらも、
少しでも満たされていく渇きに私はその施しを甘んじて受け入れた。
「あ…!おい!!」
少年の手から水筒を奪い取り、ごくごくと水を喉に流し込む。
口の中に土の味を残していようが構うまい
私は水を飲み干すと、舌がようやく滑らかになったのか
呆気に取られた少年を前に口元を拭って問う
「何が目的だ…」
「あ、え…その」
私は普通の人間より平均的に大きな身体だ。
上体を起こして見下ろして来るのがよほど怖かったのだろう。
だが、これだけは確認しなければいけない…
「私が、誰だか知っているのか?」
「知るかよ!ただ、あんたの腕にあるそれ…魔術師の父ちゃんと同じだったから…」
「父親がいるのか?」
「当たり前だろ!!…でも、西の中央まで戦争に駆り出されて…まだ帰ってこない」
私は非常に驚いた。何故ならこの少年の父親は
私の弟子のひとりに違いないからだ。
宮廷魔道士の弟子は皆、私と同じ魔術の刻印を腕に刻まれている。
「なんとも因果な事よ」
「あんたならきっと知ってると思ったんだ!戦争は終わったんだろ?父ちゃんは…いつ帰ってくるんだ?」
その質問に私は固唾を飲んだ。
何故ならもう…弟子はだれひとりとして生きてはいないからだ
「それは」
「父ちゃんはすごいんだ!この貧しい村を、復興させるって!戦争が終わったらいっぱい食べ物とかお金を持ってくるって!」
「…」
私は、次に出す言葉が思いつかなかった。
何も知らずに期待の眼差しで向けてくる少年に…後ろで隠れて見守る少女に
真実をどう伝えるのか思いつかなかったからだ。
そして…私は、胸の奥で感じる痛みにようやく気づきはじめる。
今までなんとも感じなかった感情が、今になって私の事を強く…つよく叱責する
ああ、苦しい…
私は今になって本当に後悔し始めた
なんならいっそ、私は処刑台に立ってただ一つの悪として死するほうが楽に違いない。
けれどもう遅い…
私は知ってしまった…
見ることのなかった人の痛みを、憐れみを
この心に刻み始めている
これは、きっと私に与えた神の試練であり、罰に違いない。
「…すまない」
「え?」
「お前たちの父親はまだ帰ってこれないようだ…。私は―」
私は初めて嘘をついた。
「私は君たちのおとうさんに頼まれて…この地へ来た。村を…どうにかするために」
かつての私にとって人の機微などを理解する必要もなければ
思った事をそのまま口にする事になんの疑問を感じていなかった。
だが…今は、とてつもなく恐ろしい。
たかだか一つの水筒に入っていた水程度で感じた恩義があったのかもしれない。
わからない…私には初めての事ばかりで…
ただ、わかる事は
私は償わなくてはいけない。
今までの自分自身という罪に苛まれながらも生きていく事が今の私に出来る自分の為の罰だと言う事。
そうする事で多少、私の心が救われる
「神よ…」
天上を仰ぐ、このボロ屋はひどく天井も風通しがいい…
そして、目に入った瞬く星空を不思議と私は美しいと感じた。
初めて私は神に祈った。そして、その瞬間に私は神に触れたような気がした。
この村を復興させるのはそう難しくはなかった。
私の持ちうる魔術の知識を以て、主に治癒関係からアプローチをかけ
近隣の村で名をジョイ・ダスマンとし、姿も偽って素朴なヒーラーとして営んでは多くの日銭を稼ぎ
名も顔も覚えていない弟子の子供らを養いながら、
自身の身につけていた魔導装飾も売り払い、村への援助金を送った。
そして、私の心にも変化があった。
援助金を受け取った村人たちの言葉…
ヒーラーとして、多くの人々を救う度に掛けられる言葉…
―ありがとう
その言葉に私は感銘をうたれた。
「ありがとう…か」
宮廷魔術師として一度だってもらったことの無い言葉を…
私は宝物のように胸の奥にしまっていた。
そしてその度に、私は人の“心”というものをもっと知りたいと思った。
少年の心、少年の妹の心
今は聞くことのない弟子たちの言葉。
もっと人の話が聞きたい
そして、それに対して自分がどのような答えを示すのか…自分の心も、知りたかった。
私は、村長へと相談を持ちかけた。
…小さな村に出来た小さな教会。
そこで私は神父として生涯を全うする道を選んだ。
今では近隣の村から祈りを捧げに訪れる者も増え、同じくしてヒーラーとして
呪術の解除を求める者も多くなった。
そして、かつての私のように罪を懺悔する為に独白する場を設け
私はできる限りその話を聞いて、できる限りの道を示そうとした。
―忙しく目まぐるしい日々でありながらも、かつてとは違って
充実した時間であった事には変わらない。
「ジョイせんせえ!」
「せんせえ!」
かつての弟子の子供らは私を慕いそう呼んだ。
いまでは戦争で親を亡くした孤児を含めて12人の子供養う程には大きな場所となっていた。
こじんまりとした教会の中で祈りを捧げながら、この子らが真っ当な大人へと成長するまで
私は責任を取って養う事を神に誓った。
誰かに慕われて生きる…それは私にとっていまだかつてない
まるで夢のような日々だった。
そんな日常の中である日、教会に“やつら”が訪れた。
「さがしましたよぉ?“元宮廷魔術師”サマ」
数人で教会に押し寄せて来たのは、このような場所に立ち入る事もなさそうな怪しい者たち。
一人はその身をローブで隠し
一人は、この大陸の文化とは異なるであろう風変わりな格好をした女性
そして、もう一人は飄々とした態度を見せる…神を敬う者としては縁遠い年配の男。
「なんの用だね?」
私は子供らを別室へと匿い、教会の真ん中で相手と距離をとって話をする。
「おおう、警戒しているねぇ。こわいこわい。別に取って食いはしませんよって。
ちょーっと、お話がしたかっただけさ」
「お前たちに話す事はない。早々に立ち去ってくれないか」
私は嫌な予感がした。
悪寒…というべきか。
野盗、山賊の類がこの場所に金目当てで襲いかかる事は今まで何度もあったが
私にとっては大した問題でもなく、“適切な対処”をしてきた。
しかし、こいつらは違う。
謎の男と女性の間に挟まれたローブで身を隠す存在。
そいつからは、異常なまでの冷気の魔力を感じた。
そして、何よりも…私以外知る者が最早いないだろうと思っていた
私自身の過去。
…何が目的にしても、ここは知らぬ存ぜぬと突っぱねるしかない。
「申し訳ないが、帰ってくれ。この場所は神聖な神の祈り場。お前たちのような者らが来る場所では無い」
「貴様、侮辱しているのか?」
黄金の瞳で睨みつけた黒髪の女性は、口元の紅を歪ませて牙を向ける。
その威嚇をローブの者は彼女の前に腕を出して制すると
「…またくる」
と、鈴を鳴らしたような小さな少女の声で囁き
三人共にその場を後にする。
教会の扉が大きな音を立てて閉まる。
同時に扉から入っていた光が遮られて
自分しか居ない教会の中がひどく薄暗く感じた。
「せんせえ…」
振り返ると、心配そうに覗き込んでいたのは
弟子の子供であるカシムだった。
いまでは養っている孤児の中では一番のお兄ちゃんだ。
私は彼に近づいて、「大丈夫だ」と優しく頭を撫でた。
…今になって、この子との出会いを思い出す。
死にかけていた私に水を差し出して救ってくれたこの子の命…
これは女神アズィーが示した大いなる試練なのだ、
私は…絶対に守らなくてはならない。
この子たちを…
―その夜、私はひどく夢にうなされた。
“勿体無い”
“勿体無い”
“このままじゃ、あなたの苦しみを見続ける事が出来ない”
“苦しめ”
“後悔し続けろ”
“罪に溺れて、最後まで苦しめ…”
何人もの弟子たちが、私を囲んで私に唾を吐くようにして叱責する。
―わかっているとも…私が幸せを感じてはいけない…
罪は未だ私を苛む。罪は私をいつまでも蝕む。
一生をかけて後悔をし続ける…だから
もう少しだけ、“幸せな夢を見させてくれ”
「せんせえ!おい、せんせえ。大丈夫か!?」
誰かが私を揺さぶりながら、呼びかけている。
「カシム…か」
「大丈夫かよ、せんせえ。ひどいうめき声を上げてたぞ?怖い夢でもみたのか?」
心配そうに見つめていたカシム。
私は眉間を摘んで、暫し瞑目する。
「すまない。心配かけてしまったようだ」
ああ、あんな事があったからだろう。
私の事を宮廷魔導師なんて呼ぶ人間なんて金輪際現れる事などないと思っていたからだ
私にとって見ているこの世界、ここは私の小さな夢にすぎないというのに…
罪の意識が薄れていたせいか、油断していたせいか…
ひどく落ち込み、ひどく考え
私は思わず喉が渇いていた。
「…ほら。せんせえ」
「あ…」
カシムは私の前に水の入ったコップを差し出した。
「喉渇いてるだろうとおもってさ」
「…はは。ありがとう」
私はカシムの頭を撫でながらその水を受け取って一気に飲み干した。
「もう一杯いるか?」
「いや、十分さ」
そう。この渇きは決して終わる事の無い渇きだ。この子と出会ったあの日から
そして、今の私にはこれだけで十分…十分なんだ…
「カシム」
「なんだ?せんせえ」
「…君の父さんは…もう、帰ってくる事が無い」
…少しだけ…苦しかったのだろう。
この子が私に齎す優しさが
だから私は不意に罰を欲しがってしまった。
そんな矛盾した思いが一人歩きして出た言葉がそれだった
「私は…いや、君の父さんは私が殺した…」
「…」
「本来なら、カシム…君は私を殺してもいい権利をもっているんだ。
殺すまでに至らなかったにしても、その憎しみを私は一身に受け入れなくてはならない―」
「なぁ、せんせえ」
「…」
カシムは私の寝台の横に置かれていた水筒に目を向ける。
「その水筒…いまでも持っているんだな」
「…ああ」
手放す訳が無い。カシムからもらったこの水筒があったからこそ
今の私が居る。いまでも小さな夢を見続ける事ができる。
罪を償おうと、人として在る事が出来る。
「しっていたよ」
「っ―」
「あんたを拾った“あの時”から…あんたが戦争の…親父が死んだ元凶だって事も」
「ならなぜ!?」
「本当は、弱っているあんたからその言葉を聞いて…石でも頭に叩きつけて殺すつもりだったさ
そんで、あんたが身につけたモン全部売っぱらって金に変えるつもりだったさ…」
「なぜそうしなかった…!」
それでよかった。それでもよかったと。私は引きつった声で言う。
「だってよ」
カシムは俯きながら、悲しそうな顔をして言う。
「あんなしょうもない嘘をついたあんたの顔を見たらさ…そんな気分さえなくなっちまうよ…」
「カシム…」
「そんなに今でも大事そうに“あの時”の水筒を今でも持っているあんたを、一生懸命に俺たちを養うあんたを
父さんの代わりに村を復興させようとしているあんたを…一体誰が殺さなくちゃいけないんだ?
俺はあの時から気づいていたんだ。父さんを殺した宮廷魔導師ってあんたは、もう既にあんた自身で殺していたんだって」
「…」
「もう、いいんだよ。ジョイせんせえ。あんたは十分にやってくれた。俺は神様でもなんでもないけど
俺の為に罪を感じているんだったら…俺は、あんたを赦す…赦したい…」
「ああ…そうか…神よ…」
この子は、私が思う以上に立派だった。“あの時”から…
憐れむべきなのは私ではなかった。
真に憐れんでいたのは、何もしらぬまま死にゆくはずだった私を救った…ただ一人の少年だったのだ。
私はカシムをつよく抱き寄せた。
「カシム…すまない…すまなかった」
「せんせえ…へへ、あったけえな」
ああ、あったかい…。一人の人でさえこんなにもあったかいなんて思いもしない。
初めて、他人を抱きしめたのだ。
罪に囚われ続けた自分には、咎人として生き続ける私には必要のないものだと思っていた。
今になって、最後の弟子が残した言葉を思い出す。
“あなたをこのまま死なせるには勿体無い”
ああ、そうだとも…あやつは…私に色々と教えようとしてくれたのだ。きっと―
人として生きる苦しみを
人として生きる慈しみを
人として生きる喜びを…
神の創りたもうこの世界には、美しいものがいっぱい広がっているのだと…。
だからこそ、私は感謝したい。
この境地にたどり着いた運命を賜ってくれた神に…
気づけば…私の中にある渇きは、すでに無くなっていた。
ああ…だから、もう少しだけでいい。
もう少しだけ…夢を見させてくれ…
とっても美味しい…ゆめを゛
「あーあー。喰ってる喰ってる」
月夜に照らされた教会の中全てが赤く染まっている。
「喉の渇きが癒えたら次は、食欲ってかぁ?」
目を何針も縫われた神父は幸せそうに
ゴリゴリと
ゴリゴリと
肉を
内蔵を
頭を
子供らの四肢を食い散らかす。
「あ゛あ゛!し゛あ゛わ゛せ゛、こ゛れ゛、あ゛り゛でぃぐしゅ」
「夢なのか現実なのか見分けがつかぬとは。なんて可哀想な事」
「うへぇ、人間が美味しいのかね?嬉しくて涙流しているよ」
狂乱の神父は、囲む者らをよそに
もう動かぬ子供らの腕を引きちぎり
遠慮もなく、散らばった“肉”を“皮”を口いっぱいにかっ込む。
「相変わらずエグい能力だな。亜荊棘姫の…魔術。…いや、あんたの国の極東では“呪術”って言ったか」
「フン。妾の術は本来…幸せに満たされていた者が反転して地獄を見るのが本懐よ。
しかしこやつは思いの外、この俗世に地獄を見出してしまったせいか“夢の中”ではずっと幸せそうにしておるわ
実に不本意な事よ」
金色の視線は侮蔑するように、四つん這いの獣の如き肉を食らう神父を見下ろした。
「だが、これでいい。お前の呪術によって良い魔術素体を手に入れる事が出来た」
「お主、こんなのが欲しかったのか?」
「魂に由来しない魔術兵隊を作るには大きな魔力を持つサンプルが必要だったんだ。半信半疑だったけど
噂を追ってここにたどり着いたのは幸運だった。これで、またいいデータが取れそうだ」
「ホント、お主はそれに関しては本当に手段を選ばぬよの」
亜荊棘姫と呼ばれた女は頭を振る
「ああ、あと情報を提供してくれた“村の者ら”には金貨でも撒いておけばいいよ」
揚々とした声色を発しながらも、ローブから覗かせるその瞳には感情は無く、冷徹そのものだった。
「マスター!」
ブォンとエンジンが教会一帯に響き渡る。
「これで、全部だとおもうよー。この教会にいる子供たちは全部始末しておいたよー」
無邪気な表情で顔に血糊を紡いでいたのは、桃色の髪をツインテールに結っていた長身の女性。
彼女の携えている凶刃には幾つもの肉が面にこびりついており
反対の持ち手には小さな子供の腕をぷらぷらと遊ばせながら掴みさげていた。
「ちっ。俺、スプラッターは趣味じゃねえんだよ。あとは任せるぞ
俺は適当にいい顔でもして可哀想な村人さんらに金貨渡してくる。んで、ひと仕事終わったようなんで
ついでに甘いもんでも適当に食ってく」
男はぶっきらぼうに手を振ると教会を後にする。
「がじ、むぞるりす、あでぃだごすてぃあるだ」
「ふふ…」
ローブを被る少女は、人を食らい続ける神父の顔を鷲掴みにして自身の顔へと近づける。
彼にはもう、何も見えていないだろう。
何も…
「ようこそ。ジョイ・ダスマン。我ら魔業商へ―」