リラバウルの空へ
青蘭さんが飛行許可を取ってきてくれたので、私はそのまま最終試験に向かう事になった。
紅蘭さんの指示に従い誘導路を進んでいると、管制塔からの呼び出しが掛かった。
「こちらリラバウル・第一管制、誘導路進行中の零戦一一型、聞こえるか?」
あれ?多分私の事だ。
「こちら零戦一一型、綾風瑞穂です。リラバウル第一管制どーぞ」
「さっき双子の片割が飛行許可とって行ったんだが、呼び出し符丁書いて無いんだ。なんて呼べば良い?」
青蘭さん、書類に不備があったようです。
これで飛行許可出すんだから、管制塔もどっちもどっちだけど・・・
「呼び出し符丁は『桜御前』でお願いします」
呼び出し符丁とはあだ名みたいなもので任意に決めて名乗れる、私は地球で戦空士を目指し始めた時から色々考えて、師匠から受け継いだこの機体マークと、超古代に活躍したという日本の女騎士『御前』を合わせて『桜御前』と決めていた。
「了解、桜御前。リラバウルの空へようこそ、滑走路の手前で停止して次の指示を待て」
「桜御前了解です」
指示通りに誘導路を進み滑走路手前の停止線にぴったり停める。
あぁ、なんだか憧れの戦空士になったんだな〜って実感が湧いてきて、ついつい頬が緩んじゃう。
「桜御前、着陸機がある。もう少し待ってくれ」
「桜御前、了解」
どんな機体が着陸するのかな?と見てみると、遠くに小さな黒点が見えた。
その小さかった黒点はあっという間に飛行機の形になる。
「おっきい」
思わずつぶやく、
「あれはB-17爆撃機フライングフォートレスやな」
繋ぎっぱなしの無線を通して、多分紅蘭さんの説明がはいる。
「あれがB-17・・・」
飛行場に来る時、軽便鉄道から見た一式陸攻より更におっきい。それもそのはず、一式陸攻はエンジン二基の双発機、B-17は倍の四発機だ。
その昔、欧州の空を飛び、太平洋でも活躍した重爆。
ハリネズミのように機銃を積んで死角を無くし、分厚い装甲を施して重要部分は打たれ強い、爆弾の搭載量も『陸上攻撃機』の一式陸攻とは比べ物にならない“空の要塞”フライングフォートレス。
そんな要塞がグングン近づいて来る、高度もドンドン下げてくる。
あれ?なんだか高度低すぎない?
「あ〜、結構派手にヤラレてんな〜。瑞穂はん、風防閉じて見てみ?」
風を感じるために開け放っていた風防を閉じて改めて見てみると、
「な、ナニあれ⁉︎ボロボロじゃない⁉︎」
ナノネットワークを塗布した風防越しに見たB-17は酷い有り様だった。
こちらからはB-17の右側しか見えないけど、右主翼の外側に付いている第一エンジンは黒く煤けていて出火の跡がある、側方機銃の周りには斜めに点々と弾痕が刻まれているし、特徴的な大きい垂直尾翼は上半分が千切れて無くなっていた。
「対潜哨戒でも行って、逆に襲われたんかな?あの弾痕からして、瑞穂はんとおんなじ20ミリかそれ以上やで」
冷静に分析する紅蘭さん。
「いややわぁ、紅蘭ちゃん。ダンコンやなんてはしたない」
青蘭さんはいつも通りだ。
その間にも件のB-17はなんとか滑走路に辿り着いた。
「ん?アレってマオんトコのB-17ちゃうか?青蘭」
「あ〜〜、ホンマや今朝ウチらが整備したヤツやんか、紅蘭」
どうやら紅蘭さん達が関わった機体らしい。
自分達が手掛けた機体がナノネットワーク越しとはいえボロボロになっているのを見るのは辛いんだろうな・・・
「アホやであいつら、どーせ欲掻いて潜水艦相手に海面ばっかり見てたんやろ」
「せやせや、払いは渋るのに偉そうに言いよってから。爆弾当たらんのはノルデンの調整ミス違ごてオマエの腕のせいやっちゅうねん」
・・・そうでも無いみたい。
むしろ辛辣です。
「滑走路塞ぐなよ〜、アホ兄弟」
「せやで〜、実際にはノーダメージやけど、動かすんメンドイんやからな〜」
この無線、あのB-17の人には聞こえて無いよね?
着陸したB-17爆撃機はなんとか滑走路から反対側の誘導路に入った。
「こちら管制塔、桜御前。待たせたな、滑走路への進入を許可する」
「桜御前了解、滑走路進入します」
ブレーキを解除して絞っていたエンジン出力を若干上げる。
するすると零戦は滑走路へ入り滑走路中心線に機首合わせてもう一度停止する。
「瑞穂は〜ん、今日は慣らしやからエンジン全開と降下限界速度は無しな、それ以外はなんでもOKや」
「ハイ、了解しました。行ってきます」
右手の第3ハンガー前に駐車したケッテンクラートの荷台で双眼鏡片手に手を振ってくれている紅蘭さんが見えた、運転席で大きく手を振ってくれてるのが青蘭さんだと思う。
あれ?なんだかギャラリーが多いような・・・
「桜御前、離陸を許可する」
私は操縦席を調整し直すと気分を切り替えた。
「桜御前、離陸します」
フラップフルダウン、スロットルを全開にしてブレーキを解除する。
零戦は一気にスピードを上げて滑走路を疾る。
両翼が風を掴み揚力を捉える。
そして・・・
ふわりと浮き上がり、私は重力を振り切って大空へ駆け上がる。
高度500、主脚を格納して尾輪を引っ込める。
高度1000、フラップを閉じてエンジン出力をやや絞り上昇角を緩やかにする。
ここまで来て、やっと周りを見回す余裕が出来た。
「ふわぁっ・・・凄い、私飛んでるっ」
思わず感嘆の声が漏れる。
VRとは全然違う、地球で飛んだ二度の飛行試験とも違う。
抜けるような青空、眼下に広がるリラバウルの大地と穏やかな海。
「リラバウルの空へようこそ、桜御前」
管制塔からの声
「はい、ありがとうございます、これからよろしくなのです」
「ほな、桜御前。一時間ほどそこらへん好きに飛んどいて〜」
え?そんな適当で良いのかな?
「機体の状態はモニターしてるから大丈夫やよ〜」
あ、大丈夫なんだ。
それなら、と私は色々と飛行姿勢を変えたりしたくなってきた。
「こちら桜御前、管制塔聞こえますか?」
「こちら管制塔、桜御前どうした?」
私は管制塔を呼び出して、ちょっと戦闘機動を試したいので空域使用許可が欲しいと頼んだ。
「管制塔了解、リラバウル港の北西部30キロ四方、上空5000メートルまでの使用を許可する」
最初はちょっとキツめの水平旋回から、緩降下や急上昇。
そのうち、なんだか興が乗ってきたから、背面飛行やインメルマンターンなんかしちゃったりして存分に空を楽しんだ。
ひとしきり堪能した後、高度3000で巡航速度に戻していると、なんだか私が飛び立った飛行場からワラワラと次々に雑多な種類の飛行機が飛び立っていくのが見えた。
「紅蘭さん、いっぱい飛行機が上がってるけど。何かあったの?」
気になったから紅蘭さんに呼びかけてみた。
「ずほちゃんか?ちょうど良かった、エライコッチャ」
無線に出たのは、なんだか慌てた様子の青蘭さん?
「この周波数は連中にも聞かれとる、無線機の[蘭]って書いてあるボタン押して」
なになに?なにが起きてるの?何か緊急事態?
とりあえず無線機を見ると青蘭さんの言う通り、いつの間にか[蘭]と書かれたシールを貼ってあるボタンがあった、とりあえず押してみる。
「これで良いですか?青蘭さん」
「よっしゃ、えぇで瑞穂はん」
管制塔の声も聞こえない、これは多分専用チャンネルなのかな?
「エライコッチャエライコッチャ、ずほちゃんエライコッチャで〜」
「うるさい青蘭・・・「ボコっ」・・・よし、静かになった」
え〜っと、なんか「ボコっ」って打撃音が聞こえたんだけど。
「瑞穂はん、ちょっとややこしい事になってな。今ここにおる連中がみんな飛び出していきよんねん」
もう一度飛行場の方を見ると・・・え゛、また増えてる⁉︎
よく見てみると、戦闘機だけじゃない。
固定脚のアレ99式艦爆?その後ろの・・・あれってドイツ機のスツーカー?
双発の一式陸攻に97重爆、今上がってきたのって複葉機だよね?
なんだか変な形の飛行機もどんどん増えてる。
「紅蘭さん、どうなってるの?なにかあったの?」
真っ先に思い浮かんだのは遭難とかの事故、どれだけテクノロジーでカバーしても避けられないアクシデントもある。
「瑞穂はん、位置はコッチでモニターしとる。管制塔には話通してあるから、ウチの指示で動いてや」
なんだか緊迫した状況っぽい。
「紅蘭さん、了解しました。指示を下さい」
とりあえず私に出来る事は紅蘭さんの指示に従って、みんなの邪魔にならない事くらい。
「えぇか、まず高度を500以下や低けりゃ低い程えぇ。速度はそのまま、とりあえず飛行場から離れるんや、進路020。気ぃつけや」
操縦桿を押して緩降下を始め高度400を目指す、降下で速度が増すのでスロットルを絞って速度が上がり過ぎない様に注意する。
「制御器の保護機構で海面衝突は自動で回避するから、もっと下げてんか。そのままやったら見つかってまうで」
ん?見つかる?どういうことかな?
「瑞穂はん、連中の狙いは・・・あんさんや」
「へ?はい?どゆこと?」
「せやから、みんなずほちゃん目当てで飛び立ってるんやってば」
あ、青蘭さんが復活したみたい。
「とにかく!今、連中に見つかるんはヤバイ!前から後ろからエライ事になるでぇ」
あ、なんかまたボコって打撃音。
「とりあえず管制が偽情報流して連中を遠ざけるから、その隙に滑走路に滑り込むんや!高度100まで落とすんや!」
「了解っ」
さらに操縦桿を押して、海面を這う感覚で飛行を続ける。
ん~~、どうしてこうなった?