最終地上試験
旧日本海軍航空隊“風”フライトスーツと『こだわりの純白シルクマフラー』でキメた私は、完璧な姿に戻った愛機と再会した。
機首を外に向け、空気抵抗を減らす為に打たれた沈頭鋲の並ぶ深緑の外板を輝かせている愛機は、早く飛びたい早く飛びたいとウズウズしている様にも見えた。
「お?キマってるやんか」
「おぉ、写真撮ってえぇか?」
機体の最終チェックを済ませた紅蘭さんと青蘭さんが丸椅子から立ち上がる。
青蘭さんの手には何か・・・小型の機械?
「ウチの趣味や、フィルム式写真機やで」
銀色に光るそれは、今のカメラとは全く違う形をしていた。角張っていて無骨で、でもなんだか優しい感じのする不思議な形だった。
「変わってるやろ?今時こんなんあらへんで、もちろん復刻版やけどな」
「ウチもリアスで触れるまで一切興味無かってんけどな、一回やってみたら病みつきやで」
カメラを構える姿も取り回しも様になっている。
「現像してくるまで、どないに写っとるか分からへんねんで、現像失敗したら全部パーやし」
「開けてみるまでお楽しみっちゅうのがえぇんやんか、それに失敗出来ひんから集中出来るんやん」
ニッカリと笑う青蘭さん、無邪気なその笑顔は見ているこちらまで楽しくなる。
「せやけど、瑞穂はん。気ぃつけや」
ジト目で隣の青蘭さんを睨む紅蘭さん、
「気をつけるって?」
なんだろう、嫌な予感がする。
「その子のカメラは、女の子大好きやからな」
あ、やっぱり
「ついでに、肌色が大好物や」
おぉう、危険な香りがプンプンしてきた。
「あんたは除外やで、紅蘭。フィルムが勿体無いわ」
プイっとそっぽ向く青蘭さん。
「あったり前やろっ、双子の肌色写真にハァハァされてたらタマランわっ!」
反対側そっぽ向く紅蘭さん、
「わぁ、息ぴったり」
「「なんでやねん」
うぉぅ、Wツッコミ。
「ところで、ホンマに写真撮らせてぇな」
「じゃぁ、この子入れてみんなでどうですか?」
そんなこんなで、三脚を用意して三人と一機で写真を撮る事になった。
セルフタイマーをセットして写真に収まる。
ジーーーーーッ、カシャッ
乾いた音と共にシャッターが落ちる、どんな風に写ってるのかな?ちゃんと写れたかな?確かにこのドキドキって楽しいかも。
「現像出来たら焼き増しして渡すわな〜」
青蘭さんは満面の笑みでロッカーにカメラをしまう、そしてその足でどこかへ行ってしまった。
「ほな、早速やけど最終試験しよか?」
私の愛機は整備チェックこそ紅蘭さん達の手で終了してるけど、発動機試験、機銃試射、最後の試験飛行が残っている。
発動機と機銃の試射は、万が一に備えてハンガーではなく屋外の試験場で行うらしい。
「お待たせ〜」
ハンガーの大きく開いた正面から、妙な物に乗った青蘭さんが現れた。
それは、前半分がバイクとか言う二輪走行機械に似ていて、でも後ろ半分はキャタピラのついた荷台の様なものが引っ付いた奇妙な自走機械だった。
「ウチらの『ケッテンクラート』や、ちょっとした重量物の運搬から機体の牽引、買い出しまでなんでもこなすウチらの愛車や」
説明しながらも手際良く零戦とケッテンクラートをワイヤーロープで結びつける二人。
「ウチらが引っ張るから、瑞穂はんは零戦乗ってや。自走せん以外は地上滑走とおんなじ要領やで」
そう言うと、青蘭さんがケッテンクラートの運転席(?)に跨り、紅蘭さんが荷台に乗り込んだ。
「ウチらが停まったらちゃんと零戦も停めてや〜、惰性が付いとるからボーッとしとったらオカマ掘んで〜」
わかる様な分からない様な注意を受けながら機体に登り操縦席に収まった、風防は開けたままだ。
原型機とは違いクッションの効いた座りやすい射出座席、でも目の前の計器類やレバーは原型機のまま。
二週間以上離れていたこの場所にやっと帰ってこれた。
「ほな、行くで〜」
荷台に立った紅蘭さんが合図を送ってきた。
「出発進行や〜〜」
進行方向に背を向けた紅蘭さん、結構危ないですよ?
ケッテンクラートのエンジン音が一際大きくなると、少しずつ前に進む。
弛んでいたワイヤーが伸びきると零戦もしずしずと動き始めた。
ハンガーから引き出され、全身でリアスの日光を浴びる。
そのまま紅蘭さん達のケッテンクラートの引っ張られ、早歩き程度の速さでハンガー群から離れた射爆試験場にやってきた。
途中、前を通ったハンガー内からおじさん達が飛び出してきて、この機体を指差しながらなんか騒いでた。
確かに零戦の中でも珍しい機体だもんね、普通なら零戦といえば二一型とか五四型なんかがメジャーだもん。
射爆試験場は大きな土壁で出来たU字型の設備で奥行きは200メートル程ある、そこに頭から突っ込んで20メートル程のところで停止する。
ケッテンクラートから紅蘭さんが降りてワイヤーを解くと、青蘭さんがケッテンクラートを脇に退かす。
これで零戦と150メートル程先にある土壁の間に遮るものは何もない。
「輪止めOKや、準備えーでー」
主翼の下から現れた紅蘭さんが両手で大きな輪っかを作る。そしていつのまにか、二人とも深紅と藍色のヘルメットとその上からヘッドホンとインカムをセットしていた。
慌てて私もヘッドホンとインカムをセットする。
「瑞穂はん、聞こえるか〜?」
ヘッドホン越しだと紅蘭さんか青蘭さんか分からない、これは困った。
「ウチや、ナイスバディーな方の紅蘭や」
「わかりにくいボケしぃなや、青蘭」
うん、ホントにわかりにくい。
「アホはほっといて、機銃試射すんで〜。先ずは機首の7,7ミリや」
「了解です、OLPよし、7,7ミリ準備よし」
安全は充分考慮されているけど、やっぱり緊張する、気が引き締まる。
正面に据え付けられた照準器を確認する。
この照準器も耐久性と材質の向上以外は原型準拠、自動追尾システムや距離表示なんて便利機能は一切付いていない。
「よーい・・・てー」
紅蘭さんの合図と共に左手、スロットルレバーの発射把を握る。
タタタタという少し軽めの音を響かせエンジンの上部から土壁に向けて火線が伸びる、そして土壁に当たって土煙をあげた。
「撃ち方ヤメ」
撃ち出された機銃弾の命中箇所を見ると、ほぼ一点に赤いマーカーが集中していて二人の調整が完璧なのを証明していた。
「よっしゃ、えぇ感じやな。次、翼内20ミリ撃ち方用意」
今度は両方の主翼内に収められた20ミリ機関砲の試射。
「機銃選択切り替え、20ミリに変更ヨシ」
「20ミリ撃ち方用意、弾が少ないから2,3発でえぇよ」
そう、この機関砲には問題があってその一つが携行弾数の少なさ、なんと60発しか撃てない少なすぎる。
「よーい、ぅて〜」
7,7ミリとは全く違う。
ドン、ドンという音と共に比べ物にならない太い火線が伸びる。
伸びるんだけど・・・
物凄い盛大に土煙が上がる
さっきの7,7ミリより大分下の方で上がる。
「あ〜〜・・・まぁ、これはしゃーないな」
そう、この機関砲は凄く初速が遅い、遅いから射線が『タレ』る。
言葉は悪いけど、古代の操縦士達はショ・・・これ以上は言えない。
「見事なションベン弾やなぁ」
・・・さすがだわ、私が言えなかったことをサラリと言い放った。
多分これは青蘭さん。
「紅蘭、ハシタナイわよ。女の子がションべンだなんて。それにあんなにタレるのは男の「やめーや青蘭、操縦席で瑞穂はんが固まっとるやないか」」
ほら、やっぱり青蘭さんだ。
とにかく、この機関砲弾は機銃弾と違って、中に炸薬詰まっているから命中したら主翼に大穴が開くくらいの威力があるんだけど・・・これじゃ接近しないと当たらないよねぇ
「両方OKやな、ほんなら次は発動機や」
「はい、発動機準備よし」
本来ならエナーシャーハンドルを差し込んで、燃料をシリンダー内に送り込んだり色々準備してからやっとエンジンを始動するんだけど、事故防止の為に操縦席からボタン一つで始動できるように改良されている。
「コンタークっ」
掛け声だけは古来風に増設されたボタンを押す。
ヒュンと一瞬音がしてプロペラが少し動く、続いて
ド、ド、ドドドと断続的に底から響くような音になって、次第に滑らかな連続音へ変化してゆく。
「さすがです、一発始動です」
やっぱりこの二人の腕は折り紙付きだわ、二週間動かしてなかった発動機が一度で機嫌良く滑らかに動き出した。
「当たり前やん、誰が整備した思とん?」
「せやせや、ウチらに整備出来ひん機体はないで」
このまま暖機運転して、エンジン内で暖められたオイルを循環させてゆく。
「その間に機載統括制御器とナノネットワークの確認するで」
「は〜い、お願いします」
機載統括制御器とナノネットワークは二つセットで運用される。
ナノネットワーク・システム
元々は宇宙船の外装に塗布する事で、全体をセンサーネットワークでカバーする為に開発された技術。無色透明でスプレーで塗布するだけで簡単に高感度ナノセンサーがネットワークとして構築されるもの、しかも元が宇宙船用なので耐久性も抜群、更に強度も上がるので安全性も格段にアップする。
機載総括制御器
ナノネットワーク・システムとリンクして、機体の性能を本来のレベルまで抑制したり、模擬弾が命中したらその影響を瞬時に反映させたりする。単に命中したかどうかだけでなく、機銃弾の口径、弾種から機銃弾が弾着した時の速度や入射角、命中箇所の材質とかまで瞬時に計算してしまう。
例えば、零戦の機首の7、7ミリでB-17の主翼に撃ち込んでも被害判定は出ない、でも同じ箇所に20ミリを撃ち込めば一発で大穴が空いた判定が出て、燃料漏れや主翼桁の破断による操縦不能判定まで出たりする。
しかも、その様子は風防に塗布されたナノネットワークに投影されるスグレモノで、操縦席から被弾箇所を見ると、ちゃんと穴が開いていたり燃料が吹き出してるのが見えるの。
ちなみに、風防に被弾したら・・・被弾箇所によっては真っ赤に染まるらしい。
「よっしゃ、制御器もナノネットワークもバッチリや」
ケッテンクラートから取り出した、これは現用技術の空間投影型処理装置の表示を見ながら、頭上で大きな丸を作る。
「ずほちゃーん、飛行許可とれたで〜」
いつのまにか、私は青蘭さんの中で『ずほちゃん』になってた。
さぁ、愛しの空へ