パオパオ環礁にて
パオパオ環礁は、リラバウルの北東約300キロにある南北10キロ東西3キロ程のサンゴ礁で出来た細長い環礁だ。
枯れたサンゴが堆積して出来た環礁の外縁部は満潮時でも水面下に没する事なく、天然の防波堤として環礁内の海面が荒れるのを防いでいた。
「ホンマ、便利良すぎるで。ココの環礁は」
「せやな〜、天然の水上機基地やもんな〜」
陸地が無いので上陸は出来ないし、真水を得ることも出来ないけど、安定した海面というのは水上機にとって何よりもありがたい。着水するだけなら外洋でも波が荒れていなければ問題無いけど、そのまま一晩となると無理がある。
空を飛ぶ為に極力軽く作らなければいけない飛行艇の機体に無駄な強度は無い、一晩中波に叩かれれば最悪主翼が折れたりしかねない。
「お?タナトス中佐も迷子にならんと無事着いたんやな」
環礁内にはあのド派手なオレンジ色の機体が着水していた、そしてその隣には戦艦の様な空母っぽい様な奇妙な艦が浮かんでいる、アレが瑞雲の母艦である航空戦艦伊勢なんだろう。
二式大艇は環礁に対して東側から接近していた、パオパオ環礁は南北には10キロあるけど東西には3キロ程しかない、だから私達は一旦パオパオ環礁の上空を降下しながら通過して、環礁の南側から北向きにアプローチする進路をとった。
「高度1000、対気速度200ノット、着水用意」
低空・低速でも抜群の安定性を発揮しながら二式大艇はゆっくりと環礁内へとアプローチする。
「着水進路上に障害物なし、最終アプローチ開始!」
「フラップ、フルダウン」
普段はお気楽モードの青蘭が真剣に進路上を確認する。
着水進路上に流木が一本浮いているだけで充分大惨事になるんだから、当たり前といえば当たり前なんだけどね。
紅蘭が青蘭と息を合わせて操縦桿を捌く、スロットルを微妙に操作して、徐々に高度を下げる。
「高度200、外縁部超えた」
サンゴ礁が堆積して盛り上がった外縁部を飛び越えた、そして大型艦船でも航行可能な水深を持った中央水道に沿って直進する。
「着水!」
鏡のように滑らかな水面に、二式大艇の底部が接触する。
続いて主翼の両側に付いているフロートも着水。
「第一、第四エンジンカット」
主翼の外側、第一と第四エンジンを停止させ二式大艇はスピードを落としながら環礁内を進み、そこに碇を下ろして碇泊していた巨大な船の右舷側に止まった。
「やっぱ、間近で見たらデカイな〜」
「三万八千トンの航空戦艦やからなぁ」
上空から見たときはそんなに大きくは見えなかったんだけど、紅蘭と青蘭がいう通り三万八千トンの獰猛は見るものを圧倒する存在感があった。
「これが・・・伊勢級航空戦艦の『伊勢』」
パオパオ環礁の東西南北には環礁の切れ目があって、サンゴ礁を傷付けないように十字に水道が整備されている。
タナトス中佐が乗ってきた瑞雲の母艦である航空戦艦『伊勢』は、その水道を通って環礁内に進入し碇泊しているのだった。
「今夜は『伊勢旅館』やな」
「せやな〜、お伊勢参りやな〜」
操縦席の二人はエンジンを停止させながら、ベルトを外し伸びをする。
最初、タナトス中佐の瑞雲はタイショーの艦隊で収容して、私達はパオパオ環礁まで飛んでから一泊して明朝リラバウルの海が落ち着いてから帰るつもりだったんだけど、それをタナトス中佐に話したところ
『それなら我々もパオパオ環礁に向かいましょう、嵐のリラバウルに日没後入港するのは危険ですからね』
と、『社長』さんから返事が届いたのだった。
「さてと、日が暮れる前に行くで〜」
紅蘭はメインハッチを開くと、小さな碇が付いたロープを海に放り込む。
海水の透明度は高く、海底のサンゴ礁までくっきり見えている。
「一応アンカー打っとかんとな〜」
万が一にも漂流して外縁部に座礁でもしたら一大事だもんね。
そうこうしてたら、伊勢から内火艇と呼ばれる、エンジン付きボートがやってきた。
「お疲れ様なのです〜」
ボート後部の操縦席から顔を出したのは、昨日の夕方中央駅での痴漢騒ぎで知り合った駆逐艦雪風の船霊の雪風ちゃんだった。
「あれれ?瑞穂さんなのです?」
雪風ちゃんも不思議そうな顔をしてるけど、それは私だって同じだ。
「雪風ちゃん・・・だよね?」
「ハイ、雪風なのですよ?」
私は駆逐艦雪風の船霊である雪風ちゃんが伊勢からやって来るとは思ってなかったし、雪風ちゃんは零戦乗りの私が二式大艇に乗っているとは思ってなかったみたい。
「なんや、知り合いかいな」
「うん、色々あってね」
私達は二式大艇から内火艇に乗り移り、そして航空戦艦伊勢へと乗艦した。
「モビーディックの皆さん、お疲れ様でした」
タラップを上甲板まで上がると、白い戦海士の制服を着た男性が待ち受けていた。
「社長〜、久しぶりやな〜」
青蘭が慣れた様子で挨拶してる、青蘭ってば一回会ったら人は皆んな顔馴染み扱いなんじゃない?
「お久しぶりです、青蘭さん、紅蘭さん」
おや?といった感じで社長さんの視線が私に向く。
「初めまして、帝国リラバウル艦隊・総司令のフェイス・ステアートです」
品の良い落ち着いた感じの男性だった、皆んなが『社長』って呼ぶのも納得ね。
「初めまして、リラバウル第一飛行場所属の戦空士・綾風瑞穂です」
私は慌てて敬礼する、社長さんは脇を閉じた海軍式の敬礼を返してくれた。
「戦歴が浅いのに見事な敬礼です、さすがは『ソロモンの魔女』の愛弟子ですね」
この人も師匠の事を知っているっぽい。
「師匠をご存知なのですか?」
「えぇ、頼もしくもあり・・・何度も煮え湯を飲まされましたとも」
あ〜、薄っすらとコメカミに青筋が立ってるわ。