食い物の恨み
「一万トンでダメなら、三万八千トンを出しましょう」
社長の言葉は尤もだった、尤もだがそう簡単に話は進まない。
「そりゃそうだけどよ、水上艦の艦載機じゃそんなにスピード出ねぇぞ、そこんトコどうすんだ?」
異様なまでに水上機愛の溢れた日本海軍でも、高速水上機と言うのはあまり無い、それこそタナトス中佐のイー400型潜水艦に搭載されている『晴嵐』くらいで、通常の水上艦が搭載している水上偵察機は、航続距離と滞空時間に重きを置かれている。
同じく水上機愛のあったイタリア機は『スピードと女には命をかける(戦争には命をかけない)』の故事通り高速水上機があったが、こちらは太平洋と違い狭い地中海が主戦場だった為航続距離が短かったし、そもそも高速水上機のイタリア機は基地航空隊が主力だった、つまり水上艦に搭載する事が出来なかった。
「私の艦ではないのですが、緊急事態ですから協力して貰いましょうかねぇ・・・平賀アサヒさん」
社長の視線の先には、演習が中止になって暇を持て余した各艦の船霊達に囲まれて、『座学』として様々な知識を得ている少女がいた。
「え?ボクですか?」
全くもって蚊帳の外だったはずが、急に声をかけられ戸惑うボクっ子少女。
「おいおい社長、あの子の艦は一万トンどころか五千トンも無い陽炎型駆逐艦の雪風だろうが」
「『彼女の乗艦』は雪風ですが、彼女のお祖父さんが預かっている艦に用があるんですよ」
「ん?平賀造船の預かり艦だと?」
社長とオヤブンは席を立ち、少女ところまでやって来た。
「『譲らず』の親父さんが預かってるって言やぁ、あの伝説の戦海士『御剣三笠』さんの艦だけじゃねぇか・・・まさか!そいつを借り出そうってんじゃないだろうな!」
驚いて目を剥くオヤブン、伝説の戦海士の名前が出た瞬間ビクリとする少女、全く動じない社長。
「何も問題ないでしょう、緊急事態の人命救助です。使えるモノは人でも、艦でもなんでも使いますよ・・・今、動かずして何が戦海士ですか」
決断してからの動きは早かった。
社長と少女、そしてタナトス中佐は平賀造船のドックへタクシーをとばし、オヤブンは港湾局の本部へ移動して臨時の司令部を開設する、手の空いていた戦海士は帝国・特攻だけでなくあらゆる艦隊の戦海士が駆け付け、自分達で出来る事全てをやろうとしていた。
ややあって、臨時司令部に一本の電話が入った。
「ワシじゃ、平賀だ。社長達は無事出航したぞ」
「時間掛かったじゃねぇか、耄碌したか?平賀のとっつぁん」
電話を受けたオヤブンが時計を見ると20分近く時間が経過していた、社長にしては時間がかかり過ぎていた。
「やかましいわ!医者と伊勢がちょっと愚図りよっただけじゃい」
「そうか、なんにしろ出たんだな?あとは社長とタナトス任せだな」
「社長とワシの孫は大丈夫じゃ、しかしタナ公は大丈夫なのか?奴さん、瑞雲なんぞ見たことも無いだろ?」
「しれっと惚気るなよ、タナトスなら大丈夫だ。ヤツなら発進海域までに操縦方法を覚えるさ」
事も無げに言い放つオヤブン、実際タナトス中佐は天性の勘で操艦も操縦もこなす。
問題なのは説明書、マニュアルの類を一切読まないことぐらいだろう。
「なんだかんだ言っても、信頼してるんじゃな」
「当たり前さ、ヤツは特攻のタナトスなんだぜ?」
「野郎の惚気なんか聞いても仕方ねぇ、切るぞ」
受話器を置くと、オヤブンは小さな溜息をついた。
(社長、タナトス、後は頼んだぜ)
風雨が叩きつけられ視界の利かない窓から薄っすら見える、波頭荒れ狂う港湾を見ながらオヤブンは祈った。
ちょうどその頃、一隻の獰猛がリラバウル港の防波堤を過ぎ、港外に出た。
基準排水量三万八千トン。
35,6センチ連装砲を主砲に、高角砲や機銃も多数装備した艦種分類表では立派な『戦艦』である。
だが、この艦は通常の『戦艦』では無かった、ある理由から改装され、後部の第五第六主砲を下ろしそこに甲板とカタパルトを二基装備した、世にも珍しい『航空戦艦』となっていた。
前三分の二はれっきとした戦艦、後ろ三分の一は飛行甲板を持つ異形の戦艦は、艦載機として彗星艦爆と水上偵察機の瑞雲だった。
伊勢型の飛行甲板は短過ぎるし艦尾にあるので、通常の空母の様に前方に飛び立つ事は出来ない、そして艦尾にあっても短過ぎるのでも着艦出来ない。
したがって彗星艦爆はカタパルトで射出された後は、味方空母の飛行甲板に着艦するか最寄りの陸上基地に着陸する方法が取られていた。
一方の瑞雲は水上機なのでカタパルトで発艦して、戻ってきたら伊勢の横に着水してクレーンで吊り上げて回収される。
航空戦艦『伊勢』は港外に出ると一気に全速である海域を目指した、しかしそれは目的地であるパオパオ環礁から微妙にズレた方向だった。
そして40分後〜〜〜
「タナトス中佐、先生と血清をお願いしますよ」
一旦暴風域を抜けた伊勢は快晴の空の下にあった、波浪も発艦許容範囲内に落ち着き、右舷カタパルトの上には暖気運転の済んだ瑞雲が待機していた。
「まっかせて下さい!行ってます!」
勢い良く風防を閉めると、社長と少女にサムズアップする。
「瑞雲一番機、射出(て〜っ)」
少女が旗を振り降ろすと、火薬式カタパルトが瑞雲を
大空へと解き放った。
そして高度を稼ぐと、タナトス中佐の操る瑞雲は一路パオパオ環礁を目指した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜回想終わり〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ってな訳さ」
「は〜、相変わらずアンタんトコのオヤブンと社長は熱いなぁ」
タナトス中佐の説明(回想)を聴き終えて、紅蘭が呟く。
「お前らだって大概だと思うぞ?」
「そうか?ところでタイショー、アンタもなんでこんなトコにおったんや?それも氷川丸連れて・・・ウチらは助かったけどな」
私も思っていた疑問を、青蘭がタイショーとかいう人物にぶつける。
「いやな、先々週に氷川丸さんの習熟訓練が終わったんだ。そんでまぁ、マグロとクジラの在庫がヤバくなってきてたし、仕入れついでにちょっとハワイまで行った帰りだ」
軍艦で魚仕入れに、太平洋渡ってハワイまで行って来たの?
「あぁ、みずぽん。このオッさんはみずぽんの同業者や、居酒屋『龍宮』っちゅう店の大将なんやで〜」
「ちなみに初対面やから緊張して標準語喋ってるけど、普段はウチらと同じカンサイ弁使いや」
今頃になって目の前の人物を紹介してくれた紅蘭と青蘭。
「はじめまして、リラバウル第一飛行場所属戦空士の綾風瑞穂です、波止場元町電停の近くで定食屋を始める予定なんです」
私は立ち上がると敬礼して自己紹介する。
戦空と戦海は微妙に接点があるし、同じ業種の先輩とは良い関係を築いておきたい。
「そうか・・・はじめまして、俺は龍城治三郎。リラバウル帝国艦隊所属の戦海士で中央本町の近くで居酒屋をやっとる、みんなにはタイショーと呼ばれているが実際には中将なんだ、キミもタイショーって気軽に呼んでくれ」
龍城さんは脇を閉じた海軍式の敬礼を返してくれた。
「それにしても、エライ豪気な仕入れ部隊やなぁ、訓練航海の氷川丸はんと給糧艦の伊良湖はんは分かるとして、なんで香椎はんと龍驤はんまで連れてるんや?」
「あぁ、それはな・・・最近あのあたりが物騒になってるって聞いたもんでよぉ、真っ新の氷川丸さんに傷でも付けられたらタマランからな」
少しぬるくなったお茶を啜りながら答えるタイショーさん。物騒ってなんなんだろう、まさか海賊が出るわけでもないだろうし、ましてや病院船に手を出すバカもいないと思うんだけどね。
「あ~、聞いたころあるわ。例の『反捕鯨武装団体・シーチワワ』の連中か?」
・・・なにそれ?
「シーブルドックだろうが・・・チワワなんて可愛いモンじゃねぇよ、アイツらのおかげで鯨肉が入ってこないんだからよ、おかげでこっちから出張る羽目になっちまったよ」
クジラってあの大型海洋哺乳類だよね?
地球でも大昔は食べていたそうだけど、私は食べたことないなぁ。
「オバケ・おでんのコロ・ベーコン・ハリハリ鍋・ひゃくろ・刺身に竜田揚げ・・・先月から品切れしててな、それもこれもアイツらが捕鯨の邪魔するからクジラが取れないのが原因だったんだよ」
「そんで、この前から無かったんか!ウチ、ベーコンと焼酎の組み合わせが大好きやったのに」
憤慨する青蘭、へぇ・・・青蘭ってそういうのが好みなんだ。
「アイツら曰く『クジラは賢い生き物だから食ったらダメ』なんだとよ。だから捕鯨船団に薬品入り
の瓶投げ込んだり、網切ったりとやりたい放題してくれててな・・・」
自分達の主張の為なら他人の意見なんか聞きもしない、そして自分達の主張の為なら実力行使も正当化してしまう困った人達は、どの時代のどの惑星にも存在するんだなぁ。
「せやけど、タイショーのこっちゃから、何とかして来たんやろ?」
「まぁな」と答えて、タイショーの顔が『ちょっと悪い大人』の顔になる。
「オレは何もしてないぜ・・・捕鯨船団に見学でついて行ったら、いつも通りあいつらが襲って来て、いつもの薬品入りの瓶を投げつけてきたら、か弱い乙女の香椎さんがビックリしちゃって、落っことしちゃった爆雷が偶然、奴等の妨害船の真下で爆発してひっくり返しただけや」
「それだけで済んだのかい?」
面白そうに聞いていたタナトス中佐が会話に加わる。
「最初はその程度でヤメてやろうと思てんけどな、香椎さんに放り込んだ瓶の中身が塩酸って分かったからよ・・・あの辺の海域って鮫が多いやろ?泳いでるあいつらの周りに鮫が見えた様な気がしたから、上空警戒してた零戦で機銃掃射して助けてやっただけや」
う〜ん、それって・・・
「ウチには、ワザと襲撃させて、偶然を装ってシバき上げた様に聞こえるんやけど?」
「そう聞こえてそう結論が出たんなら、お前さんの耳と脳味噌は正常だってこっちゃな」
すっかりカンサイ弁使いに戻ったタイショーと青蘭が顔を付き合わせてニンマリと悪い笑顔で微笑み合う。
「エチゴヤ、お主もワルよのぉ」
「いえいえ、お代官様ほどでも・・・」
「「「「わーはっはっはっは」」」」
なぜか紅蘭やタナトス中佐まで一緒に大笑いしている。
そして私達は今日の出来事や色々な事を話し合い、ミーティア達の治療が終わるのを待った。
それから二時間後、ようやくコトウ医師が処置室から、出てきた。
「ヤマは超えました、もう大丈夫ですよ」
マスクとゴム手袋を外しながら、コトウ医師からこの日一番の朗報が紡ぎ出される。
「よかった、本当に良かった〜」
思わず力が抜けてヘタリ込む私達。
「「「ぐ〜〜っ」」」
思えば朝一から緊張とドタバタの連続で、朝ごはんを食べたっきりだった。
ペタンと床に座り込んだ私達のお腹から、盛大に空腹を知らせるアラームが鳴った。
「ふははは、元気でよろしい!食べる事とは生きる事!伊良湖さんにメシを頼んで来たるわ」
そう言い残し、タイショーは部屋を出て行った。
「伊良湖さん、空きっ腹抱えた娘さん達にメシを頼む。それと頑張ってくれたお医者さんとタナトスの旦那にも、何か軽い物を出してくれ」
病院船氷川丸のブリッジでタイショーは濃緑色の袴姿をした女性に指示を出し、次に巫女装束の少女に向き直った。そして陽気なハゲ親父の顔から笑みが消える。
「龍驤さん、目標の座標は?」
「把握しております、未だにグダグダとくだらない言い訳を垂れ流しておりますので、香椎さんと電波を傍受して偏差と電波強度から位置を特定してあります」
「さすが龍驤さん、仕事が早い」
「では?」
「九九艦爆と九七艦攻を三機ずつ、艦爆は250キロ閃光弾、艦攻には通常の戦海用魚雷だ」
「かしこまりました。龍驤航空隊、第一次攻撃隊発艦開始」
いつの間にか隊列を離れ、風上へ向けて全速航行していた軽空母龍驤から六機の攻撃機が発艦する、そして三機編隊を二つ組んで、北東方向へと飛び去って行った。
「バラムツなんか食って迷惑かけるバカも、食いモンで八人も殺しかけて、責任を取ろうともしないクズ野郎も・・・まとめて仕置きだ」
氷川丸の大きく取られた窓から攻撃隊を見送りながら、タイショーは吐き捨てる様に言った。