それぞれの道、第一歩?
ガチャガチャと軽やかに響いていたタイプライターの音楽が途切れる。
「これでお嬢ちゃんの分はよし」
タイプライターからペーパーを取り出し、視線を走らせるハルゼーさん。
「次は小僧の分じゃな、ほら貸せ」
なんだか私の時と扱いが違うような気がするんですが、私の気のせいですね。
「御剣大和です、移住審査お願いします」
白い制服を着た彼は先程机で書いていたペーパーをハルゼーさんに手渡していた。
へぇ、御剣大和君かぁ
あまりジロジロ見るのは失礼だから、横目でチラッと見る。
あの白い服装ってアレだよね?
確か、あの職業の制服っぽいんだけど、似てるだけだよね?
ココで書いていたって事は、移住申請が『移住申請“書”』って事を知らなかったって訳で・・・
あ、やっぱり・・・
ハルゼーさんの足元の屑かごに放り込まれてるのは、地球ではお馴染みの高度記憶媒体、通称『チップ』だ。
多分あの子が持ち込んだんだろうなぁ、ここじゃチップなんて使えないのにね。
そんな初歩的な事も知らない人が、あの職業を目指す訳ないよね〜。
「ふんっ、初めて書いた割に綺麗な字で書けとる。ん?ミツルギ?小僧、貴様ミツルギの、ミツルギミカサの縁者か?」
アレ?なんだかハルゼーさんの表情が変わった。
最初驚いたようになって、喜んだようになって、一瞬悲しい顔になって、最後はこう・・・
あるぜんちな丸の中で観た、リアス狼のドキュメンタリー映像の中にあったなぁ、その表情。
獲物を見つけたの狼の顔にそっくり・・・
「ハイ、御剣三笠は僕の曽祖父ですが?」
大和君の声がチョット震えてる。
もう一度チラ見してみると、薄っすらと涙目になってる。
そりゃ地球では狼に睨まれるなんてこと、絶対ありえないものね・・・御愁傷様です。
「そうか・・・こぞ、いや貴様がミツルギのひ孫か。
そうかそうか、ヤツのひ孫か・・・そういえば目元なんかがヤツに似ておる」
彼から受け取ったペーパーをタイプライターにセットして、ハルゼーさんは再びタイプを始めた。
なんだかハルゼーさんと、大和君のひいお爺さんの間には過去に何かあったっぽい。
そういえば、ミツルギミカサってどこかで聞いたような、どこかで見たような・・・どこだったっけ?
う〜ん、ミツルギ、御剣、みつるぎ・・・
う〜ん、思い出せない・・・
再び奏でられるタイプライターの楽曲を聴きながら、私は目を閉じて少しの間微睡んでいた。
「よし、出来たぞ。コッチがお嬢ちゃんの許可書、貴様のはコッチじゃ」
差し出されたペーパーをお辞儀して両手で受け取る、
「ありがとうございます、ハルゼーおじさま」
大和君も同じようにお辞儀して受け取っていた。
あぁ、やっぱり私達って日本人系なんだなぁ。
「おう、これで二人共リアス人じゃな。綾風戦空士に御剣戦海士」
「え?貴方が戦海士?」
思わず指差ししちゃった。結構失礼な行為だけど、見れば彼も同じように私のことを指差してたからお互い様よね?
「僕は御剣大和、よろしく」
御剣、戦海士・・・あ、思い出した!
伝説の戦海士、『鬼神の三笠』の御剣三笠のひ孫さん⁉︎
こ、こんな頼りなさそうな子が?
初期の水雷戦隊では『ソロモンの猟犬』
巡洋艦隊を率いては『多島海の死神』
晩年、空母機動部隊を指揮して『皆殺しの三笠』
と、呼ばれていたと言うあのレジェンドの末裔⁉︎
「わ、私は綾風っ、綾風瑞穂ですっ。よろしくお願いしますっ」
思わず噛んじゃった。
それで?だからなのね?さっきのハルゼーさんの表情。
絶対浅からぬ因縁がある!
「まぁ、リアスについてはこれをよく読んどけ。綾風戦空士はもう充分だろうが・・・大和、貴様はしっかり頭に叩き込んどけ!」
ハルゼーさんは引き出しから本を取り出すと、私達に差し出した。
「えへへ、実はもう持ってるんです」
リアスからIターンしてきたと言う、近所の方から頂いた本をボストンバックから取り出す。
大分くたびれてきてるけど、私にとっては宝物。
「はい、いただいてから毎日読み耽っていたので」
正確には『毎日時間の有る限り』なんだけどね。
「あぁ、それは少し古いヤツだな。中身は大して変わっとらんが、これも持って行け」
「やった、二冊目ゲット。
今いただいた方は保存用にしよう。
「大和、ほれ貴様も持って行け。ここで暮らすなら読んどかんと恥かくぞ」
もう既に何度か恥かいてるような・・・
押し付けられた大和君、いや御剣さんは嫌々という感じで受け取ってる。
その時、建物の外から
ピー、ピー、ピー
と、甲高い音が響いてきた。
「ん?お嬢ちゃんのお迎えじゃねぇか?」
カウンターから出てきて窓の外を見るハルゼーさん、その視線の先にはさっき埠頭で見かけた軽便鉄道の機関車が停車していた。
「いっけない、もうそんな時間?」
壁の時計を見ると、あるぜんちな丸が着岸してから一時間以上が経っていた。
ポーーッ、ポッポ
今度は可愛らしいような間の抜けたような音がする。
「わかっとるわい!急かすなジジィ!」
窓から頭を出してハルゼーさんが吠える、私は慌てて荷物を抱えて飛び出す。
「すいません、遅くなりました」
機関車は黒い蒸気機関車型、そこから顔を出していた機関士さんに謝る。
真っ黒に日焼けした小柄なおじいさんは帽子のツバをヒョイっと上げてニッコリと笑う。
「構わんよ、嬢ちゃん。急かさんとそこのジジィがさっさと仕事を終わらさんからな」
「抜かせ、ポッポ屋!」
悪態をつきあうおじさま達、でも表情は柔らかくてこれは挨拶のようなものなんだなぁ。
「さぁさぁ、乗った乗った。嬢ちゃんの機体はもう載っけてあるぜ」
機関車の後ろには木造の焦げ茶色の客車が、その後ろには真っ平らな貨車が二両。一両目の貨車には機体の胴体部が、二両目には主翼が二枚乗せられて両方薄いクリーム色のキャンバスに包まれ固縛されていた。
私の機体は主翼を折り畳む事が出来ない、だからあるぜんちな丸に船積みする為には主翼を外す必要があった。
「なんだ、お嬢ちゃんは陸軍機乗り・・・じゃねぇ、なんだ?その機体は?」
窓から見ていたハルゼーさんの顔が引っ込むと、ドタバタと音がして、勢いよくドアが開いた。
「こいつは・・・まさかこい「ポーーッポッポッ」か?」
ありゃりゃ、音のした方を見ると汽車が渋滞してる。
機関車は同じタイプだけど、貨車を六両連結している。渋滞の先頭はこの列車、つまりこの列車渋滞の原因は・・・私ってことだ。
「す、すいませぇぇぇん」
後続の機関士さんに深々と頭を下げる。
「あ〜、ココ本線上だったな。嬢ちゃん、悪いが早く乗ってくれ」
え?乗れって言われても、客車のドア開かないんですけど?
機関車の後ろに連結された客車に乗ろうと、乗降口のドアを開けようとするんだけど、ドアノブを引っ張っても押し込んでもドアは開かない。
ドアの向こうにデッキがあって、そこからもう一度ドアを開けて客室に入るようになってるのに最初のドアが開かない。
「すまん、鍵ぃ開けるの忘れとったわい」
大丈夫なんでしょうか?この機関士さん。
本線上で停車するわ(これは私の所為でもあるんだけど)、客車の鍵開け忘れるわって。
「しょうがねぇ、コッチに乗ってくれや」
機関車から手が出てきた。
えーっと、そういう場所って本来『乗務員以外立ち入り禁止』って場所なのでは?
あ、やっぱりドアもない吹きっ晒しの機関室の入り口上に『乗務員以外ノ立入ヲ禁ズ』って書いてある。
うん、見なかった。見えなかった。
おじいさんの手に捕まって、チョット高い機関室によじ登る。
「お嬢ちゃん、気をつけてな!」
ハルゼーさんが私のバックを機関室の床に押し上げてくれた。
「ありがとうございます、ハルゼーおじさまもお元気で」
動き出した機関車から顔を出してハルゼーさんに別れを告げる。
「おぅ、今度は海で会おう」
ん?今なんて?
徐々にスピードを上げる機関車、ハルゼーさんが遠く離れていく。
そして御剣さんが私に向かって小さく手を振ってくれているのが見えた。
すぐに列車は緩い左カーブを描き、私からは旅客ターミナルも埠頭も見えなくなっていった。
私と愛機を乗せた列車は市街地を遠巻きにして、飛行場へ向かう路線へと進入して行く。
カタンカタンとレールの継ぎ目を機関車の車輪が渡る時の音が、少し寂しくなりかけていた私を励ましてくれているようだった。