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乙女の翼 〜戦空の絆〜  作者: ソロモンの狐
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空と海との間には

八人のボツリヌス食中毒患者を乗せて二式大艇『モビーディック』は再び大空へ舞い上がった。


「青蘭、操縦はウチ一人でなんとかするよって、にアンタは後ろの連中を面倒見たって。瑞穂は念のために現在地の天測を頼むわ、金比羅丸まいごを探し回ったさかいズレとるかもしれんでな」


「了解やで」


「わかったわ」


高度は5000、速度400キロで一直線にリラバウルへ向かう。

高度と進路が安定した時点で青蘭が客席の様子を見に行って、私は六分儀を使って天測を始める。

結局迷子になっていた金比羅丸は明後日の方向に驀進してくれていたので、当初の予定よりだいぶリラバウルから離れてしまっていた、具体的に言うと213キロも離れている。

本来の二式大艇には与圧区画も与圧装置も付いてないから、高度5000だと酸素が薄くなってキツくなってくるんだけど、そこは現代技術で完全に与圧されている。

そうでなければ重症患者乗せてこんな高度まで上がってこない。高度を上げれば大気が薄くなる、それだけ空気抵抗が小さくなるから速度が出せる。一刻を争う現状ではスピードは何ものにも変えがたい。


「リラバウルから無電、『サンタは出発した』」


それは私が立案した作戦が開始された符号だった。


「まずは第一段階成功やな、まぁアイツのこっちゃからこんなトコでつまづくことはないやろうけどな」


あるかどうか心配だったけど、リラバウルにはボツリヌス血清がちゃんとストックされていたようだ、そしてその血清を積んだ船があの嵐の中、無事にリラバウル港を出港したらしい。

現在もリラバウルを覆う暴風域を抜けるまでの間、血清を積んだ船からの通信は出来ない、だからリラバウル港湾局が代わりに気を利かせて打電してきてくれたようだ。


「そんなに良く知ってる人なの?」


私が立案した時、真っ先にその人物を指定して来たのは紅蘭だった。


「うん、よ~知ってるで・・・性格的にはちょっと、いや大分問題あるやっちゃけど。腕前は折り紙付きや、海空戦とかでも一緒に戦ったこともあるし大丈夫や」


紅蘭がそこまで言うなら大丈夫なんだろうね、性格以外は・・・

一抹の不安を感じながらも、私は往路と同じく天測と航路計算に力を入れる。


本来なら、このままリラバウルへ全速力で帰るのが一番早い、だけど現在リラバウルは暴風域の真っただ中、いくら二式大艇の離発水能力が優れているとは言えとてもじゃないけど、そんな海面に降りられない。

一応、金比羅丸からリラバウルと反対方向に500キロ程飛んだところにナウルという小さな有人島がある事を思い出し、無電で問い合わせてみたんだけど生憎ナウルにはボツリヌス抗体の血清は備蓄がなかった。どこかの島から運んでもらうくらいならそこへ飛んで行った方が早い、ちなみにどこから手配するのか聞いたら更に700キロ程離れたギルバート諸島のバイリキからと答えられた、それじゃダメじゃん・・・

結局のところ、当初の予定通りの作戦となった。

地球の古代語に『無理が通れば道理が引っ込む』と言うのがあったらしいけど、ミーティア達の為にも今回はなにがなんでも無理は通って貰わないといけないし、道理には引っ込んどいて貰わなきゃならない、素人見立てだけど・・・ミーティア達に残された余裕はそう長くない。

とにかく一刻も早く血清を受け取って投与しなきゃならない。

このモビーディックの目的地はリラバウルの手前300キロのところにあるパオパオ環礁という、南北10キロ東西3キロ程の細長い環礁だ、リラバウルからは300キロ離れているので暴風雨はおろか強風圏からも圏外、サンゴ礁が防波堤代わりになっている環礁内部は波も穏やかで、水上機の離発水には最適だった。

そこでリラバウルから血清を運んで来てくれる機体と落ち合う、それが今回の作戦だった。

迷子になった五千トンの金比羅丸を探すよりはマシだけど、少しでも進路がズレればパオパオ環礁には辿り着けない。

パオパオ環礁までおよそ900キロ、現在の速度で二時間ちょっと、紅蘭は一人で四つある1800馬力エンジンの調子を見ながら、青蘭もだんだんと衰弱していくミーティア達の面倒を見ながら、モビーディックは一路パオパオ環礁を目指して飛び続ける。


10分くらい経過した辺りから、無電と音声通話の緊急用周波数が賑やかになってきた、発信者は海洋実習船金比羅丸、っていうかあの無責任船長だ。

内容はなんと無法者の戦空士に生徒を誘拐されたとの事だった。


「あ〜ぁ、ついにウチらお尋ね者の凶状持ちになってもたで」


操縦桿を握ったまま苦笑いして呆れ果てた様子で紅蘭がボヤく。


「あのおっさんか?せやから、ちゃんと息の根止めてトドメ刺そうって言うたのに、紅蘭が止めるからやで」


ちょうど操縦室に顔を出してお茶を飲んでいた青蘭何やら物騒な事を言っている。


「まぁ、話してる間に言葉やない方で説得してもたんな〜、せやけど先に手ぇあげたんはアッチやし、ウチは悪うないで?」


「先に手ぇあげたんはアッチやけど、先に手ぇ下ろしたんは紅蘭やんか」


それ説得?

どんどん話が穏やかじゃない方向へ進んで行ってるような気がするのは、きっと取り越し苦労なんだと思いたい、っていうか思い込んだ。

そんな時だった、突然無電がモールス信号を受信しはじめた。三人とも耳を傾けモールス信号を聞き取る。


『サンタは嵐を抜けた』


血清を積んだ連絡機は無事に嵐を抜けて飛び立ったようね、予定よりも大分早い気がするんだけど、遅くなるよりもはるかに良いニュースだ。


「エライ早いなぁ。タナトス中佐のヤツ、また無茶したんちゃうか?」


「なんやかんや言いながら、中佐もやるときはやる男なんやろ?それに無茶して帰って、紫音さんあたりに折檻されるんも趣味のうちやろからな」


二人の良く知ってる『タナトス中佐』って人の人間性に少し疑問を感じたけど、戦海提督なのに戦空の参加資格もあって操縦も出来るという変わった人物だよね。

あれ?そう言えば昨日の午前中にあった『害獣騒ぎ』の時に聞いた名前のような?



一時間後、パオパオ環礁まで残り半分ぐらいのところでで青蘭が再び操縦室に顔を出した。


「紅蘭、みずぽん。ちょっとヤバいかもしれん」


青蘭の顔色が悪い、いつもの明るい様子は欠片もない。

青蘭の説明によると8人中5人が意識ははっきりしているものの四肢のマヒが進んできているらしい、残る3人もマヒが出始めていてこのマヒが呼吸器系の筋肉に達した時、彼らの呼吸は止まってしまい、それは彼らの死を意味する。

わたしは慌てて海図を広げる、だけど現在地を記した場所から一番近い医療施設がある島まで500キロ以上離れている。


「すまんけど、これ以上のスピードアップは無理やで。エンジンに負担がかかり過ぎるし、今でも燃料バカ喰いしてるんや、これ以上無理したらパオパオ到着すらヤバなる」


「みずぽん、パオパオまでどれくらいや?」


「だいたい、450キロあと一時間半はかかるわね」


「一時間半か・・・何人かはアカンかもしれんで」


青蘭から放たれる残酷な宣告、だけどそれは無意味な希望よりも大事なことだ。

この機体に積んであるのは食中毒を見越してムトギンさんが積んでくれた経口補水液と救命用のAEDだけ、人工呼吸器も点滴セットもない。


「一番重篤なんはミーティアいう子や、さっきから両手足がほぼマヒして動かんようになってる一時間持つかどうか・・・」


あのミーティアが・・・無線で泣きながら救援を求めていたミーティアが?

思わず涙がこぼれそうになる。

あのミーティアが、絶対助けるって約束したのに、もう大丈夫って約束したのに・・・


「泣くんは全部終わってからやで、瑞穂」


主操席に座り前方を睨んだままの紅蘭が呟く、その唇は血が出るほどに噛み締められ操縦桿を握る手は血の気を失いそうなほど強く握りしめられていた。


「そうだね・・・今は一刻も早くパオパオ環礁へ急がなきゃ」


操縦室を重苦しい空気が支配したまま15分が経過した。

青蘭はミーティア達のもとに戻って看病している、出来ることと言えば声をかけて様子を見ることくらいだけど、それでも何もしないよりは遥かにマシだとずっとついていてくれている。

外に目をやれば、空には雲一つなく南洋の青く透き通った海が延々と続いていて・・・あれ?


海面に大きな影、これはモビーディック二式大艇の影よね?その両脇の小さな影は?と疑問に思った時だった。


「クソっ、なんや⁉︎どっから湧いてきた⁉︎」


あっという間に二機の単発機がモビーディックの機首にならんだ。


「零戦?でもパイロットが乗ってないね」


その単発機は私には見慣れた零式艦上戦闘機だった。

ただ私の一一型と違って、空母に搭載出来る二一型みたい。


「って事は、『戦海』側の母艦航空隊か?」


そういえば、昨日の水上機母艦の二式水戦も無人機だったね。それにしても何故この機体を囲んでるのかしら?


「バンクしとるな?付いて来いちゅうことか?」


まさか、無責任船長(あのばか)の『放送』を真に受けて私たちを拿捕しに来た?


「こいつらに構ってる場合ちゃうんやけどなぁ」


いくら二式大艇が高性能でも零戦を振り切って逃げるなんて出来ない、重篤患者を運んでいる現状なら尚更だ。


「無駄な時間は無いんだけど・・・仕方ない、ついて行きましょう」


一瞬不意打ちで全機銃を撃ちまくる、と言う選択肢も頭をよぎったけど、失敗したらそれこそ面倒な事態になるのは目に見えてるので大人しくついていくことにする。

二機の零戦にエスコートされながら、徐々に高度を下げ少しずつを変更して行く、10分ぐらい飛んだところで水平線に小さな点がいくつか見えた。


「ねぇ・・・紅蘭、あれって艦隊?それに変わってる船ね」


「ん?あぁ・・・ホンマや、針路からしてリラバウルに戻りよるみたいやな、ハワイ帰りか?」


一時方向の水平線を四隻の船が一直線になって進んでいた。

先頭の艦は軍艦色の濃いグレーの艦、艦首と艦尾に連装砲を一基ずつ搭載している5~6000トン程度の一本煙突の船だ。

続く二番目の船も軍艦色なんだけど、貨物船のような恰好をしていて船体中央にとても大きな煙突がにょっきり生えている。

三番目の船は一万トンくらいの真っ平らな船、アレは航空母艦ね、大きさからして軽空母や護衛空母と呼ばれる艦種かな?

最後尾にいたっては一際目立っている、なにせ真っ白に塗られていていて船体には真っ赤なラインが入っていた。


「あの艦・・・瑞穂、あんたホンマにラッキーガールやで!」


緊張していた紅蘭はいきなり元気になった、そしてモビーディックの速度と高度を慎重に下げ始める。


「瑞穂!後ろ行って青蘭連れて来てんか、着水用意や」


「へ?なに?なんで?」


「四の五の言うとらんでさっさと呼んで来るんや、ミーティア助けたないんかい!」


紅蘭の気迫に押され私は急いで青蘭を呼びに行く。


「なんや?高度と速度が下がってるけどエンジントラブルか?」


「ちゃうちゃう、氷川丸や!アレは『タイショー』んトコの『氷川丸』や、あとのは『龍驤りゅうじょう』『香椎かしい』に『伊良湖いらこ』やろ」


「なんやて⁉︎なんでまたこんなトコに?」


「知らんがな、せやけど救いの神降臨や」


何が何だかわからないけど、二人のテンションはMAXになってる。


「こちら、救難機モビーディック。そこの艦隊!タイショーやろ?応答してんか」


副操席に座った青蘭が無線機を操作しながら呼びかける。


「ザ・・・ザザッ・・・こちらリラバウル・ザッ・・帝国艦隊所属、龍城たつしろ治三郎じさぶろう、クセモノ姉妹さっさと降りてこい」


「頼む、タイショー。お願いやから、そこの氷川丸使わせてんか」


「わかってる、全部ウチの『社長』から聞いている、氷川丸の準備は出来ているからすぐに降りてこい、タナトスの旦那にもこっちへ全速で飛んでくるようにオヤブンから指示が出ている、俺からも燃料気にせずぶっ飛ばしてこいって言ってあるし、クルシー出してるから一直線に飛んでくるはずだ、あと十分もすれば目視圏内に入る」


私達だけじゃなかったんだ、戦海も戦空もみんなが全力で動いていてくれたんだ。

紅蘭と青蘭は慎重に操縦して、艦隊後方からアプローチする。

幸いにもこの辺りの海面も穏やかで着水にはなんら問題はない、しかもエスコートしてくれた零戦とは別に、ちょっと古い形の水上偵察機が海面に発煙筒マーカーを投下してくれていたので滑るようにモビーディックは着水し、そのまま艦隊最後尾に位置する『氷川丸』と言う白い船に接近していった。


「瑞穂、見てみぃ。これでミーティア達は大丈夫や!」


行き足を止めた艦隊、そして白い『氷川丸』に並んだ時、私はやっとこの船の正体を理解した。


「これって・・・病院船?」


氷川丸の船体には赤いラインと共に、中央部にでかでかと赤十字のマークが入っていた、それも電飾付きの超目立つ仕様で。









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