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乙女の翼 〜戦空の絆〜  作者: ソロモンの狐
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機長拝命

全身を純白に、そして主翼と胴体後部と垂直尾翼に大きく赤十字マークを入れた塗装に変更したモビーディックは嵐のリラバウル港を上空へ向けて駆け上がる。


「とりあえず雲の上に出るで、こいつん中は危な過ぎる」


積乱雲とまではいかないけど、確かにこの雨雲は分厚いし風も強い。

時折巨大な二式大艇が左右に揺れミシミシと機体が軋む音が聞こえる。


「ナノマテリアルのコーティングが効いてるから大丈夫やろけど、早よ抜けるに越したことないな」


主操席の紅蘭は高度計と対気速度計を睨む。

副操席の青蘭はエンジンの油温油圧系に神経を注ぐ。

完全な雲中飛行、あたりは薄暗くカフェオレの中を飛んでいるみたいで視界は全く効かない。

二人は機体の制御だけに全神経を集中させる。


「高度2000でこれか・・・厄介やなぁ」


二式大艇は更に上昇を続ける、結局雲の上に出た時の高度は3200まで上がっていた。


「瑞穂、そこの棚に海図が入っとるから航法頼むで」


「え?ちょっと!キイテナイヨ?」


確かに機長席の横には海図棚があってリラバウル周辺海域の海図が納められていた。


「海軍機乗りやったら航法は出来て当然やんな?」


前を向いたまま紅蘭が言ってくる。

確かに出来ますよ?

空母に載せられないけど海軍戦闘機に乗ってますから。

師匠にも教わって、シュミレーターでも『一応』クリアしましたよ?

けど、実際にやったことないんだもん。

しかもこんな悪天候なんて初体験なんだよ?

しかも今回は人命が掛かっている。

『間違いました、ごめんなさい』

では済まない状況なんだよ。


「一応は出来るけど・・やったこと無いよ?」


はっきり言って自信はない。

なんの目標物もない洋上、しかも今はその海すら厚い雲に覆われて見えない。

多島海や大陸沿岸部ならランドマークがあって、無線でやり取りしながら邂逅する事も可能だけど、金比羅丸は運悪くハワイ諸島へ向けて航行中だったので南太平洋の真っ只中にいる。

もちろんランドマーク的なものは何も無い。

金比羅丸がいる海域まで約1000キロ、少しでも方位を間違えれば金比羅丸との会合は不可能になってしまう。


「やった事の有る無しなんか聞いてへん、ウチが聞いてるんは出来るか出来ひんかや」


いつになく真剣な紅蘭の声、詳しくは聞いてないけど食中毒とはいえ飛行艇を緊急で呼び出す程の事態が海洋実習船を襲っていて、その子達を助ける為にこのモビーディックは飛んでいるんだ。

紅蘭と青蘭が悪天候の中を飛び、タクシードライバーのフジワラさんが波止場までの僅かな時間さえ短縮して、ムトギンさんが豪雨の中補水液を運んでくれた。

普段は絶対に許可されない港湾発進すら許可されて、関係する全ての人が全力で助けようとしている。

私に出来ることは?

私がすべき事は?


「出来るよ!やるよ、やらせてもらうよ」


覚悟を決める。

一分の狂いもなくこの機体をモビーディックを金比羅丸へと導く。

それが私のなすべき事。


「よっしゃ、えぇ返事や。頼んだで、瑞穂機長」


「普段やったらウチら二人で分業すんねんけど、今回は二人やったらキツイんよ。みずポン頼んだでで」


「はい、綾風瑞穂。機長拝命します」


「緊急通信が入った時の金比羅丸の位置は南緯4度12分東経164度79分や。

で、そこから方位210を15ノットから20ノットに増速してリラバウルへ引き返して来てるらしい


この二式大艇は外見と性能こそ原型機のままだけど、内部は相当にイジってある。

本来、いま私が座っている機長席の後部は航空機関士と前部無線員が詰めている部屋のはずなんだけど、そこから後部上方の20ミリ機関砲銃座までは片側二列の座席が並んでいる。

胴体の中央部はほぼ旅客機の客室に近い。

そして二人で運用する為なのか、飛行に関係するものはこのコックピット周辺に全て集中している。

本来コックピットの後ろにあって別部屋になっている航法机も機長席の横に置かれていて、椅子を回転させる事でそのまま航路計算が出来るようになっていた。

海図棚から該当海域の海図引っ張り出して机に広げる。続いて計算尺を出して金比羅丸までの航路を引き始めた。

長距離の航法計算は本当に面倒なのよね。

単純に出発地と目的地を直線で結べば良いと言うものじゃない。

風向きによっては思わぬ方向へ流されるし、コンパスに影響を与える地磁気にも偏りがあって常に正確に南北を指しているわけでもない、そもそも北極点と北磁極は違う位置にあって、コンパスのN表示に向かって飛べば北極点に着くわけじゃ無い。

しかも今回の目的地は自ら動く海洋実習船だもの、これはキツイ。


「みずポン大丈夫や。地球時代の艦載機乗りは空母から出て、動き回る敵艦隊を捕捉攻撃してから、同じく動き回る母艦に帰って来てたんや、みずポンにかて出来るって」


簡単そうに言ってくれるわね、青蘭。

わたし忘れてないわよ?

貴女がポートモレスビーに行こうとして反対方向のグアムまで飛んだことを・・・


「と、とにかく!新針路027で巡航速度300キロを維持して、金比羅丸まで20キロになったら合図するから高度2000まで落としてね」


高度が低過ぎると見渡せる範囲が狭くなって会合は難しくなる、かと言って高過ぎると小さな金比羅丸を見落としてしまう。

ギリギリの高度が2000メートルだった。


「了解、瑞穂機長」

「任せたで、みずポン」


こうしてモビーディックは金比羅丸を求めて南太平洋を北上していった。





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