再会
「ふぃ〜、生き返るな〜」
「ホントですね〜」
私と紅蘭はシャワーを浴びて第三ハンガーの休憩室で冷えたラムネを飲んでいた。
途中エンジンが止まりかけたり、あと五分で燃料切れになったりしながらも、ボロボロにされた九七式艦攻はなんとかリラバウル第一飛行場に帰り着いた。
「固定脚で良かったで、引き込み脚やったら脚が出んで胴体着陸扱いになってたかもな〜」
ハンガーに戻ってきてゴーグル越しに見ると、機体のあちこちが穴だらけにされていた。
20ミリが早々に弾切れになってくれてたのに助けられたよね。
「ほれ、瑞穂が試験飛行に出た時入れ違いに降りてきたズタボロのBー17がおったやろ?」
そう言えばそんなことあったね、マオさんトコのBー17で紅蘭達がその日の朝に整備したとか言ってた。
「ありましたね〜、結構派手にやられてましたよね?」
「あいつら襲ったんも、今日の『日進』やったみたいやな。あの『日進』はドン亀狩りに来るウチら戦空士を狩る為に戦海側が用意した刺客みたいなモンやな」
確かにあの時、青蘭が20ミリクラスで撃たれた跡があるとか言ってたっけ。
「あん時は二式水戦三機掛りやったらしいで、ウチらは単発機やったし、固定脚やったから舐めてかかって一機だけで来たんやな」
あの機体三機に襲われていたら、私達なんて瞬殺されてたわね。
そんな風に考えながら、少し温くなったラムネを飲み干す。
「瑞穂が呑めたら祝勝会やねんけどな〜」
「紅蘭と青蘭に付き合ってたら肝臓が何個あっても足りないよ〜」
私達はお互いを呼び捨てにするようになっていた。
----帰り道の機内----
「そない言うたらずほちゃん、ウチらの事呼び捨てになってたな〜」
エンジンにも被弾していたので、騙し騙し飛んでたから時間がかかってみんな暇していた時だった、不意に青蘭が言い出した。
「そ、そう言えば・・・すいませんでした」
気が付けば呼び捨てにしちゃってたなぁ、あの時は必必死だったんだもの。
「えぇねん、えぇねん。むしろやっと打ち解けてくれたらから嬉しいんよ」
する事が無くてヒマなのか、機長席の紅蘭が座面に乗ってダイレクトにこっちを見てくる。
「な〜んか、他人行儀なトコあったもんな〜」
「みずぽんって人見知りする方?」
青蘭の中で私は『ずほちゃん』から『みずぽん』に昇格したらしい。
「う〜ん、特にそんな事はなかったんだけど、二人には私の零戦を組み立てて貰ったり、ピーピングトムに追っかけられたい時に助けて貰ったりしたから・・・それに、私にとっては二人は凄い先輩なんだもの」
「ぷっ」
「うひゃぁ」
アレ?
「あはははは」
二人揃って爆笑し始めた⁉︎
なんで?ここ笑うトコ?
「ウチらみたいな凶状持ちが凄い先輩やて⁉︎」
「確かに『やらかした前科』は凄いかもな〜」
ちょっと待って、私の知らない過去にどんな前科があるんだ?この二人は。
気になる、すっごい気になる。
けど聞いたら後悔しそうだから聞かない、世の中には知らない方が幸せなことも多いんだもの。
例えば、この二人の過去とかね。
「みずぽん、なんかエライ失礼な事考えてへんか?」
「奇遇やな、青蘭。ウチもそんな気ぃしてたわ」
無駄に鋭い第六感してるわね、その感性を索敵とかにも活かせないかしら?
そんなこんなで、わいのわいの言いながらすっかり打ち解けてしまったの。
結局、『私の手が空いていている時』という条件付きながら、私は複座以上の機体の時はこの二人と一緒に飛ぶことになった。
----回想終わり----
「やったで〜、大儲けや〜」
潜水艦狩りのクエストは中途半端な結果に終わったんだけど、水上機母艦を撃沈した事で臨時収入があったみたいで、事務局へ手続きに行っていた青蘭はケッテンクラートから飛び降りるとスキップしながら帰って来た。
「ほ〜ん、ナンボになってん?」
「水上機母艦が12万、母艦に突っ込んだ無人機の二式水戦が1万5千、搭載してた分が一機5千で2万5千、合計16万アスや!」
「そっから差っ引く分は?」
「燃料弾薬と補修費で大方4万ってトコやろ」
今日は潜水艦を見つけるまでに時間が掛かったし、右主翼の燃料タンクを撃ち抜かれて全部漏れちゃったから燃料は残ってない、機銃もドラム弾倉3個分使っちゃったし、30キロ爆弾も6発全部落としたもんね。
あと、被弾したトコの補修費(被弾解除金)も払わなきゃいけないから結構出費もあるのね。
「それでも一人当たり、4万アスか・・・青蘭が噛んだ割にえぇ結果やんか」
「せやろせやろって!ウチが噛んだらアカン結果しかないみたいやんか!」
「アンタが取ってきたクエストって大体ロクな結果にならんやないの」
「コラ、そこ!みずぽん!」
へ?あたし?
「なにそこで『あ~、やっぱり』みたいな顔してんねん!」
ヤバッ、顔に出てた?
「青蘭、それが通常の反応や思うで」
「紅蘭も酷いなっ⁉︎」
こうしてすっかり打ち解けた私達は、そのままガールズトークに花を咲かせ気が付けば夕暮れの空になっていた。
「すっかりお邪魔しちゃったね、そろそろ帰らなきゃ」
重くなった腰を上げる、そう言えばこの二人って何処に住んでるんだろ?
「そうか〜、ほなまた明日な〜」
「みずポン、明日も頑張ろな〜」
二人に見送られ私一人軽便鉄道に乗ると第一飛行場をあとにした。
----17時38分・中央本町ターミナル----
私の乗車した軽便鉄道は定刻通りに中央本町のターミナル駅に到着した、ここで波止場方面への乗り換えをようとした時だった、ホームが何やら騒がしい。
「ちょっとケツ触っただけだろうが、そんなに大事なら金庫にでも仕舞っとけよ」
「どうせ飼い主には好きなだけ触らせてるんだろ、俺たちが触っても良いじゃんか」
はっきり言って聞くに堪えない文言が飛んでいる。気になってそちらを見ると水兵服を着た女の子二人が見るからにガラの悪そうなオッサン三人に囲まれていた。片方は半べそかいていて、もう片方はその子を庇いながら眦上げて睨みつけている。
「酷いです!アサヒちゃんが可哀そうです!謝るのです!」
片方の水兵服を着た女の子が物凄い剣幕でオッサン三人に食って掛かる。
どうやら電車内でオッサンが痴漢行為に及んだみたいだね。
被害者は大人しそうな女の子なんだろうね、二人共同じ水兵服を着ているから、両方とも戦海の関係者たぶん船霊さんなのかな?
「うるせぇぞ、人形の分際で人間様に意見するとは何様のつもりだ!」
「ちょっと見た目が良いからって調子に乗るんじゃなねぇぞ」
「所詮ワーカーロイドだろ、俺達が訴えたらお前らなんか処分場行きなんだぞ」
眼鏡をかけた中年太りのオッサンが、ドンっと食って掛かっていた女の子を突き飛ばす。
その言い草と行動にムカッときた。
この子達を『人形』って言った。
自分達人間を上位者として、生体ワーカーロイドである『船霊さん』をモノ扱いした。
一方的に暴力をふるい、理不尽な言葉を投げかつけた。
「きゃっ」
「きゃぁ」
二人の女の子は突き飛ばされてホームに尻餅をつく。
「なんだよ、その目は!」
「人形風情が人間様に楯突くんじゃねぇよ」
「悔しかったらやり返してみろよ?出来ないんだろ?人形は人間様に暴力振るえないもんなぁ」
う~ん・・・さすがに黙って見過ごせないね。
「ちょっと、あんたたち」
私は荷物をベンチに置くとオッサン達の方に歩いていく。
「なんだよ・・・あ、お前は!」
「うわっ、また出た」
「げ・・・桜御前」
ん?こんなのに知り合いはいなかった筈なんだけど、なんでこの三人は私の事を知ってるのかな?
今『また出た』って言ったよね?
今『桜御前』って呼んだよね?
よ~~~く記憶をサルベージする・・・
ん~・・・そういえば、今朝の『害獣騒ぎ』の時にこんな顔が並んでたような並んでなかったような?
「なによ?」
多分、『害獣騒動』にいたメンバーなんだと思う。
正直確証はないけど・・・だって、一々覚えとくのメンドクサイんだもん。
「なんだよ!やるってのか?」
「戦空士だかなんだか知らないけど、人殺しの野蛮人め!我々は暴力や脅しには屈しないぞ」
「暴力なんて最低だぞっ」
先に暴力振るってるのはあんたらの方ですやん。
・・・あ、紅蘭達のしゃべり方がうつっちゃった。
「わたしは『まだ』暴力なんて振るってませんよ?」
リアスに来る途中、退屈過ぎて『あるぜんちな丸』で見た『ニンキョーエイガー』と言う娯楽映像にあったように、静かに微笑みを浮かべて三人へゆっくりと近づく。
「や、やんのか!オイッ」
一人は虚勢張ってるけど完全に腰が引けてる。
「お、お、俺たちが記事にすればオマエも終わりなんだぞ」
おぉぅ、もう一人はテンプレートの様なお言葉ですね?
三人組はちょっと及び腰だったけど、1vs3と言う事もあって不遜な態度を崩していない。
さて・・・どうしたもんだろう、と考えていた時だった。
「オイ、てめぇらその辺にしとかねぇと・・・俺が相手になるぜ?」
ちょうどホームに停まっていた電車の先頭部分から口髭を生やした線の細い感じのおじさんが降りてきた、その人は電車の運転士さんらしく半袖の開襟シャツに濃紺のズボン姿で制帽を被っていた。
胸ポケットのところに[運転士 田中雷蔵]と書かれたネームプレートが見て取れる。
「千鶴ぅ、列車無線で保安員呼べや・・・あと、救護員もな」
おじさんは二両目の乗降口からヒョコっと顔を出していたお姉さんに怒鳴る。
「は~い、もう手配済みですよ~」
そしてそのお姉さんも電車から降りてくる、そしてなぜか手には棒の付いた黄色い物体。
「ハンドスコッチで殴るときは角度に気をつけろよ、直角に近いとドタマカチ割るからな」
お姉さんが手にしていたのは『ハンドスコッチ』、別名『手歯止め』と呼ばれる私にもお馴染みのモノだった。
私達の場合、零戦を駐機しておく時に主脚のタイヤに噛ませておくもので、お姉さんの持っているのもこの電車を長時間停めておく時に使う為に車両に積んであるものみたい。
「は~い、でも船霊さんを人形扱い、それも駆逐艦の子に暴力振るうようなヤカラなら良いですよね?車引きはナメられたら最後ですよね?」
「へっ、お前も一端の水雷屋らしいこと言うようになったじゃねぇか」
「ししょーの仕込みが良いからですよ」
1vs3で余裕があったオッサン三人は3vs3となったことで完全に自分たちの不利を悟ったようだった。
周りを見回して自分たちを見る乗り換え客達の冷やかな視線にも気づいたらしい。
「ち、違うんだ。俺たちは被害者なんだ」
は?
痩せぎすで神経質そうな男が甲高い声でなんか意味不明な供述を始めた?
「そ、そうだ。あのワーカーロイド共が仕組んだんだ!」
「そこの小娘とグルになって俺達をハメようとしたんだよ」
わたしや船霊さん達を指差して、必死になって熱弁をふるってるけど、道行く人たちは誰も耳を貸さない。
それどころか一層冷たい視線を送りつける。
「最初に『お尻触っただけ、大事なお尻なら金庫に仕舞っとけ』とか言ってたじゃん」
車掌のお姉さんもしっかり聞いていたようです、的確なツッコミありがとうございます。
いよいよ旗色が悪くなってきた三人組は、それでもまだ悪態を続けている。
「お客さん、他のお客様のご迷惑になりますので駅務室まで来てもらいますよ」
車掌のお姉さんが呼んだ保安員さんと救護員の人達がやって来た、救護員さんは白衣っぽい制服の女性が一人だけだったんだけどね。
保安員さんがどこからどう見ても『ザ・海兵隊』なゴリゴリの屈強過ぎるお兄さん方なんですけど?
黒い半袖シャツのムッキムキなお兄さん達が警棒やサスマタ装備で8人もやって来た、そして中年太りのオッサンの肩をガッチリと掴む。
「俺たちは悪くない、悪いのはあいつらだ」
「お前らはあんなワーカーロイドの言う事を信じるのか?」
「人権侵害だ!この鉄道会社は客に暴力を振るうのか⁉︎」
いよいよ追い詰められて、神経質そうな瘦せぎすのオッサンが甲高い声で喚き散らす。
「オイ、メンドくせえからとっとと連れてけや。『少し静かにしてから』な」
田中運転士さんは海兵隊の皆さん・・・じゃなかった、保安員さん達に命じる。
「「「アイ・アイ・サー」」」
あっという間に『お静かに』させられた三人組が、屈強なお兄さん達に、ある者は引き摺られある者は担がれて駅の事務所へ連行されていった。
「大丈夫だった?」
私は余程怖かったのかショックだったのか、まだへたり込んで立ち上がれない女の子達に駆け寄った。