リアスの音色
軽くスキップなんてしながら人気の絶えた埠頭をターミナルへ向けて進む。
走っていくとすぐ着いちゃう、歩いていくと遅くなる。
その折衷案がスキップだった。
気分が高揚していたからではない、絶対ない。
それに巫女装束って走る格好じゃないし。
照りつける南国の日差しも、海を渡ってくる潮風も最高の気分を引き立ててくれる。
埠頭の付け根部分に目的地の旅客ターミナルはあった。
「うわぁ、凄い・・・全部木造!ガラスが入った窓だっ」
白亜の木造建築物、平家だけどそこそこ大きくて雰囲気充分。博物誌で見た『委任統治領の総領事館』っぽさ満載だよ。
1000年以上前の建物がそのままVRから抜け出てきたみたい、このまま全周を堪能したいけどとりあえず今は先に進まなきゃ。
正面玄関の前に立ってちょっと弾んでいた息を整える、そしてドアノブに手をかけて押し込んだ。
ギィっと少し乾いた音を立ててドアが開くと、中はホールになっていて壁際にベンチ、中にはちょっと盤面が高い机があってそこでさっき埠頭で見かけた男の子がペーパーになにやら書き込んでいた。
正面にはカウンターが並んでいて、一番端の窓口に座っていた白い半袖開襟シャツを着た初老の男性が私に気付いて顔を上げた。
「おぅ、お嬢ちゃんがもう一人の移住希望者かい?」
「ハイ!出生地、地球。氏名、綾風瑞穂。移住申請お願いします」
おじさんのところまで小走りで駆けて行き、元気良く地球で記入してきたペーパーを手渡す。
一瞬キョトンとした後、ニッコリと笑っておじさんはペーパーを受け取ってくれた。
「おう、ちゃんとリアスについて勉強して来たようだな・・・ヨシヨシ、確認するからちょっと待っとれ」
ペーパーを受け取ったおじさんは、引き出しから何かを取り出すと、顔に掛ける。
「それは・・・メガネ?」
カウンターから下がらずに見ていた私は呟いた。
「そうだ、老眼鏡ってやつさ」
ペーパーに視線を落としたままおじさんが応える。
「へぇ、初めてみました。古代の視力矯正アイテムですよね?おじさま」
今の地球では視力が落ちても遺伝子治療やクローンパーツ移植ですぐに治療してしまう、視力だけじゃない、身体全般的にそんな感じ。だからメガネとか道具で対応するなんて初めて見る。
「ハハハ、古代の・・・か?ここじゃ現役だぜ。それにしてもお嬢ちゃんは良く知ってるな。おっと、儂の名前はウィル・F・ハルゼーだ。まぁ、口の悪い奴等はブル・ハルゼーと呼んどるがな」
読み終わったペーパーを何かの機械にセットしてガチャガチャと打刻してゆく。
「ハルゼーおじさま、その機械は?」
なにかを印字する機械のようだけど、コレは博物誌でも見た事ない。
「それはタイプライターだね、古代の印字機械だ」
気がつくと、いつの間にか隣に例の男の子が立っていた。
二人でカウンターの中を覗き込み黒く優しい光を讃える本体カバーとハルゼーさんがキーボードを押す度に跳ね上がる銀色のパーツを目で追う。
「タイプライター?これが?」
名前だけは聞いた事があったけど、コレがその機械かぁ。
電気すら使わない完全手動の印字機械、地球の博物館では現物があるのはスミソニアンと大英博物館だけって聞いた事があったけど、リアスじゃ現役なんだ。
「ほう・・・小僧、ドアの開け方は知らんのに、タイプライターは知っとったか」
タイプライターから目を離し、視線を小僧と呼ばれた男の子に送るハルゼーさん。
「スミソニアンで実物を見たんですよ、まさか動いてるのを見られるとは思えませんでしたが」
ちょっとムッとしなが応える男の子。
ガチャガチャガチャガチャ
と、ハルゼーさんの指の動きに合わせて、騒がしいけど、どこか心地良いリズミカルな音が三人しかいない建物の中に溶け込んでいく。
ガチャガチャガチャガチャ、チーン・・ガーーー
時折挟まる透き通った音色とちょっと間の抜けた音がアクセント。
そしてまたガチャガチャガチャと、ハルゼーさんの指に合わせる小さな小さな卓上オーケストラ。
いつしか私は目を閉じて、その交響曲に酔いしれていた。