英国紳士の最後
「無礼なことを言うな小娘」
「ワシ等の『ディファイアント』は純正品じゃわい」
え?無線からはお爺さんのしわ枯れ声が聞こえてきた。
こんなヘンテコな純正機なんてあるの?
どこの国のどこのバカがこんな奇妙な機体を作り上げるってのよ!
見るからに『戦闘機以下、攻撃機以上』の空戦能力しか持たない超中途半端機。
当たり前だけど、操縦士と機銃手の二人乗り。
つまり、単発単葉複座戦闘機ってわけ?
単座機より鈍重で、双発機より火力不足・・・
「貴殿らは何者ぞ?」
私には理解出来る範囲を超えている、素直に聞いてみよう。
答えてくれるかは分からないけど。
「儂らは栄誉ある英国紳士、コールサインは『サー・ブリティッシュ』、そして乗機はディファイアント」
「ディファイアント?その様な機体は知らぬ!」
「なに!?小娘、我が大英帝国の誇るボールトンポール社製ディファイアント戦闘機を知らんとな?」
「英国紳士?大英帝国?イギリス・・・あぁ、あの」
そのキーワードだけで私は充分理解した。
ディファイアント戦闘機がどんな戦闘機なのかはイマイチ分からないけど、これは触れちゃいけない近寄っちゃいけないモノなんだと理解した。
私の前を飛んでいるこの機体は、世にいう『英国面に堕ちた』機体なのだと。
大英帝国、それはヨーロッパの小さな島国だったが一時期は『七つの海を制した』とか言われている海洋国家。
戦空関係だと、『バトル・オブ・ブリテン』というドイツとの航空戦が有名だし、戦海関係だと世界で二番目に航空母艦を就役させた航空先進国でもあった国。
・・・なんだけど。
この国、妙な事をしでかすのでも有名な国。
太平洋では日米が単発単葉の戦闘機と攻撃機でもって熾烈な空母機動戦をやってた頃、複葉帆布張りの攻撃機で雷撃してたとか。
本来、全通甲板(艦首から艦尾までが一枚の甲板で繋がってること)が当たり前の航空母艦の甲板が、艦橋によって前後で分断されていたり、とか。
『重装甲空母だぜ~』って装甲を分厚くして確かに沈みにくくなったけど、分厚くし過ぎて搭載機が33機になっちゃった、とか・・・
陸海空全てにおいて色々と伝説を持つ国。
航空機開発でも色々とやらかしまくってる国、それが大英帝国。
そして、そんな大英帝国の性癖からか英国紳士と書いてヘンタイとルビを振ったりする。
そんな英国らしさ炸裂の兵器を指して『英国面に堕ちた』と言われるのである。
師匠にも
『英国紳士と大英帝国の機体には気をつけなさい、かなりの高確率で変態だから』
と言われてたんだっけ。
そんな英国紳士が乗る大英帝国の機体が私の前を飛んでいる。
うわぁ・・・逃げ出したいわぁ。
「なんじゃ小娘、我ら大英帝国の機体に恐れをなしたか」
「はっはっは、東洋の島国の機体では太刀打ちできまい」
・・・日本が東洋の島国なら大英帝国は欧州の島国じゃないのかな?
「爺さん爺さん、あんまり無茶せんときや~、この前みたいに空戦中に入れ歯飛び出すで~」
「せやで~長老、前に向かって飛んでいくんが入れ歯しかないって洒落にもならんで」
はい?
なにこの機体、前方機銃がないの?
良く見れば、通常主翼にあるはずの銃身が見当たらない、多分エンジン上部にも無い。
前に撃てない戦闘機ってなに?
あ、動力銃座を前に向ければ良いからか?
「うるさいぞ、小娘ツインズ!ふぁふぁてょれ」
「ほれ見てみぃ、また入れ歯が外れたんやろ」
「今度ええ入れ歯安定剤買ぉてきたるわ~」
こんな軽口叩いてくるあたり、紅蘭さんと青蘭さんは余裕でピーピングトムを追い回してるんだろうなぁ。良いなぁ、私もそっちに行けば良かったかなぁ。
イタリアのダメ男の後は、英国紳士かぁ。
とりあえず、このまま撃たれっぱなしというのも嫌なので高度を下げて、『サー・ブリティッシュ』の真後ろ、後方距離100くらいにつけてみる。
普通、後方機銃がある機体に対してこんな場所につけるのは良くないんだけど・・・
前方のディファイアントは全然撃ってこない。
違う、撃たないんじゃない。
『撃てない』んだ、やっぱり・・・
構造的に見て、真後ろに向かって撃つと自分の尾翼を撃墜しちゃう可能性があるんだ、だから撃ちたくても撃てないんだ。
「小娘、卑怯だぞ!正々堂々勝負せんかっ!」
なんて言ってるけど、最初に死角から攻撃してきたのはどっちだったっけ?
やっぱり英国紳士だ、関わっちゃダメなタイプだ。
さっきからディファイアントは機体を蛇行させたり傾けたりして、なんとか射角を取ろうとしてるんだけど、運動性が悪過ぎて零戦なら余裕で付いて行ける。
「桜御前、遊んどらんと早よ墜としや〜」
「お前らが言うな〜〜っ」
余裕綽々に追い回す紅蘭さんと、必死に逃げ回るピーピングトムの一方的な追いかけっこ。
「ブルーノ、結構腕あげたじゃねぇか。お前も早く紫電改に変えろよ、いつまでも零戦ってのもどうかと思うぜ」
「私には零戦が一番なんでね、まだしばらくは零戦乗りでいますよ・・・っと、自動空戦フラップが無くても、充分イケますからね」
ブルーノさんとムトギンさんの死闘は決着がつきそうにない、お互いが一流どころだからねぇ。
とりあえず、目の前の英国紳士を墜としちゃおう。
回避の為なのか射角を取る為なのか、蛇行するディファイアント、でも蛇行するから機銃は明後日の方向に流れてさっきから私の機体には掠りもしない。
念のため少し高度を下げて完全にディファイアントの死角に入る、距離を詰めて機首を上げ最初に7.7ミリを撃ち込み、弾道を見ながら20ミリを一気にブチ込む。
狙ったのは主翼の付け根、ちょうど操縦席と動力銃座の真下あたり。
手ごたえはあった・・・けど、頑丈なのか徐々に高度を落とすだけで速度もそのままで飛んでいる。
「こちら管制塔、『サー・ブリティッシュ』の機上戦死を確認、『サー・ブリティッシュ』は撃墜判定。撃墜機は『桜御前』」
機上戦死?
初めて聞く撃墜理由ね。
無効化されてるんだし、もう安全だと思って距離をさらに詰めて徐々に高度を下げるディファイアントと並走する。
うわぁ・・・見なきゃ良かった
ディファイアントの風防は内側から赤いモノがベッタリと・・・
ナノネットワークってこんなトコまでリアルに再現するのね。
偶然にも私の放った銃弾は、ディファイアントの柔らかい土手っ腹を撃ち抜いて、中の二人に命中した判定を出したらしい。
航空戦では非力な7.7ミリでも人間相手なら充分な威力がある、内部に火薬を詰めた20ミリなんて食らったら・・・
やめとこ、これ以上想像したらおにぎりの梅干しが食べられなくなる。
エンジンは無事、主翼も尾翼も異常が無いんだけど、操縦する人間がいない機体。
そんな機体が徐々に高度と速度を落としてゆく。
私は敬礼してそんなディファイアントを見送った。
もう二度と戦いたく無い相手だわ、英国紳士。
「エグい落とし方するなぁ、桜御前は」
「せやけど、オモロそうやんか紅蘭」
「せやなぁ、ちょうどえぇオモチャが目の前にいてるなぁ、青蘭」
「ノォォォォォ、スプラッタはイヤだぁぁぁ」
なんだか妙な遊びを教えちゃったみたいだね。
「ウチは上から行くから、青蘭は下からなっ」
「了解や!ほな、ミシン縫いいくで〜」
「いや、やめて、うぎゃぁぁぁぁ」
「こちら管制塔、『ピーピングトム』の機上戦死を確認。『ピーピングトム』は撃墜判定、撃墜機は『ランホア2』」
こうして、第一回さくらのおにぎり争奪戦は幕を閉じた。
ちなみに、ブルーノさんとムトギンさんは
『勝負がつくまでが勝負じゃい』
と、いつまでも降りて来なかった。
最終的には両者弾切れまでいってやっと降りてきた。