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乙女の翼 〜戦空の絆〜  作者: ソロモンの狐
20/45

弱肉強食の宴

「こちらリラバウル第一飛行場管制、参加全機の離陸を確認、現在時刻1025、予定通り1030に状況を開始する。各自待機せよ」

管制官からの通信、私は現在高度2500付近を巡航速度で流している。

どう見ても私狙いのF4Fワイルドキャットが、後方5時方向と7時方向の高度4500付近に付いて来てる。


この生き残り戦のルール上、無理に撃墜を狙わなくても良い。

要は残存五機に含まれれば良い訳。

無理をせず生き残ればOK、私みたいなヒヨッコがいきなりベテラン勢に挑んで勝てるほど戦空は甘くないし、ナメてもいない。


通常、空戦は高度の高い方が断然有利とされている。

高度が高ければ戦場を俯瞰して見ることが出来る、戦場の流れと動きを把握出来る。

高度が高ければ大気の密度が低くなるから空気抵抗が少ない、その分スピードが出る。あまり高過ぎると密度が減りすぎて失速し易くなるから考えものだけど、低過ぎるよりは良い。

高度が高ければ、いざという時に降下して逃げられる。高度が低いと降下離脱は出来ない、一方的に追い回される恐れがある。

攻撃する時も高度が上の方が有利だ、下から上を狙うのと上から下を狙うのとだったら、上から下の方が狙いやすい。

特に私の20ミリ機関砲は初速が遅いのに弾が重いから弾道がダレる、下から打ち上げて当てる自信はない!

携行弾数が少ないから弾道を見ながら調整なんて出来ない、絶対に調整が済むより先に弾切れする。


なのに、私が高度2500なんていう中途半端に低い高度を取っているのにはちゃんと訳がある。

「桜御前のお嬢ちゃん、すぐに帰還出来るように低空飛行か?」

開始3分前だけど無線では既に場外乱闘が始まってる。

「ちゃんと名乗りを上げてから話しなさいよ、名無しの権兵衛さん」

先輩戦空士に対してちょっと失礼かと思ったけど、師匠の言葉を思い出す。

『戦いの空に上がれば敵味方はあっても、先輩後輩はないのよ。あるのは弱肉強食の世界、強い者が勝って弱いヤツは負ける・・・それだけよ』

「これはこれは、さすがは日本のレディーナイトだな。こちらはマッキMC.200の『ダメリーノ』だ」

あの真っ赤っかな派手派手のイタリア機の人か。

「なんやダメ人間、また女のケツ追っかけとんか?」

早速紅蘭さんが煽ってる

「ダメ人間言うな。『ダメリーノ』イタリア語で色男だ」

「色男ちゃうやろ色狂い、自分ん()鏡もないんかいヘタリア」

今度は青蘭さんが煽ってる。

「ヘタリアじゃねぇ、スピードと良い女にかける情熱は世界一のイタリアだっての!」

無線から聞こえる漫才に耳を傾けながら、周囲を見渡す

相変わらず私の後方に二機のF4F、前方1時の方向かなりの高度に真っ黒な双発機、あれはピーピングトムね。

私のほぼ真上、高度6000くらいにはもう一機の零戦、真下から見るとライトグレーの機体下面しか見えないけど、あれは青い零戦だ。

そしてほぼ正面の高度3000付近に旋回する赤い点が一つ、アレは間違いなくイタリア機の『ダメリーノ』だ。

ムトギンさんの紫電改と紅蘭さん青蘭さんのP-38、あと国籍不明の機体は姿が見えない。

無線では紅蘭さん、青蘭さん、ダメリーノの掛け合い漫才がまだ続いてる。

あの〜、そろそろ1030なんだけど・・・

「こちらリラバウル第一飛行場管制、これより第一回さくらのおにぎり争奪戦を開始する。各員奮闘努力せよ」

管制官の宣言によって一気に状況が動き出す。

正面、距離約5000で旋回待機していたMC.200『ダメリーノ』が旋回を止めて機首をこちらに向けた。

「桜御前、おにぎりも初撃墜バージンもいただくぜ!」

「単騎駆けとは、御見事おんみごとなり。桜御前、お相手つかまつる」

ギャラリーを盛り上げる為にも、ちょっと頑張って言ってみた。

いや・・・正直、顔から火が出る程恥ずかしいんだけど、戦空士は役者も出来ないと勤まらない。

この会話も私の見ている光景も、全てナノネットワークと機載制御器を経由して生中継で配信されているらしい。

ちなみにギャラリーが見られる視点は、コックピット・ガンカメラ・機体を後方から見たもの、の三種類。

ただし、これらは各機の有料チャンネルで収益は戦空事務局と戦空士で折半されて私達の収入にもなる。だから恥ずかしくても盛り上げて固定ギャラリーを自分につけなきゃいけないの。

戦空士(このしょうばい)腕も大事だけど人気も大事。

「イイぜ桜御前、俺の「ピーー」で「ピー」な「ピーーー」でヒィヒィ言わせてやるぜっ、覚悟しな」

『ダメリーノ』もかなりの役者だ。軽薄でゲスいキャラを演じて場を盛り上げてくれる。

そして機載制御器、リアルタイム通信にピー音を的確に被せてきた。

・・・無駄に高性能だね!

逃げて逃げて逃げ切ろうとも思ったけど、やっぱり勝負を捨ててまで、逃げて生き残りたくはない。

そう思っていたところに冷静な紅蘭のツッコミが響いた。

「桜御前、そいつのは素やで」


・・・訂正、ただのスケベイタ公だ。


後方のF4Fにまだ動きはない。

前方、襲いかかってくる赤い色情魔に集中する。

「桜御前の初めて、いただくぜ!」

私と同じ高度2500まで降りてきて軸線を合わせる『ダメリーノ』結構おバカみたいね。

「単騎駆けとは敵ながら天晴れと思ったけど、駆け引きも何も出来ないだけね」

煽る、更に煽る。

「色男、金と力はなかりけりって言うけど、知恵もないのね」

「へへん、色男にそんなもんは必要ないのさ!色男(オレに必要なのは良い女と欲望だけだぜ」

私はあえて巡航速度の時速350キロのまま、それなのに『ダメリーノ』は1500メートルを降下して通常の機速に降下速度まで乗っている。

恐らく最高速度の時速520キロ近くで接近してくる。

自機のスピードが速いと狙いがつけ難い、ほんの少しの操作で軸線がブレまくる。

当然向かってくる銃弾との相対速度も上がるから、同じ口径の弾丸でも破壊力が増大しちゃう、だから私は速度を抑えているの。

私は照準器の円環に『ダメリーノ』を収める、恐らく距離は3000を切った、小さな点がどんどん大きくなる。

胴体の上に一段高くなった操縦席、前方視界は良さそうだけど、空気抵抗の塊だしこうして正面から向かい合うと被弾面積が無駄に増えてるよね。

距離2500、冷静に・・・

距離2000、深呼吸・・・

距離1500、心穏やかに・・・

「桜御前参る、いざ尋常に勝負!」

心踊る、心逸る。

「イイぜイイぜ、桜御前!滾るぜ〜」

照準器の中で『ダメリーノ』が暴れている、だけど私は動かない。

距離1000、完全に衝突コース。チキンレース、動いた方が負ける。

距離800、機銃発射把を握る手に力が入る。

距離500、機銃発射把を軽く握る、一拍の後『ダメリーノ』の機体が揺れる。『ダメリーノ』は軸線がブレてから操縦席前の機銃を撃ってきた。

だけど、そんな銃撃は当たらない。

私の放った7.7ミリと20ミリ機関砲弾が逃げようとして右へバンクした『ダメリーノ』の下面、ちょうどエンジンと操縦席の下に弾着するのが一瞬見えた。

相対速度800キロ、文字通り一瞬ですれ違う。


「こちら管制塔、『ダメリーノ』の被撃墜を確認。撃墜機は『桜御前』」


やった!

記念すべき初撃墜。

機体を見回すけど、被弾の形跡はない。

エンジンも操縦系統にも異常なし、主翼に被弾して燃料吹いてる事もない。

左主翼をチェックした時、黒煙と炎を引きながら錐揉みで急激に高度を落とす『ダメリーノ』が見えた。

「桜御前、『ダメリーノ』討ち取ったり!」

思わず叫んでいた。

もっと先になると思っていた『勝ち名乗り』を・・・





『気を抜いちゃダメよ』



『見えない敵機が貴女(あなた)を墜とすわ』






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