初めてのラムネ
遅めのお昼ごはんを買って来たお惣菜で済ませると、干していたお布団を仕舞って、お店に降りてきた。
戦空も大事なんだけど、生きていくためにもちゃんと生計を立てなきゃいけない。
さっき食べたお肉屋さんのメンチカツも美味しかったし、もしかしなくてもココって飲食店の激戦区なのでは?
午前中に引っ越しの挨拶廻りした時も、何気にご近所さんって飲食店ばっかりだったし・・・
う〜ん、ってカウンターに突っ伏して唸っていたら聞き覚えのある声がした。
「おぅ、お嬢ちゃん。いるかい?」
ハッと顔を上げるとお店の入口に昨日お世話になったハルゼー審査官が立っていた。
「は〜い、ハルゼー審査官?どうしてここに?」
昨日と同じ白の開襟シャツにネイビーブルーのズボン姿だ。
「すまねぇな、昨日はこれを渡しそびれちまっててな」
ハルゼー審査官の手には、チェーンに繋がれたスカイブルーの小さなプレートがぶら下がっていた。
「それって、認識票ですか?」
「そうなんだよ、うっかりしててな。すまねぇすまねぇ」
ハルゼー審査官のもとに行って認識票を受け取る。
「わざわざすいません、よろしければお茶でもいかがですか?ハルゼー審査官」
ハルゼー審査官をお茶に誘ったのは、お礼もあったけど一人が寂しかったのもあった。
「ハルゼーでイイぜ、そうかい?なら一服いただこうか」
「どうぞどうぞ」
ハルゼー審査官はカウンターの椅子に腰掛け、私は厨房に入る。
「えへへ、なんだかこうしてるとお店見たいですね〜」
「いや、立派に店だろココは」
「そうでした、そうですね」
南国なので外は暑かったはず、なので冷たいモノをと準備しようとしていた時だった。
「お嬢ちゃん、いやここはおかみさんと呼ぶべきかな?」
おぉ、本格的にお店みたいだ。
「は〜い、ってなんだか照れますね〜」
「ははは、なら練習にちょうどイイやな」
「なんだかすいません、ハルゼーさんを練習台にするなんて」
「構わんよ、練習台には慣れとるからな。それより、どうせなら冷たくて泡の出る麦茶で頼まぁ」
あ〜、そう来ましたか。
でも、私がお酒飲んじゃいけないから置いてないのよね〜。やっぱり置くべきかしら?
「すいません、お酒はまだ置いていていないので・・・代わりにコレを」
そう言って私は冷蔵庫でキンキンに冷えたアレを二つ取り出してカウンターに置く。
「おっ?こいつも良いじゃねぇか」
手慣れた様子でポンと栓を開けて、素早く口で迎えに行く。
「っつあぁ、旨いなコレも」
さっき商店街で見つけて嬉しさのあまり買って来たラムネ、ビー玉が栓を兼ねていて飲む時は専用の栓抜きで押し込んで飲むの。
「お上手ですね〜、それじゃ私もっと」
生まれて初めてのラムネ、ハルゼーさんの見よう見まねでやってみる。
「わっ、と・・・おぉぉ」
プシュっという音と共にビー玉が押し込まれ、中の炭酸と共にラムネが噴き出した。
「ははは、意外と難しいだろ?」
「コツがあるんですね〜。あ〜、でもこの味私好きです」
強烈な炭酸と甘味。
瓶を傾けて一気に飲もうとすると、あれれ?飲めない・・・
「そいつはな、持ち方があるんだよ」
なるほど、瓶の括れのところに二ヶ所、瓶の内側に出っ張りがある。
「そこにビー玉を引っ掛けてやるのさ」
見ればハルゼーさんは器用にビー玉を交わしてグビグビと飲んでいた。
「ほぇ〜、何にでもコツってあるんですね〜」
感心しながら私もラムネを煽る。
「ところで、お前さんの機体、ありゃもしかすると『桜の一一型』か?」
戦空士ではないはずのハルゼーさんから、愛機の渾名が出て来て思わずむせる。
「うぐっ、え?はいリラバウル第一飛行場の方にはそう呼ばれてましたが?」
ハルゼーさんまで知ってるだなんて、師匠とあの子は一体どこまで有名人なんだか・・・それともハルゼーさんって実は他の飛行場所属の戦空士さん?それとも引退した元戦空士さんとか?だったら大先輩じゃない。
リラバウルには第三まで飛行場があるし、水上機の基地もある。もしかするとハルゼーさんも戦空士で兼業で移住審査官をしてるのかな?
「そうかそうか、やっぱりそうだったか。儂は戦空士ではないが『桜の一一型』と『ソロモンの魔女』の武勇伝は色々知ってるぜ」
あら、やっぱりハルゼーさんは戦空士じゃないんだ。
それでも師匠とあの子の事を知ってるって・・・
師匠って凄い人だったんだ。
「飛んでるB-17に60キロ爆弾ぶち当てて撃墜したとか、35ノットで突っ走る駆逐艦の魚雷発射管に20ミリをぶち込んで誘爆で、ジャックナイフ(真っ二つ)にして撃沈したとかよ」
・・・最早人間技じゃない。
そんな人外と比べられても困るんですけど、わたし。
「でも私はまだまだひよっこですから、師匠のように戦えるのはまだまだ先ですね」
「なに言ってんだ、初飛行で一発も撃たずに撃墜した癖によぉ」
ニコニコ笑いながら褒めてくれたハルゼーさん、あれ?でもなんで昨日の今日で知ってるの?
「あれは偶然ですよ、それに撃墜したのは潜水艦の方ですから」
「あぁ、確かに撃墜は特務攻撃艦隊んトコのタナトス中佐のイ-402潜水艦だったな、けど低空まで引っ張り込んで絶妙のタイミングで回避したんだろ?」
おやおや?ハルゼーさん、見てた?
「覗き屋トムの野郎がムービーデータをネットで売ってたからな、思わず買って見ちまったぜ」
あの二人、転んでもタダじゃ起きないわね・・・
まぁしょうがないか、昨日の宴会代は半端じゃない金額だった見たいだし、撃墜解除金を払わないと五日間飛べないしね。
「あはは、非武装の偵察機に追われて逃げてたなんてお恥ずかしい限りです」
「いやいや、あの左急旋回は見事だったぜ。しかもあれを超低空でやるとは度胸も良いしな」
「あの時は無我夢中で、師匠に見られたらなんて言われるか、私なんてまだまだです」
「ん?けど、来週の小規模戦から出るんじゃねぇのか?」
《戦空》は毎週内容が変わる。
今週、第一週は《フリー戦》なんでもあり、航空隊も関係なくオーバーホールに当てても良いし、装備を新調して慣熟するのに当てても良い。
毎朝飛行場のブリーフィングルームに張り出される《クエスト》と呼ばれるアルバイトをしても良い。
昨日みたいなのは『突発戦』とか『咄嗟戦』って呼ばれるらしい。あそこまで大人数で騒ぐことは稀なんだけどね。
来週は第二週なので『小規模戦』だ。
月・水・金・日曜の午前10時と午後2時に各航空隊毎に戦闘機中心の空戦を開始するの、その間おヒマな爆撃機・攻撃機・偵察機の皆さんは《戦海》の方へ出張って、対艦攻撃戦や一部の夜戦装備持ちは戦海の夜戦補助に行くらしい。
ちなみに第三週が『大規模戦』で第一から第三までの各飛行場で対抗戦をするの。
第四週は『地域戦』で
ニューブリテン島のリラバウル基地
ブーゲンビル島のニューブカ・ニューブイン基地
パプアニューギニアのネオポートモレスビー基地
ニュージョージア島のニュームンダ基地
というソロモン海を囲む各飛行場基地での拡大大規模戦を行うの。
そして3・6・9・12月には第三・第四週の二週間をかけて《戦空》と《戦海》が合同で紅白に分かれての『海空戦』を行うの、この二週間は街も戦空士・戦海士もお祭り騒ぎ、でもこのお店は休業かなぁ。
ハルゼーさんが言った小規模戦は来週月曜日から、どの航空隊のお世話になるか分からないけど楽しみで楽しみで仕方がないよ。
「そのつもりですよ、所属航空隊はまだ決まっていませんけど、楽しみです」
「ふっ、良い目をしてるじゃねぇか。それでこそ『桜の一一型』の主人、桜御前だな」
「ふふふ、早くそう言っていただけるように頑張ります」
その後、ハルゼーさんはもう少しお話をしてくれた。
「さてと、それじゃ他にもよるトコがあるから失礼するぜ。ラムネありがとよ」
張
ハルゼーさんを電停まで見送って再びお店に戻る。
こうしてリアスの二日目は穏やかに過ぎていった。