もう一つの宝物
朝日を浴びながら波止場通りをブラブラ歩く。
時間はまだ7時半なのにお店も開いていて活気がある。
どうしてかな?と道行く人達を観察してみると、白い制服の男性とセーラー服姿女性のペアが多い。
多分男性は戦海士さんだと思う、隣にいる女性は船霊さんかな?
「うぅ、夜戦明けは眠いのですよ」
「でも腹が減って眠れないんだろ?」
「はい、だから今日の朝ごはんは[銀鱗亭]のお刺身定食を所望します」
「朝から豪勢だね〜、儂は塩サバ定食に納豆と日本酒かな」
「昨日は魚雷二本当てたのでご褒美なのです」
「確かにありゃ見事だったな〜、よし茶碗蒸しは儂が奢ろう」
「わ〜い」
そんな会話をしながら通り過ぎて行く老紳士と初等部くらいの女の子、見ようによってはおじいちゃんと孫娘にも見えてなんだか微笑ましい。
波止場通りだから戦海士さん達が多いんだね、それに私達戦空士と違って、戦海士さんは夜戦夜襲は当たり前だから、一戦終えて朝早くに朝ごはんを食べに来てるみたい。
そうそう、基本的にリラバウルの《戦空》に夜戦はない。
それは、私のいる《リラバウル戦空域》の設定年代に深く関係するんだよね。
《戦空》も《戦海》も実はこの惑星リアスの全域で行われているの、でも設定年代というものがエリア毎に決められていて、そのエリアには設定年代以降の兵器を持ち込んではいけないという厳格なルールがある。
ここ、《リラバウル戦空域》《リラバウル戦海域》は旧西暦の1940年代と定められている、だからそれ以前の兵器なら持ち込み自由だけど1940年代以降の兵器、例えば第一次世界大戦時の兵器である複葉複座戦闘機のブリストル・ファイターは持ち込み可能 (誰も持ち込まないけど) でも、第二次世界大戦以降に開発されたF-4ファントム戦闘機だとかB-52爆撃機といったものはダメ、といった感じ。
1940年代、夜の空を飛ぶのは限られた場合だけだった。
その1、夜間索敵
主に水上機を使っての夜間索敵任務。朝一で敵艦隊を攻撃するために敵の居所をはっきりさせておく為。
夜間の離着水は大変危険なため、航続距離と滞空時間が長くて一晩中飛べる大型飛行艇などが用いられた。
その2、味方艦隊の援護
夜襲をする味方艦の誘導や、吊光弾というパラシュート付きの照明弾を落としての援護など。
これも水上機が使われることが多い。
その3、夜間都市爆撃
昼間だと迎撃機がバンバン飛んできて爆撃機側の被害が大きくなるので、夜間に爆撃する方法。
都市爆撃は非人道的なのでリアスでは禁止されている。
夜間の基地爆撃は純然とした軍事作戦行動なのでOK。
その4、夜間迎撃
上の夜間爆撃を阻止するための迎撃戦、しかし当時のレーダーは小型化出来てない癖に未熟で専用の双発機でしか運用が出来ないため、少数機に留まる。
どの場合も飛ぶのは双発以上の爆撃機や大型飛行艇など、それか専用の夜間戦闘機だけ。
爆撃機や大型飛行艇はともかく、専用の夜間戦闘機なんて参加できるミッションが限られてくるのであまり人気がない。
夜間戦闘機というのはレーダーとか余分な機材を積むために基本的に双発機を使う、それに機体を操作する操縦士とレーダーを操作するレーダー手がいるので最低でも二人以上が乗る複座機になる。
夜間爆撃に敵の護衛戦闘機はついてこない、だから相手にするのは爆撃機だけだから運動性より火力を重視する。
良く言うと対爆撃機特化の高火力、悪く言うと運動性能無視の火力馬鹿。
そんな機体だから無駄に高価なのに昼間の戦闘では使えない、なぜ使えないかというと昼間の爆撃隊には護衛戦闘機隊が付いて来るから。
軽快な動きの単発単座戦闘機に対して双発複座の夜間戦闘機は鈍重、敵の爆撃隊を狙うより敵の護衛戦闘機隊に狙われてしまうから自分を守るので精一杯とかになっちゃう。
逆に護衛戦闘機として味方の爆撃隊について行っても、敵の迎撃戦闘機も火力馬鹿だとは言え単発機だから勝てない、落とされる。そもそも夜間戦闘機は航続距離が短いものが多く長距離爆撃行にはついていけない機体も多い。
だからリラバウルの戦空士は基本的に夜は飛ばない、飛ばないというか飛べる機体がほぼない。
無理して飛んでもろくな装備もない機体で飛んで、操縦を誤っての海面衝突や着陸時の操作ミスでの墜落・戦死判定を受ければしばらく飛べなくなるので、そんな高リスクは誰も背負いたがらない。
同じ《戦空》でも中東の砂漠地帯《エリア88戦空域》でやってる、旧地球暦21世紀頃をモデルにしたジェット戦闘機戦をやってる人達は、音速超えて夜中でもドンパチやってるらしいけど、私は興味ないから詳しくは知らないの。
逆に《戦海》の方はと言うと、この設定年代こそが夜戦華やかなりし時代。
レーダーは探知距離も短く、島と敵艦が重なると探知出来なくなったり、居もしない艦影を探知してしまったりと、信頼性が低くまだまだ人間の目が頼りだった時代。
軽巡洋艦に率いられた駆逐艦が水雷戦隊を組み、夜陰に紛れ必殺の魚雷を抱えて敵主力艦に殴り込みをかけ縦横無尽に暴れまわる。
潜水艦も天敵の航空機が活動出来ない時間だからこそ、浮上して敵を探し先回りして待ち伏せすることが出来る狩りの時間。
夜の海は決して眠らない。
なんて事を考えながら歩いていたら、目印の路面電車の駅に着いていた。
[波止場元町電停]
小さな赤い屋根と白い木製のベンチが一つだけある小さな停留所、そのちょっと先の路地を入った所に目指す場所はあった。
[居酒屋 さくら]
毛筆体で書かれた店名と、機体マークと同じ桜のイラストが描かれた看板の上がる、小さな二階建ての店舗兼住宅。
師匠から譲り受けた鍵でシャッターを開けて、厚目の擦りガラスに桜の彫りが入った純和風の引き戸を開けて中に入る、一階は一枚板のカウンターとその対面に厨房、奥にお手洗いと六畳の畳敷き小上がりのある店舗で、師匠の言った通り厨房器具は全て揃っていた。
一年と少しの間、主人の居なかった店内はちょっとだけ埃を被っていたけど、拭き掃除くらいで直ぐにも営業できそうだった。
厨房の奥にある階段を上がると住居スペースで・・・
「うわぁ〜」
思わず感嘆の声を上げてしまう。
そこには私が憧れ、そして愛して止まない純和風の空間が広がっていたからだ。
キッチンじゃないちょっと広い板張りの台所。
リビングじゃない八畳の畳敷きの居間。
クローゼットじゃないタンスと押入れ。
さすがにお風呂は普通にシャワー付きのお風呂で、お手洗いも洗浄機能付きの洋式水洗型だったけど、残る二部屋も畳敷きの六畳間と八畳間だった。
水廻りにある扉を開けるとバルコニーなんて洒落た物じゃなく、白いペンキ塗りの物干し台があった。
最高です、最高ですよ師匠!
師匠!貴女は完璧です、師匠と呼ばせて下さい!
嬉しさのあまり思考がおかしな方向へ逝きかけちゃった。
この物干し台は通りの反対側にあって日当たりも良好、だから洗濯物はもちろんお布団だって干せちゃうスグレモノ。
今夜にも夢にまで見た、天日干ししたお布団で眠る事が出来るなんて!
ダメだ、テンションが下がらない。
冷静になろうと物干しで深呼吸して、家の中の空気を入れ替えようと八畳間の窓を開けた時だった。
お店の前に自動貨車が一台止まって男の人が降りてきた。
「すいませ〜ん、ブチネコ宅配便で〜す」
家財道具も厨房器具も全て揃っていたから引越し荷物はそんなに多くない、宅配便で充分だった。
「は〜い、今いきま〜す」
引越作業はすぐに済んだ、ダンボール箱八個だもの。
内容は主に着替えの衣料品と雑貨と本くらい。
それからご近所さんにご挨拶へ行って、さっきの電停から路面電車で役場まで行き、お店の開業申請とライフラインの手続きを済ませる。
電気と水道と有線の電話は既に開通してたんだけど、ガスは店舗と兼用なのもあって、開栓作業が必要だった。
役場でガスの開栓作業の予約をお願いして、再び路面電車でお店に戻った。
「ただいま~」
今日からは[私の家]なのだからと、誰もいないお店の扉を開けて言ってみた。
電気の消えた店内はお昼前でも薄暗く、ちょっと物悲しい気分になっちゃった。
これは失敗したかもしれない・・・