新しい朝が来た
季節の変わり目ってのは幾つになっても辛いです。
風邪引いちゃいましたorz
皆様もお気をつけ下さい。
あの後、小松亭へ繰り出し、みんなで大いに飲んで食べた。
最初の宣言通り夜通しの宴会となって、明け方には死屍累々になってたけど、そんな中紅蘭さんと青蘭さん、あとムトギンさんだけが全然乱れず最後まで生き残っていた。
「さぁ、そろそろお開きやで〜」
昨日から全く変わらないテンションだ。
「さーて、一眠りしたらお仕事や〜」
二人はハンガーでシャワーを浴びた後、お揃いの赤と青のチャイナドレスに着替えていた。
私はお酒が飲めない年齢だから、飲んでない。
それでも結構辛いのに、この二人はあれだけ飲んでいたのにケロっとしてる。
そもそもこの二人って飲酒可能年齢なのかな?
「ところで、瑞穂はんもしばらくは兼業なんやろ?」
そうそう、戦空士には専業と兼業がある。
《戦空》だけで生計を立てるのが専業、《戦空》に参加しながら戦空以外で生計を立るのが兼業。
私みたいな駆け出しは勿論、兼業なわけです。
「はい、兼業です」
「ほ〜、ほんならどっかでバイトでもするん?」
そこらへんに転がる戦死者を尻目にお茶漬けを食べながら、青蘭さんが興味を示してきた。
「いえ、師匠がやっていた居酒屋さんが居抜きそのままになっているらしくって、二階が住居になってるから、そこに住んでお店をすれば・・・えぇ?」
いつのまにか、私は泥酔者に取り囲まれていた。
「ひぃぃぃ、ちょ、ちょっと、みなさんどうしたんですか⁉︎」
「それは居酒屋『さくら』の事か?」
ゾンビのうち一人の首根っこを掴んで引っこ抜き、ズイッと顔を出してムトギンさんが尋ねる。
「多分、そのお店の事だと思います」
師匠も最初は兼業で生活していたらしく、趣味の料理を生かそうと小さな居酒屋を始めたそうだ。戦空士として一人前になってからも結局お店は閉めずに隠居して地球に帰るまで、そのお店は続けていたそうだ。
私が師匠に零戦の操縦を習って、リラバウルへ旅立つ事を決心した時、猛反対する両親を説得してあの零戦とお店の鍵を私に譲ってくれたのだった。
「師匠にお料理も手解きして貰ったんですけど、私ってお酒飲めない年齢だから、しばらくは定食屋さんですね」
「各航空隊の指揮官は集合!緊急会議だ!」
「ちょっと待て、航空隊はどうするんだ?」
ムトギンさんの声に、弾かれたかのように5、6人の男の人達が集まって車座で何やら真剣に話し合いを始めた。
「あのぉ、私また何かしちゃいました?」
青蘭さんからお茶漬けを受け取った紅蘭さんに尋ねる。
「にひゃひゃひゃ、瑞穂はんは『魔性の女』やなぁ、ホンマに」
「ホンマやで、無意識にやっとるから余計にタチ悪いで〜」
チャイナドレスでお茶漬けを啜る二人、その向こうでは真剣な話し合いが進んでいた。
ちなみに、《戦空》や戦空士と言っても道楽でやってる訳じゃないんですよ?これも立派なお仕事、ちゃんとした職業なんです。
職業というからには報酬がある訳で、その報酬はどこから出るのかというと、《戦空管理事務局》というところが一括管理しているんです。
《戦空》はリラバウルの観光産業でもあって、地球や他の惑星から観戦者がたくさん訪れます。
その人達に観戦チケットを売ったり、操縦席からのリアルタイム映像を配信したり、グッズ販売したり、時には事務局が胴元になっての競馬ならぬ《競空》なんて事もやって利益を上げているらしいの。
そしてそういう収益から、事務局の管理運営費とかその他諸々の経費を差し引いた純利益を、戦空士個人の働きに合わせて配分してる、つまりそれが私達のお給料って事。
「・・・以上、異議はないな」
「「「「「異議なし」」」」」
「では、各航空隊はそのように。抜け駆けはこの俺が許さんから覚悟しておけ。以上解散!」
あ、向こうの話し合いが終わったみたい。
でも、みなさん何故か浮かないご様子、どうしてかしら?
「店の方は昨日の様な事にならない様、しっかり話はつけておいた。だがな・・・ひとつ問題があるんだ」
「問題・・・ですか?」
なんだか昨日からずーっと問題続きな気がしますが?
「『桜御前』はどこの航空隊に所属するか決めているのか?『ソロモンの魔女』に何か言われてきたかい?」
「航空隊・・・」
周りのみんなが息を飲む、泥酔者までチラッとこっちを見てる。
戦空士はほぼ全員がいずれかの航空隊に所属している。
中規模以上の戦空には航空隊単位での参加も多く、無所属では小規模戦と観光用の模擬戦位しか出られない。
だから私も折を見てどこかの航空隊に入れて貰おうと思ってたんだけど。
「いえ、師匠にはなにも・・・私もまだ全然わかってないので決めかねてます」
場にホッとした様な、緊迫した様な微妙な空気が流れる。
「それじゃあ、すまないがしばらくは無所属でいてくれねぇか?」
え?それって・・・私、戦空に参加出来ないって・・・こと?
「誤解するな誤解するな、なにも航空隊に入れねぇって事じゃないんだ」
一瞬で落ち込んだ私を見てムトギンさんが大慌てで否定する。
「ここにいる野郎共の事だ、絶対お前さんの取り合いを始める筈だ、なぁみんな!」
「おぅ」
「当然だ」
「当たり前だのクラッカーってやつよ」
「あたぼうよ」
なんかよく分からない表現もあったけど、概ね好意的に受け取られてるらしい。
「おーぉー、瑞穂はんモテモテでんな〜」
紅蘭さんが茶化してくる、恥ずかしいから遠慮してください。
「そこでだ、各航空隊にはその時々に『助っ人』として要請を出して貰う。そして厳正な抽選によって当選した航空隊に助っ人として行ってもらう、ってのはどうだろう?」
これは多分ムトギンさんが、私の為に捻り出してくれた妙案、どこの航空隊とも揉めずにどこの航空隊の面子も潰さない為の妙案。
「みなさんさえよろしければ、私も異論はありません。むしろ喜んでお受けしたいと思います」
「よし、それじゃあこれで決まりだな、頑張れよ!」
ムトギンさんはそう言って私の肩を叩く。
「え?あ、はい、頑張ります」
お店の方はどう話がついたのかはわからないけど、多分大丈夫なんだろう。
それからお開きになって、お会計を見て真っ白になった『ピーピングトム』のトーマス&トミーさんに全員で並んで
「ゴチになります」(これが奢って貰った方のお作法らしい)
と、挨拶して解散となった。
飛行場へ戻るというみんなと別れ、ぶらぶらと波止場通りを紅蘭さん達と歩く。
「ウチらも兼業でな、普段は配送業みたいな事やってるんよ」
途中の露天でほうじ茶ラテを買って飲み歩く。
「へ〜、配送業みたいなというと?」
今日も海は穏やかで水面がキラキラと輝いている。
「まぁ、ウチらの場合は趣味と実益なんやけどな」
「実はウチらも戦空士なんやで」
てっきり本業が整備士さんだと思っていたけど、それすら兼業の一つだったとは。
「ちょうど見えてきたな、アレがウチらの機体や」
ここは波止場通り、飛行場なんて近くにないはず。
「え?あ、あれですか⁉︎」
紅蘭さんがラテに刺さっていたストローで指した先には、真っ白で巨大な飛行艇が鎮座していた。
それは一瞬船かと思うほどの巨体で、実際波止場に泊めてある雑役艇の方が小さいくらいだった。
「そや、アレがウチらの愛機『二式大艇』コールサインは『モビーディック』や」
波止場の突端に停泊しているその姿はまさしく白鯨だった。
「おっきいんですね〜、お二人が戦空士って事にも驚きましたが、この機体の大きさにもびっくりですよ」
「せやろ?この子は全長28メートル、全幅は38メートルもある、まさに大型飛行艇なんやで〜」
ラテを飲みながら上機嫌で説明してくれる青蘭さん、
「この子って四発機で船と飛行機の合いの子みたいやから、整備もメッチャ手間と費用がかかるねん」
確かに私の零戦みたいな単発機よりも、ピーピングトムの様な双発機、それより巨大な四発機しかも飛行艇ともなれば、その手間と費用は私の比では無いだろう。
「そんなこんなで自分らでも整備してる間に、自分らが整備士になってしもたんよな〜」
「そら、一回飛ぶ毎に1850馬力のエンジン四つも弄っとったら整備も楽勝になるわな」
「バランスかて、完璧に取らんかったら離水滑走中にひっくり返るしな」
なんだかんだ言いながらも、お二人はこの二式大艇がお好きな様です。
今も目が輝いてますから。
「ほんで、この巨体を生かしてな、船便では間に合わん物資運んだり、緊急の旅客運んだりしとる訳よ」
「たまに団体さんの遊覧飛行やら《戦空》の観覧飛行もしてるけどな〜」
なるほど、この巨体を生かした二式大艇ならではの兼業ですね。
私の零戦では真似出来ないですよ。
「ほな、ウチらは一眠りしてから仕事にかかるわ〜」
「しっかり酒抜かなアカンから、昼過ぎまで休業やな〜」
朝日に照らされた波止場を二人は歩いて行く。
「ありがとうございました〜、おやすみなさ〜い」
二人に声をかけ、私も歩き出す。
師匠から引き継いだもう一つの宝物へ向けて。