リラバウルの愉快な仲間達
暑い熱帯のリラバウルで浴びる熱いシャワーがこんなに気持ち良いとは思わなかったよ〜
生命維持と安全性確保の為に、完全与圧された操縦席だけどやっぱり高度が上がると寒かったのもあったのかな?
「ふ〜、気持ちよかった〜〜。ありがとうございました、紅蘭・・・さん?」
濡れた髪を拭きながらハンガーに戻ってくると、そこには異様な光景が広がっていた。
ハンガーには冷機運転を済ませた愛機・零式艦上戦闘機一一型とケッテンクラート、そしてその荷台で仁王立ちになった紅蘭さんと青蘭さんの後ろ姿。
ちなみに後ろ姿だと、どっちがどっちか分からないけどね。
それだけじゃない、一番異様な光景の原因があった。
零戦の前で正座している男達の群・・・
ナニコレ?
正座していると言うより、させられているって言うのが正しそうな空気が漂っている。
「あの〜、紅蘭さん青蘭さん?これはいったい・・・」
異様過ぎる光景と雰囲気に圧倒されながら、近付いて行くと振り向かずに紅蘭さんが応える。
「あ〜、瑞穂はんお疲れさん。で、ここに並ぶ皆様がやね」
「今回の騒動を巻き起こした方々で〜す」
ゆうに二十人以上の青年、おじさん、おじいさんがこっちを向いている。
男の人ばっかりだ、その表情は一様に落ち込んでるっぽい。
南国のリラバウル、天気は抜群でしかもお昼ちょっと過ぎの時間なのに、ハンガーの中はなんだか暗くてお通夜のよう。
「えっと、どうして私を追いかけ回そうとしたんですか?私何かルールを破っちゃいましたか?」
紅蘭さん達の横まで進んで、そして声をかけた。
「いや違う違う」
「そうじゃねぇ」
「悪かった」
「すまん」
「ごめんなさい」
口々に喋り出すもんだから、わいのわいのと大騒ぎになって、何を言っているのかわからない。
「うるさい!だーまーれー」
バシンっと激しい音がする、紅蘭さんの右手には・・・アレは竹とか言う植物を加工して作る『竹刀』って武道の練習道具だったと思う。
「ウチらが説明するわ、瑞穂はん。事の発端はそこのアホや」
紅蘭さんが竹刀の先で青蘭さん頬をグリグリしてる。
「いひゃいいひゃい (痛い痛い)」
「このアホが管制塔に飛行許可取りに行ったやろ?そん時にな」
「ウチら、零戦一一型整備してんで、変わってるやろ?二一型でも五四型でもないんやで〜、って言うたんや」
「アホォ、あんたそん時に桜マークの事まで口走ったんやろが」
再び紅蘭さんが青蘭さんの頬をグリグリする。
「桜マークって、使っちゃダメだったんですか?それとも国籍マークを変えちゃったから?」
今では昔みたいに国籍や人種・民族で争う事は無くなった。
けど、その分余計に自分自身のアイデンティティとして自分達の祖先やルーツを大事にする。
国籍マークも、その機体のルーツを記す大事なもののはず。それなのに私の機体には国籍マークの代わりに桜のデザインがあしらわれている。
それが先輩戦空士達の逆鱗に触れてしまったのだろうか?
それなら怒られるべきは彼らじゃない、私の方・・・
「そんなんちゃうで、そんなもんこの連中かて好き勝手に変えてもとるわ。アレ見てみぃ」
紅蘭さんが竹刀で指した先には・・・
あ!私を追いかけ回してくれた黒い機体だっ!
私を追いかけ回したあの機体が、ハンガー前で左向きに駐機されていた。
その機体は艶消しの黒で塗られていて主翼と尾翼の間、本来国籍マークが有るべき場所には、目立たないように濃い灰色で『覗命』と書かれ機首には、双眼鏡を覗く男の子のイラストが描かれていた。
「そいつが瑞穂はんを追い回したコールサイン『ピーピング・トム』、そんで」
「「うぎゃっ」」
正座集団の中央一番前で、隙間無く並べた軽便鉄道のレールの上に正座したおじさん二人が悲鳴をあげる。
笑顔の青蘭さんがお二人の太ももに縦横50センチ、厚さ20センチ程の鉄板を載せていた。
「その機体の戦空士、トーマスとトミーや」
トーマスさんとトミーさんは両方40代前半っぽい白人系、お名前からしても米国系じゃないかな?
トーマスさんはちょっとおデブ、トミーさんはかなりの痩せ型だ。
紅蘭さんは涼しい顔してるけど、お二人は結構足にダメージきてるんじゃないかな?
「ちなみに、こいつらの機体は日本陸軍の機体で『百式司令部偵察機[キー64]の三型甲っちゅうヤツや」
「ついでに言うたら、このアホの機体には武装が無いんやで、非武装の偵察機で戦闘機追い回してんからアホの極みよな〜」
それ言っちゃうと、非武装の偵察機に追い回されて逃げてた私がココにいますが?
「こいつらの武器は写真機と逃げ足や、機体が真っ黒にしてあるんも、制式機になる前から国籍や所属も書かずに機体を真っ黒に塗って偵察してたって、故事になぞらえての事やのに」
「女の子の尻追っかける為ちゃうで、ホンマ」
よいしょっと言いながら、青蘭さんは鉄板を重ねる。
「痛い痛い、マジで痛い」
「ぬぁぁぁ、デブにはキツイぞこれ」
確かにおデブなトーマスさんにはきついかもね。
「やかましいわ、それに調子に乗って駆逐艦の主砲弾でバランス崩して墜落ギリギリ、とどめは潜水艦の機銃で撃墜?アホちゃうか?」
あぁ、あの駆逐艦と潜水艦の対空砲火かぁ。やっぱり強烈だったのね、私はちょうど回避出来てよかったけど。
「本来、絶対的優位な潜水艦に撃墜されるとか救いようのないアホの極みやなぁ」
どっこいしょ、という声と共に青蘭さんは更に鉄板を追加する。
「ぎゃ〜〜」
「ノォォォォ」
アレは本当で痛そうだわ。
「違う!オレ達はただ『桜の一一型』の戻ってきた勇姿をもう一度だな」
「そうそう、逸早く写真に収めてみんなに・・・」
そうだったんだ、ここのみなさんにとって『桜の一一型』は特別な機体だったんだ。
この人達は純粋に『桜の一一型』に魅かれて追いかけてきたのかもしれない、それなのに私ったら敵機扱いして撃ち落とそうとするなんて・・・
ところが、
「なんぼで売るつもりやったんや?」
紅蘭さんの冷めた声。
「そりゃ、もちろん高値で売り捌くさ」
「そうだな、遠景で上からのショットが5000アス。距離500で背後から、しかも軽くコッチを睨んでるショットは20,000アスだな」
生き生きと答えるバカ二人。
「ほ〜〜、えらいボロい商売してまんなぁ」
「えぇ、本当に・・・」
いつのまにか私もケッテンクラートの荷台で仁王立ちしてしまっていた。
さっきの感動返せコラ。
「青蘭さん、二枚追加で」
あいよ〜、と軽い返事に乗せて二人の足に重い鉄板が追加される。
「ヌァァァァァ」
「Nooooooo」
その後も断続的に第三ハンガーからは叫び声が響いた。
トーマスさんとトミーさんへの肉体的お説教が一段落した時だった。
「すまなかったな」
押し黙っていた正座集団の中から、小柄だけど存在感のある男の人がボソリと謝った。
体格は普通だけど落ち着いてるし、雰囲気からしてここの戦空士のリーダー的存在みたいだった。
「俺たちは嬉しかったんだ、またあの『桜の零戦』と飛べるってな」
「あぁ、本当にすまなかった・・・年甲斐もなくはしゃいじまってよ」
「あの人は俺の憧れだったんだ、俺だけじゃねぇこのリラバウルの戦空士みんなの憧れだったんだ」
堰を切ったように溢れる思いが言葉になって私に押し寄せてくる。
「あんたが、『桜御前』が、あの『ソロモンの魔女』とは違うってわかっててもな・・・どうしても飛びたかったんだ、一緒に」
『ソロモンの魔女』それって確か師匠のコールサインだったはず。
「俺なんて『ソロモンの魔女』に憧れて戦空士になったのに、戦空士になったときには引退されてたんスよ」
ワイワイがやがやと、いつの間にか足を崩して語り合う元・正座集団。
あぁ、今も鉄板をひざ掛けにしている『ピーピング・トム』のお二人は除く。
「いや~、あの飛びっぷりはホント惚れ惚れしたよな~」
「俺なんか見とれてて五回落とされたぜ」
「なんの、俺は通算23回落とされたぜ」
みんなの顔が、声が生き生きしてる。
そうか、そうだったんだ。
師匠は、私の師匠『ソロモンの魔女』はリラバウルの戦空士にこんなにも憧れ、慕われていたんだ。
「あ、あの私っ」
ん?と全員の顔が私を見る。
厳つい顔、怖い顔、一癖ありそうな顔、優しそうな顔、いろんな顔がこっちを向いてる。
「綾風瑞穂、コールサイン『桜御前』。これからリラバウルでお世話になります。師匠には遠く及びませんがよろしくお願いします」
ケッテンクラートの荷台でぺこりと頭を下げる。
「あぁ、こちらこそよろしく頼む。『桜御前』の着任を心より歓迎するぜ」
最初にポツリと呟いたおじさんが立ち上がって応えてくれた。
「さぁ、そうと決まれば歓迎会やで!」
紅蘭さんが威勢のいい掛け声をかける。
「今日は、明日の日の出見るまで食い倒れの飲み倒しや~~っ」
「「「「「「「オーっ」」」」」」」
野太い声の大合唱。
「今夜は小松亭やで~!」
「「オーっ」」
あ、ちょっとトーンが下がった。
「払いは、そこの覗き屋や~」
「「「「「「「「「「やったぜー」」」」」」」」」」」
みなさん、素直すぎです。
そして違う意味で顔面蒼白ですね、トーマスさんとトミーさん。
でもお二人に拒否権はありません。
「軽便で貸切列車を一本頼んでおく、パインまで直通列車を仕立てる。もちろん俺のおごりだ」
さっきの人だ、小柄だけど存在感が半端じゃない人。
「さすが、ムトギンやな。話が分かるで」
紅蘭さんがサムズアップしてムトギンさんに愛想を振りまく。
「18(ひとはち):00(まるまる)にココ集合な~、遅れてら走っておいでや~」
青蘭さんもノリノリだ。
こうして、私の『初日の騒動』は幕を閉じた。
と、思ったのは第一幕だった。
この後、小松亭ってところで本当に翌朝までどんちゃん騒ぎにつき合わされました。