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乙女の翼 〜戦空の絆〜  作者: ソロモンの狐
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前方注意

リトライ無しの一発勝負。

後ろの『敵機』---彼らはもう敵機だ。との距離はもう100メートル程に縮まっている、双発機のメリットは火力の高さのはず、私の7.7ミリクラスじゃない、米軍機なら射程の長い12.7ミリ、日本機の20ミリクラスなら充分射程圏内のはず。

なのに・・・

撃ってこない。

追い回していたぶるつもり?

狩りを楽しむハンターのつもり?

私の中でジワジワとなにかに火が付いたみたい。


負けたくない


負けられない


勝ちたい


この敵機に・・・絶対勝ちたい!


地球では、今まででは絶対に感じた事のない、自分自身を飲み込んでしまいそうな荒々しい衝動、そして禍々しい欲望。

狂おしいまでの衝動を感じながらも、どこか冷静に考える部分が残っている。


正気と狂気の狭間。


思わず頬が緩む、口の中はからっからだ。


この時間、この瞬間が、たまらなく楽しい!


上昇離脱は無い。

零戦の弱点の一つ、それはエンジン出力が貧弱な事。

上昇力は鈍い、ましてや相手は双発機、エンジン一基とエンジン二基どちらが馬力あるかなんて考えるだけ無駄。

だから上昇は出来ない。


下降も出来ない。

現在の高度は50メートル。

これ以上は下げられない、制御器による高度制限は戦闘機の場合、海上で25メートル陸上で50メートル。

20メートルを切る操作をすると、海面接触の判定を受けて墜落扱いになる。

そうなると機体は私のコントロールを離れ、制御器の自動操縦によって飛行場へ帰還する事になってしまう。

もちろん、『墜落した機体』なんだから操縦していた戦空士も戦死扱いで、機体も戦空士も一定期間の飛行停止状態にされる。解除金を支払えばすぐに解除されるけど、結構高額だし解除金の半分は撃墜した相手に入るから余計に払いたく無い、っていうか今回は絶対に払いたく無い。

『墜落した機体』の『戦死したパイロット』だから無線も使えなくなる。

ただ操縦席に収まって無様な帰還を晒すだけの存在になっちゃう、初めての空でそんなの絶対に嫌だ。


上はダメ、下も無理となると、残るは左右のどちらか・・・

よしっ、決めた!

二分の一の確率じゃない、ちゃんとした理由がある上での判断。


『焦れた方が負けるのよ』

はい、師匠。私はまだ落ち着いてますよ。


『覚悟のない方が負けるわ』

絶体絶命だからこそ、覚悟は出来ましたとも。


『諦めなければ勝てるの』

諦める気は無いです、絶対に勝ってやる。


後はきっかけが欲しい。

動き出すきっかけを・・・

ふと見ると、11時の方向に『きっかけ』があった。

これだ!悪いけど利用させてもらおう。

ラダーで少しだけ進路をズラす。

そしてその『きっかけ』を真正面に捉え更に高度を下げた、高度30メートルこれ以上は操縦桿のひと押しで終わるレベル。

「瑞穂はん、あんさんホンモンの戦空士やわ」

「まぁ、そいつ(うしろのアホ)はアレやねんけど。自業自得やしえぇか」

無線越しに紅蘭さん達の声がする、とてもクリアに聴こえてるのに、どこか遠くの世界からのように聴こえる。

「ありがと、いくよ」

短く返す、今はそれが限界。


『きっかけ』

それは洋上に停泊中の二隻の戦闘艦。

駆逐艦と大型潜水艦が二隻並んで停泊している。

御誂(おあつら)え向きに舷側をこちらに向けてくれて、つまり土手っ腹を晒してくれている、二隻のうち駆逐艦の方は更にご丁寧に主砲と機銃をこちら側に向けてくれている。

警告射撃でもしてくれれば儲けもの、してくれなくても充分だ。

二隻のうち、こちら側の潜水艦は潜行しようともしない、何かのトラブルなのかな?

でもこちらも絶賛トラブル中だから許してもらおう。

零戦の弱点を補って余りある長所、その一つが他の追従を許さない旋回性能。

格闘戦、それこそが零戦の真骨頂。

この機体のエンジンは左回り、そしてパイロットは右利きが多い、私も右利き。

左回りのエンジンは左向きにトルクがかかる、つまり機体には常に左向きの力が掛かっているって事。

そして右利きが操縦桿を握った場合、操縦桿を右に引くより左に押す方が強く力を入れられるし、素早く動ける。

だから左旋回しかない。

後はタイミング。

潜水艦まで2000メートル、まだまだ。

あと1000メートル、1000メートルがあっという間だ。

潜水艦の司令塔で白い制服の男性が動きを見せた、超低空で接近する私を『敵機』と認識したのかしら?

あながち間違いじゃないし、こちらから通信する事も出来ないから仕方ない。

駆逐艦の主砲がこっちを睨む、砲塔が旋回して砲身が微妙に上下に動いてる。

警告にしてはガッチリ照準つけてる様な気がする。

まさに前門の虎後門の狼。

う〜ん、絶対絶命ダネ。


でもなんかゾクゾクする。


仕掛けるのは距離200、早過ぎてもダメ。

もちろん遅過ぎてもダメ。


口の中が乾ききってる、唾を飲み込もうとするんだけど喉が痛くなるだけ。


同じ手は二度と通用しない。

距離500、400、300・・・


今だ!


思いっきり操縦桿を左に押し込み、次いでこれでもかと手前に引く。

水平線がほぼ垂直になる。

実際には水平線は水平のままで私と愛機が垂直になってるんだけどね。

正面に見えていた二隻の戦闘艦があっという間に視界から消える。

それと同時に背後から敵機の気配が消える。

敵機は高速戦闘機とはいえ双発機、馬力と火力はあっても旋回性で零戦について来られる訳がない。

そのまま最小半径で左旋回、敵機が私を見失った隙を突く。


アレ?


アレレ?


マズイ、私の方が見失った!


敵機がいるであろう範囲に空を飛ぶものは一切無い。


でも微かに・・・風防越しの前方に薄煙が漂っている?

「なんとまあ、瑞穂はん・・・あんさん、無茶しよるなぁ」

紅蘭さんからの感心するような呆れたような声。

「ずほちゃん、やったやん!共同撃墜一機やでっ」

は?

え?

共同撃墜?

ということは、あの薄煙は?

「瑞穂はん、上空見てみ?」

私の上方、高度1000メートルあたりを双発機がのんびり飛んでいた。


私に張り詰めていた緊張の糸がプツンと音を立てて切れた。

「あれ?あれれ?なんで?どうして?」

私は一発も撃ってない、そもそも敵機の後ろについてない!

「なんや、見てなかったんかいな」

「はい、その・・・無我夢中で」

「ははは、せやろなぁ。あの変態機動はないで〜」

へ、ヘンタイって・・・そんなに酷い操縦したのかしら?

「なにがあったんですか?」

当事者なのに一番蚊帳の外だ。

「あんな、今あんさんの後ろでストーカーしとったアホのナノネットデータ見てんけどな・・・あかん、笑えるわ・・・あははは」

「プッ、そんな笑ろたら悪いって・・・あははは、アホ過ぎる〜」

ダメだ、全然要領を得ない。

どういうこと?ビックリして海面衝突したとか?

あ、でもそれだったら共同撃墜にはならないよね。

まさか、回避出来なくて駆逐艦に衝突判定出しちゃったとか?

・・・だけど、それだと笑い事じゃないよね?

「キャハハ、あいつら『遊覧飛行』や、恥ずかしいやっちゃな〜」

どうやら被撃墜されて自動操縦で帰還する事を『遊覧飛行』っていうみたい。

・・・確かにあのノンビリ飛行モードは恥ずかしいね。

それと、風防越しだとナノネット表示で赤い大きなバツ印と『被撃墜機・攻撃禁止』と書かれていた。

どういう趣向か攻撃禁止の表示は顔文字で、

『。゜(゜´ω`゜)゜。 撃たないで〜』

という表示に一定時間で切り替わっていた。

こ、これは可愛いけど屈辱的だわ。

「さてと、他のアホが集まって来んうちに早よ帰っといで〜」

「帰って来たら全部教えたるわ〜、ゆっくりとな〜」

結局、詳細は分からなかったけど、紅蘭さんの言う通り今は帰還を急ごう。

「ちょうど一回転した状態やからな、もう高度1500まで上げてえぇよ。進路速度はそのままな〜」

「あと、主翼二、三回振っときや〜」

青蘭さんの言う通りに主翼を二、三回大きく振っておく。

そして後は何事もなくリラバウル島の上空へ進入して、そのまますんなりと滑走路に着陸した。

滑走路を視認してからは、管制塔との交信に戻り着陸管制もその後、ハンガーへの滑走指示も管制塔に従った。

出発した第三ハンガーに戻ってくると、ケッテンクラートに乗って待機していた紅蘭さんと青蘭さんが出迎えてくれた。

「お疲れさ〜ん、なんや大変やったな〜」

「疲れたやろ〜、冷気運転と格納整備はウチらでやっとくさかい、そこのシャワー浴びといで〜」

ハンガーの奥、着替えに使わせて貰った小屋の横を指差し青蘭さんが勧めてくれた。

『冷機運転』とは発進前に行う『暖機運転』の逆で、暖機運転がエンジンと内部のオイルを温めるのに対して、冷機運転は熱々のエンジンを冷ましながらオイルを循環させて冷やしていく作業で、まぁ現在のテクノロジーでは必要ないんだけど、雰囲気重視ということらしいです。

お言葉に甘えてシャワーを浴びさせてもらおう。

一旦更衣室代わりに使わせていただいた小屋に寄って着替えを確保。

そしてシャワー室に・・・



〜〜〜〜〜〜シャワー中〜〜〜〜〜〜



あ〜、さっぱりしたっ

冷や汗やら脂汗やらで正直気持ち悪かったんだよね〜。

熱いシャワーでさっぱりさせていただきました。

ちなみに巫女装束はお洒落着なので、今はラフなTシャツとカーゴパンツ姿です。

着替え終わってシャワー室から出てくると、そこにはまた珍妙な光景が広がっていた。




ナニコレ?







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