激闘、酒呑童子
真白小雪様からヒロイン美猫のイラストをいただきましたので挿絵として掲載いたします。
ソレは異形だった。人型ではある。だが身長3メートルはあると思われる巨体は、とうてい人間のそれではない。何よりも、その額から突き出す角が、その存在が人とは似て非なるモノ、鬼であることを主張していた。
「グオォッ!!」
咆哮と共に繰り出された巨腕によるパンチを、しかし狙われた側は紙一重でかわしながらその腕の側面を鋭い爪で切り裂いていく。
セーラー服の少し短めのスカートの裾が翻る。その下に隠れていたスパッツと共に、ソレがあらわになる。猫の尻尾。
遠目には普通の女子高生に見えるかもしれないが、近づいてみると彼女もまた異形であった。猫耳。そして縦に割れた瞳と鋭い爪。
飛び退りながら、ニヤリと口の端に笑みを浮かべる顔は、かなりの美少女である。ショートの茶髪と相まって、普段は活発で人懐っこそうな雰囲気を醸し出しているのだが、今は闘志をむき出しにした戦士の顔だ。
「美猫、もういい!」
鬼の後ろから鋭く少女の名を呼んだのは、紺色…というよりは青色に近い学生服を着た少年。すらりとした長身で、顔の右半分に長い前髪がかかっている。優美、繊細、あるいは人によっては耽美と呼ぶかもしれない雰囲気をまとった少年の手には、しかし、その雰囲気に似合わぬ得物が握られている。
日本刀、それも仕込み刀のようで、白木の柄だけで鍔が無い。アニメの三代目怪盗の仲間の侍が愛用している鉄をも斬る剣によく似ているのだが、違う点がひとつ。柄の根元部分、刃との境界の間近に大きな目玉が付いているのだ。
飾りだとしても異形であるのだが、さらに異常であるのは、その目がギョロリと動いて鬼の方を見たことである。
「よし、血禍羅も貯まったことだ、一気に決めるぞ!」
そう言った声は、先ほど少女を呼んだ少年の声とよく似ているが、少し野太い中年の男性のものである。だが、この場には鬼と少年、少女のほかには誰一人としていない。携帯電話や無線機のようなものもなく、周りのビルにも人の気配は無い。
いや、そもそも、この場からして通常の空間ではない。日の光は無いのに暗くはない。そして、空は赤い。
周囲の建物も地形も、ごく普通の町中、ビルの立ち並ぶ少し大きな駅の商店街の裏道でしかないはずなのに、生き物の気配はまったく無い。
妖魔結界。そう呼ばれる異空間を作り出して、ほかの生き物が戦闘に巻き込まれるのを防いでいるのだ。
「言われるまでもない!」
少年は、誰とも知れぬ声に言い返すと、異形の刀を顔の脇に立てた八相の構えをとり、巨大な鬼を睨みつけ、叫ぶ。
「終わりだ、酒呑童子! 妖怪魔裂斬!!」
少年は叫びながら鬼に向かって駆ける。一瞬のうちに数メートルの間を詰めると、刀を高く振りかぶり、そのまま袈裟斬りに刀を振り下ろした。その瞬間、刀身が妖しく輝き、斬撃の軌跡を追うように緑色の光が奔る。
ドザシャ!!
普通ならば刃が届かぬ高さにあるはずの巨大な鬼の肩から脇腹にかけて、斜めに緑色の光の線が通ると、それを追うように赤い線が現れる。そこから膨大な量の血を吹き出しながら、鬼の体が二つに分かれていく。
だが、噴出する血は、すぐに液体ではなく妖しげな赤色の光の粒子となる。その粒子が刀に吸収されるように集まってきて、刀身の中に消えていく。やがて、二つに分かれた鬼の遺体も、同じように光の粒子となって刀に吸収されていった。
殺したのではない。妖怪とは、人の恐れや憎しみ、あるいは逆に敬意や思慕の念が、自然現象や動物、あるいは死んだ人間などに集まることで「この世」に生まれる超常の存在である。生き物ではないので「殺す」ことはできない。その存在を構成する「人の念」、すなわち「妖気」を散らすことによって「この世」から一時的に消し去ることしかできないのだ。人に忘れられた妖怪なら、再びこの世に現れることは無いかもしれない。だが、酒呑童子ほどの有名な妖怪なら、あらためて人々の念を集め、そう遠くない時期に再びこの世に現れるだろう。
刀を振り下ろして残心の構えを取ってた少年は、酒呑童子が消え去ったのを見届けるとおもむろに刀に血振りをくれてから、鞘に収める。
「必要ないだろう!」
先ほどの中年男の声がわめいた。どうやら、刀の柄のあたり、あの奇怪な目玉のところから声が出ているらしい。確かに、鬼の血は光の粒子となって吸収されるのだし、そもそも刃が鬼の体に届いておらず刀から発する光で斬ったのだから、刀身に血はついていない。いちいち刀を振って血を飛ばす必要はないのだ。
「気にするな、様式美だ。大丈夫か、美猫?」
その抗議を一蹴すると、少年は猫少女に声をかける。
「ニャハハ、大丈夫だよん。名うての酒呑童子だって、天下の猫又様にとっては遅い遅い♪ キー君も怪我はないよね?」
美猫と呼ばれた猫少女が笑いながら足音も無く軽やかに近づいてくる。この少女、名前を峰美猫というのだが、本人が言うとおり猫又憑きなのである。戦闘が終わったので猫又モードを解除したのか、その特徴である猫耳、手の鋭い爪、尻尾などが縮んで消えていき、普通の女子高生に戻る。
「ああ、かすり傷もないさ」
キー君と呼ばれた少年が答える。
「あたしたちも強くニャったよね~。あの酒呑童子を無傷で倒せるニャんて。これで、おとーさんにも『童子切裕次郎』とかいう名前が付くのかニャ?」
美猫が白木の日本刀を眺めながら言う。ちなみに、時々ナがニャになるのは猫又としてのキャラ立てのためにわざとやっているので、別に猫又憑きになったらそうなるというワケではない。また、少年の前でしかやっていない。
と、その刀からの声が抗議する。
「美猫ちゃん、オレの銘は『ストームブリンガー』だといつも言ってるだろう!」
「あんたの銘は『妖斬刀』だろうが! だいたい、いくら生前の名前が裕次郎だからって、『嵐を呼ぶ男』とか似合わねえよ。不気味目玉日本刀のくせに」
美猫ではなく少年の方が刀の抗議を一蹴する。秀麗な外見に似合わず、口が悪いようだ。
「目玉の付いた刀の何が悪い! 火星古代史第三章には…」
「あんたは、それ以上進化できないだろうが。それに、そんな古い漫画のネタ言ったって、もう分かるヤツ少ないぞ」
「お前は分かってるじゃないか!」
「ねえ、キー君…」
「あんたの遺産がネットオークションに出しても二束三文にしかならないようなボロい漫画の山しか無いからじゃないか! 父親なら父親らしく、息子に少しはマシな資産を残したらどうだ?」
派手な口喧嘩を始めた少年と刀を仲裁しようと美猫が声を挟もうとするのだが、少年はエキサイトしているせいか美猫の呼びかけを無視する。
「子孫に美田は残さん! 息子よ、父は悲しいぞ。いつから親の遺産を期待するようなさもしい子になってしまったのだ…」
「ねえ、キー君ってば!」
「あんたが妖怪に殺されて、こんな変な刀になっちまった時からだよ! おかげで高校生活、ほとんど妖怪退治に明け暮れる毎日になっちまったじゃねーか!!」
改めて仲裁しようとした美猫だが、またも無視されて少しむくれたような表情になる。
「そう言うなよ、喜多…」
「その名前で俺を呼ぶなっ! 確かに『シルクロード』のテーマ音楽とか、いい曲なのは認めるが、あんたが見境も無く自分の好きなアーティストの名前を自分の子供に付けたりするから、俺が苦労するハメになるんだ!!」
名前を呼ぼうとした刀を遮って少年が叫ぶ。かなり鬱屈した思いがあるらしい。だが、刀の方は慣れているのか柳に風と受け流して飄々と答える。
「だがなあ、オレだって裕次郎なんだぞ。爺さんは勘寿郎だったし。好きな有名人の名前を付けるのは我が家の伝統だ」
「名字を考えろって言いたいんだ! ウチの名字は『葉樺』なんだぞ。『墓地』ってあだ名になるのはしょうがないとしても、俺に限って言えば、名前のせいで必ず『ちゃんちゃんこは着てないの?』とか『下駄は?』とか、散々からかわれるハメになったんだからな!!」
前年末に原作者が大往生を遂げた某超有名妖怪アニメは、ちょうど9年前に第5シリーズが放送されている。当時、小学生だった葉樺は、まさにストライクの直撃世代なのだ。まして、その翌年には深夜枠で初期原作準拠のアニメも放送されており、名前のせいでからかわれることが多かった葉樺が自分の名前を嫌いになるのも無理はなかった。
そんな葉樺を、むくれ気味の顔で見ていた美猫が、「ピン!」と何か思いついた表情になると、二ヒヒと笑いながら、甲高い裏声で少年に呼びかける。
「オイ、キタロ…」
ガシッ!!
「モガッ!?」
美猫の口を右手で強引に覆って妖怪アニメの眼球型親父のモノマネを遮った葉樺は、魂まで凍り付きそうな視線を美猫に浴びせながら、底冷えのするような低い口調で宣言する。
「今度そのモノマネやったら、マタタビ嗅がせて犯す」
逆鱗に触れたことを悟って、慌ててコクコクとうなずく美猫。
もっとも、実はこの二人、今時の高校生カップルらしくヤることはとっくにヤってる関係だったりするので、言葉上の印象ほどに過激な脅しではなかったりする。
それでも美猫にとって脅しになっているのは、興味本位で一度マタタビを試したときほど「好奇心は猫を殺す」ということわざの意味が骨身に染みたことはなかったからだ。淫れすぎてしまい黒歴史にしているのである。葉樺に対しても「アレだけは嫌」と言って、二度とやりたくないと逃げているのだ。
にも関わらず、ときどき葉樺が本気で嫌っているネタを美猫が小出しにしているのは、「キー君に無理強いされたらしょうがないよね」みたいな言い訳があったら、もう一度やってみてもいいかな、と思うくらいに気持ちよかったことも事実だからだ。乙女心は複雑なのである。
実は葉樺の方もそんな美猫の葛藤(笑)を見抜いており、次にマタタビ使ってヤるときは「口じゃあ嫌がっていても体は…」みたいなベタなセリフを言ってやろうか、とか思っているのだからお似合いのカップルと言えよう。
晴れてカップル成立してからはまだ半年ぐらいとはいえ、高校に入って同じクラスになり、すぐに妖怪退治のパートナーとなってからは、もう1年近くになる。お互いのことはそれなりに分かっているのだ。
父親を妖怪に殺され、その魂が宿った妖怪を封じる刀を手に入れて「妖怪ハンター」となった葉樺が、ハンターとして初めて担当した事件の相手が美猫だったのだ。猫又憑きの能力が発現したばかりで暴走して人を襲いそうになっていた美猫を止めて、強すぎる妖気(妖怪ハンターが使う場合は「血禍羅」と呼ばれる)を削って力をコントロールできるようにしたのが2人の馴れ初めである。
それ以来、共に妖怪退治の仕事をこなすようになり、命がけで妖怪と戦ううちに、吊り橋効果も含めて自然と互いを意識するようになって、パートナー→親友→友達以上恋人未満→誤解とすれ違い→やっぱり好き→強敵と戦う中で告白…というありがちなコースをたどったあげく、恋人同士になったのが夏の終わり。
それ以降、普通に高校生カップルらしく、いろいろイベントを楽しもうとしているのだが、何しろ妖怪ハンターなんかをやっているので、妖しい事件への遭遇度が半端ではないのである。
ハロウィンを楽しもうとしたら本物の西洋妖怪「ジャック・オー・ランタン」を退治するハメになる。学園祭ではカップル成立をネタにクラスの出し物の劇「ロミオとジュリエット」の主演に祭り上げられたものの、本番上演中に妖怪が出てきてしまい活劇アクションになってしまう。嬉し恥ずかし初クリスマスのはずが、本来悪い子を罰するだけのはずなのに良い子まで見境無く襲おうとした西洋妖怪「クランプス」の暴走を止めるハメに陥る、などなど。
今回も節分だから一緒に恵方巻きでも食べようかとか思っていたら、何とあの大江山の酒呑童子が復活してしまったので鬼退治するハメになったのだ。
「次もまた何かあるんだろうなあ…」
「しょーがニャいじゃん」
思い返してため息をついた葉樺の様子を見て、怒りが収まったと見た美猫が普通に相づちをうつ。
「そうだな…んじゃ、帰るか。妖魔結界、解除」
空の色が青に戻っていくのを見て妖魔結界が解かれたことを確認すると、二人と一本の刀は家路につくのだった。
主人公、葉樺の名前が出ないのは仕様です。