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ドラゴンを討伐する組織――『ギルド逆鱗』。それの本部がここロシアにあった。至って平地でドラゴンの動きが観測しやすい絶好の領域である。なぜドラゴンに見つかりやすい平地に本部があるのかという話はまだ先になる。
「……史郎さん。なに食べてるんですか」
その『ギルド逆鱗』の戦士――逆鱗はもちろん、一般人も立ち入ることが許されている食堂で、先程帰還したばかりの西之宮湖るんは、先輩であり自分よりも地位が高い千田史郎の目の前でうどんをすすっていた。
「なにって。パンに酢をかけたやつ」
「汚物ですか。なんでそんな不味そうな汚物を食べているのか俺にはまったく検討も付きませんよ。いや、汚物は元から不味いか。食べれないし」
「おまえなあ。汚物汚物言ってるとまるで俺が汚物食ってるみたいじゃねーか」
「違うんですか?」
「違う。これは名づけて『酢パン』だ。いやな、本当は好物の酢飯を食いたいんだが米は希少だからなかなか出回らねーんだわ。という訳で、米の代わりにパンに酢をつけて食ってるわけだ。おまえも食ってみろよ。不味いぞ」
「不味いんですか」
「おう。吐きそうになるくらいにな。……そういえばおまえ、今回の任務終わったら隊長に昇格らしいな。おめでとう」
「やめてください。虫唾が走ります。通報しますよ」
「時間大丈夫なのか?」
「遅れても大丈夫ですよ。一番上の人間がガサツですから」
「……おまえ、自分の師匠にも先生にも似やがったな。こんな隊長の下には付きたくねーわ。俺」
「じゃ、史郎さん。俺行きます」
「おう」
るんは立ち上がって言う。
「あ、お盆おねがいします」
「おう。任せとけ」
立ち去るるんの後ろ姿を見ながら史郎は「あ、これさらっと押し付けられた」と後輩に勝てない自分を戒めるかのように酢パンにかぶりついた。
「おえっ」
そして吐いた。
* * *
『ギルド逆鱗』の中でも一般人立ち入り禁止の第三区域にある『本部長の部屋』にるんは来ていた。
「……遅れて来るのは俺と月瓶に似たんだからしょうがないにしても」
『ギルド逆鱗』の本部長――赤城ミリーヤは椅子にふんぞり返りながら目の前にいる自分の弟子に向かって言う。
「流石に今日くらいは遅れてくるなよ! おまえ今日から一個の班の隊長だぞ! もう、俺、お前を制御できなくてなんだか虚しい」
「いや、師匠。茶番とかはいいんで早く話を進めてください。後がつかえているんです」
「つっかえてる原因は遅れてきたテメエだけどな」
赤城ミリーヤ――ロシア人と日本人のハーフ。男。二十九歳。『ギルド逆鱗』の創設者であり、そこの本部長であると同時に、最高階級であり、隠し階級である『無印』。『ドラゴンを最初に討伐した人間』であり『西之宮湖るんの師匠』。本部長ではあるが普段は椅子に座って寝ているだけの怠け者である。
「まあ、弟子が隊長になるっていう成長は嬉しいからそれで良しとしよう」
改まって。
「お前は今日から飛龍専門の班の隊長――『乙種第四類班隊長』になることを任命する」
「はい」
「それに伴って……というか今後お前への期待を込めて渾名『ヒトデナシ』を同時に任命する」
渾名を任命される――それは『無印』昇格への道が強制的に、正式に決められたということ。言わば“『無印』昇格の予告”である。
「だから他のやつらに『ヒトデナシ』って言われても文句は言うなよ。公表事項だからな。クククッ。お前が『人でなし』であろうがそうでなかろうが『ヒトデナシ』って言われるんだぜ? おもしれえわ」
「……その渾名――俺への皮肉ですか? まあ事実なんで否定しませんが」
「んじゃあま、お前の昇格祝いに紹介したいやつが二人ほどいる。おい、出て来い」
ミリーヤは本部長室からしか入れない隣の部屋――秘書室へと繋がる扉を見る。
「聞いちゃいねえ」と呟き、るんも同じ方向を見る。
「失礼します」「失礼します」
とふたつの声がして、秘書室から男女二人が出てきた。男の方は肌が黒く、スキンヘッドで緑縁の眼鏡を掛けた少し細すぎる長身。女の方は肌が白く、金髪のショートカットでスタイルがいい碧眼。二人共るんよりも背が高い。
「きょうからお前の部下になるやつだ。ま、頑張って教えてやってくれ。自己紹介とかは歩きながらでしてくれ。ここではすんなよ。俺、これから寝るし」
「仕事しろよ本部長」
「カハッ、てめはがんばれよ隊長。因みにその二人共新作の薬使ってるから性能はいいぜ」
「人を物みたく言うなよ。師匠。……じゃ失礼しました」
「おう。バカ弟子」
新任隊長と新任の部下は揃って支部長室を出た。
* * *
「んじゃあ、自己紹介からな。俺は西之宮湖るん。男で日本人。歳は十八だ。本日から乙種第四類班隊長でお前らの上司になるからよろしくな」
一般人、逆鱗どちらも立ち入り可能な第二区域にあるるんの自室にて自己紹介が始まった。
「僕はクレイヴ・ランラクと言います。男でアフリカ人。歳は十九歳です。武器は今のところ銃にしようと思っています。よろしくお願いします」
「わたしはリルベル・アッカイン。ロシア人で歳は二十歳。よろしくお願いします」
「ふたりともよろしく。じゃあ早速だが任務に出よう」
言って立ち上がるるん。
「装備整えたら、ヘリコプターの駐車場集合な」
隊長になっての初任務。
るんの気分は高揚していた。
次回かその次に戦闘すると思います。