SIGINT-3
6月19日 0845時 南スーダン ジュバ空港
南スーダンは、南北分離独立後、今のところは比較的安定を保っているものの、まだ重武装での警備無しにビジネスに来るのは危険だ。この国の政府は、軍、警察を再建するため、様々な国の軍や更には国連にも要請を出したが、直接の支援を受けることはできず、代わりにアメリカやヨーロッパのPMCを雇うことになった。
滑走路にUPS航空のB747-8Fとルフトハンザ・ドイツ航空のA350XWBが相次いで着陸した。この便は、チャーター便で、普段やって来る飛行機では無い。やがて、飛行機にタラップが取り付けられ、中から重武装した男たちが降りてきた。
降りてきたのは、ユーロセキュリティ・インターナショナル社の警備部門の職員たちだ。私服姿だが、レベルⅣ防弾チョッキとタクティカルベスト、レベルⅣ防弾ヘルメットを身に着けている。ホルスターにはベレッタM92Fが入れられ、手にはAK-47持って武装し、中にはドラグノフSVDやPKM汎用機関銃、RPG-7を持っている警備員の姿も見える。タラップのすぐ近くでは、今回の彼らの護衛対象である建設会社の社員の一人、ドミニク・グロージアンが迎えに来ていた。
「ミスター・ハシモト。今回の警備、ありがとうございます。ここを武器なしで歩くのは、まだまだ危険な状態です」
グロージアンが手を差し出し、今回の警備を担当する部隊の隊長、橋本幸雄と握手をした。橋本は、フランス外人部隊の第2空挺部隊出身だ。
「噂は聞いていますよ。あなた方は、エリート揃いだとか」
「ええ。多くは軍や警察の特殊部隊や空挺部隊の出身で、それでなくても、爆発物処理やスキューバダイビング、対NBC兵器技能、その他、特殊な資格を持った人間が多いですね」
貨物機からは、早速、機材が下ろされていた。全て、ボクサー装輪装甲車やM1114ハンヴィーに積み込む。これらの車両も、ユーロセキュリティ・インターナショナルが持ち込んだものだ。
「それで、話は変わりますが、今の治安情勢はどうなっていますか?ミスター・グロージアン」
「ドミニクでいいですよ。では、これを」
グロージアンは、A4サイズの200ページ程の冊子を橋本に渡した。
「国連平和維持軍が毎日発行しているレポートです。危険地帯や注意すべき点などがまとめられています」
「これは有り難い。どこで手に入りますか?」
「国連平和維持軍の事務所窓口に置いてある他、オンラインでも読めますよ」
冊子の最初のページには、オンライン版のURLも書かれていた。
「わかりました。ありがとうございます」
橋本は、冊子を受け取り、一旦、部下たちの方へと歩いていった。そして、空港の未舗装地面に通信傍受装置がかなりわかりづらく埋められていて、それがきちんと作動しているのを確認すると、満足げに鼻を鳴らした。
「隊長、設置完了です。こっちは任せてください」
部下の一人が、機材を空港ターミナルの国連職員と海外の民間企業が使っているバラックへ運び込みながら言った。今回、派遣された部隊のうち、一部はジュバ空港に残ることになっている。建前は、後方支援要員としているが、実際は、特別な装置を使ったSIGINT/ELINT要員だ。
「後は任せた。表向きの仕事は、俺に任せてくれ」
橋本はそう言って、グロージアンが待つジープへと歩いていった。
6月19日 0903時 ジプチ ジプチ港 コンテナターミナル
この日、ユーロセキュリティ・インターナショナルが部隊を派遣したのは、南スーダンだけでは無かった。ソマリアで跳梁跋扈する海賊に対処する部隊が、ここに派遣されていた。彼らは、自動小銃や機関銃、携行式地対空ミサイルで重武装している。今回は、ジプチからパキスタンのカラチへ向かう貨物船の護衛だが、港を警備している傍らで、情報部の職員が特殊な装置に繋いだPCに向かい、周囲で行なわれている電子的な通信を傍受していた。それは、電話や無線のみならず、インターネット通信にも及んでいた。ここから離れる時は、こっそりとカート・ロックが持たせた装置を置いていった。
6月19日 0927時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社
カート・ロックは机に置かれたPCに向かい、何か新しい情報が入ってきていないか確認した。データを見る限り、派遣された警備部隊は、問題なく通信傍受装置を設置してくれたようだ。さあ、これからが正念場だ。と、いうのも、件の装置は、スイッチを入れたら最大80時間しか駆動しない。勿論、複数持たせたが、同じ場所に何度も設置できるような状況では無い。そのため、装置が生きている間に送られてくる情報を纏め、ヨーロッパで続いているテロについて、何かしらの情報を得なければならない。そこに、ジョン・トーマス・デンプシーがコーヒーの入った紙カップを持ってやって来た。
「おはようございます、ボス。あと78時間といったところですね。これで何もなければ、また設置させなきゃならないのですが」
「うむ。それは、交代要員を送り込む時にでも考えよう。で、今の所はどうなっている?」
「今朝の時点までに傍受したのは、無線通信8187件、有線ネット接続6278件、Wi-Fi接続7689件、有線電話通信10268件、衛星通信9173件です。内容は目下、分析中です」
「もうそんなに掠め取ったのか。驚きだな」
「まあ、その殆どはどうでもいい砂や石ころの山でしょう。その中から砂金やダイヤの原石を見つけ出すのが、我々の仕事です」
「しかし、そんな数をこなせるのか?」
「ヨーロッパやアメリカ、東アジアの大都市で傍受するよりは格段にマシですよ。そういう国だと、桁が4つも5つも平気で増えますからね」
「発展途上国での情報収集は、そこが楽なところか」
「そういうことです。数少ない通信から探せば良いだけですから」
ロックはそう言って、再び目の前の3台のパソコンに向かった。デンプシーは、そろそろ自分の仕事に戻らねばと、オフィスへ向かい、衛星通信によるこの日の報告を受けに行った。




