SIGINT-1
6月9日 1734時 ソマリア北西部 ジプチとの国境近く
間一髪だった、とファリド・アル=ファジルは思った。ヨーロッパの連中がシリアの拠点を突然、ミサイルで攻撃してきたのだ。その5時間前にソマリアへ向けて出発していたので、何か他にトラブルが起きてその拠点に留まる必要がある状況になっていたら、間違いなく自分は死んでいた。必ずこの落とし前は、奴らに付けさせてやる。その場に残っていた、多くの勇敢なる戦士たちの命が、不信心者どもの手によって奪われた。だが、自分一人で報復を決められるものでも無い。まずは、ジョン・ムゲンべがどう考えているか、知る必要がある。そこで、アル=ファジルは、ムゲンべが潜伏している西サハラへ使いを出したところだ。
アル=ファジルは、この拠点の状況を見回した。周囲50km四方を鉄柵と有刺鉄線でぐるりと囲まれ、自動小銃やロケット砲で武装した部下たちが警備している。アル=ファジルは、ここ数日で、シリアやパキスタンからアフリカへと活動拠点を移しつつあった。と、言うのも、ここ最近、イスラエルが自分に目をつけ始めたらしいとの情報を得たからだ。モサドに狙われたと同時に、突然いなくなった同志を何人も知っているアル=ファジルは、彼らの二の舞を演じまいと心に言い聞かせ、戒めとしていた。彼は、酷く敵を憎んでいたが、だからといって、決して軽く見るような真似はしなかった。
アフリカへ移動して以来、ジョン・ムゲンべとは連絡を取っていない。あまり頻繁に通信をした結果、敵の情報機関に傍受されるのを避けるためだ。敵だって馬鹿では無い。頻発したテロに警戒心を強め、軍や警察、情報機関は、自分たちを捕まえるために躍起になっているであろう。その証拠に、つい1ヶ月前に、自分たちの拠点が敵に襲撃されたではないか。あの時は間一髪だった。あの時、すぐにあそこを離れていなければ、自分は殺されていたであろう。奴らがのろまだったおかげで、自分は助かった。だが、次は無いだろうと、アル=ファジルは自分を戒めた。
トラックが10台、キャンプへやってきた。今日のこの時間に、弾薬が運び込まれてくる予定だったのを、アル=ファジルは思い出した。木箱に入った7.62mm×39弾や5.45mm×39弾、RPG-7の弾頭などが荷台から下ろされる。武器は、いくらあっても十分だとは言うことは無い。自分たちは、人員と武器を分散させ、アフリカと中東、中央アジアに散らばらせることで生き延びている。武器は、いくらでも手に入る。足りなくなった人員は、アフリカの名もない農村などから、若者を金で釣って徴募したり、場合によっては、村ごと襲って子供を連れ去ったりすることで補充していた。その手の事は、ファリド・アル=ファジルよりはジョン・ムゲンべの方が長けていた。
次は、更に慎重に行動しなければ、とアル=ファジルは肝に銘じた。自分たちに敵の追手が近づいてくるのも、時間の問題だ。ムゲンべからは、軽はずみな行動はせず、常に西側の情報機関の監視下にいるつもりでいろ、と釘を刺された。アル=ファジルは、決して、その忠告を甘く受け止めるようなことはしなかった。それと、これからやらねばならないことがある。
6月9日 1948時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社
この日の通常業務は既に終了し、受付窓口からは担当職員が引き払った。一部の警備員も、銃器やナイフ、手榴弾などを武器庫にしまい込み、帰宅の準備を始めている。その傍らで、夜勤の警備員や情報部の職員がやってきて、朝までの警備や情報収集の職務を始めた。
ユーロセキュリティ・インターナショナル社では、各地に派遣した警備部隊の中に、通信傍受装置などを持たせた情報収集要員を混ぜている。彼らは、派遣された現地であらゆる信号・電波通信を記録し、本部へと送信している。中には、傍受装置を放置して引き上げさせることもあり、そういった装置は、時間が経てば自動的に記録を消去し、自壊する仕掛けが施されている。
情報部の要員たちは、各地に仕掛けられた情報収集装置が拾い、本部に送信されてきた通信情報を仕分け、整理していた。たいていの音声・電波情報などはジャンク情報で、この段階でどんどん捨てられていく。ここにいる要員は、殆どが、CIA、NSA、MI5、、DGSE、モサドなど西側の最高レベルの情報機関出身のエリートたちだ。しかし、彼らはみな、銃を持って警備に当たる現場要員のような冒険活劇は望めず、ひたすら机とパソコンに向かって、送られてきた情報が、どれがより信頼性が高く、必要なものなのかを見極め、それ以外の屑情報を捨て続ける作業に追われていた。
カート・ロックは、今夜は情報部に留まり、夜が明けたら帰宅して、そのまま一日を休日にすることにした。大きく伸びをして目を擦る。すると、一人の情報担当者が、ロックのところに歩みよって来た。
「ボス、ジプチに置いていた通信傍受装置が、軍の通信を傍受しました。どうやら、国境警備隊が大慌てをしています」
「何事だ?」
ロックは彼のデスクの近くへついて行った。
「何やら、国境を超えて武装集団が入ってきたようで・・・・・・・待ってください。これは・・・・・」
情報部員が、ヘッドセットのイヤホンを耳に当て、音声を良く聞こうとした。
「どうやら、ソマリアの方から、武装組織が越境してきて、村か集落か何かを襲ったようです。それで・・・・・なんと!」
「どうした?」
「武装勢力は、大人たちを武器で脅したのち、子供を攫ったようです」
「ジプチに派遣している部隊は?」
「いますぜ。タジュラ市の港を警備している、射撃小隊が3個、情報収集小隊が1個います」
「わかった。何かあったら、すぐに報告させろ」
「アイ、アイ、サー」




