ミサイル攻撃
6月8日 1632時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社
「これが撮られたのは13時間前。シリアの南東部だ」
カート・ロックがスクリーンに表示された俯瞰写真をレーザーポインターで指して言った。
「ここに武装した人間が10人ほど屯している。それに、ジープとトラック、テント。タンクローリーもある」
ロックは言葉を切った。
「そして、これがつい1時間前にアップされたものだ」
続いての写真は、同じ場所を写していた。駐屯している人間と車両が増えている。
「ううむ。こいつは、どう見ても現地の遊牧民族のキャンプでは無さそうだな」
ハワード・トリプトンが言った。この会議には、情報部の人間と特殊現場要員が参加している。
「ああ。だが、向こうから命令が無いと、俺たちは全く動けない」
「その通りだ、この情報はNATOとEUも把握している。だが、そこを潰したところでなんともならないし、敵の親玉がいるとは限らない」
「後は、お偉いさんたちがどう言うか、だ。もしかしたら、SASやフランス外人部隊がやるかも知れないしな」
6月8日 1647時 ベルギー ブリュッセル NATO本部
ジョン・トーマス・デンプシーは、久々にNATO本部―――自分たちの大ボスの所―――へやってきた。それも、NATO軍総司令官直々の要請と来ている。ここの所、お偉いさんの所へ飛び回ってばかりで、ロクに部下たちに顔を見せられてもいない。
「さて、デンプシー君。我々はここを潰す作戦を立てた。だが、今回は、空母"プリンス・オブ・ウェールズ"の艦載機によって行う。地上部隊は送らないが、君には知らせておこうと思ってね」
NATO副司令官、ハインリヒ・シュナイダーが言った。
「ただ、そんなに上手くいきますかね?アメリカだって、テロリストがいたとされる場所にトマホークを撃ち込んで、結局、仕留め残っているではないですか」
「ああ。だが、今回はそんな余裕は無い。我々は作戦を承認した。後で特殊部隊を送り込んで、戦果確認をするつもりだ」
まあ、そんなのは、単なるパフォーマンスに過ぎないな、とデンプシーは思った。JASSMやJSMをテロリストキャンプ程度の構造物に撃ち込んだら、何も残りはしない。
「それで、そこに親玉がいるという確信はあるのですか?少なくとも、ジョン・ムゲンべがいるという」
「ああ。これを見てくれ」
シュナイダーが写真を差し出した。これには"CLASSFIED"という赤いスタンプが押されている。
「今からつい20分前に送られてきたものだ。司令部は即時攻撃作戦を決行。もう準備にかかっている」
6月8日 1913時 地中海
空母"プリンス・オブ・ウェールズ"はキプロス沿岸に展開していた。これから、F-35B戦闘機を発艦させ、シリア、タルトゥース近くにあるテロリストキャンプを空爆するのだ。フランス政府も、イギリス政府の話に乗りかかり、空母"シャルル・ド・ゴール"を展開させた。
F-35Bとラファールの編隊が飛び上がった。それぞれ4機。武器はJSMとSCALP-EGだ。また、自衛用にF-35BはミーティアとASRAAM、ラファールはMICA-IRとMICA-EMを搭載している。標的は、既に事前に知らされている。GPS座標を確認し、射程距離に入ったら発射。即座に反転して帰還する。シリア空軍との交戦は、可能な限り避けるよう命令されている。
6月8日 1935時 地中海 シリア沿岸15マイル東上空
8機の戦闘機は、即座に巡航ミサイルを発射し、反転した。ミサイルはシリア国内へ真っ直ぐ飛んでいった。
6月8日 1947時 ドイツ シュトゥットガルト
柿崎一郎は惣菜とパンが入った紙袋を手に、自宅のアパートへ戻った。荷物をテーブルに置き、手にシグP320を持って侵入者が入ってきた形跡が無いか確かめる。荒らされた様子が無いことを確認して、薬缶に水を入れ、ガスコンロにかける。部屋の中には、テーブルと椅子、テレビ、本棚、ガンロッカー、冷蔵庫くらいしか無い。ユーロセキュリティ・インターナショナル社は、職員全員の自宅に独自のセキュリティ・システムをサービスで設置しており、もし、何かあれば自動小銃またはサブマシンガン、拳銃、コンバットナイフで完全武装した警備員が即座に駆けつける仕組みになっている。
柿崎は、ホームディフェンス用のグロック19とベレッタM92Fが所定の隠し場所にあるのを確認した。中にはハイドラショック弾がぎっしり装填されている。ガンロッカーも壊されておらず、中にあるモスバーグM590とレミントンM870も、先日、自宅を出た時と全く同じ状態だ。弾薬類は必要な分だけ社から支給されるので、自分で買う必要が無いのが有り難い。ドイツでは、一般人でも、ライセンスさえあれば、拳銃、散弾銃、ライフル銃程度であれば、個人所有を許可される。
柿崎は、読みかけのペーパーバックを読みながら、パストラミビーフを挟んだパンを齧った。今日は、ここ数日の作戦の疲れがどっと押し寄せてきたため、米を炊く気にはなれなかった。しかし、だ。一体、どうしてここ3ヶ月でヨーロッパでテロが続発したのだろうか。情報部のカート・ロックに訊いてみたが、そっちはそっちで、全く見当がつかないという。
だが、彼は今までのテロは、単なる始まりに過ぎないというような気がした。と、言うのも、ムゲンべとアル=ファジルという名前が浮上してきたのは、つい1週間程前のことだ。それまでは、そのテロリストの存在すらノーマークだったのだ。今では、恐らくは、カート・ロック以下、情報部の連中がその正体を掴もうとしているが、これまでノーマークだった人間を捕らえることは、相当骨が折れる仕事だ。しかし、それを考えるのは、明日からでも良いだろう。彼は、今夜は夕食と読書に集中することにした。




