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市街戦-5

 5月23日 1322時 スーダン


 ファリド・アル=ファジルはキャンプのテントの中に設置されたテレビに映る衛生中継で、ギリシャのテロ事件の状況を確認していた。先程までは、ヨーロッパだけで報道されていたこの事件の様子は、今や全世界に生中継されている。アル=ファジルは、ここで犯行声明を出すべきか、そうで無いのかを思案していた。これだけ大々的に世界に向けてこのテロの様子が発信されていたら、宣伝効果は凄まじい。

「ファリド、こいつを見てみろ」

 仲間の一人がタブレットを差し出した。インターネットのリアルタイム動画配信サイトのページが開かれ、ギリシャ人の若者がテロの様子を生配信しているようだ。

「ふん。早かれ遅かれ、こうなることはわかっていたさ。奴ら、これだけ人が死んでいるにもかかわらず、それをエンターテイメントにしてやがる」

 アル=ファジルはニヤニヤ笑いだした。全く、西側の人間のバカさ加減と言ったら。どうせ、これを見ている人間は、このテロ事件は、自分たちとは縁の無い、遠い遠い国の出来事で、きっと映画やテレビドラマを見る感覚でいるに違いない。


 5月23日 同時刻 シュトゥットガルト ユーロセキュリティ・インターナショナル社


 ユーロセキュリティ・インターナショナルの警備段階のレベルは、"イエロー"から"オレンジ"に引き上げられていた。重武装した警備部隊があらゆる場所を巡回し、門からやや離れた場所には、BGM-71 TOW対戦車ミサイルの射手が配置された。テロ対策の助言を得るために訪れた、大手石油会社の重役連中が、自動小銃を持った警備員を見て、目を白黒させていた。本当にこんな武装が必要なのかと、渉外役の職員に訊ねたら、「こんなのは序の口です。戦争危険地域に派遣される警備員は、もっと重武装していますよ」との答えが返ってきた。


 MH-60Lがヘリポートに着陸した。キャビンのドアが開き、ジョン・トーマス・デンプシーと警護の職員が1名、出てきた。国防省での話し合いの結果、ギリシャが支援を求めれば、ドイツ政府はGSG-9とKSKを即時派遣する準備ができており、他にもイギリス、フランスが同様の事態に向けた準備を行っているようだ。既にヨーロッパのほぼ全域が、あらゆる保険会社によって『テロ危険地域』に指定され、観光産業が大打撃を受けている。これが例年通りなら観光シーズンがピークを迎える夏まで続くと、ヨーロッパ経済にとっては死活問題になりそうだ。しかし、未だに見えてこないのが、一連のテロ事件を起こしている連中の真の目的だ。今の所は、ヨーロッパで死傷者を出し、安全を脅かし、経済を冷え込ませる以上の目的が見えてこない。デンプシーは、とてもそれだけであるとは思えなかったが、NATOのお偉いさんたちはそう思ってはいないようだ。

「ボス、どうでした?」

 向かえに出ていたクリス・キャプランが話しかけた。防弾チョッキを着て、肩からスリングでHK416を吊り下げ、タクティカルベストのホルスターにグロック19を入れている。

「全てはギリシャ政府次第だ。向こうが首を縦に振れば、ドイツとイギリス、フランスは即座に特殊部隊を派遣して、支援に出かける」

「ここ2ヶ月の状況は、はっきり言って異常です。誰かが計画的にテロを立て続けに起こしているとは思えません。しかし、情報部の話によると、北海、マルタ、モナコ、そしてギリシャのテロに関連付けられるような情報は、全く見つかっていません。北海のタンカーから奪われた核物質も、未だに行方知れずです。ヨーロッパ中の情報機関が、共同して特別捜査チームを組んでいるにも関わらず、です」

「ああ。だから、みんな焦っているんだ。だが、そろそろ大西洋の向こうから首を突っ込んでくる奴が出てきても良い頃だ」


 5月23日 1326時 アテネ モナツィタラスキ駅


 重武装した警察特殊部隊の隊員たちが、駅の構内に入ってきた。その様子を見ていた市民たちは目を見張り、今にも撃ち合いが始まるのではないかと思い、特殊部隊員の集団からできるだけ離れていった。特殊部隊の隊員たちは、無駄のない動きで駅構内を調べていく。やがて、ゴミ箱の中から、ウージ・サブマシンガンを見つけた。

「CP、CP、こちら5班。モナツィタラスキ駅のゴミ箱から、ウージを発見。装填されている。テロリスト共は、武器を捨てて、市民に紛れて逃げ出すつもりだ」


 5月23日 1331時 アテネ


「クソッ、今更になって検問を解除だなんて無茶だ!何?交通局が早く地下鉄とか電車の停止を解除しろだって?何言ってやがる!テロ事件が現在進行中なんだぞ!そんなことをしたら、犠牲者が増えるだけだ!」

 陸軍の大佐が、無線機に向かって怒鳴っていた。どうやら市長が、早く非常事態宣言を解除したがっているらしい。それについて、ついに市長は国防大臣と警察長官に直談判をしに行ったのだ。市長曰く、既に銃撃戦も爆発も起こっていないのなら、まずは市内を元通りの状態に戻してから、兵士と警察官がテロリストの追跡をしてはどうだ、とのことだった。

「まだ爆発物を市内に仕掛けている可能性があるんだぞ!それも、逃走中に、だ!ピレウスの港もまだ封鎖解除はできない!奴らがボートを使って逃げ出す可能性だってあるし、下手したらシージャックすら起こしかねないぞ!」

 大佐を無線を切った。かなり苛ついた顔で、アテネ市街地の地図を見た。やがて、司令本部のテントに陸軍大尉が入ってきた。

「報告します。海軍が、ピレウスのレジャーボートやクルーザーを奪ったテロリストが逃走するのを阻止するために、フリゲートを2隻、サロニカ湾に展開させました。イドラとプラサです」

「ご苦労、大尉。どうにかして、奴らの逃走は阻止しなければならん!」

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