市街戦-2
5月23日 1125時 ギリシャ アテネ
ニコ・メノウノスは部下を引き連れ、市街地を奔走した。未だにテロリストの目撃情報は無く、銃声も聞こえてこない。敵は見つからないよう、武器を隠し、市民に紛れ込んで逃走するつもりのようだ。通りはパトカーやサバーバンで封鎖され、警察が検問を設置し始めている。地下鉄やバスも乗っ取りや逃走に使われる可能性も考えられ、運行停止を指示されていた。地下鉄や電車の駅では、市民が詰めかけ、列車を停止させられていることに対して、駅員に非難の声をぶつけていた。
「検問を3重にしろ。パトカーとサバーバンを置いて、重武装の機動隊に封鎖させろ」
メノウノスは無線で必要な指示を出すと、後は捜索に集中した。あまりにも一人で無線を独占してしまうと、必要な時に他の警官や兵士が連絡を取り合うことができなくなる恐れがある。最初の攻撃以降、発砲があったとの知らせは無い。だとしたら、間違いなく、敵は必要がない限り攻撃することを避け、一般市民に紛れて逃走するつもりでいるはずだ。
テロリストの一人が、カリテア駅へ向かい、ピレウス方面へ向かう電車の時刻を確認した。定刻通りならば、あと13分で電車が到着するはずだ。途中、イングラムM-11と予備弾倉が入ったカバンを、ニューファリロ駅のゴミ箱へ捨ててきた。しかし、電車は運行を停止させられていた。どうやら、逃走手段として使われることを考え、当局が止めさせたようだ。テロリストは電車の使用を諦め、一旦、駅を出て、徒歩かタクシーでピレウスへ向かうことに決めた。万が一、職務質問を受けたとしても、武器になるようなものは一切、持っていないため、よっぽどのヘマをしない限りは逃走できるだろう。
5月23日 1131時 ギリシャ アテネ
「重武装した逃走犯を包囲する、ごく普通のやり方だな。公共交通機関を止めて、道路を封鎖する」
ディーター・ミュラーが、無線を聞いてそう言った。狙撃・観測チームの4人は、カルチャー・センターに留まっていたが、トリプトンが、αチームはヘリによる空中機動で敵を追い詰めるという作戦を決めたため、これから移動することになった。
「それで、俺達はどこで拾ってもらうんだ?」
柿崎がミュラーに訊く。
「暫くは地上を駆け回ることになる。ヘリには、他の奴らが乗ってる」
「了解だ。問題は、奴らが武器を捨てて、市民に紛れて逃げる可能性が高いことだな・・・・・」
テロリストはタクシーの社内から、街の様子を見た。市民たちがスマートフォンやタブレットを見て、歩道で立ち止まっている姿を多く見かける。どうやら、テロ事件のニュースに釘付けになっているようだ。テロの影響からなのか、道は渋滞し、車がなかなか進まない。運転手は苛立たしげに唸り、ハンドルを指で叩き続けた。
「お客さん、これで待っていても埒が明きませんから、回り道しますか?」
運転手が訊いた。テロリストは、少しだけ考え、そうしないと、却って怪しまれると判断した。
「ああ、頼む。船の時間が少し迫っていてね」
「ちょっと遠回りになるけど、そっちのほうが今は早いかもしれないですからね」
運転手はニューファリロ駅に差し掛かると、そこのY字路を一旦、右に入り、レンティ駅の方へと車を走らせた。
5月23日 1137時 ギリシャ アテネ カリテア駅
『駅をご利用のお客様にお知らせします。只今、警察と軍により、電車の運行を停止するよう指示がありました。繰り返します、先程発生したテロ事件の影響により、電車の運行を停止します。運行開始の目処が立ち次第、お知らせします。繰り返します・・・・・・』
駅構内にいる市民たちは、一斉に駅事務所に詰めかけ、抗議の声を上げ始めた。しかし、すぐに警官隊がやってきて、遠くへ避難するよう指示をし始めた。
市民に紛れたテロリストの一人は舌打ちすると、やや落ち着き払った様子で駅の出口へと歩いていき、途中、スマホをいじってインスタント・メッセージアプリでこれからの行動のことを仲間に知らせた。
5月23日 1143時 ギリシャ アテネ上空
2機のHH-60Gが編隊を組んで上空を飛び回っている。他にも、警察、軍、更には、経済サミットの様子を報道しようとしていて、思いがけずテロ事件の現場に居合わせた報道ヘリも市上空に見えた。アテネの空域をコントロールする航空局の管制官が報道ヘリに対して飛行可能空域の制限をかけ始めたのか、無線では、時折、パイロットの抗議するような声が聞こえてくる。こういうときは、報道ヘリなんぞ、ただの邪魔になるだけだ。
ダニエル・リースは、操縦桿を慎重に動かし、ゆっくりとヘリを右旋回させた。これまでの経験から、敵は、恐らくは市街地であっても全くお構いなしにスティンガーやRPGをぶっ放してくるに違いない、と考えていた。このヘリにはミサイル警報システムが追加されているため、ミサイルやRPGの弾頭が飛んでくればすぐに分かる上に、チャフ・フレアディスペンサー、更にはIRジャマーが搭載されているため、気休め程度にはミサイルを防ぐことができる、が、ギリシャ警察のヘリには、そういった装置は全く搭載されていない。更に、防弾板や防弾ガラスも装備されているかどうかも不明なため、敵が攻撃するとしたら、恐らくは撃ち落としやすいそっちを狙うだろう、とリースは考えた。




