作戦当日-4
5月23日 0934時 カルチャーセンター隣の立体駐車場 屋上
ライフルが入ったケースを持って、シャルル・ポワンカレとディーター・ミュラーが現れた。2人は、屋上に折りたたみ椅子をと伸縮する金属器具を置いた。ここからならば、報道用の映像を撮るためにカルチャーセンター前を歩く財相・外相陣を完全に援護できる。他に、狙撃手が現れそうな建物の部屋は、警察と軍のスナイパー・チームが抑えている―――これならば、狙撃による暗殺を考える不届き者は、狙撃位置に移動する時に、簡単に逮捕されるはずだ。
ポワンカレはM24A2を取り出して三脚に据え、ボルトを動かして調子を確かめた。レーザー・レンジ・ファインダーを使って、距離を確かめる。カルチャー・センター正門まで、およそ400m。距離にあわせて、エレベーション・ノブとヴィンテージ・ノブを回し、調整する。ホルスターにはFN57も入っているが、これを使うことは、まずは、無いだろう。
5月23日 0938時 ファリロ・コースタルゾーン・オリンピック複合施設
"ブラックスコーピオン"のメンバーとギリシャ警察特殊部隊の隊員は、施設の休憩所のソファに腰掛け、コーヒーを飲んだり、ガムを噛んだりして、リラックスして過ごしつつも、時折、銃から弾倉を外して、作動をチェックするなど、非常時に備えた動きも忘れない。
『第一チェックポイント、異常なし』
テーブルの上に置かれた無線機から、警備のために会場周辺を巡回する警察官の声が聞こえる。何も無い時は一般警官や陸軍兵士に警備を任せ、何かまずいことが起きたら、自分たちの番となる。
モニターには、監視カメラの映像が映り、HK33自動小銃を持った陸軍兵士が正門の前に立ち、出入りする関係者のIDをチェックし、金属探知機で全身を調べているのが見える。
「今の所は何も起きていないが・・・・・・・油断しないようにしないと」
ブルース・パーカーはモニターの画面を注視し、不審な人間はいないか、誰かが持っていたはずのものが、いきなり無くなっていないか、注意していた。重たい防弾チョッキと防弾ヘルメット、暑苦しいバラクラヴァ帽は待機中は誰も身につけず、テーブルの上に置いてあった。
G-36Cで武装した警察官が施設の中を巡回し、不審物を虱潰しに探し回っている。強化プラスチックでできた防盾を持った特殊部隊員の列が、財相会談に反対する連中を会場敷地の外に押し留めている。その後ろには、催涙ガス弾やゴム弾を装填した6連発のエクスカリバーmk2ランチャーを持った軍の兵士と警察官が控えている。このような国際会議では、過去にも過激な暴動が起きた事もあり、更に、ヨーロッパ各地でテロが続発していることもあり、隊員たちはかなりピリピリした様子だった。
5月23日 0941時 カルチャーセンター隣の立体駐車場 屋上
「全く、何が不満でこんな事をやっているんだか。俺には理解できないね」
狙撃スコープ越しにデモの様子を眺めながらミュラーは言った。もし、彼がほんの1、2センチ、引き金にかけている指を動かすだけで、フルメタルジャケットの7.62mm弾が発射され、誰かが死ぬことになる。
「風向きが変わった。東から0.4m」
ポワンカレがミュラーに伝えた。ミュラーは野帳に書き込んだ銃の設定項目を見て、1クリック分だけヴィンテージ・ノブを動かした。
「了解だ」
会談は、あと1時間半程で終わる筈だ。彼ら2人は、快適な室内で過ごす他の隊員と違って、強い風と日差しに晒されながらの任務となる。熱中症を防ぐため、額に貼る冷却シートや冷えた電解質入りの飲み物、アイスパックを入れたクーラーボックスを近くに置いている。また、長時間の任務に対応するため、携行式トイレも用意してあったが、今のところは、使う必要は無さそうだ。
5月23日 0956時 アテネ アパート
カルチャーセンターと公園を挟んで向かい側にあるアパートの1室に、数名の男たちが大きなコンテナを運び込んでいた。コンテナはオリーブグリーン。蓋には、白いステンシルのキリル文字で"РПО-З"と書かれている。更に、同じコンテナがもう一つ、運び込まれた。これには"РПО-А"と書かれている。
一人の男が、レーザー測距機能付きの双眼鏡で、ターゲットとの距離を計算した。約340m。この武器の有効射程が600mなのを考えたら、申し分ない距離だ。このアパートの住人は、すでに殺され、今はエーゲ海のどこかに沈んでいるはずだ。浮かんでこないよう、念には念を入れ、投げ込む時には200kgの鉄のおもりも枷と鎖で手足に縛り付けておいた。よっぽどの事が起きない限り、死体が見つかることは無いだろう。
この部屋の1つ下の階の部屋にも、同じようなコンテナを運び込んだ連中がいた。彼らはロケットランチャーの設置を終えると、iPhoneからメールを送った。
5月23日 同時刻 西サハラ テロリストキャンプ
ジョン・ムゲンベは、ポケットの中でスマートフォンが振動するのに気づいた。メールを調べると、アテネの攻撃部隊が作戦準備を完了したとの知らせを送ってきた。ムゲンベはキーをタップして、計画通りに進めろ、と返信した。テントの隣にはディーゼル発電機があり、そこから、コードが伸びて様々な電子機器に繋がっている。ムゲンベは、同じテントにいる仲間と共に、ギリシャでの欧州財相会談の最終日の中継を衛星放送で見ていた。もうすぐ、同じチャンネルを見ている人間は、悪夢の光景を目の当たりにするだろう。




