離陸
3月5日 1921時 デンマーク コングシュレ海軍基地
「通ったポイントはこことここだ。そして、この海岸を抜けてタンカーへは真っ直ぐ向かった」
ストラウトは集まった"ブラック・スコーピオン"のメンバーにヘリの経路を説明した。全て人里を避け、森や平原を通るようになっている。なるほど、この経路ならば人家が無いので人目にヘリが晒されることは無い。
「ところが迎撃された。隊員は海上の途中で降ろしたんですよね?そこからは水中スクーターで・・・・」
ブルース・パーカーが地図を指でなぞりながら言う。
「そうだ。へリボンだと携行式のSAMで撃たれる危険性がある。そんな無用な危険をわざわざ侵すことは無い」
ストラウトが答える。
「ううむ。だが、水中で迎撃されたとなると、奴らはこっちが突入しようとしている動きを読んでいたに違いない」
キュルマリクが指摘する。
「だが、どうやって?実際、こっちは・・・・」
そう言うストラウトをネタニヤフが遮った。
「これは、ひょっとすると・・・・ひょっとするかもしれないぞ」
「どうしたんだデイヴ?何か思いついたのか?」
マグヌス・リピダルが早く言え、と言わんばかりの態度でネタニヤフを睨む。
「奴ら、予めヘリの飛行経路になりそうな場所に見張りを立てていたんじゃないのか?」
「そんな馬鹿な」
「確かに、おかしな話に聞こえるかもしれない。だが、そう考えたほうが辻褄が合うんじゃないのか?」
「だが、そうだとしても、だ。どこを探すつもりだ?」
「その辺をこっそり偵察するしかない。まずはボスに聞いてみよう」
3月5日 1926時 ユーロセキュリティ・インターナショナル社
職員がとっくのとうに帰宅し、当直の警備員しかいない、すっかり静まった社屋でジョン・トーマス・デンプシーはコーヒーにブランデーを垂らし、ちびりちびり飲んでいた。未だにデンマークでの事件での続報が無い。BBCのニュース番組では、この事件に関して全く新しいことが報道されていない。暫くすると、コツコツと廊下から足音が聞こえ、それが止まるとデンプシーのいる情報室の扉が開き、銃身の下に懐中電灯を取り付けたステアーAUGを持った警備員が顔をのぞかせた。
「おや?ボスじゃないですか。こんな時間まで何をしているんです?」
「どうも落ち着かなくてな。情報収集だよ。どうだ?一杯付き合わんか?」
「当直ですので・・・・」
「では、ブランデー抜きだな。ミルクと砂糖は?」
「2つずつお願いします。ところで、例のタンカーの人質事件はどうなっていますか?」
「何も進展無しだ。何も報告が・・・・」
そう言った時、デスクの電話が鳴った。
「デンプシーだ」
『ボス、柿崎です』
「おお、イチローか。どうした?状況は悪化しているらいいが・・・・」
『悪化どころか最悪です。フロッグメン部隊が海底から侵入しようとしましたが、迎撃されて全滅しました。ヘリはタンカーからかなり離れた所で部隊を降ろしたらしいのですが、まるで敵はこっちの動きを読んでいたかのような・・・・・』
「なに?」
『敵はフロッグメン部隊が侵入してくるのがまるでわかっていたかのような動きで迎撃したのです。そこで、これはあくまでも自分の仮説ですが、どこかで見張りを立てて、ヘリの動きを見ていた可能性を考えています。そこでですね、我々が独自にヘリが通ったルートを偵察しようと思いまして。ただ、テロリストが僕の仮説通り、見張りを立てていたとしたら、交戦は避けられないですが・・・・』
「ううむ。余計なリスクは避けたいが、仕方あるまい。わかった、偵察を許可する、ただし、交戦は出来る限り避けるように」
『了解です。また連絡します』
そう行って柿崎は電話を切った。
デンプシーは電話を切ると、コーヒーを啜った。もう少ししたら食事を摂ろう。ただ、帰宅するつもりは無かった。後は夜勤の警備員を一人二人捕まえて、チェスでもして時間を潰そう。部下が無事帰ってくるまで、彼の仕事は終わらない。
3月5日 デンマーク 1934時 コングシュレ海軍基地
「ボスから許可が出た。偵察に行こう」
柿崎はMP5SDとグロック19に弾倉を装填した。防弾チョッキ、予備弾倉、コンバットナイフ、暗視ゴーグルも点検する。
「奴らを見つけたらどうする?排除するのか?」
トリプトンが訝しげに言う。
「いや、見つけ出して、見張りを付けるだけだ。そして、2度目の制圧作戦のタイミングに合わせて、そっちも制圧する」
「わかった。交戦は無し、だな」
2機のHH-60Gヘリが完全武装したPMCの要員を載せて離陸した。スポットライトは切り、暗視ゴーグルのみで敵を探すことになる。
「で、何を探すんだ?塹壕か?トーチカか?」
パイロットのハリー・パークスが大声で言う。凄まじいローターの音で、会話をするのは難しい。
「とにかく、地上にある不自然な場所を見つけてくれ。そこにテロリストの見張りが隠れている可能性がある」
トリプトンが返す。
「わかった。ただ、ヘリが近づいてきたら気づかれるんじゃないか?」
「だが、奴らとしても、こっちを攻撃したら居場所をさらけ出すことになるから、下手な行動は出来ないはずだ。それから、サーチライトは使わないように気をつけてくれ」
「了解だ」
ヘリは木の葉や枝を巻き上げ、闇の中へと飛び去っていった。