警備計画
5月20日 1348時 ギリシャ
ミュラーとポワンカレを除く"ブラックスコーピオン"のメンバーは、一足先にアパートへ戻っていた。まずは、空き巣が入った形跡が無いか丹念に調べ、次に盗聴器が仕掛けられていないかどうかも、専用の機器を使って調べた。その間、全員が無言で通した。
「よし、いいぞ」
盗聴器が無いことを確認したトリプトンがそう言うと、彼らはテレビを点け、買ってきた食料などを冷蔵庫にしまい始めた。
「まずは」ブルース・パーカーが口を開いた。「例の国際フォーラムが狙われているのは間違い無いだろう。だが、問題は、フォーラムの会場それ自体を狙うのか、それとも、周辺を狙うのかがはっきりしないところだ。そのせいで、こっちは広範囲をカバーしなきゃならない」
「そのために、ディーターとシャルルは当日に狙撃手をやってもらうんだろ?観測手はどうする?」
トリプトンが言う。
「マグヌスとイチローにやってもらう。他のメンバーは襲撃に備えてもらう」
「狙撃手は・・・・・こことここに配置しよう。襲撃対策チームは、計画通り、2つの班に分けて待機する。ギリシャ側は、軍の対NBC部隊と警察のEKAMに対応させるつもりだ」
ハリー・パークスは当日、警備する地区の地図をじっくりと眺めた。幹線道路が東側と南側にあり、北側は広い公園になっている。狙撃手は立体駐車場の屋上に、ヘリで下ろすのが良いだろう。西側には市民プールと公園があり、視界は開けている。南側にはオペラハウスが併設されており、地下鉄駅や港もあった。
5月20日 1357時 アテネ 警察本部
「当日の対策本部はファリロ・コースタルゾーンのオリンピック施設に置くことになる。君らもそこに待機させる。NATOの連中は、狙撃手以外は周辺の警備をしてもらうことになった」
ニコ・メノウノスが集まったEKAMのメンバーに話しかけた。彼らは、当日は会場そのものの警備を行うことになる。
「目下のところ、我々とNATOの連中でやってくれとのことだ。政府や軍の支援だが、NBC対策部隊は会場まで派遣してもらえるが、陸軍の第1奇襲空挺旅団と第32海兵旅団は前哨基地で待機することになる。国防省としては、軍の特殊部隊はこっちの手に負えなくなった時の、最終手段としているようだ」
ギリシャ政府はテロが実行されることを確実視していた。だが、それがフォーラムの初日になるのか、開催期間中になるのか、最終日になるのかはわからない。そのため、初日から最終日まで、かなり厳重な警備が行われることになる。
「爆発物処理班はここ、セーリング・クラブで待機。このあたりには検問も置く。敵は銃や爆弾を使うとは限らない。トラックで突っ込んでくる可能性もある。それと、傭兵の日本人が言っていたが、地下鉄の車両と駅の警備を厳重にしておくようにとのことだ」
その言葉に、メノウノスの部下の全員が頷いた。生物兵器や化学兵器を使われたら、被害の大きさは計り知れない。
「攻撃が実行された場合、大規模な市街地戦闘になるのは確実だ。テロが発生した場合、市民の避難誘導と脅威の排除を同時にすることになる。そこで、実働部隊は、テロリストの排除をする部隊と、避難誘導や護衛をする部隊で分ける。ヘリはリレー方式で空中哨戒をする。臨時ヘリポートとして、ペリヴァロンティコ公園を使うことになった。タンクローリーとピットクルーを待機させる」
翌日は、アテネ市警と傭兵部隊とで、総合的な打ち合わせをする予定だ。それまでには、ある程度警備計画を形にしておく必要がある。
「生物・化学兵器対策部隊は、会場のすぐ隣の病院で待機。汚染に備えてフォックス対NBC装甲車も配備させる。除染部隊は、ウィルスや化学剤に汚染された区域へはそれに乗って出動。要救護者はその場で除染して、安全が確認され次第、病院へ搬送する」
化学兵器に関しては、マルタでの件以降、ヨーロッパ各国の警察や軍は入念に対策を立てていた。それに対して、生物兵器への対策は、やや遅れ気味であった。
「生物兵器が使われたら、数日後かまたは数週間後まで攻撃されたことに気づかない可能性も高い。感染者が発覚した時には、既に手遅れになっていることが殆どだ。警察関係や国防省の官僚が、議会に生物兵器が使われた事が判明した場合の人や物の緊急の移動制限命令を首相が出すことができるようにするよう働きかけているが、議長と一部の議員がどうも難色を示しているようだ」
5月20日 1437時 アテネ 警察の射撃訓練場
サプレッサーで抑えられた、ビシッという銃声が断続的に響いている。射座で伏射をしている2人の警備会社社員の周りには、7.62mmNATO弾の薬莢が無数に転がっている。その後ろでは、ギリシャ警察特殊部隊の狙撃教官が観測スコープを使って、ポワンカレとミュラーの射撃の成績を確認していた。
教官は、可変倍率式のスコープの倍率を上げ、人間の形をした標的を確認した。弾痕は全て心臓か鼻梁の辺りに集中し、それぞれが3cmにも満たない範囲にまとまっていた。距離は市街地での運用を想定しているため、70mから300mの間に、20m間隔で複数の標的を置いていた。
ポワンカレがM24のボルトを解放し、休憩のために立ち上がった。ミュラーもM110から弾倉を外し、薬室からホローポイント弾を取り出す。
「見事なものだな。うちの部隊のスナイパーにやらせても、ここまでにはならんぞ」
狙撃教官はEKAMの狙撃手の教官を努めており、自身もGIGNやGSG-9で訓練を受けていたことから、射撃の腕前にはそれなりに自信はあったが、この2人の腕前を見ていると、自分はまだまだ腕前を上げる余地がありそうだ、という気分になった。
「もしご希望でしたら、"本社"から狙撃教官を派遣しましょうか?アメリカ海兵隊出身の腕利きですよ」
「ほう、商魂たくましいな」
「我々は、基本的にはNATOの指示で動きますが、表の顔は民間の警備会社であることをお忘れなく」
ポワンカレはそう言いながら、M24にロッドガイドを取り付け、銃身の中の掃除を始めた。




