予兆
5月12日 0943時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社
いつもと変わらない朝が来た。トリプトンは車を門の前に停め、警備員に身分証を見せ、網膜と指紋のスキャンを受けた。施設内では重武装の警備員が歩き回っている。トリプトンはいつものように駐車場に車を停め、トランクの中からタボール自動小銃を取り出し、弾倉を装着した。施設内の車道では、ハンヴィーやボクサー装甲車、フォックスNBC防護車が走り回っている。タクティカルベストには予備弾倉、グロック19拳銃、特殊閃光音響弾、アトロピンの注射器が入っていて、腰のバッグにはガスマスクが入れられている。他の職員も、ほぼ全員が彼と同じ格好をしている。
トリプトンが歩道を歩いていると、奇妙なものを見かけた。ただの監視カメラかと思っていたが、そこにはM249軽機関銃が取り付けられていた。
「おお、これは」
トリプトンはそれに近づき、手を振って、何度かカメラの前を往復してみた。すると、トリプトンの動きにあわせ、銃口が動くのが見えた。
「こいつはすげぇ。いつの間にこんなのを取り付けたのか」
そう言って、トリプトンは、社屋の中へと入っていった。
カート・ロックはパーカーたちが持ち帰ったパソコンと悪戦苦闘していた。これは、攻撃を唯一生き延びたパソコンで、強化プラスチックと耐熱ガラス繊維、チタン合金などで外装を強化した軍用のものだった。そこからは、幾つもUSBケーブルやコードが伸び、ネットワークから遮断されているパソコン3台と繋がれている。
「おはよう、カート」
トリプトンがコーヒーを飲みながら近づいてきた。
「やあ、ハワード。君らはもっと繊細に攻撃できないのかな?他のコンピューター機器とかは、全部燃えたって?」
「文句を言うなら、今度は自分で現場に出たらどうだ?元CIAなんだろ?」
「スパイはスパイでも、君らみたいに現場に出ていって、銃を撃ったり、悪者をぶちのめしたりはしたことがないぞ。パソコンを睨みながら、日々工作員たちが集めてきた情報を見て、それが本物なのかガセなのか見極めるのが仕事さ」
「なんとまあ、退屈しそうだな」
「そうでも無いさ。そうそう。このパソコンだけど、起動したのはいいけど、ログインするには5重のロックがかけられている。使っていたやつは、相当慎重な性格だな。今から、そいつをこじ開けてみようと思ってね」
「あれだろ。何百億という文字と数字の組み合わせを試すんだろ?そんな事をしていると、指が吹き飛んでしまわないか?」
「いやいや、代わりにこいつがやってくれる」
ロックはパソコンの画面を指差した。画面では物凄い勢いで数字とアルファベットの列が流れている。
「何だい?これ」
「最新式のID/パスワード解析用アプリだ。外には絶対に出回らないやつだけど。まあ、有名人のブログやSNSのアカウント程度なら、1時間もあれば登録メールアドレスとパスワードを盗み出して、乗っ取ることができるよ」
「ほう」
「ああ。ところで、ボスだけど、またお偉いさんから呼び出しを食らったみたいだぜ」
5月12日 1002時 ドイツ 国防省
「君を呼んだのは他でもない。MI6とDGSEが新たなテロの予兆を掴んだからだ」
ゲオルギー・シュタインホフ国防大臣が話し始めた。
「恐らくは、先日のテロリストキャンプへの攻撃に対する報復だろう。そして、テロ組織の細胞が幾つか東ヨーロッパなどに入り込んだとの情報もある」
「東ヨーロッパに?どうしてです?」
デンプシーはかなり驚いた。普通なら、先日の攻撃はやり口から考えて、NATOの特殊部隊のものだと考える筈だ。
「多分、ソフトターゲットを狙っているのだろう。ここ数日で、西ヨーロッパ諸国は警戒レベルを引き上げた。DEFCON2のテロ警戒状態だ。先日のテロリストキャンプ攻撃作戦に対する報復が行われる可能性も考えられる」
シュタインホフは言葉を切った。
「それと・・・・もう一つ。これは、最近わかってきたことなんだが、アフリカでテロ組織が幾つかの細胞に分かれて行動していると、MI5とDGSEが指摘している。大元は同じ組織なのだが、組織としての生存率を高めるためか、お互いにあまり連絡を取り合ったりせず、あくまでも別組織として動いている連中があるようだ」
「つまり、別々のテロ組織が偶発的にテロを行っていたということですか?」
「これはあくまでも仮説にすぎない。もしかしたら、複数のテロリストが同時に別々にテロを起こしているのかもしれないし、テロ組織が連合して、テロを起こしているのかもしれない。我々は、テロ組織の排除をすることにした。まずは、ギリシャだ」
デンプシーは面食らった。
「どうしてまたギリシャに?」
「実はだな。手配中のテロリスト数名が、密かにギリシャにも入国したのの情報が入ってだな。ギリシャ当局も捜査に乗り出しているが、そういったことの経験が生憎、不足しているらしくな」
「わかりました。では、準備に取り掛かりましょう。武器の持ち込みについてはどうです・・・・・」




