夕闇の裏と表
4月20日 1745時 西サハラ ビル・ラルフー郊外
西サハラは、世界地図に於いては、どの国にも属しておらず、しばしば白抜きになっていることが多いが、実際にはそうでは無い。ここは、モロッコが領有権を主張しているが、国際承認を得ていない、サハラ・アラブ民主共和国という自治政府が東側を支配している。しかし、ここが政治的空白地帯になっているのは明らかであり、しばしば、テロリスト・グループや過激派組織の拠点として利用されている。
広い砂漠のオアシスの一角に、多くのテントやバラックが建てられていた。周りでは、AK-47を持った男たちが歩き、侵入者がいないか目を光らせている。そのテントの中の一つから、ファリド=アル・ファジルが出てきた。この男は、モサドやCIA、インターポールなど、様々な組織から追われているにも関わらず、殆ど尻尾を掴まれることが無かった。今は、ここを拠点にしているが、すぐにでも移動する予定でいた。
ファジルはテロリスト・キャンプの奥にあるバラックへ歩いていった。部下たちは、歩くボスの姿を見ると、すぐに直立不動で敬礼をした。が、ファジルの方は、歩きながら、ややぞんざいに敬礼を返すだけだった。
バラックの扉を開けると、部下がいて、既に要求したものを用意していた。
「準備は万全です、ボス」
「ああ。見せてくれ」
「パスポートと国際運転免許証。それと、クレジットカード。それぞれ5つあります。名義が全部違うので、使う時の組み合わせに注意してください。やばくなったら、一つ一つ捨てていってください。全部使えなくなった場合の連絡先はこれです」
部下は手のひらサイズのやや分厚い手帳を渡した。
「うむ。他には?」
「プリペイド式のスマートフォンです。5台。既に"洗って"いますが、これもまずくなった場合は捨てること。但し、その時は、完全に壊してからにしてください。支払い用のカードは、どこで買っても構いません。職質された場合に備えて、武器は無しです」
「よし。それで問題ない。次にすべきことはわかっているな」
「ええ」
「なら、それでいい。言った通り、ヨーロッパの細胞に、攻撃を仕掛けられそうな場所の偵察を念入りにするように命令を出しておけ」
4月20日 1746時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社
その日の"一般"の業務はそろそろ終わりになりかけていた。日勤の警備員は、夜勤の者と交代の準備に入り、情報部も、緊急入電に出るための夜間当番の者以外は、帰宅の準備を始めていた。柿崎一郎は、肩から吊っていたタボール21から弾倉を外し、銃内部の点検をして、機関部に少しだけガンオイルをさして、武器保管庫へ持っていった。
「今日は終わりかい?」
武器保管庫の職員が柿崎からブルパップ銃を受け取りながら言った。
「ああ。だが、すぐにまた忙しくなる」
「こうもテロ事件が続くと、頭にくる。金は儲かるが、その分、こっちはてんてこ舞いなんだ」
「俺らが暇なときのほうが、世の中にとってはいいことだからな。早く開店休業にならないものか」
「まあ、それには人類が絶滅しないと無理な話だけどな」
「ああ。全くだ。では、また明日な」
柿崎は駐車場に行き、自分のM1114ハンヴィーに近づき、ドアの鍵を開ける前に、車体の下を入念に調べ、ボンネットを開け、エンジンに細工が施されていないかどうか確認する。問題が無いことを確認したのち、車のドアを開け、今度はダッシュボードの下からウージを取り出し、9mm弾が32発入った弾倉がグリップに装填されていて、予備弾倉が10個あることも確認した。これは、いつもの手順であり、すっかり体に染み付いていた。
ジョン・トラヴィスは駐車場に着くと、ハーレーに作り付けた筒型のホルダーにベネリM4を差し込んだ。腰のホルスターにはグロックが入っている。ヘルメットをかぶり、エンジンを2回、ふかしてからブレーキを放した。ようやく暖かくなってきた風が心地よく、ツーリングには最高の状態だ。ヘリポートを見てみると、ペイブホークは既に格納庫の中に入れられ、トーイングカーでブラックホークもそこへ引かれている。ゲートの警備員に身分証を見せて、退出記録を残し、監視塔のスナイパーに手を振ってから帰った。
一方、ジョン・トーマス・デンプシーは、自分のオフィスの机の前の椅子に座り、キーボードを叩いていた。事務作業の終わりにフライドチキンとピザ、サラダのデリバリーを自宅に届くよう注文した。そして、パソコンをシャットダウンさせ、席を立った。
デンプシーはハマーを運転し、門の前で停車させた。警備兵に身分証を見せる。
「今日は静かでしたね、ボス」
「ああ。こう何日もテロ事件が続いてたまるか。明日は、朝一で国防省に呼び出されないことを祈るとするか」
「それで、暫くはゆったりできそうですか?1週間ほど、休暇でも取ったらどうです?」
「ああ。それも悪くないな。テロ事件が起きない限り、暫くは暇になりそうな状況だ。本来なら、こうしているのが普通だけどな」
「全くですよ。こっちだって、なるべく人や車の出入りが少ないほうがありがたいですからね」
「では。また明日な」




