戦場の観光地-2
4月1日 1917時 モナコ公国
知らせが入ったのは、食事を終え、ゆったりと寛いでいる時だった。テレビを見ていると、突然、画面が切り替わり、リポーターが切迫した様子で事態のあらましを伝えている。その背後では、人々が逃げ惑い、悲鳴と銃声、爆発音が響いていた。
「おい!これは!」
ハワード・トリプトンは一瞬、何が起きているのか理解できなかった。そして、一度、深呼吸をしてテレビの画面に集中した。
『・・・・・信じられません!たった今、ここで、何者かが銃撃をしています!ここから犯人の姿を見ることはできませんが・・・・・・・』
爆発音。
『今、何かが爆発したようです。爆弾でしょうか。今・・・・』
テレビが混乱した様子を映像と音声で伝える中、"ブラックスコーピオン"のメンバーは異様に冷静な様子で戦いの準備を始めた。私服から黒アサルトスーツ―――肩と胸のベルクロにはNATOの紋章のパッチが貼り付けてある―――に着替え、防弾チョッキ、防弾ヘルメットを被る。スニーカーをタクティカルブーツに履き替え、バリスティック・グラスをかける。フラッシュバン、スモークグレネード、予備弾倉をマグポーチに入れていき、最後にコンバットナイフ、拳銃、サブマシンガン、無線機の状態を確かめた。
「用意はいいか?」
柿崎が他のメンバーに声をかけた直後に電話が鳴った。トゥルデからだった。
「はい、もしもし。ええ・・・・わかっています。我々も丁度、出動の準備を終えたところです。では・・・・、はい。わかりました」
ピーター・スチュアートが受話器を置いて、振り返った。
「トゥルデ警部から出動しろとの要請だ。市民の安全を確保しつつ、敵は見つけ次第撃ってよいと。以上」
"ブラックスコーピオン"のメンバーはアパートから出ると、すぐに戦闘態勢に入った。二人一組でお互いを援護しつつ、遮蔽物に身を隠しながら移動する。今のところ、パトカーのサイレン以外は聞こえてこないが、すぐに銃声と悲鳴が聞こえてくるだろう、と全員が思った。
4月1日 1934時 モナコ公国
テロリストが虐殺を始めてようやく、警官隊の第一陣が現場に到着した。歩道には鮮血が散らばり、負傷者がうずくまり、既に事切れた人が横たわっている。警官たちはパトカーから降りると、車体を遮蔽物にしながら応戦しようとした。が、このパトカーは一般的なものと違い、スポーツタイプのオープンカー『KTM・クロスボウ』であったため、まともな遮蔽物にはならず、銃弾を受けた警官が次々と倒れた。それに、警官が持っている拳銃を実戦で殆ど使った試しが無かったのも災いした。彼らは月に数回、紙の標的を射つ射撃訓練と検定を受けていただけで、銃撃戦を想定した訓練は全く受けていなかった。また、指揮系統も混乱したため、統率の取れた反撃をすることができず、数名の市民や警官が誤射で負傷する事態になった。
アンリ・トゥルデとアベル・シャモンはこの作戦の指揮を取ることになったが、部下たちに市民を保護しつつ反撃せよと伝えることしかできなかった。あのNATOから派遣されてきた連中はまだなのか。このままでは、警官と市民が死んでいくだけだ。爆発音が響き渡り、振り返ると、数名の警官が火だるまになってのたうち回っていた。宮殿の衛兵たちもこの事件に駆り出されてきたが、彼らは殆ど撃った試しの無いM16A2自動小銃やベレッタM92FSを犯人がいると思われる方向へ向けるのが精一杯な様子だった。
「くそう。このままだとまずい」
シャモンは銃声や爆発音が響く中、部下たちに命令を出していた。だが、こっちの弾丸は全くテロリストに当っている様子が無いのに、警官隊がAK-74やウージの銃弾を受けてバタバタと倒れていく。周りを見てみると、肩や脚から出血してうずくまる者や、既に横たわって動かなくなった同僚の姿が見えた。そんな中、トゥルデは手に持ったM16A2をテロリストの方へ向け、必死で応戦した。
4月1日 1934時 モナコ公国
ハワード・トリプトンは仲間を引き連れ、慎重に通りを進んだ。警察が市民に部屋の中の明かりを消しておくよう伝えたのか、街灯以外の明かりは少なかったが、暗視装置を使う程の暗闇では無かった。また、サブマシンガンと拳銃にはフラッシュライトも取り付けてあったが、これを使う必要も無さそうだ。彼らは、会話を必要最小限に抑え、後は身振り手振りでお互いの意思を伝えていた。
柿崎は無線機のチャンネルを回し、警察の無線を聞けないかどうか試してみた。暫くすると、それらしき音声が聞こえてきた。
『・・・・・・14より16。敵の人数は・・・・・』
『NATOの連中はどうしたんだ。一体どこで油を売ってやがる・・・・・・・』
「おい、ハワード。どうするんだ?このままだと警官隊がやられるぞ」
ブルース・パーカーが小声で話しかけた。今のところ、彼らは街中をコソコソ動き回っているだけだった。
「よし、ここで二手に分かれよう。ブルース、君のチームはマドーヌ通りへ行け。俺らはモンテカルロ通りを目指す」
「で、一体、どこへ行けって言うんだ?」
「カジノ・ド・モンテカルロだ。無線を聞いていなかったか?奴らは、その周辺一帯を占領しているらしい」
「人質を?」
「いや、そこまではわからないが、無線を聞いた所、そこで警官隊とやりあっているらしい」
「わかった。だが、市内にまだ奴らの仲間がいる可能性があるから油断するるな」
「了解だ。よし、二手に分かれるぞ」




