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リゾート-3

 4月1日 1559時 モナコ公国


 山本肇とデイヴィッド・ネタニヤフはカメラを首からストラップで下げ、バッグパックを背負い、ガイドブックを片手に街中をいかにも観光客だと言わんばかりの雰囲気を醸し出しながら歩いた。しかし、素人目には気づかないだろうが、訓練を受けたプロが見たら、この二人が街中に不審者がいないたどうか、不審物がベンチやプランター、自動販売機、ゴミ箱などの陰に置かれていないかどうか確かめながら見ながら歩いているのがわかるだろう。だが、怪しまれぬよう、二人はガイドブックに頻繁に目を落とし、案内の看板や地図を見たり、スマホの地図アプリを開いたり、その辺の街並みの写真を撮ったり、時折、警察官に道を尋ねたりした。隠れ家のあるミロ通りからアルベール通りに出て、北東方向に進み、オスタンド通りに入ると、巨大なホテル・デ・パリと有名なカジノ・ド・モンテカルロが見えてくる。この時間になると、自分たちの月給では手が届きそうにもない黒い高級リムジンが何台も門に入っていき、大金持ちが金を落としに行く。せっかくなので、ネタニヤフはカジノの外観の写真を観光客然とした様子で撮り始めた。すると、警備員が近づいてきて、建物の写真を撮るのは構わないが、出入りする人や車は撮らないようにとやんわりとした口調で警告された。そのまま道沿いに左手に向かい、カジノ広場方向へ向かう。そこには多くの観光客で賑わい、かなりの人混みだった。


 山本とネタニヤフは近くにあったカフェ・デ・パリに入った。一番奥の、店内と窓の外の様子が一番良く見える席に座り、コーヒーを注文する。周囲の状況を注意深く探りつつも、観光客然とした態度を崩さないようにする―――さもないと、訓練を積んだテロリストが市民や観光客に紛れ込んでいた場合、こちらがどんな人間かを悟られる可能性がある。やがて、店員がコーヒーを持ってくると、礼を言い、一口飲んだ。ガイドブックの地図のページを広げ、現在いる場所と照らし合わせる素振りをしながら、地理的位置と周囲の様子を徹底的に頭に叩き込む。これは、情報収集をする特殊部隊員や諜報員にとって必要不可欠な能力であり、基本中の基本だ。

「いやー、それにしても静かな町だな。俺は引退したらこんな所に住みたいな」

 山本はカフェの窓から外の様子を見ながら言った。日がやや傾き始め、カジノ広場とフランソワ・ブラン通りを通る人は、今のところはまばらだ。

「日本だと、都会はこんな感じじゃないのか」

「いやいや。騒がしいのなんの。ここまで静かな所を探すなら、田舎へ行くしか無い」

「うーん。そいつは残念」


 4月1日 1608時 モナコ公国


 トリプトンはテレビのチャンネルを回し、CNNに切り替えた。どうやら、今の番組の内容はヨーロッパで頻発するテロ事件のことのようだ。これによれば、今の欧州でのテロの発生頻度は1960代から70年代半ばに匹敵するほどであり、かなりの警戒レベルの引き上げが必要だとされている。空港では国際線の警備が強化され、スイスやスウェーデンの航空会社では武装したスカイマーシャルを乗客に紛れさせて同乗させる措置を取り始めているという。イギリスやフランスでは、既に武装した軍人に空港や大規模な駅を警備させ、テロの警戒に当っている。トリプトンはパソコンを広げ、これまで自分たちが対処してきたテロ事件の情報を見直すことにした。


 最初のデンマークの貨物船のシージャックは、テロリストの一部を制圧したものの、運んでいた核物質を奪われてしまうという大失態を犯してしまった。その核物質の行方は、デンマークの他、イギリスやドイツ、フランスなど数か国が現在も追跡しているが、発見はおろか、強奪した容疑者の手掛かりすら掴めていない状況だ。これはデンマーク軍と関わった海運会社の評判をガタ落ちさせ、デンマーク・クローネとその海運会社の株価は暴落した。続いて発生したのはマルタの化学兵器テロ。これは、史上2番目にテロリストが神経剤を使用した攻撃であり―――最初のテロは東京の地下鉄で発生した―――多くの市民の犠牲を出してしまったが、市民への被害は最小限に押さえることができ、テロリストの制圧も完了した。この攻撃に関わったテロリストの正体だが、どの軍や警察のデータベースにも情報が無かったため、最終的な結論には至らなかった。次はアフリカでの油田の占拠。これは、途中でヨーロッパで別のテロ事件が発生したため、自分たちは最後まで関わることができなかったが、テロリストを制圧したマリ軍によれば、アフリカで最近形成された、ヨーロッパやアメリカ、日本、中国などの海外資本の影響をアフリカから排除する運動のうち、過激化した組織によるものだという情報がもたらされている。やがて、衛星電話が鳴った。ボスからだ。

「トリプトンです」

『やあ、ハワード。そっちの様子はどうだ?』

「今のところは異常はありません。しかし、警戒を緩めてはいません」

『そうか。早速、本題に入るが、先日、オランダで貨物機を乗っ取ったテロリストがいただろ。化学兵器のようなものを用意していた』

「ええ。覚えています。何かわかったことがあるのですか?」

『ああ。まず、テロに使われた薬品だが・・・・大量の希塩酸と青酸カリの錠剤だった。つまり、敵は青酸ガスを発生させようとしたようだ』

「シアン化合物でしたか。しかし、それならVXやサリンを使ったほうが、効率も良い上に、殺傷力も期待できると思うのですが」

『確かにそうだ。だが、実際問題、こっちの方が手に入れるのはずっと簡単だ。所謂ジャーマンガスは、なかなか手に入る物じゃない。それと・・・デンマークで強奪された核物質だが、その一部がイスラエルで押収された。犯人はどうやら、アフリカに運ぶ予定だったようだ』

「アフリカ・・・ですか」

『ああ。どういうことが起きているのかはわからんが、最近、この手のものがアフリカに大量に運ばれているという話があるそうだ。勿論、裏ルートを伝ってな。勿論、NATOの間では、これが最優先事項になった。テロへの対処と同じようにな』

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