不審物-2
3月27日 0009時 アムステルダム・スキポール空港
C-160で輸送されたBCゲート・テントが飛行機に掛けられているタラップを覆い始めた。"ブラックスコーピオン"とオランダ陸軍のBC兵器対策部隊が、まずはテントに些細なものであっても、穴や隙間が無いかどうか、しっかりと確認する。全ての確認が終了したのは、これが届いてから30分後だった。
「さて、中で何が起きているのか見なければ・・・・・突入の準備はどうなっている?」
トリプトンが柿崎に訊いた。
「まずはドアに爆発物が仕掛けられていないかどうかを確認してからだ。機体の左側からオランダ軍部隊が、右側から俺らが突入する。爆発物が機内にある可能性もあるから、スタングレネードは使わない。敵を見つけたら、いつもどおり排除。それ以前に、パイロットやカーゴマスターは何をしているのか。これだけ呼びかけて答えないとなると・・・・もう死んでいる可能性が高いな」
「赤外線反応はどうだ?」
ディーター・ミュラーがオランダ軍の軍曹に訊く。
「いや、無いね。機内に熱源らしきものは無い。多分、クルーは死んでいる。と、なると、問題は、彼らが着陸後、いつ死んだかだ」
「ううむ。そうなると・・・・厄介だな」
そこへ、ブルース・パーカーが携帯式の生物検知器と化学剤検知器を持ってきた。
「こいつを使おう。最新型だ。ほんの数mlの空気を入れるだけで、数秒で結果が出る。やばいものが出た場合は・・・・・最悪、この飛行機をテルミット焼夷弾か何かで焼くしか無い」
「航空会社と中の貨物の持ち主には気の毒だが・・・・ウイルスや化学剤が拡散するのを防ぐにはそれしか無いな」
ミュラーが答える。そこへ、オランダ軍化学防護部隊の伍長がやって来た。
「BCゲートの設置が終わりました。いつでも突入できます」
「了解だ。行こう」
真っ白なテントがタラップと飛行機のドアを覆っている。ジッパーが僅かに上げられ、中へブラックスコーピオンのメンバーとオランダ軍特殊部隊が入っていく。
「位置につきました。ゲートを閉めてください」
『了解。ゲートを閉じる』
BCゲート・テントの3重ジッパーが上げられ、密閉される。外部の兵士が再度、内部の空気の漏れが無いことを確認した。
『ゲートを閉じた。内気の漏れは無い。突入を許可する』
「了解。突入する」
飛行機のドアがこじ開けられた。先頭の特殊部隊員がすぐさま検知器をさっと機内へ差し出す。警報は鳴らず、検知器の小さなモニターには何も表示されない。
「微生物の反応無し。続いて、化学剤を調べる」
マスタード、塩素、VX、サリン、ゾマン、タブン、ホスゲンなど様々な種類の化学剤の存在を調べたが、反応は無い。
「化学剤は検知されず。続いて放射線」
ガイガーカウンターも反応しない。
「NBC、全ての反応無し。クルーを探す・・・・」
3月27日 0013時 B777-300F機内
トリプトンは化学剤、細菌、放射線、全ての反応が無いことを確認してから、銃を構えて慎重に機内へと入っていった。貨物機らしく、乗客用の座席の代わりに、機内ではコンテナが整然と並んでいる。サプレッサーを取り付けたMP-7の銃口を前に向け、常に目線の先に来るように構える。後ろからは柿崎が足音を立てないよう、慎重な足取りで付いてきている。NBC兵器の反応が無かったからと言って、油断してはいけない。貨物に爆発物が紛れている恐れは十分考えられるし、それを盾にテロリストが機長と副操縦士を脅している可能性もある。部隊は2メートル程間隔を空けて機内を探索した。だが、先にコックピットを確保し、操縦士の安全を確かめるのが先決だ・・・・・。
パーカーが率いる部隊が先にコックピットのドアにたどり着いた。現在、コックピットのドアはハイジャック防止の為、外部からは開かない構造になっているので、彼らは特殊な工具を持ち込んでいた。パーカーが合図すると、マルコ・ファルコーネがそれを手にして、ドアの鍵がある部分に思いっきり叩きつけた。ガン!という音と共に工具の先がドアにめり込み、ファルコーネがグリップの部分を思いっきり握ると、バキバキバキ、と中で鍵が壊れる音がした。パーカーがドアを蹴り開けるとそこには・・・・。
機長と副操縦士の間に、イングラムM-10を持つ、覆面姿の人間がいた。その人物はこちらを振り返ると、銃口を向けようとする。が、パーカーは即座にMP-7の引き金を引き、その人物の頭に4.7mm弾をフルオートで弾倉のうち半分ほどを撃ち込んだ。銃を持った人間は崩れ落ち、計器に血の筋を描いて床に倒れる。パーカーは機長と副操縦士に駆け寄ったが、彼らはすでに死んでいた。
「クリア!コックピット確保!」
後ろからついてきていたケマル・キュルマリクが無線で仲間に知らせる。やがて、貨物室へ向かった仲間からの行進が届いた。
『貨物室クリア!』
『クリア!』
『クリア!』
3月27日 0024時 アムステルダム・スキポール空港
突入作戦は、ものの10分で終わった。貨物を調べてみると、セムテックスとセットになった、2種類の化学薬品が入れられた入れ物が発見された。恐らく、乗っ取り犯が持ち込んだものだろう。爆発物処理班によって起爆装置が無力化、解体された後、化学剤は分析のためNATOの研究機関へと運ばれていった。
「で、結局、こいつは何者なんだ?」
柿崎はパーカーが射殺した男の指紋を取り、写真をスマートフォンで取った後、髪の毛を数本抜いて、小さなプラスチックバッグに入れた。
「さあな。分析に回さないとな。まあ、それをしたところで何か出て来るとは思えないけどな」と、キュルマリク。
「それと、例の化学剤はマルタで使われたものと同じかどうかも問題だな。同じだった場合は・・・・」
「同一組織の可能性が高い。まあ、オランダ軍と警察との手続きが終わったら、とっとと帰るとしよう」




