不審物-1
3月26日 2209時 オランダ アムステルダム・スキポール空港
2機のHH-60Gがヘリポート区画に着陸し、MP-7サブマシンガンを肩から吊り下げ、レッグホルスターにP226Rを入れ、アサルトスーツとPASGTヘルメットを被った"ブラックスコーピオン"のメンバーが降りてきた。オランダ軍の特殊部隊の大佐とオランダ警察の警部が出迎えに来ている。滑走路では離発着が繰り返され、絶え間なく誘導路とエプロンを複数の旅客機が移動しているが、1機だけ、隔離されるように貨物地区のエプロンの片隅に置かれたB777-300Fがあった。
通報があったのは、1時間半ほど前だ。やって来た貨物機が指定されたエプロンに移動した後、機長も副操縦士も管制塔からの呼びかけから答えず、タラップを掛けたのに降りてくる気配が無い。また、この航空機をチャーターした人物が民間人にも関わらず、貨物を全て外交行嚢扱いにしたいという希望が出ている。出発地を調べてみると、現在、政府が事実上、機能不全を起こし、テロリストの巣窟となっているとされるチャドからの便だった。不審に思った空港長は、ひとまず、この貨物機を隔離することを決めた。再度、管制塔から機長に呼びかけがあったが、全く反応が無い。既に貨物機は他の航空機の運行の邪魔にならない場所へ移動させられ、既にオランダ陸軍のコマンドー軍団の2個小隊が周囲を囲み、警備をしていた。
「で、この貨物機のクルーは一体、何をしているんだ?疲れたから居眠りでもしているのか?」
ピーター・スチュアートは問題の飛行機の近くへ移動している間、空港の警備員に訊いた。
「我々も呼びかけているのですが、着陸してここにタキシングし、停止してから、全く答えないのです。一体、何をしているのか、皆目見当もつきません」
オランダ警察特殊部隊のフリッツ・スナイデル警部が答えた。
「まさか全員死亡・・・・は無いか。ちゃんと着陸したんだし」と、柿崎。
「念のため、中に入る時はNBC用の防護服を着ておこう。その前に、中をファイバースコープで覗くのが先だが・・・・・」
ケマル・キュルマリクが言う。彼が背負っている背嚢には、ファイバースコープが数セット入っている。ドリルで機体に穴を開け、先に中を偵察し、安全を確認してからでないと、中に突入する気は無かった。
「いや、待て。万が一、ウィルスに機内が汚染されていたら、その穴から漏れ出すぞ。そんなリスクは冒せない」
リピダルが反論する。確かに、彼の考えは大いに説得力がある。彼らは、酷いジレンマに陥った。機内で何が起きているかを知るためには、中には突入せざるを得ないが、内部が致死率の高いエボラウイルスや炭疽菌などに汚染されていた、という可能性を考えると、下手に飛行機のドアを開ける訳にはいかない。おまけに、管制塔からの呼びかけに全く答えが返って来ないとなると、少なくともパイロットは気絶しているか、死亡している可能性が高い。
「それに、中のクルーが死亡か気絶したとなると、着陸した後で間違いないだろう。まあ、ゾンビが飛行機を操縦した、だなんてあり得ないだろうし」と、ミュラー。
「しかし、それを知るには飛行機のドアを開けなければならないですよ」
スナイデルが答える。
「それなら、BCゲート・テントを使ってみてはどうです?」
柿崎が提案した。これは、生物や化学剤に汚染された建物に安全に出入りするためのもので、除染装置やウィルスを密閉するためのフィルターなどが完備されている。
「しかし、我が国にはそのようなものは・・・・・」
「我々が司令官に用意できるかどうか訊いてみましょう。NATOの下部組織でもあるので、その辺の調整は効くと思います」
3月26日 2219時 ドイツ シュトゥットガルト
「そうか。それなら、まずは陸軍に用意できるかどうか確かめてみよう。間違って化学剤やウィルスを外に出す訳にはいかない」
デンプシーはトリプトンからの連絡を受け、BCゲート・テントの手配を始めた。ドイツ空軍の輸送機で運ぶため、すぐに現地に着くだろう。ついでに、自前のNBC用防護服も運ばせた。これらが届くまでは、暫くは動けない状況になるだろう。
テレビを点けてみると、スキポール空港の周囲にはマスコミが詰めかけているが、化学防護用装備で身を固め、武装した警察と軍がゲート前で押しとどめている。ところで、こういった連中は、このような事件が起きた時に現場でウィルスや化学剤が撒き散らされても、自分だけは被害を受けないと妄想でもしているのか?まあ、そうなったら勝手にそこに近づいた奴の自己責任だ。
3月26日 2307時 ドイツ ヴィットムントハーフェン航空基地
BCゲート・テントがC-160トランザール輸送機に積み込まれた。更にBC防護服や線量計、生物検知器、化学剤検知器、パムの入った注射器、漂白剤が入ったコンテナも用意されている。ここからスキポール空港まで空輸するため、数分で現場に到着するはずだ。




