備えあれば憂いなし-2
3月21日 ドイツ シュトゥットガルト郊外 1015時
ハリー・パークスは新たに持ってきたヘリから降りると、機体のチェックを始めた。このヘリは、より危険性の高く、強力な火力が必要な作戦のために導入されたものだ。スタブウィングには2つのハードポイントがあり、M261ロケットポッド、AGM-114Kヘルファイア対戦車ミサイル、M230チェーンガン、増槽の中から組み合わせて搭載することができる。これからは、このヘリの運用開始とともに、現行のHH-60GとMH-60L(DAP)の4機体制となるため、より柔軟な作戦運用が出来そうだ。これは、NATOが承認し、ユーロセキュリティ・インターナショナル社の新装備導入用の予算で買ったものだ。
「それにしても、こんなものを買うのを、よくNATOが認めたな」
ロバート・グレインジャーは新たに自分たちの"足"となるヘリを見た。これだけの高火力があれば、テロリストが現用の主力戦車を持ち出してきたとしても対抗できる。
「全くだ。操縦性は全く同じだから、すぐに慣れるだろ。後は、武器の使い方だけだな」
ジョージ・トムソンがヘリの周囲を歩きまわって、機体の状態を丹念に点検しながら言う。
「その前に、そんなのを使わずに済むと良いのだが・・・・・そうもいかないか」
「よせよロバート。お前がそんなことを言った後に、ろくな目に遭ったことが無いだろ」
ジョン・トーマス・デンプシーは、自分のデスクで最新情報の確認をしていた。先日のアフリカの油田騒ぎについての記事を見つけた。それによると、膠着状態ののち、特殊部隊が突入し、テロリストとの間で銃撃戦が発生し、そのせいで、テロリスト、人質、特殊部隊で多数の死傷者が出たようだ。生き残ったテロリストは現場から脱出し、今でも逃走中で、マリ当局が追跡していると記事には書かれている。油田の大爆発という最悪の事態は避けられたが、この作戦は成功とは言いがたい。ハーグでの化学兵器テロは、汚染区域は殆ど除染が完了したものの、暫くは一般人の立ち入りが禁止されたり、制限されたりする地区があるという。オランダ当局は国境に厳しい検問を設け、警察、軍が国中を虱潰しにしているようだ。ニュースでは、相変わらず、重武装したオランダの兵士と警察官が市街地で立っている様子が映しだされている。デンプシーもまた、右大腿のホルスターに拳銃を入れ、手を伸ばせばすぐに届く所に自動小銃を置いている。近く、ドイツ国防省からの呼び出しもあるだろう。そう考えていた矢先、秘書がドアをノックして、部屋に入ってきた。
「失礼します。ドイツ国防省から、なるべく早めに出頭するようにと・・・・」
「知ってるよ。いつものことだ。そうだな・・・・今日の午後にでも行くと伝えてくれ」
トリプトンはオフィスの椅子に座って、天井を見上げていた。なにせ、特殊現場要員と施設警備員、NBC防護要員はテロ攻撃に備えて待機状態。その傍ら、訓練計画を策定している。デンプシー司令官から渡された、訓練計画書草案は、かなり具体的なものだった。テロリストが装甲化された大型トラックでユーロセキュリティ・インターナショナル社の社屋に強行突入。その後、サリンガスを撒きながら職員を銃撃して殺傷、無人ヘリからも化学兵器の散布が行われ、防護装備の用意が間に合わなかった職員が次々と倒れる。そして、神経剤の除染と傷病者の救護/治療、テロリストの排除を同時に行うという、かなり手の込んだものだった。やがて、ドアをノックする音が聞こえたので、入るように言うと、ブルース・パーカーが入ってきた。
「どんな具合だ?今度の訓練の内容は」
「文字通り、最悪の事態を想定している。こんな事が本当に起きたら、ここの人間の半分が死ぬ」
「流石はボスだな。あの人は、考えられる最悪のシナリオを作るのが一番得意なんじゃないか、と思うことがある」
「まあ、ボスに軍事シミュレーションを書かせたら、一級品が出来上がるな。それは間違いない」
3月21日 ブリュッセル NATO本部 1430時
ヘリポートにHH-60Gが着陸した。急ぎの用事のため、ヘリでの移動となった。既にG-36Kを持った警備兵と副長官が迎えに来ており、状況が良くない―――と言うよりは、最悪―――であることを物語っている。デンプシーが降りると、副長官はすぐに本題に入った。
「先程、スペイン当局から連絡が入った。モロッコからオーストリアへ運ばれている、不審な荷物を見つけた。調べてみたところ、バイナリー型の化学兵器だったことが判明した。中身は青酸ナトリウムの塊と濃硫酸だった。これが作動していたら、青酸ガスでバタバタ人が死んでいたはずだ」
「またアフリカからですか。前回、マルタを襲った奴らと同じですかね?」
「それはわからないが、ハーグの件もある。これは、同じ組織がやったことだと見て、間違いないだろう」
「犯行声明は?出ていますか?」
「出ていない。情報部も、犯行声明の無いテロなんて見たことがないと首を傾げている。イマイチ、これをやった連中の目的が掴めない」
「と、なるとですよ。連中の目的は、ただの殺傷、ということにもなりそうですね」
「なに?」
「政治的目標は無く、単に人を虐殺するのが目的だ、ということですよ」
「そんな馬鹿なことがあってたまるか」
「可能性の話ですよ。まあ、結論は、敵の正体を掴んでからにしましょう」




