備え有れば憂いなし-1
3月21日 ドイツ ラムシュタイン基地 1001時
ラムシュタイン基地ではすっかり日も昇り、通常の飛行訓練が始まっていた。3機のアメリカ空軍のC-130Jがタキシングを始め、ローカルフライトへ向かい、アメリカ本土から飛来したC-5M大型輸送機が着陸する。夜中のテロを受けて、基地周辺は厳戒態勢だ。アメリカ海兵隊のCBIRFが急遽派遣され、被害者の支援に当っている。付近の大規模病院はパンク寸前となり、軍の対NBC部隊は市街地の除染に奔走した。
攻撃からは一夜明けたが、テロリストは逃亡中で、オランダ警察や軍の特殊部隊が行方を追っている。今のところ、正式な犯行声明らしきものは無く(ネットなどに便乗した書き込みと思われるものは掲載されていたが)、犯人の正体に繋がりそうな情報は見つかっていない
病院は地獄絵図となっていた。医師、看護師はこのような事態に対する経験が皆無で、軍から専門部隊の隊員が被害者受け入れ先の病院へ、急遽派遣された。汚染区域とその周辺15km四方は完全に封鎖され、除染作業が続いている。それでも、危険を顧みないマスコミは、なるべく現場の近くで取材をしようとした。
3月21日 ドイツ シュトゥットガルト郊外 1012時
ユーロセキュリティ・インターナショナル社の警戒レベルが、デブコン1になった―――つまりは、臨戦態勢だ。文民職員ですら、防弾チョッキを着せられ、ガスマスク、アトロピンかパムの入った注射器、ヨウ化カリウムの錠剤は必携とし、軍事訓練を受けた職員は、自動小銃またはサブマシンガン、拳銃で完全武装させられた。
トリプトンは、車を駐車場に止め、まずは建物前に設置された検問でセキュリティ・チェックを受けた。身分証、監視カメラ、網膜スキャン、声紋認証・・・・。これらが終わると、自分用に用意されたロッカーへ向かった。身奇麗なスリーピースのスーツから、黒いアサルトスーツに着換え、腰のバッグにはガスマスク、胸や腰回りのポーチには弾倉や注射器などが入っているのを確認してから、チェストホルスターにグロック19を入れ、肩からスリングでHK416Dを吊り下げた。最後に、特殊閃光音響弾を4つ、ポーチに入れる。
「おはよう、ハワード」
部屋を出るなり、柿崎に話しかけられた。彼もまた、トリプトンと同じ格好をしている。
「やあ、イチロー。何か新しい情報は?」
「何も。相変わらず、病院はパニック状態。軍も出動している。更には、ユーロと株が大暴落だ。ロンドン市場は、1000時の取り引き開始と同時に大混乱。トレーダーは、もう今日は仕事をする気が無くなったんじゃないかな」
「うちもヤバそうか?」
「かもしれない」
ロビーを歩いていると、二人と同じように重武装した男女と何人もすれ違った。文民職員は、銃を持っていないだけで、護身用の催涙スプレー程度は持っているようだ。
射撃場では、銃声が絶え間なく響いている。警備員、特殊現場要員は勿論、文民職員ですら、射撃の訓練をしている。拳銃、自動小銃、サブマシンガン、更には散弾銃を持っている者もいる。床一面に大小様々な薬莢が散らばり、場内には、火薬の臭いが充満している。
ブルース・パーカーは、グロック19を両手でしっかりと握り、目の前の標的を撃ち始めた。標的はボール紙でできているが、銃を持った人間の姿が描かれている。パーカーは標的の頭と左胸を狙い撃ちした。他の射座の標的を見ると、どんな人間が撃っているのかが、すぐにわかる。頭か心臓だけに穴が空いているのは、訓練を受けた特殊現場要員か、警備員。一方で、弾痕がバラバラで、穴の数も少ないのは文民職員だ。周りを見てみると、警備員に混ざって、トム・バーキンやマグヌス・リピダルが文民職員に撃ちかたをレクチャーしている。やはり彼らは、銃に触れたことすら無いのか、完全に腰が引けている。自分が16歳の時、父親から初めてアンシュッツの22口径のライフルの撃ち方を習った時も、おそらくはこんな調子だったに違いない。だが、今後は、ヨーロッパで大規模な対テロ戦争が展開されると予想されていた。よって、これにいつでも対応できるようになる必要がある。"ブラックスコーピオン"のような、特殊部隊であれば、特に。
昨日のテロ攻撃の余波は大きく、社内のいたるところに置いてあるNBC防護用装備とその使用方法、攻撃を受けた時の行動計画が再確認され、近く、訓練も行われるそうだ。
ジョン・トラヴィスはオフィスに着くなり、自分が持つべき装備を再確認した。グロック19拳銃、ハイドラショック弾が詰まった弾倉12個、HK416Dカービン、弾倉16個。ガスマスク、ファーストエイド・キット、防弾チョッキ、アトロピンが充填された注射器5本、ヨード剤の錠剤、フラッシュバン・・・・・。まさに完全武装だ。"ブラックスコーピオン"としては標準的な装備だが、他の警備会社からして見れば、過剰武装もいいところだ。
ヘリポートでは、アメリカから新たに届いた特殊作戦用のヘリの受け入れ作業が行われていた。やがて、2機のヘリが着陸してきた。この2機は、ぱっと見た目は現行のHH-60Gに似ているが、機体の左右にスタブウィングという張り出しがある。これには、ヘルファイア対戦車ミサイル、M261ロケットポッド、または増槽を取り付けることができる。これにより、より危険な作戦にヘリを投入することができるようになった。




