外野の見方
3月21日 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社 0003時
デンプシーは今夜14杯目のコーヒーを啜った。目にはハッキリと赤く血管が浮かび上がり、その下には大きな隈が出来ている。秘書からは、帰宅して休むように言われたものの、砂漠で自分とは比べ物にならない程のストレスとプレッシャーに晒されている部下の事を考えると、到底そのような気分にはなれなかった。気分転換に愛用のグロックを射撃場で撃とうと思ったが、椅子から腰を浮かした途端、脚がまるでセメントがギッシリ詰まったズタ袋を括りつけられたかのように動かす事が出来なかったため、諦めた。その代わり、オフィスのソファに大の字になって天井を見上げてみた。セピア色の天井は、落ち着いた関節照明で、暗くは無いものの、作業をするには充分な明るさが保たれている。時折、武装した警備員が廊下を歩く、コツコツという足音が近づいてきては遠ざかる。ふと目を上げると、ウィスキーやコニャックが並んだ棚が見えたが、何とかそこに手を伸ばしそうになる自分を抑えた。部下が無事帰ってきてから、祝杯にしよう。そう自分に言い聞かせる。その酒瓶が置いてあるキャビネットの裏はガンラックになっており、装填済みのサブマシンガンやショットガンが入っている。また、机の下とソファーの下には拳銃をいれたホルスターが縫い付けてある。この施設のあらゆる場所に緊急用の武器が隠されており、敵の工作員による侵入に備えている。しかし、この施設に侵入することそれ自体が、非常に難しいことの一つである。
情報部の人間が3名、帰宅するためにゲートへと歩いて行った。ステアーAUGを持った警備兵に身分証を見せて、車で自宅へと向かっていった。この施設内のあらゆる場所に『武装警備員巡回中』『警備員は殺傷力を持った武器の使用を許可されている』『軍用犬巡回中』『監視カメラ作動中』といった警告の看板が幾つも並んでいる。その近くを、シェパードを連れ、自動小銃を持った警備員が通った。この施設では、職員は基本的には私服で行動し、警備員は『ユーロセキュリティ・インターナショナル』というロゴ入りの黒いサソリをモチーフにしたパッチを縫い付けた黒い戦闘服、防弾ベスト、ヘルメット、暗視ゴーグルを身につけ、施設内を巡回している。この近くに住んでいる住民は、ここがどんな施設であるかは殆ど知る人間はいない。外から見ると、ただ単に、NATOロゴと赤文字で書かれた警告を促す看板がフェンスに取り付けてられているのが見えるだけだ。
ドアをノックする音に、うとうとしていたデンプシーは、はっと目を覚ました。時計を見てみると、40分ほど眠ってしまっていたようだ。
「司令官、無人機から映像が来ていますが、どうします?見てみますか?」
目を上げると、警備員がドアから顔をを覗かせていた。
「そうだな。行ってみるとしよう」
3月21日 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社 0012時
ドイツ空軍のRQ-4から転送されてきた画像がスクリーンに映しだされた。夜間なので、白黒の赤外線画像だが、テロリスト、治安部隊及び"ブラックスコーピオン"のメンバーだけはなんとなく見分けることができる。
「NATOも随分金をかけていますね。無人機まで投入してくるとは」
「それだけこの事態を重く見ているということだ」
デンプシーはプレムの油田の資料に目を落とした。ヨーロッパとアフリカ、そして日本が相当な投資をしている。総額で約38億ユーロにもなるこの油田では、毎日3400キロリットルの石油を掘り上げ、その石油はパイプラインを通してモーリタニアやコートジボワールの港へ送られ、タンカーに積み込まれてヨーロッパやアジアに送られていく、とされている。
「この油田を失ったら、ヨーロッパとアフリカにとっての経済的打撃はとんでもないものになる。逆に、テロリストは確保した石油資源を売って得たカネを活動資金にするだろう。だが、そうなったら今度はNATOがそこを空爆するだろうが・・・・」
後ろのドアが開き、両手いっぱいに資料を抱えたカート・ロックが入ってきた。
「やあ、カート・・・・・これをどこから持ってきた?」
「スナイデル・オイルから借りてきました。油田全体の詳細な地図や、どこにどんな装置があるのか、かなり詳しく書かれた資料です」
「どれ・・・・・うーむ、こいつは」
「見ての通り、火災時に備えて緊急オイルポンプ停止装置が分散されています。まずはこれを操作させるのが良いでしょう。本当は火器で撃ちあうのは良くありませんが、マリ軍部隊のレベルから、これを避けるのは難しいでしょう。我々ならば、格闘術で制圧した後、テロリストの頭を撃つ、という戦術を取りますが・・・・」
「その点は仕方がない。で、次は」
「もちろん、マリ軍部隊が突入を始めたら、我が部隊は狙撃で援護することになりそうですが、どう考えても9割方、それは無理そうです。距離がありますし、誤射の危険性が高すぎます」
「つまり、見ているしか無い、というわけか」
「そうです。その点の司令を部隊に出しておきましょう」




