新たな要求
3月20日 マリ プレム郊外 2341時
テロリストが時折、銃を持って油田の周りを歩いている。敵が見える度に、傭兵たちはスコープのレティクルの中心を頭にピッタリと重ねる。ほんの数グラムだけ人差し指に力をかけるだけで排除できるが、そんな事をしたら人質を射殺して自爆してしまうだろう。ただ、マリ政府が油田と人質も無視して砲撃を始めたらどうする気なのだろうか。だが、動きが出てきた。テロリストはマリ政府に新たな要求を出し始めた。
『こちらライフル・アルファ1。指令本部によると、テロリストがヘリとトラックを要求し始めた。どうやら、人質を何人か誘拐したまま脱出するつもりらしい』
「で、どうするんだ?奴らの要求を政府は飲むのか?」
ポワンカレの報告にスチュアートが返す。
『どうだろうか。ただ、制圧のタイミングとしては、人質とテロリストが移動している時は難しい。誤射の危険性が高いし、テロリストも人質を巻き込んで自爆する危険性もある』
「くそったれ。だが、要求通りヘリとトラックを持ってきた時にテロリスト側に隙ができるのは確かだ。問題は、狙撃できる位置に敵が出てくるかどうかだ。素人に近いような集団ならばそこまで考える事はしない可能性はあるが、プロならば狙撃されないように人質を盾にするはずだ」
『あとは、人質とテロリストのどっちかに爆発物を巻きつけている可能性もあるな。だとしたら、正確に脳幹か首の脊椎を撃ちぬかないと』
「難しいな。こうなったら、狙撃は限りなく無理に近い。ミュンヘン・オリンピック事件みたいだな」
『まさにそうだな。アレみたいに、混乱が起きなきゃいいが・・・・』
「狙撃が無理な事には変わりないさ。下手に流れ弾が精油施設に命中して大爆発、だなんて最悪のパターンも有り得るからな」
『クソッ。そうなると、なんとかテロリストと人質をまずは油田から移動させることが先決だな。だが、どうやってやるかが問題だな。考えられる方法としては、敵が人質と移動するために乗り物に乗り込む時か、その後だな。撃つ時は頭を撃て。腹だと弾が貫通する危険性がある。だが、頭なら頭蓋骨が砕けた時にエネルギーが削がれるから、貫通して油井のパイプなんかに当たる危険は少ない。だが、無理はするな』
3月20日 マリ 上空 2343時
ドイツ空軍のRQ-4Bユーロホークが旋回していた。これは、NATOが派遣した機体で、イタリアのアヴィアノ基地から離陸したものだ。かなりの高空を飛んでいるため、アルジェリア上空を横切った時も、レーダーに捉えられることが無かった上に、例え補足されていたとしても、戦闘機も地対空ミサイルも届かない高度を飛んでいたため、迎撃は出来なかったであろう。無人機はSARレーダーとEO/IRカメラで油田の監視を続けている。その画像はリアルタイムでユーロセキュリティ・インターナショナル社のオペレーション・ルームと"ブラックスコーピオン"の隊員各々が持っているタブレットへ送られている。そのため、かなりの精度で目標の動きを観測することができた。
3月20日 マリ 砂漠 2351時
トリプトンはタブレットで無人機からの映像を確認した。白黒の赤外線画像だが、それでもテロリストと人質を見分けるのは容易だった。マリ軍の部隊は、突入準備をしているらしいが、どこまで進んでいるのかはわからなかった。さすがに砂に掘った穴に長時間篭っていると、息苦しくなってくる。時折、蓋をしているバラキューダーの一部をめくり上げて篭っている熱を逃がそうとした。砂漠の夜は、昼間とは打って変わって、一気に気温が下がっていくため、それなりの効果はあった。
長時間狙いを定めていると、いい加減集中力が切れてくる。ミュラーは一旦、スコープから目を離して肉眼で油田の方を見た。だが、真っ暗な夜空が広がるばかりで、何も見えない。が、目を休めるには効果的だ。また、指向性マイクも用意していたため、向こうの音声を拾うこともできた。
「ん・・・・?これは中国語か?声の調子からすると、人質のようには思えないが・・・・・」
音声を聞いたポワンカレは首を傾げた。指向性マイクで拾った音声は全て記録してあり、後で分析に回すことも可能だ。
「中国語だと・・・・?どういうことだ?」
「中国は今や、世界一の傭兵輸出国で武器輸出国だからな。その国外に出て行った傭兵なり武器なりが、世界各地のテロや内乱に関わっていて問題になっているのは周知の事実だ。誰彼構わず売りつけて、金を稼ぎまくっている。もはや死の商人・・・いや、テロ支援国家だな」
「全くだな。で、何と話しているんだ?」
「知らんよ。おまけに朝鮮語まで混ざってきたぞ」
「なんだそりゃあ」
「俺にもわからんよ。だが、色んな国から来た奴らが関わっているのは間違い無さそうだ」
「糞だな、全く。そういう奴らの脳天に鉛弾をブチ込むのが俺らの仕事だからな」
事態は段々と膠着し始めていた。しかも、長期化することにより、マリ軍にもテロリスト側にも、やや焦りの色が見え始めていた。そのことが、"ブラックスコーピオン"のメンバーに不安材料として残った。




