作戦計画
3月5日 0816時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル本社
「まずは船内の構造を把握しなければ。この"ブルードルフィン号"の設計図は手に入るのか?」
ハワード・トリプトンはデータをパソコンに打ち込んでいった。
「すでに"エーゲ・エクスプレス"社とは連絡が付いている。この船の詳細な設計図が送られている」
トリプトンがデータをモニターに呼び出した。すると、巨大なタンカーを改造した貨物船の3Dデータが表示された。
「元々はタンカーだったが、"エーゲ・エクスプレス"が買い取った時に貨物船に改装された。重油タンク区画は貨物室になっている。主にアフリカや南米、オーストラリアから鉱物を海上輸送する目的で使っている。大抵の場合は、アルミニウムやマンガン、クロムといったレアメタルの輸送に使っていたが、今回運んでいたのがたまたまプルトニウムだった、といったところだろう」
「奴らは最初からプルトニウムがこの船に載っているのを知っていたのか?それとも、たまたまだったのか?」
βチーム隊長のブルース・パーカーが口を開いた。
「さあな。だとしたら、厳重な警備が敷かれる上に乗組員には緘口令も出るだろう。重武装の警備員も一緒に乗るはずだ」
「だが、今回は制圧された。一体、どんな手を使ったんだ?」
と、シャルル・ポアンカレ。彼はフランス国家憲兵隊介入群出身だ。
「内通者がいたのか、それともテロリスト側が重武装していたのか。この船を制圧するんだったら、そうだな・・・艦橋に2~3人、貨物室に10人、機関室に4人といったところか。乗員を全て一箇所に集めれば、それくらいで事足りる」
パーカーは元海軍らしく、素早くこの船を制圧する方法を考えていた。
「低空飛行するヘリでこっそり接近して、途中で水中スクーターに乗った水中工作員を降ろす。海中からは、縄梯子で登って行き、ヘリからはファストロープかラペリングを使う。警備員は狙撃して警備員を制圧。後は、サブマシンガンかアサルトライフルで残りの警備員を排除しつつ、一般船員は一箇所に集める。こうすれば、この船を手に入れることは可能だ」
「空挺でも制圧できないか?小型飛行機かヘリを使って」
元イスラエル国防軍ゴラーニ旅団所属のデイヴィッド・ネタニヤフが言う。
「できなくもないな。艦上構造物が少ないから、パラシュートが引っかかる危険性は少ないし、直前まで気づかれにくい。ただ、動いている船にピンポイントで降りるには、かなりの高等技術が必要だ」
そう言ったのは元アメリカ空軍パラレスキュージャンパーのジョン・トラヴィスだ。
「ううむ。いずれにせよ、これはプロの仕業だ。そう簡単には行くまい。だから、しっかり・・・・」
ネタニヤフがここまで言ったところでケマル・キュルマリクが割り込んだ。彼は元トルコ海軍だ。
「なんだか変じゃないか?どうしてテロリストは爆破して重油を流すとか言わなかったんだ?普通、タンカーに積み荷があるとしたら油だろう?それなのに・・・」
「何が言いたい」
「つまりは、奴らは積み荷の内容を元から知っていたんじゃないのか?おまけに、プルトニウムを海上輸送するなら、PMCか当事国の海軍または沿岸警備隊の船が警護するはずだ。それなのに、警護していた警備艇も駆逐艦もいない。武装警備員はいたらしいが、簡単に制圧されたそうじゃないか。もしかしたら、内通者が・・・・・」
「それを考えるのは後だ。まずは制圧することに集中しよう」
柿崎は脱線した話を元に戻した。
3月5日 0821時 北海海上
警備員の死体が傍らに転がっているにも関わらず、その男は全く気にしていない様子だった。しかし、死臭が酷くなってきたのか、部下に命じて海中へと投棄させた。まずは、タンカーの貨物の中身を調べさせた。すると、どうも運んでいたのは重油では無かったようだ━━━━もしそうであるならば、こんな武装した警備員など海賊の出没するソマリア沖やインドネシア周辺を航行しない限りは乗せないはずだ。
「おい、貨物室を調べろ。どうも怪しい。重油を積んだ普通のタンカーならば、こんなに喫水線は浅くない。おまけにこの警備だ。何かあるぞ」
テロリストのリーダーが部下に命じて、調べさせようとした。
「しかしボス。今やアフリカや東南アジアを通る商船は、海賊対策に大抵はPMCの警備員を乗せています。そんなに珍しいことですかね?」
「ここはアフリカじゃなくて、北海だぞ?まさかここで海賊に遭うだなんて思ってもいないだろう。奴らは注意が散漫だった。それだけの話だ」
テロリストの一人が船長室の中を探っていた。そこには金庫が有った。机の中や棚を探っても積み荷の目録が無かったため、金庫の中だ、と彼は目星を付け、トランシーバーで仲間に知らせた。
「おーい、ジョン。トーチを持ってきてくれ。マニュフェストが見つからない。多分、金庫の中だ」
酸素トーチを持ってきたテロリストは不審に思った。なぜ積み荷の目録を金庫なんかにしまっておくんだ。普通は、すぐに取り出せるようにキャビネットやラックに入れておくようなものだ。だとしたら、相当重要なものを積んでいるはずだ。トーチに点火すると、金庫の扉を焼き切り始めた。
あっさりと金庫は破られた。中からマニュフェストを取り出して少し読んだテロリストはその内容に驚愕した。
「ボス!」
テロリストのリーダー、ヨハン・カタヤイネンは目録を見て驚いた。なんと、この船には各種レアメタルと一緒に45kgものプルトニウムが積み込まれていたのだ。
「こいつは驚いた。まさか、こんな大量のプルトニウムを積んでいたとは」
「売りさばけば、かなりの金になりますよ。または、脅しの材料としても使える」
「重油を運ぶフリをして、こんなものを積んでいたとは」
「どうします?これを公表しますか?」
「いや、少なくとも、今はその必要はない。それよりも闇市に流すか、我々で利用するか、脅迫の材料に使うか、じっくり考える必要がある。性急に結論を出す必要は無い」
「そうですか。まあ、時間はたっぷりあるでしょうし、これの利用価値についてはまた後で考えましょう」
3月5日 0921時 ユーロセキュリティ・インターナショナル本社
「ヘリからファストロープで降りるのが一番だな。水中スクーターを使うことも考えたが、長い縄梯子かフック付のロープ、または鋼鉄の船体にもめり込む程強力なボルトやピトンとロープが必要だ。つまりは、水中からの潜入は、ほぼ無理だ」
パーカーが船の設計図を眺めて言った。
「水中から酸素トーチで焼き切ったり、ましてや爆破して潜入するのは非現実的だ。そうなると、ヘリにミニガンを搭載する必要があるな」
と、ヘリのクルーチーフであるダニエル・リースが言う。
「ミニガンは最初は良いが、潜入した後だと味方や人質を誤射する恐れがある。使えるのは突入前だな。突入後は、狙撃ライフルで援護する。ヘッケラー&コックのPSG-1かナイツSR-25が最適だろう。だが、無闇に狙撃はできない。あくまでもオプションの1つだと考えてくれ」
アラン・ベイカーが言う。彼もまたヘリのクルーチーフだ。
「侵入は現地時間で日が暮れた後でなければ危険だな。チームを2つに分けて、船の前方と後方の2箇所から接近して、片方は人質の確保、もう片方はテロリストの排除をそれぞれ優先させて突入だ」
元ノルウェー海軍猟兵コマンド出身のマグヌス・リピダスは素早く突入の手順を計算してそう言った。
一方、デンプシーは作戦にデンマーク空軍の基地を使う許可を取っていた。状況が状況だったのと、NATO加盟国とユーロセキュリティ・インターナショナル社は"特別な"関係だったため、その許可はあっさりと降りた。