水と砂
3月19日 イギリス西岸1300km 大西洋 1307時
停船を命じられた貨物船はおとなしく命令に従った。セント・アルバンスからEH-101が飛び上がり、MP-5で武装し、NBC防護服を着たSBSの隊員たちがラペリングで降下した。そして、隊長であるヴィンセント・クロフィールド大尉は部下に船員を一箇所に集めるよう指示を出し、船長を探しに行った。
「一体、何の用なのですか。我々は違法なものなど、これっぽっちも・・・・」
船長は抗議したが、クロフィールドは手を上げて遮った。
「船長。あなた方の積み荷目録が入港予定のプリマス市の港湾管理局に提出されていません。規定では入港1週間前までに提出されていなければならないのに、もう入港前3日です。よって、イギリス政府はテロの恐れありとして臨検を決定しました。これが令状です」
クロフィールドはイギリス国防省と沿岸警備隊が発行した2枚の捜索令状を船長に見せた。そこには、国防副大臣と沿岸警備隊長官のサインがそれぞれ書かれている。
「わかりました。お好きにどうぞ」
船長は諦めてため息をつくと、自分のデスクの椅子に座った。
SBSの隊員たちは、マニュフェストを見ながら一つ一つ貨物をリストと照らしあわせていった。中身の殆どは金属や木材だ。だが、一つだけ不審なものがあった。隊員の1人がガイガー・カウンターをかざしてみると、耳障りな音を立てて針が大きく右に振れた。
「隊長を呼んできてくれ」
ガイガー・カウンターを持った隊員は仲間にそう言った。
コンテナを開けると、驚くべき光景が広がっていた。大量のポロニウムとプルトニウムが入った瓶がズラリと並んでいたのだ。一つも割れていなかったのは奇跡としか言い様がない。隊員たちはこれを全て押収し、船長と船員は事情聴取のため拘束された。
3月19日 ユーロセキュリティ・インターナショナル社 1321時
情報が回ってくるのは驚くほど早かった。現在、NATOなど複数の機関が放射性物質の成分を調べているが、北海で奪われたものの一部であろうとの見方が強かった。
「それで、奴らは何と言っていたんです?」
カート・ロックがボスに訊いた。
「しらばっくれているのか、本当に何も知らないのかはわからないが、積み荷のプルトニウムについては何も知らないと言っている。また、マニュフェストにもプルトニウムとはどこにも書かれていなかった」
「運ばせた連中が目録を偽装した可能性が強いですね。送り先は?」
「それが、提出先のプリマス港の管理局にマニュフェストが届いていなかったんだ。それで、調査へ行ったということだ。船籍はパナマで、母港はコロン港」
「船員の身元は?」
「まだわかっていない。今、インターポールやユーロポール、DGSE、MI6のテロリスト容疑者のリストと照らしあわせているところだが、恐らくはシロだろう」
「つまり、運び屋として利用された訳ですか」
「そうなるな。まずは、その積み荷の送り主が誰なのか。それを探る事になるな・・・・・」
3月19日 マリ プレム郊外 1331時
ヨーゼフ・ホルテンは油田施設の視察のため、わざわざオランダからこの暑いアフリカへとやって来た。現在、アフリカはヨーロッパ、中国、日本などからの資本が次々と舞い込み、資源開発と都市化がかつて無いほどのペースで進んでいる。現在、ここでは現地の人間を大勢雇い入れて、石油を掘り出している。ここはマリのプレム市公営だが、建設にはオランダのスナイデル・オイル・コーポレーションが関わっており、先月、マリ政府の高官や会社の重役らによる落成式が盛大に行われたばかりだった。滑り出しは順調で、地下にある石油溜まりからどんどん油を吸い上げている。
「こんな所にわざわざご苦労さまです、旦那」
現地の責任者である、ヌアンリ・ルムンべがホルテンのカバンを持って、事務所に案内した。ホルテンは"こんなくそ暑い所での仕事なんぞ早く終わらせて、とっととオランダに帰りたい"と考えていた。
「仕事だから仕方がないさ。ところで、警備の状況は。最近は何かと物騒だからな」
「現地の人間と、それから"キャスパーズ・グローバル・ミリシア社"の警備員も雇っています」
キャスパーズ・グローバル・ミリシア社は最近設立されたアメリカのPMCの一つで、アフガニスタンやシリアなどに警備員を送り込んでいる。
「おいおい、もっといいところがあったはずだ。本社から警備状況に関して通達があったはずだが・・・・・」
「確かにありました。しかし、あの予算だとゼウス社やレッドフォート社といった大手の警備を受けるのは無理な話です。そこで、予算内で見積もってくれるところとなると、どうしても・・・・」
ホルテンは舌打ちした。上層部のバカどもが。どうして現場の実情をわかっていない。ホルテンは初め、この油田の警備にはユーロセキュリティ・インターナショナル社を打診した。ところが、見積もりが送られてきた時、重役たちは"余りにも金額が高すぎる。もっと安いところにしろ"と言って、金をケチり、結果として殆ど名の知られていないPMCに警備を依頼せざるを得なくなったのだ。ホルテンは軍にいたことはなかったが、この警備員たちの様子を見る限り、エリート軍人と言うよりは、自動小銃を持ってただ突っ立っているチンピラにしか思えなかった。
この件、フラグが見え見えだったかなぁ・・・・。




