更なる脅威
3月19日 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社 1256時
狙撃訓練用の施設で凄まじい銃声が響いた。ズタ袋に砂を詰めた標的が破裂する。12.7mmの大きな弾丸は全て標的の"頭"か"心臓"に命中しているので、これが生身のテロリストならば、確実に息の根を止めていただろう。貫通した弾丸は、標的の後ろの盛り土にめり込んで、激しく土埃を吹き上げる。このバレットM82A1には50口径の弾丸の強烈な反動を逃がすために、銃口に大きなマズルブレーキが取り付けられ、上から見ると、まるで大きな矢印のように見えなくもない。
「こいつを撃っていると、肩が脱臼しそうな気分になるよな」
ミュラーがトリプトンに話しかける。
「全くだ。だが、長距離狙撃にはうってつけだ」
12.7mm弾が狙撃に有効だと証明されたのは1982年のフォークランド戦争での事だった。アルゼンチン陸軍はブローニングM2重機関銃に狙撃用スコープを載せて、セミオートで上陸するイギリス海兵隊員を長距離から狙撃したのだ。続いて、1991年の湾岸戦争で元々は爆発物処理用やヘリや車両を破壊するためとしてアメリカ軍が持ち込んだバレットM82A1が狙撃で効果を上げた。対物兵器で生身の人間を長距離狙撃するのは非人道的だとする人間もいるが、どうせ頭か心臓に1発撃ちこむだけなのだから、7.62mmNATO弾で撃とうが、338ラプアマグナムで撃とうが同じことなのだが。
柿崎は情報センターでアフリカの最新情報の確認をしていた。最近、中東諸国がテロ組織の一斉摘発に乗り出したため、主だったテロ組織はアフリカに逃れているらしい。そのテロリストが、どうもアルジェリアに集まり、何かを企んでいるとの情報もある。社内にいる間、ずっとM203を取り付けたM4A1をスリングで肩から吊り下げているせいもあり、首と肩が凝りが溜まり始めている。
「ここの所、アフリカや中東では目立った動きはないですね。ロシアやその周辺国、中央アジアも然り。正に、嵐の前の静けさですね」
カート・ロックが柿崎に話しかけた。彼は、MI6やCIAにコネを持っており、時折、そういった組織から情報を受け取っている。
「何もないというのが、本当に不気味だ。今まで活動していたテロリストはどうしていたのか。まさか、攻撃を停止したとは思えない」
「全くです。そうそう、プルトニウムを奪った奴らとマルタで神経剤をばら撒いた奴らの事を暫く調べていたのですが、それがですね・・・・」
「奴らは同じグループだった」
「少々違いますが、まあ、そうと言ってもいいでしょう。元々は同じ組織でしたが、今は違う組織です。どちらも所謂"無政府主義者"の集団でした。そいつらは兵器や天然資源、または人間そのものを国家の管理から開放しようをする組織です。法人単位以上の組織の存在とそれらによる人間の管理は違法であるとして、すべて国家の解体を主張しています。勿論、それに付随する法律や制度も勿論、否定しておりNATOのような軍事同盟の存在なぞもっての外だ、と言っているグループです。マルタで化学剤を撒いた連中はこいつらだと見て間違いないですが、プルトニウムを奪った奴らは、その中でも更に過激な連中でして所謂"弱者の剣"というのを名乗っています」
「何だ?そいつらは?」
「リーダーはジョン・ムベンゲという名前だそうです。素性はあまり知られていませんが、アフリカ出身。どういう訳かは知りませんが、特に、ヨーロッパに強い恨みを持っていて、アフリカ諸国を煽ってヨーロッパを植民地支配すべきだ、と主張しているようです」
「19世紀の恨みを今になって喚いているのかよ」
「そのようですね。連中は特に、海外資本を標的にしたテロに加担しています。海外のODAはアフリカの経済成長を阻害して、かつ資源を搾取するために行われているとも言っています」
「酷い被害妄想だ」
「全くその通りなのですが、アフリカで暴れている武装勢力や過激派の殆どがそういう主張をしています。勿論、アフリカの発展を妨害しているのはこういったテロリストに他なりません」
「正にな。で、化学剤を撒いた連中は?」
「ムゲンベとは関わりがあるかどうかはわからないのですが、テロリストにはアフリカ出身者が混ざっていました。これは関与を疑うべきです」
「なるほどな」
3月19日 イギリス西岸約1300km 大西洋 1301時
1隻の貨物船が停船を命じられていた。命じたのはイギリス海軍フリゲートのセント・アルバンスだ。実は、数日前にイギリス対外情報局はヨーロッパに対するテロ攻撃の情報を事前に掴んでいたのだ。そして、不審な船舶を発見したため、英国海軍特殊船艇部隊が出動する事となった。通常の臨検任務ではあるが、テロ攻撃が続いていることもあり、今回は通常の海軍の臨検部隊ではなくSBSが出動することになったのだ。




