導線
3月17日 1421時 ユーロセキュリティ・インターナショナル社
サプレッサーで小さくなった銃声が訓練施設で鳴り、マネキンの頭部が破壊される。
「クリア!」
「クリア!」
訓練終了だ。タイムはそこそこ良く、勿論、全弾命中。テロリストは死亡した、という判定が出た。現場要員たちは銃の手入れを終えると、VTRで訓練の様子を確認した。
「相変わらず、良い腕だな。この調子で頼むぞ」
教官のクリス・キャプランが話しかける。彼はSAS出身で、ロンドンのイラン大使館占拠事件で出動した事もある。
「ところで、午前中はアルファが訓練したんですよね?どうでした?」
ブルース・パーカーは弾倉をMP-5SDから取り外し、薬室に弾が入っていないことを確認して安全装置を掛ける。
「君らより、1.5秒ほど早かった」
それを聞いて、パーカーは不満気な声を上げた。仲間とはいえ、アルファ、ベータ両チーム共にライバル意識は高い。後ろではマグヌス・リピダルが銃の分解掃除を始める。
「まだそいつを使っているんですか?そろそろ更新したらどうです?」
キャプランのレッグホルスターにはブローニング・ハイパワーが入っている。この9mm口径の大型拳銃は初期のモデルが1935年製と非常に古いが、それでもまだイギリス陸軍は通常部隊への支給を続けている。元々はアメリカのジョン・M・ブローニングが設計したものであるが、今はベルギーのFNハースタル社が設計・販売をしている。
「やっぱり銃は金属製でなくては。ポリマーフレームはどうも好きになれん」
「今じゃ、こいつが主流ですよ。金属フレームの銃なんて、今や特殊部隊で使われているのはシグザウエルくらいですよ」
パーカーはワルサーP-99DAOをホルスターから取り出し、マガジンを抜いて薬室に弾丸が入っていないことを確認してから、スライドを固定してキャプランに渡した。
「どれどれ・・・随分軽いな。安全装置はどれだ・・・?」
「これですよ。引金に指を掛ければ外れます。ですが、変な引き方をするとロックが掛かって弾が発射されません」
キャプランはスライドロックを解除して、銃口を的に向け、引金を引いてみた。カチッ、カチッ。ダブルアクションのような感覚は確かにあるが、やけに軽い。
「やぱり俺はベレッタやシグザウエルの方がいいな」
隊員たちは銃の分解、整備を始めた。機関部や薬室には火薬の燃えカスがたっぷりと付着しており、これを放置してしまうと金属部品の劣化や銃の作動不良を起こす。彼らは刷毛や綿棒に特殊な薬品を浸して汚れを落とした。
3月17日 1452時 ユーロセキュリティ・インターナショナル社
HH-60Gが2機、通常の訓練飛行のために離陸する。基本的に、シュトゥットガルト上空だが、森林地帯で低空飛行訓練をすることもある。戦闘訓練ではないため、M134はキャビンに搭載していない。天気は晴れていて、いいフライト日よりになりそうだ。パークスはシュトゥットガルト国際空港のタワーにコンタクトを取り、市内上空で飛んでいる民間や警察などのヘリや小型機の状況を調べた。少し報道ヘリが飛んでいる程度で、フライトの障害になりそうなものは無い。
ヘリは編隊を組み、シュトゥットガルトの空を飛ぶ。雲はほんの少し出ている程度で、天気が荒れる気配は無い。時折、計器を見て異常がないことを確認する。一見、下の町並みは平和そうに見えるが、それがいつ壊れるかわからない世の中だ。まだこの街の人々はテロとは無縁な様子だ。すぐ隣国で大きなテロが起きたばかりだというのに、それが迫っていると思っている人間はいないらしい。しかし、窓から下界を見ていたトムソンは、それが簡単に壊れてしまうことを知っていた。今は70年代から80年代初め頃と同じくらいのテロの嵐がヨーロッパで吹き始めている。だが、軍や警察の組織は他の任務で手一杯で、結局はPMCに頼る状態になっている。フランスはアフリカや中南米に、イギリスやスペインはアメリカとともに中東に軍を派遣している状態で、国内の国防にまで回せないようだ。そこをテロリストに漬け込まれたようだ。だから、自分たちのような存在が必要になっているのだ。
3月17日 1701時 ロンドン ヒースロー空港
ブリティッシュ・エアウェイズのA320がマドリードに向けて離陸した。機内は550席の客席は満席で、これから約2時間30分、マドリード国際空港へ向けてフライトする。
「ブリティッシュエアウェイズをご利用いただき、ありがとうございます。現地到着時間は19時31分を予定しています。夕食は午後7時に皆さんにご提供する予定です。なお、夜間の軽食と飲み物はご気軽に・・・・・」
1人の男がアタッシェケースを持ってトイレに入った。中から大きな包を取り出してからトイレの備品入れの扉を開き、その中に入れた。男は外にでると、丁度、前で待っていた初老の女性にぶつかりそうになった。
「失礼」
そう言って、男は自分の席へと戻った。




